YARU DE PON
Gディフューザーシステムの発明者にして、アーウィンの生みの親。技師のまま社長になった変わり者で、今も週の半分は設計室にいる。
| NAME | YARU DE PON / ヤル・デ・ポン |
| RACE | アヌビソイド |
| AGE | 53歳 |
| HOMEWORLD | コーネリア |
| AFFILIATION | スペース・ダイナミクス社(社長) |
| INVENTION | Gディフューザーシステム |
| MASTERPIECE | アーウィン / グレートフォックス |
| STATUS | 民間 — 戦略的重要人物 |
人物 ─ PROFILE
彼は経営会議で居眠りをする。だが風洞試験には徹夜で立ち会う。だからこの会社は潰れない― SD社役員の弁より
ヤル・デ・ポンは、コーネリア に本社を置くスペース・ダイナミクス社 の社長にして、同社を星系技術の頂点に押し上げた天才技師である。重力と慣性を拡散制御するGディフューザーシステムの発明者であり、スターフォックス の乗機アーウィンと母艦グレートフォックスは彼の代表作にあたる。
肩書きは社長だが自認は「主任設計技師」。週の半分は設計室で図面と暮らし、決裁書類は「飛ばないもの」と呼んで後回しにする。
経歴 ─ BIOGRAPHY
デ・ポン家は旧コーディリア王国時代から続く技師の家系で、社の前身「デ・ポン航宙機工房」の直系にあたる。約20年前、若手技師時代にGディフューザーの実用化に成功し、宇宙機の運動性能の常識を書き換えた。
設計思想は一貫している──「機体は乗り手に噓をつくな」。安全のために性能へ蓋をする設計を嫌い、限界性能を乗り手に全て委ねるアーウィンの尖った操縦特性は、この思想の産物である。初飛行テストでジェームズ・マクラウド が残した「この機体は、乗り手に噓をつかない」の一言を、彼は生涯最高の設計評価と公言している。
事業と現在 ─ SERVICE
第2次ライラットウォーズ 勃発後は共和国側の主要機体供給元として、CDF の機体更新とスターブレード艦隊 再建計画の中核を担う。一方で「防衛の道具は作る。侵略の道具は作らない」という社是を掲げ、攻性兵器の受注は戦時下の今も断り続けている。
主任技師ベルツィーノ・トードとは30年来の相棒であり、「社長と主任のどちらが図面を多く描くか」は社内の名物競争となっている。
記録余話 ─ ARCHIVES
アーウィンの4枚可変ウィングの着想は、コーネリアの海鳥が強風の日にだけ見せる羽の畳み方だという。彼は今も嵐の日に海岸へ出かける。傘は差さない。「データが濡れるから」と、傘は図面ケースに使う。
フォックスのアーウィンには、彼が個人的に組んだ非公式のチューニングが入っているという噂がある。問われた彼の答え──「保証外の改造は感心しないな。誰がやったんだろうな」。