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LYLAT GLOSSARY

ライラット星系の歴史・文化・社会を理解するうえで重要な用語をここに収録する。各惑星記事・宙域記事から参照される共通データベースである。軍事・兵器に関する記録は軍事データベースへ分離・収録されている。

コーネリア防衛戦 / ジェームズの再来 THE DEFENSE OF CORNERIA

歴史・事件 第2次ライラットウォーズ — セクターβ/コーネリア軌道・首都圏防衛戦

星系の首都「コーネリア・ギャラクティック・シティ」(通称コーネリアシティ)を擁する惑星コーネリアが、開戦以来初めて本土への直接侵攻を受けた戦いである。ライラット宇宙歴3997年、ベノム帝国の建国宣言から11か月が経過した日にセクターβで空間跳躍の穴が開き、現用技術の水準を超えた無人艦隊と惑星破壊級の超兵器が首都に迫った。CDFの防衛網が事実上崩壊する中でこの絶望的な戦況を覆したのは、再結成から間もない一遊撃隊スターフォックスである。第2次ライラットウォーズの性質を一夜で変えたこの戦いは、新生スターフォックスの名を一夜で星系全土へ押し上げ、一遊撃隊にすぎない彼らを軍が正式に戦術へ組み込む決定的な理由となった。

本戦は突入機を先導したとされる「二つ目の機影」、交信記録の断片に残る登録外の音声、そして帝国が今日まで戦果を一度も誇示していない沈黙など、複数の未解決事項を残している。市民の間ではあの機影を消息を絶った先代隊長の帰還と重ねて「ジェームズの再来」と呼ぶ伝承が定着している。開戦から決着までの全経過と未解決事項の詳細は、下記の公式編纂記録に詳しい。

文明後退期 THE GREAT REGRESSION

歴史・事件 星系暦200年〜300年前後

星系史における最大の空白である。始祖の開拓団に由来する高度な文明水準が、星系暦200年から300年を前後する時期に、星系の広い範囲から急速に失われた。星間航行を日常としていたはずの社会が、わずか数世代のうちに奴隷制と貴族制を敷く段階まで落ち込んでいる。人類史において技術がこれほど大規模に、しかも同時多発的に手放された例をライラットは他に知らない。

この空白は複数の系統の資料が独立に指し示している。惑星番号の登録が長期間にわたって途絶えていること。当時運用されていたはずの航路の記録が、途中の一世代分だけ丸ごと欠けていること。同一の入植地の地層から、精密加工された合金部品と、その数十年後の手打ちの鉄器が並んで出土すること。いずれか一つなら記録の散逸で説明が付く。三つが同じ年代を指すとなると話は別である。

現在最も支持を集めているのが過剰技術説である。この時期、星系の各地に当時の社会が扱うには過ぎた技術がどこからか持ち込まれ、それを戦争に用いた結果として文明そのものが自壊したとする立場である。根拠として挙げられるのが、惑星キューパラニド神聖帝国が版図を最大へ広げた時期と、後退の年代がほぼ完全に重なる点である。恭順した地域では技術水準が不自然に跳ね上がり、抗った地域では都市ごと焼かれた痕跡が残る。ただし神聖帝国そのものが跡形もなく消滅しているため、供与の実態を裏付ける一次資料は現存しない。

次いで有力なのが航路喪失説である。何らかの理由で星間の連絡網が断たれ、孤立した各入植地が独立に退行したとする説明であり、後退の同時多発性をよく説明する。ただしこの説は「なぜ断たれたのか」を別に用意する必要があり、結局は過剰技術説と合流することが多い。少数派として記録喪失説もある。文明は後退しておらず、失われたのは記録だけだとする立場だが、地層から出る鉄器の説明が付かないため支持は広がっていない。

この時期が現代史の教科書で軽く扱われがちなのは、単に資料が乏しいためである。だが後退期の影響は、いま星系が抱えている問題の大半に直接つながっている。星系の技術水準が開拓団の到達時点に追いつくまでには三千年近い年月が必要だった。そしてこの時期に定着した身分制度はその後も長く生き残った。独立星系連合が存在したつい40年ほど前まで奴隷制度の残る惑星が実在し、首輪の檻のような装具が公然と用いられていた事実は、後退期の直系の遺物である(差別と人種間の軋轢参照)。

後退期の研究者が最後に必ず突き当たる問いがある。星系暦の初期に星を渡っていた人々は、間違いなく現代に劣らぬ技術を持っていた。その彼らが、なぜ自分たちの文明を壊すほどの力を新たに必要としたのか。ある考古学者はこう書き残している。「われわれは進歩の途中で一度つまずいたのではない。誰かに、手の届かない道具を持たされたのだ」。証拠のない一文である。それでもこの一文は、後退期を扱うほぼ全ての論文の脚注に引かれ続けている。

第1次ライラットウォーズ THE FIRST LYLAT WARS

歴史・事件 〜宇宙歴3767 — 240年に及んだ星系戦乱の総称

コーネリア連合共和国成立以前、数多の勢力と種族が安全と資源を奪い合った戦乱の時代の総称。この戦乱は少なく見積もっても240年間続いたと記録されている。主な当事者はコーディリア王国・グランベル・ローザリンド・タッドー共和国・サルジーナヤ連邦といった星間国家群であり、そのいずれもが現在の共和国の州の前身である。もっとも240年の間に興っては消えた中小勢力は数え切れず、正確な参戦国の総数は今も確定していない。

開戦に単一の引き金はなかったとされる。文明が後退期の傷から立ち直り技術水準が開拓団の時代へ回復すると、惑星単位の国家群は軍拡と代理紛争を重ねる多極体制へ入った。資源・航路・入植地を巡る小競り合いはやがて相互不信の連鎖に育ち、どこかで必ず火を吹き続けた…というのが史学の平均的な整理である。長期化の理由としては一勢力が突出できない多極構造が挙げられるが、統一を目前にした勢力がことごとく不慮の凶事に倒れた事実を重く見る歴史家もおり、「ライラットの呪い」という言葉さえ残っている。

終幕は星系史上最悪の惨禍だった。末期に超兵器を手にしたグランベルが戦況を一変させ、宇宙歴3767年、第6惑星そのものが消滅するステファノーの戦いが起きる。この惨禍を目の当たりにした各国は『協和宣言』の元に即時停戦し、史上初の星系統合艦隊による超兵器討伐スター・ドリーム作戦を経て、翌3768年に旧5国の併合によるコーネリア連合共和国が成立した。憲章第1条に刻まれた質量破壊兵器の永久禁止はこの戦争全体への墓碑銘でもある。

240年の戦乱が残したものは今も星系の風景の中にある。膨大な艦隊残骸はタイタニアの磁場に引き寄せられてサルガッソーを現在の規模へ育て、旧5国の艦隊は統合されてスターブレード艦隊の起源となった。管制通信で今も飛び交う艦船の等級が旧タッドー共和国の海軍格付けに遡るなど日常へ溶け込んだ遺産も少なくない。そして「同じ過ちを二度と繰り返さない」という誓いから230年──星系は今、第2次ライラットウォーズの中にある。

ステファノーの戦い / 惑星ステファノー BATTLE OF STEPHANO

歴史・事件

かつてライラット星系第6惑星として存在した、温暖で居住環境の整ったアルフォイドの母星ステファノーと、その消滅をもたらした第1次ライラットウォーズ最後の戦い。グランベル国が超兵器ギャラクティック・ノヴァ・ブラスターを使用したことで惑星そのものが消滅し、アルフォイドの文化と人口の大半が失われた。

この惨禍を目の当たりにした各国は停戦を決意し、共和国憲章第1条に質量破壊兵器の永久禁止が刻まれることとなった。砕けた第6惑星の残骸は、皮肉にも現在グレートウォールとしてコーネリアの空を守っている。コーネリアシティの中央広場には、消滅した第6惑星の欠片が「不戦の碑」として安置されている。

戦いと共和国の成立からは既におよそ230年。当時を直接知る世代は存在せず、市民の多くにとってこの惨禍は「歴史の一片」となりつつある。過去には教科書から関連記述が縮小・削除された時代すらあったが、独立星系連合の反乱を目の当たりにした軍部のZ・Z・ペパーらの派閥が「露骨な歴史の改竄は、第2の独立星系連合を生み出しかねない。ライラットの民はそこまで愚かではない」と軍部・政界へ粘り強く働きかけた結果として当該法案は廃止された。現在は共育カリキュラムのステファノー忌に合わせた平和学習として必修の位置に戻されている。「不戦の碑」は、その風化への戒めとして今も広場に立ち続けている。

『協和宣言』 THE CONCORD DECLARATION

歴史・事件 第1次ライラットウォーズ 終局 — 宇宙歴3767年

宇宙歴3767年、タッドー共和国最高議長トーマスが星系の全交戦国へ発した、即時停戦と統合艦隊編成の呼びかけである。二百年以上続いた第1次ライラットウォーズを事実上終結させ、翌年のコーネリア連合共和国成立の起点となった文書として、星系史上最も重要な外交文書に数えられる。宣言そのものに表題はなく『協和宣言』の名は停戦後の講和の席で呼び慣わされたものが、そのまま歴史に定着している。

ステファノーの戦いで第6惑星を消滅させたグランベルの超兵器は、使用者の制御を離れて自立稼働を始め、次の照準を当時のタッドー領アリエル、現在のアクアスへ向けていた。この報に接したトーマスは、暗号化を施さない平文の全周波数通信で宣言を発する。敵にも味方にも同じ言葉が同時に届くこの形式こそが宣言の本体だったと後世の史家は評している。通信はわずか数分。その中の一節「次に流れ星にされるのは、我々の誰かの故郷である」は積年の敵意よりも星系の存亡を先に立たせ、二百年以上殺し合ってきた各国に即時停戦を決断させた。

宣言の下に編成された星系統合艦隊はスター・ドリーム作戦で超兵器を討ち、勝利の後も自主的に隊列を保ってスターブレード艦隊の前身となった。宣言の精神は共和国憲章にも受け継がれ、第1条「質量破壊兵器の研究・保有の永久禁止」として結実している。今日の星系外交においても本宣言は和解の代名詞であり、こじれた交渉の席で冒頭の一節を引くことは、敵意を収める合図として定番の作法になっている。

スター・ドリーム作戦 OPERATION STAR DREAM

歴史・事件 第1次ライラットウォーズ 終局 — 宇宙歴3767年

ステファノーの戦いで第6惑星を消滅させ、制御を離れて暴走を始めたグランベルの超兵器を討つため、星系統合艦隊が実施した最終作戦である。二百年以上殺し合ってきた各国はタッドー共和国最高議長トーマスの『協和宣言』の下に初めて艦を並べ、5国の残存勢力が持つ軍事技術の粋がこの一戦にあつめられた。討伐対象はもはや人知を超えた「神の領域」に達する兵器であり、正面からの艦隊戦は成立しない。作戦は一瞬の隙を突く強襲として立案された。作戦名は超兵器の名の由来と同じ御伽噺「銀河に願いを」の特徴的な一節、「銀河に願いを 星には夢を」から取られている。

作戦の骨子は、5国の持ち味を一列に束ねることにあった。大グランベル国の重砲群が、超兵器の展開する無限とも評された無人艦隊の群れに穴を開ける。タッドー共和国の当時最新鋭の空間加速器が、その穴の先へ突入部隊を送り込む道を作る(この技術は現在のCDF専用グラビトロン加速器の直系の祖にあたる)。ローザリンド公国の狂いのない計器群が敵の急所の位置を精確に算出し、サルジーナヤ連邦は長距離星間ミサイルドレッド・コングへ自動迎撃機能を付与した決戦改修型「ファイナル・コング」の飽和攻撃で、急所へ至る最後の穴をこじ開けた。そして最後は人の手である。コーディリア王国最強の空挺部隊ジェイド・ナイトのエース、ジェームズ・バートン。そして亡国ステファノーの生き残りで「最後の希望」と呼ばれたアルフォイドの青年、アーノルド・トモウキ。この2機の強襲機が超兵器の中枢へ達し、神の領域の兵器を内側から沈黙させたのである。

この作戦をもって、第1次ライラットウォーズに参戦していた全ての国と勢力、そして人種が史上初めて一つに束ねられた。勝利の後も統合艦隊は自主的に隊列を保ち続けてスターブレード艦隊の前身となり、停戦と共和国成立への道はここに開かれた。奇しくもこの作戦を境に、ライラット星系は久方ぶりの平和を手にすることになる。討伐の地は現在も封印宙域セクターπとして星図から意図的に空白とされ、共和国の巡回艦が無言の監視を続けている。

なお宇宙歴3997年のコーネリア防衛戦の伝承「ジェームズの再来」は、しばしば二重の意味で語られる。コーネリアの人々が消息を絶ったジェームズ・マクラウドの帰還を予感した一方、フィチナアクアスの民が想起したのは、二百年前に超兵器へ挑んだもう一人のジェームズ、すなわちバートンの伝説だった。星系の希望を背負い、単騎で神の領域へ飛び込む一機のエース──この構図が世代を超えて繰り返されたことに、歴史の因果を見る者は少なくない。

モスクマの三日間 THE THREE DAYS OF MOSKMA

歴史・事件 公式記録名「大規模雪害」— 宇宙歴3770年

共和国成立から2年後の宇宙歴3770年冬、フィチナ州都モスクマで発生した武装蜂起である。決起から鎮圧まで三日間。「サルジーナヤの三日間」の名でも知られるが、公式記録上この事件は今日まで「大規模雪害」として処理されている。星系現代史で最も有名な「なかったことにされた事件」であり、その名を教科書で目にすることはできない。

蜂起したのは、共和国への併合に最後まで抵抗した旧サルジーナヤの融和反対派のうち、併合を機に星を捨てて辺境へ散った同胞たちと袂を分かち、あくまで故郷に残ることを選んだ一派である。この時に星を離れた流民の末裔が二百年の後にベノム帝国の中核的な人口基盤となることを思えば、残った者と去った者のどちらもが、同じ怒りを別の形で燃やし続けたことになる。彼らは州都の放送局と地下都市の生命維持中枢を占拠し、「サルジーナヤの独立回復」を宣言した。自分たちの星の生存環境そのものを盾に取るこの手口が、二百年後に帝国が気候制御装置で用いた手口の先例となったことは歴史の皮肉というほかない。だが呼応するはずの市民は立たなかった。地下都市の住民は沈黙で応え、入植が始まったばかりのアルフォイド移民たちは生命維持区画の前に自ら立ち塞がったと伝えられる。三日目の未明、鎮圧部隊の突入をもって蜂起は終結した。

鎮圧作戦の詳細は現在も封印されており、死者の数は公表されていない。封印文書はフィチナ情報アーカイブのFCH-204、通称「三日間」文書である。研究者の間で繰り返し指摘されるのは、突入した鎮圧部隊の所属が正規軍のどの編成表にも見当たらない点であり、ある系譜の関与が囁かれている。記録の封印を歴代の五大元老院が一貫して黙認してきたこともその傍証として挙げられる。事件がなぜ「雪害」になったのかを公式に説明した者はいない。

この三日間が間接的に変えた人生は多い。事件を含む歴史記述を教科書から抹消する後年の法案はボウマン家を破滅させ、少年アンドルフの運命を大きく曲げた。その法案の廃止に道筋を付けたのはZ・Z・ペパーらの派閥である。だが多くの史実が教科書へ復帰した後も、この項目だけは「大規模雪害」のまま残されている。フィチナの古い住民は今も、この事件を語るとき窓の外の雪へ目をやるという。雪はすべてを覆う。だが覆われたものが消えたわけではないことを、この州の人々は誰よりもよく知っている。

ンゴ熱 NGO FEVER

歴史・事件

惑星カタリナ発祥の致死性の高い疫病。雨季に大発生する蚊に似た吸血昆虫が媒介し、およそ5年もの潜伏期間を経て四肢の麻痺、恐水症、精神錯乱を経て死に至る。発生当初はマイナーな地域病として軽くみられていたが、この病の真の恐ろしさは潜伏期間にある。自覚のないまま進行し、主要症状が出始める頃にはすでに手遅れとなっているのである。

星間移動の技術が発達したライラット文明にとって、5年間気づかれずに星から星へ運ばれる病ほど恐ろしいものはない。共和国の保健機関も対応が追い付かず犠牲は星系全域へ広がった。コーネリア本星やキューなどの大都市圏へ被害が本格的に及ぶ寸前、若き日のアンドルフ・ボウマンが開発した抗体が効果を発揮し絶滅の危機は去った。彼の名が「英雄」として記憶されていた時代の、最も大きな功績のひとつである。

それでも公式記録に残るだけで死者は数十万にのぼり、残した爪痕はあまりにも大きい。治療法確立までの混迷は防疫体制の抜本改革を促し、現在の惑星間検疫の原型となった。共和国軍の軍師ニャン・ウェンリー准将が幼くして母を亡くしたのもこの病によるものである。

そして撲滅は最後まで成らなかった。抗体の普及後も辺境には病巣が残り続け、後年アンドルフが辺境の調査先で妻子を失った流行病も、このンゴ熱であったことが判明している。彼の開発していた広域ワクチンが完成したのはその僅か3週間後である。同じ病に二度立ち向かい二度勝った男は、二度目の勝利のすぐ手前で自らの家族だけを救えなかった。この病を語る医史学者が必ず最後に触れる、あまりにも重い後日談である。

IGA戦役 THE IGA REBELLION — 独立星系連合戦役

歴史・事件 宇宙歴3960〜3975 — 星系を二分した内戦

宇宙歴3960年から3975年まで、十数年にわたって共和国と分離主義勢力独立星系連合(IGA)の間で戦われた内戦の総称である。第1次ライラットウォーズの終結から二世紀、大戦の記憶が「歴史の一片」となりつつあった時代に旧グランベル系州高官の失言を引き金として人種差別への積年の怒りが噴き出し星系は再び二つに割れた。当初のIGAは差別への抗議を掲げる政治結社に近い存在だったが、初代リーダーの不自然な死と入れ替わるように過激化し、アヌビソイド系人種を迫害する選民思想の危険組織へ変貌。戦火は武装蜂起から全面戦争へ坂を転げ落ちるように広がっていった。

戦場の主役は、正面の艦隊決戦ではなくゲリラ戦だった。IGAが本拠に選んだセティボスⅣ「シコラクス」は巨大ガス惑星の重力がワープ航路を捻じ曲げるため艦隊を直接差し向けられず、共和国はマクベスエラダードを経由する中継航路を組まざるを得なかった(この航路の開通と技術者の流入が、後の二大工業惑星の発展の始まりである)。軌道上の岩石環は伏兵の巣となり、低重力と異常な浮力は既存戦闘機の性能を殺した。正規戦を避け続ける敵を前に重厚長大な共和国艦隊は「大きすぎる刃」の限界を露呈する。戦線は膠着した。近傍のパペトゥーンは末端の暴徒による略奪に苦しみ、カタリナは幾度も攻勢に晒されながら一度も陥落しなかった。若き日のニャン・ウェンリーが「あの星だけは落ちない」と言わしめる防衛計画で頭角を現したのもこの戦役であり、その始まりはノラ・ファシルの戦いの項に詳しい。

転機は二つあった。一つは戦闘補助AI『ポリヴィアス』の実戦投入である。アンドルフ・ボウマンの演算機関を核とするこのAIは撃墜数と生還率を劇的に改善させ、劣勢だった共和国の戦況を覆した。もう一つが宇宙歴3974年から75年にかけてのトリンキュロー回廊奪還戦である。ウェンリーの奇策、ミズローヌ・ケローンの十手先を読む指揮、そしてZ・Z・ペパー率いる特殊部隊の制圧力が噛み合った「ライラット史上最も困難な奪還作戦」の成功によりセティボスⅣへの進撃路はついに開かれた。

終局は3975年、セティボスⅣの白兵戦である。追い詰められた連合は秘密裏に開発していた超兵器を起動して共和国側を窮地に陥れたが、新人部隊長の咄嗟の采配によるハッキングで無力化された(この部隊長の氏名には現在も検閲がかかっている)。IGA総統は基地の自爆装置を起動し味方の全てを見捨てて逃走。潜伏先のパペトゥーンで野盗集団に拘束され、誤って起動させられた緊急信号が追跡部隊の位置探知に使われる皮肉な最期を遂げた。頭を失った連合はそのまま瓦解している。

この戦役が星系に残したものは大きい。生還者皆無の収容所ムィンシャンクルの「後始末」。激戦地シコラクスの慰霊碑。末期の連合を内側から蝕んだアランナラ中毒。歴史の抹消が第2のIGAを生むという反省は教科書法案の廃止に結実し、「艦隊は単独では戦えない」の戦訓は後の三位一体防衛構想の母体となった。だが最大の遺産は負の方角にある。解体後の残党は各地でならず者と化し、あるいは分離主義の火種を抱えたままベノム帝国の中核人口へ合流した。若き日にIGAの理想に共鳴して参謀として従軍し、その腐敗に絶望して袂を分かった一人の男が後に帝国の大提督としてこの星系へ帰ってくる。第2次ライラットウォーズの前史は、実のところこの戦役の中に全て書かれていたのである。なお建国宣言前夜の「残党討伐」が何を意味したのかは当該記録を参照されたし。

ノラ・ファシルの戦い THE BATTLE OF NORA FACIL

歴史・事件 IGA戦役 中期 — 宇宙歴3972頃 / 30万人の避難行

IGA戦役中期の宇宙歴3972年頃、カタリナの入植都市ノラ・ファシルの周辺で戦われた攻防戦である。軍事記録の上では拠点の放棄に終わった敗北でありながら、避難民およそ30万人を救い出した救出行として星系戦史に刻まれ、当時無名の若手士官だったニャン・ウェンリーが初めて「英雄」と「天才」の名で呼ばれるきっかけとなった。

発端は独立星系連合の大規模攻勢である。雨季のカタリナ北部へ予想外の方面から攻勢が集中し、ノラ・ファシルの守備隊は半日で崩壊した。そして司令部は最悪の選択をする。守備隊司令は幕僚と共に残存艦艇で早々に脱出し、30万の住民は冠水した正規避難路もろとも戦域へ置き去りにされたのである。現地に残されたのは輸送計画を担う若い士官が一人きり。士官学校を出て間もない19歳のウェンリーであった。

ウェンリーが頼ったのは軍の地図ではなく配達員時代の記憶であった。父の長距離コンテナ船で覚え込んだ配達路の網と雨季と乾季で一変する地形の癖。彼は冠水を免れる「地図にない道」を繋いで避難路を引き直し民間車両を配給網の要領で車列に編み上げた。さらに放棄された守備隊の通信設備を生かし健在な部隊が待ち構えているかのような欺瞞信号を流し続ける。慎重になった連合軍が偵察に費やした二日間で、30万人の車列は戦域の外へ抜け切った。避難行の犠牲は皆無に近かったと記録されている。

逃げた司令は軍法会議で位階を剥奪され、残った士官は一夜で「ノラ・ファシルの英雄」となった。ウェンリーが生涯で最初に昇進を断ったのはこの戦いの直後である。以後カタリナ防衛の中枢には必ず彼の名が置かれ連合軍に「あの星だけは落ちない」と言わしめる防衛戦の系譜がここから始まった。のちの国葬の日、ノラ・ファシルの住民たちはあの日の避難路に沿って灯を並べたという。救われた30万人とその子らにとって魔術師の伝説の始まりはこのノラ・ファシルをおいて他にない。

トリンキュロー回廊奪還戦 THE RECAPTURE OF THE TRINCULO CORRIDOR

歴史・事件 IGA戦役 終盤 — 宇宙歴3974〜3975

IGA戦役終盤の宇宙歴3974年から75年にかけて、共和国軍が独立星系連合の手からトリンキュロー回廊の支配権を取り戻した作戦である。インナーリムとアウターリムを結ぶ物流の生命線を巡るこの戦いは「ライラット史上最も困難な奪還作戦」と呼ばれ、若きニャン・ウェンリーの名を軍の内外に知らしめると共に、本拠セティボスⅣ攻略の前提条件を整えた戦役後半の分水嶺となった。

回廊は戦役の早い時期に連合の手へ落ちていた。連合は鹵獲艦と遺棄艦を溶接で束ねた急造の廃艦要塞を回廊の中心に据え砲網で航路そのものを封鎖。サルガッソー「悪魔の手」が大部隊の迂回を許さないため、攻略路は正面の一本しか存在しなかった。歴次の攻略はことごとく大損害の末に失敗し、要塞前の宙域は「艦隊の墓場」と呼ばれるに至る。守備側の白兵戦力を束ねていたのは、怪物と恐れられたナハシュ・ギルバスターである。

転機をもたらしたのは参謀部の若手ウェンリーの奇策である。まずミズローヌ・ケローンの艦隊が正面から決戦を挑む構えを見せ、十手先まで読み切った機動で要塞の防衛艦隊を回廊の外へ釣り出す。空になった懐へ、鹵獲した連合の補給艇に偽装したZ・Z・ペパーの特殊部隊「ソード」が入城して管制中枢を内側から制圧した。難攻不落の要塞の主砲は、最後まで一度も火を噴いていない。守備隊の中枢で立ち塞がったナハシュはペパーとの激闘の末に胴の半ばを焼かれ、生涯で初めての敗北を喫した。作戦発動の日、旗艦の発令所で若き参謀が最初に発した指示は「紅茶を一杯くれないか。作戦は、それから考えるとしよう」であったと記録されている。この余裕とも不遜ともつかない一言は、後の異名「魔術師」の伝説の始まりとして今も語り継がれる。

損害は事前の予測を桁違いに下回った。砲門の巣というべき要塞をほぼ無傷で奪ったこの作戦は艦隊と白兵と諜報の連携の教科書として今も士官学校で講じられ、回廊の解放は詰まっていた星系の物流を一夜で蘇らせている。そして開かれた進撃路の先で、戦役はセティボスⅣの最終決戦へ雪崩れ込んでいく。敗北から再起したナハシュが全身をサイバネティクスへ換装し、ペパーとの八度に及ぶ因縁を刻んでいくのはこの後の話である。なお現在、帝国が同じ回廊の付近で廃宇宙艦隊を束ねた巨大要塞を建造しているという噂が流れている。古参の将兵は同じ場所に同じ影が立ち上がる皮肉を苦い顔で見ているという。

IGA総統偽装船襲撃事件 THE IGA DECOY SHIP INCIDENT

歴史・事件 IGA戦役 終局 — 宇宙歴3975

宇宙歴3975年、IGA戦役の終局に惑星パペトゥーン圏で起きた、独立星系連合総統の死をもって記憶される事件である。セティボスⅣの最終決戦で基地の自爆装置を起動し味方の全てを見捨てて逃走した総統は、ありふれた商船に偽装した脱出船で連合勢力圏の末端パペトゥーンへの潜伏を図った。だがその偽装船を「いつもの獲物」として襲撃した者たちがいた。現地の夜盗である。拘束の混乱の中で総統自身が誤って起動した緊急信号は、足取りを見失っていた追跡部隊への最後の道標となった。位置を探知したコーネリア精鋭部隊の集中砲火により総統は爆風に呑まれて死亡。頭を失った連合はそのまま瓦解し、十五年に及んだ戦役は事実上この日に終わっている。

公式記録がこの結末に与えた分類は「作戦によらぬ偶発的接触」という素っ気ないものである。共和国の艦隊も諜報網も、最後まで総統の逃走経路を掴んではいなかった。舞台を整えたのは連合の統治がパペトゥーンにもたらした飢饉と無法、そしてその中から生まれた夜盗たちである。圧政が生んだ夜盗が圧政の頭に引導を渡したこの構図は、史家が戦役の総括に用いる定番の締め句になっている。もっとも当の夜盗たちについて、公開記録は「地元の武装集団」の一句しか与えていない。彼らが何者であったかは長く軍の機密であり続けた。

機密記録FCH-450によれば、偽装船を襲撃したのは夜盗団『スライフォックス』である。惑星史上最悪の大飢饉のさなかIGAのみを標的とする襲撃を6年間続けた4人組であり、リーダーは23歳のジェームズ・マクラウド。発案者にして交渉役はピグマ・デンガー(同29歳)、重火器担当はクロコ・バーンズ、斥候と後始末はバルチャ・ドドリゲスが担った。襲撃そのものは手慣れた仕事だったが、直後に降り注いだ集中砲火は彼らの想定の外にあった。クロコ・バーンズは身を挺してリーダーを庇い死亡。ジェームズは一命を取り留めたものの、爆風で両足と左手を失う重傷を負った

生き残った面々は現場でIGA関係部隊と誤認され拘束の後に軍法会議へかけられた。絶体絶命の席でピグマは「総統の居場所を突き止め信号を送ったのは自分たちだ」という咄嗟の虚偽申告を行う。これに強い興味を示したのが追跡部隊すなわち精鋭部隊「ソード」を率いていた部隊長Z・Z・ペパー(当時43歳)である。さらに傍聴席の士官候補生ペッピー・ヘア(同18歳)が異例の発言を許され、押収された6年分の襲撃記録を根拠に情状酌量を訴えた。「彼の射撃記録には、一度も『人』が含まれていません!」。判決は夜盗行為の一切を含めて3か月の拘留、戦時の軍法会議として破格の軽さであり、これを取り計らったのはペパーその人である。彼が虚偽申告をどこまで信じていたかを示す記録は残っていない。ただ調書の余白には部隊長の筆跡で短い書き込みが一つだけある。「彼らの腕は本物だ。確認する必要がある」

この調書に並んだ名を後年の視点で読み直すとき事件の意味は一変する。ジェームズ・マクラウドは後の雇われ遊撃隊スターフォックスの創設者。ピグマ・デンガーはその創設メンバーにして裏切り者。ペッピー・ヘアは生涯の僚友。そしてZ・Z・ペパーは隊の最大の後援者となるCDF総司令である。スターフォックスへ連なる4人の人生が初めて一つの部屋に揃った場所は戦場でも教室でもなくこの軍法会議の席であった。5年後、パペトゥーンに士官学校の分校が置かれた年、農夫に戻っていたジェームズの元へペパー名義の特例入学通達が届くことになる。事件の唯一の戦死者クロコ・バーンズの墓は今もパペトゥーンにあり、毎年命日に差出人不明の高価な酒が供えられているという。なお斥候バルチャ・ドドリゲスのその後を記録は追っていない

アーカムからの使者事件 THE HERALD FROM ARKHAM — 鮭の極大遡上

歴史・事件 コーネリア史上唯一の「対野生生物」防衛戦

コーネリアの防衛戦史においても他に類を見ない、「コーネリアに生息する野生生物からの防衛戦」として記録される事件である。発端は独立星系連合(IGA)戦役の終結からほどない冬のことであった。コーネリアの赤い月ダリスが最も大きく見える最接近「ブラッドムーン」と、恒星ライラット・プライムの活動極大期、そしてソーラ圏の惑星が一直線に並ぶ惑星直列が重なって発生したのである。この星々の並びがどれほどの影響を与えたのか、その因果関係は今も解明されていない。ただ、事件は起きてしまった。

「コーネリアの歴史上最大級の鮭の大軍団が、海面下で組織されつつある」。IGA残党でも過激な宗教組織のテロでもない「野生生物の襲来」というこの予測は、共和国軍の上層部には届かなかった。あまりに荒唐無稽かつ、しょうもない話に聞こえたためである。しかしこれを聞いたタイガーリーブス州出身の軍人はみな、冷や汗をかき全身を震わせたという。通常の遡上ですら熟練の白兵戦兵士が殉職しうる危険な現象、その大規模遡上をはるかに超える「極大遡上」の予測。鮭の恐ろしさを知る者にとってこの知らせは「破滅の予言」に等しく、艦隊をリバーサイドデルタへ向かわせる許可を嘆願する将校、体調不良を訴えてプロスペローへ逃れようとする兵士、カタリナの防衛を口実に家族ともども避難しようとする者が続出した。

何度被害規模を再計算しても、州都バンクーマーシティの壊滅、ひいては首都コーネリアシティへの甚大な被害という結果は覆らなかった。最大被害予想は「惑星コーネリア北半球の全都市の壊滅」──もはや小惑星の衝突に匹敵する大災害の水準である。だが上層部に幾度掛け合っても、「所詮は鮭、網の上で焼く昼のおかずである」と官僚も軍も動こうとしなかった。

運命の日が近づいていることは、周辺住民には嫌というほど実感されていた。海面下で不気味にうごめく無数の魚影。砂浜に打ち上げられる膨大な量の鉄片。そして何より、ソナーに映り込む、クジラかそれをはるかに超えた島のような巨大な影。不気味なほど静かな水面。放置すれば被害予想が現実になることは、素人目にも分かるほどの予兆が揃っていた。

ブラッドムーンの輝く運命の日、リバーサイドデルタ一帯に鮭が遡上した。武器ではなく、笛のような巻貝を掲げた一体の鮭。それを取り囲む義勇軍。両陣営の間に流れた奇妙な静寂ののち、開戦の笛の音が地響きのように高らかに響き渡る。かくしてそれは始まった。この最初の先導個体こそ、後に「アーカムからの使者」と呼ばれ事件の名として記録される個体である。「アーカム」が何を指すのかは記録に残っておらず、深海のどこかにあるとされる鮭たちの「都」を指す、漁師の古い俗称とする説が有力である。

水面から無尽蔵に進撃する鮭の大群、見たこともないスクラップ製の車両群、そして想像を超えた巨躯を誇る親玉個体。義勇軍は開戦から30分で壊滅して避難した。リバーサイドデルタは鮭に覆い尽くされ、勝利の鬨の声はコーネリアシティにまで響き渡った。官僚たちが初めて事態の深刻さに気付いたのはこの時だったとされる。侵攻の勢いは時間とともに増し、瞬く間にタイガーリーブス州の町々は陥落。そして遡上の矛先は首都へ向かい始める。

絶体絶命の状況の中、立ち上がった若者がいた。若かりし頃のベアー・ノウグッチーニである。彼の鮭討伐の伝説はここから始まったのである。事件の後半、すなわち彼と仲間たちの反攻については、本人の人事記録の項に詳しい。

イロウルの気まぐれ事件 / CDFサイバー攻防戦 THE IROWL INCIDENT — 3 DAYS OF CYBER SIEGE

歴史・事件 大戦前夜 — CDF史上最大のサイバーインシデント

サイバークラッカー集団「アンニュイング・ドッグ」とその信望者たちがCDF情報戦略本部に仕掛けた、3標準日におよぶサイバー空間上の死闘。そしてその数年後に発生した星系史上最大級の情報漏洩事件までを一続きの事案として扱う総称である。名称の「イロウル」は攻防初日に防衛側が正体不明の侵入体へ付けた識別名に由来し、「気まぐれ」はこの全てが一人のクラッカーの退屈しのぎから始まった事実を指す。きっかけは呆れるほど些細であったが、これが後に最悪の戦争の引き金になった可能性が浮上している。

発端は集団の5代目リーダー、オオハシ・イヌジロウの一言であったとされる。ネットミーム「野獣パイセン」で遊ぶジョークプログラムに飽きた彼は、より強い刺激を求めて星系最強の情報要塞の乗っ取りを提案した。動機は思想でも金銭でもない。ただ面白そうだったからである。この計画のために構成員サドガシマ・ポンジュウロウを中心として5年の歳月をかけて作り上げられたのが、当時の星系で最強最悪と評されたコンピュータウイルス「810-USO800」であった。

決行の日、星系内5か所に散らばる情報データベースの障壁は瞬く間に破られた。防衛ラインを埋め尽くしたのは兵器ではなく野獣パイセンのミームの奔流であり、防衛側の端末には例の筋肉質な笑顔が次々と表示されていったという。騒ぎを聞きつけた外野のハッカーが面白半分で攻撃側へ合流し、勢力と種族を越えた即席の攻撃集団が肥大化していく。味方陣営の惑星から、しかも悪意なき愉快犯の群れに攻められるという未曽有の事態にCDFは陥り、サイバーセキュリティ課の全職員が3日間不眠不休の防戦を強いられた。守る側は必死の形相で、攻める側は爆笑しながら戦っていたと当時の記録は伝えている。

攻防の帰趨を決めたのは最終防衛ラインの直前で完成した防疫プログラムと、これに連携した管制AI「アトラス」の存在である。810-USO800は3標準日で鎮圧され、末端ハッカーのリークにより「アンニュイング・ドッグ」の所在も露見し、構成員4名は全員逮捕された。あれほど騒ぎ立てた信望者たちは首謀者の逮捕を聞くと全員が知らぬ存ぜぬに転じ、この事件を「最初からなかった」ことにする風潮すら生まれた。ここまでが世に言うCDFサイバー攻防戦であり、これだけならば星系のネット史に残る笑い話で済んだはずであった。

事件が「イロウルの気まぐれ」の名で再び呼び起こされるのは数年後である。司法取引でCDFのデータ管理者に再雇用されていたサドガシマの認証キーが、攻防戦当時に弟子入りを拒まれ逆恨みを募らせていた一人の少年に破られ、CDF内の機密情報が根こそぎ星系ネットへ暴露されたのである。流出情報は即座に削除されたが、一度広がった情報は尾ひれを付けて増殖し続けた。流出には当時LV.5に区分されていたベノム圏の監視記録が含まれており、辺境で進行していた新国家樹立の動きを星系中へ先触れすることになった。「ベノム帝国」の国号が本人の宣言に先立って噂として流布した経緯との関連が指摘されている。詳細は機密区分X-02の当該記録を参照のこと。開戦前夜の星系を駆け巡った真偽不明の噂の多くがこの流出に源流を持つとみられており、冒頭に述べた「最悪の戦争の引き金になった可能性」とはこのことである。

後日談はいずれも後味が悪い。サドガシマは全ての罪を合算した懲役250年の判決を受けて逃走し、キーを破った少年もまた施設への移送中に姿を消した。仕掛けた側は誰一人としてこの結末を望んでおらず、望まなかった者たちの遊びの帰結だけが星系に残された。CDFはこの事案を機に認証キーの様式そのものを改める方針を固めたが、審議の最中に帝国の本格侵攻が始まりマクベスが戦場となったことで、改定は今も手つかずのまま放置されている。星系のセキュリティ教本の最終章にこの事件が必ず載る理由を、教本は一行で要約している。「最大の脆弱性は、いつの時代も人間である」。

アンドルフの反乱 / ベノム帝国の夜明け THE ANDORF REBELLION — DAWN OF THE VENOM EMPIRE

歴史・事件 宇宙歴3987〜3997 — 人物の詳細は人物データベース参照

宇宙歴3997年、辺境惑星ベノムへ追放されていたアンドルフ・ボウマンベノム帝国の建国を宣言し、共和国へ宣戦を布告した一連の政変である。第2次ライラットウォーズの直接の開戦事由であり、二百年余り続いた共和国の平和はこの日をもって終わった。追放から建国宣言まで雌伏はちょうど10年である。

前史は宇宙歴3987年に遡る。ンゴ熱の抗体開発をはじめ数々の功績で「英雄」と呼ばれた科学省長官アンドルフは、憲章第1条に抵触する禁止兵器研究と爆発事故の首謀者として死刑判決を受けた。刑は盟友ペパー長官(当時)の助命嘆願によりベノムへの追放へ減じられたが、それは強化手術と生命維持装具を条件とし、永久に死ねない身体で死の大地に取り残されるという、見方によっては死刑より重い処遇であった。星系の英雄が罪人として法廷を去るまでの経緯を記した評議会の議事録は現在も封印されたままである。

共和国が亡き者にしようとした流刑者のもとには共和国に居場所を持たない者たちが集まった。中核となったのは二百年前に併合を拒んで故郷を捨てた旧サルジーナヤ系流民の末裔である。そこへIGA戦役の残党、等級社会の底で行き場を失った者たちが合流し、放棄惑星だったはずのベノムに10年で国家の骨格が立ち上がった。彼らにとってアンドルフは自分たちと同じ「共和国に捨てられた者」にして、「死の大地」に都市を建てる技術を持つただ一人の救い主だった。首都中枢と直結する惑星規模の動力源をはじめ、この短期間の国家建設は今なお共和国の分析官を沈黙させる規模である。

そして宇宙歴3997年、帝国軍はマクベスへの急襲と同時に建国を宣言し共和国へ宣戦を布告した。布告文は共和国憲章の権威を正面から否定するものであり、その一節「帝国が憲章に従う義理はない」は開戦を象徴する言葉として繰り返し引用されている。責任を問い辞任を申し出たペパー将軍を議会は却下して防衛の指揮に留めた。10年前の助命は正しかったのか。この問いに公の答えはいまも出ていない。ただ、「英雄」を「罪人」にしたあの日の議事録が何を封じているのかを星系はまだ知らないままである。

プリマヴェーラ号救難作戦 / 三つの灯 THE PRIMAVERA RESCUE — "THREE LIGHTS"

歴史・事件 戦間期 — 宇宙歴3991頃 / 乗員乗客2,800名・生還率100%

宇宙歴3991年頃、大型旅客船〈プリマヴェーラ〉がサルガッソー宙域の縁辺で遭難した事故と、雇われ遊撃隊スターフォックスによる救難作戦の記録である。乗員乗客2,800名は一人も欠けることなく帰還した。結成から日の浅い先代スターフォックスの名を星系に知らしめた出来事であり、軍でも警察でもない「遊撃隊」という第三の選択肢が市民権を得た起点として語られる。

定期航路を航行中のプリマヴェーラは管制系の故障でワープ離脱の座標を大きく外し、よりにもよってサルガッソー縁辺の宙域へ投げ出された。機関は再起動に失敗し、船はその場で完全に停止する。この宙域で船を止めることの意味は「悪魔の手」の項に詳しい。タイタニアの異常磁場に引かれた破片と隕鉄が漂流する船体へ群がり始め、外殻の被弾は時間とともに増え続けた。それでも救難艦の派遣は絶望的だった。大型艦はそれ自体が悪魔の手の的となる上、2,800名を収容できる船が廃艦と岩塊の海を抜けられる水路は存在しない。艦隊の到着予測と船体の耐久予測を並べた航行局の盤面は、数字の上で「救えない」と結論していた。

藁にもすがる船主と保険組合が最後に頼ったのは、開業して間もない雇われ遊撃隊だった。手札は3機のアーウィンと母艦グレートフォックスだけである。ペッピー・ヘアは過去の遭難記録から悪魔の手の「癖」を読み、破片の集まりにくい間隙を縫う航路を計算した。先導するジェームズ・マクラウドの1号機が水路を拓き、ピグマ・デンガーは単身プリマヴェーラへ乗り移って機関を応急再点火させる。そして3機は鉄屑の海の中、誘導灯となって巨船の鼻先を並走した。窓に詰めかけた乗客たちが暗闇の先に見たものは、絶えず瞬き続ける三つの小さな灯だったという。異名「三つの灯」はこの証言に由来する。

船は自力航行で廃艦帯を抜け、縁辺で待つグレートフォックスと救難艦隊に迎えられた。作戦の間、船体の新たな被弾はほとんど記録されていない。悪魔の手の癖を読み切った航路計算の精度を物語る数字である。この生還劇は星系中に報じられ、開業時に「軍崩れの何でも屋」と書き立てた論調は一夜で影を潜めた。当時の軍事防衛長官ペパーがこの作戦の全記録を取り寄せたことも知られており、後年の彼が傭兵への依頼を「屈辱ではなく保険」と言い切る下地はこの夜に敷かれたとみる者が多い。

受け取った報酬でグレートフォックスの80年ローンは3か月分だけ前倒しされた。伝説の始まりとしてはささやかな数字である。なお〈プリマヴェーラ〉は改修を経て今も同じ航路を飛んでおり、サルガッソーの縁辺に差し掛かるたびに汽笛を三度鳴らす。運航規定にはない習慣だが、取りやめた船長はまだ一人もいない。

ムーラシア征討 / ダークメシア事件 THE DARK MESSIAH INCIDENT

歴史・事件 三つどもえの水面下戦 前夜 — 宇宙歴3993前半 / 先代スターフォックス参戦

宇宙歴3993年前半、テロ組織と化した教団宇宙統一平和協会「ムー」の本拠地、巨大移動要塞ムーラシアを征討した作戦と、首都の毒ガステロを含む一連の出来事の総称である。事件名は実行犯の叫んだ「闇のメシア」の一語に由来する。ニャン・ウェンリー准将の作戦立案の下、ジェームズ・ペッピー・ピグマの3名から成る先代スターフォックスが潜入から教祖捕縛まで作戦の中核を担い、教祖「オー・ムー」の駆る機動兵器『ओ&मू』の撃破をもって教団は事実上壊滅した。

壊滅の決定打の功でペッピー・ヘアピグマ・デンガーの2名が表彰されている。武装解除の上でセクターρに残置された要塞が後年何を呼び込んだかは、デモンシード・クライシス事件の項に詳しい。

事件の詳細な経過は戦闘記録『ダークメシア事件 全記録』に編纂されている。先代スターフォックス3名の時代の作戦で、経過の全容が残る数少ない記録の一つである。

デモンシード・クライシス事件 THE DEMONSEED CRISIS

歴史・事件 公表名「セクターρ除染作業」

帝国の建国宣言に先立つ数年前、セクターρで行われた生体要塞「フォアランナ」との戦闘および除染作業である。惑星ベノム圏から迷い込んだ生体兵器ベノム・セルの一つが、ムーラシア征討の後に廃棄されていた教団「ムー」の移動要塞ムーラシアの残骸に取り付いたことに端を発する。当時はベノム圏を封じる防疫網がまだ存在せず、はぐれたセルの漂流は事実上野放しであった。残骸には数か月で小惑星サイズの生体組織が形成され、周囲の宙域を無差別に攻撃し始めたのである。

突如出現した生体要塞は「フォアランナ」と命名され、ただちに共和国軍の特殊任務部隊が対処に当たった。ムーラシアの装甲骨格を内側から食い破って伸びた組織は要塞の主砲を神経の束のように取り込んでおり、教団が残した砲がセルの反射で撃たれるという異様な戦場であった。無限に再生する上に撃墜した友軍機やその携行兵装まで浸食して攻撃に転用するフォアランナの抵抗は凄まじく、精鋭の特殊部隊すら苦戦を強いられたという。戦闘は三日三晩に及び、部隊は撃墜されるたびに敵の一部へ変わる僚機を自らの砲で焼き払いながら戦線を維持した。最終的には所属不明の機体群が実施した自爆特攻型兵器の絨毯爆撃によって宙域が丸ごと洗浄され事なきを得た。この機体群は開戦後の解析により、帝国軍の設計系譜に連なるものと同定されている

洗浄後の宙域には焼け残った組織片が漂い続けており、これを回収し焼却する除染作業が公表名「セクターρ除染作業」の実体である。作業には除染艇の護衛と民間航路の警戒のため民間の遊撃隊が雇われ、契約者はムーラシア征討で名を挙げたばかりのジェームズ・マクラウド率いる初代スターフォックスであった。参謀のペッピー・ヘアは組織片が焼却炉へ向かう直前まで除染艇の推進音へ反応して身じろぎするさまを報告書に残し、「あれは死んだのではない。眠らされただけだ」という一文は後の対セル教範に引かれている。表彰の対象となる戦功はなかったものの、この作業で遊撃隊の3名は星系で最も早くセルの実物を間近に見た民間人となった。

この奇妙な共闘はベノム・セルの危険性を共和国軍の高官たちに改めて刻み込み、しばらくの間、軍部の動揺と混乱は収まらなかったという。のちに敵となる勢力までもが洗浄に動いたという事実は、このセルが星系にばら撒かれた際にどのような惨劇を生むかを如実に物語っている。事件名の「デモンシード」は、たった一粒の種子が宙域一つを飲み込みかけた経緯を悪魔の種に喩えたものであり、「フォアランナ(先駆け)」の命名には、これが先触れに過ぎないのではないかという当時の軍部の恐怖が刻まれている。現在の対セル防疫態勢と対抗兵器の研究は、いずれもこの事件を原点としている。

機密記録はこの絨毯爆撃を「あらかじめ手配されていたもの」と結論づけている。手配者は、当時共和国軍に籍を置いたまま帝国と内通していたミズローヌ・ケローンである。ケローンは表向き対処作戦に参加してフォアランナの状態を観察しながら、隣接するsectorτで密かに大改修していたプロトボルスの動力中枢「バイオニュークリアエネルギー炉」に、この事件の観測データと捕獲したセルを流用したとみられる。除染作業の記録には回収された組織片の総量と焼却された総量の間に説明のつかない差が残されており、その差分こそがsectorτへ運ばれた「種」であったと分析されている。移植されたフォアランナの細胞は、同機の暴走による大爆発で焼失した(サイレント・ナイトメア事件の項を参照)。この大爆発そのものが、制御を失った際の保険としてわざと用意されていたと分析する者もいる

なお、対処部隊の隊長機であった試作戦闘機アイグロスの放つ高エネルギーに、セルが明白な忌避反応を示した交戦記録は、後の対セル兵器研究の発端となった(ベノム・セルの項の機密記録を参照)。また、この作戦におけるケローンの不可解な動きは、弟子のニャン・ウェンリー准将が師の計画を看破する契機の一つになったと分析されている。さらに除染作業に雇われた遊撃隊のメカニックであったピグマ・デンガーが、組織片の保管容器と搬出手順に職務の範囲を超えた関心を示していたことが護衛記録に残る。後年ボルスのシステムを理解できる数少ない技術者としてスターウルフに名を連ねる男の「学習」が、この時すでに始まっていた可能性は否定できない

サイレント・ナイトメア事件 THE SILENT NIGHTMARE INCIDENT

歴史・事件 公表名「独立星系連合残党討伐」

帝国の建国宣言に先立つ数年前、sectorτで行われた大規模討伐作戦。公式発表では独立星系連合残党の拠点を掃討したものとされ、同宙域の星雲消失は「残党側の自爆」と説明されている。だがこの発表を信じる者は、当時から軍の内外に多くない。作戦の指揮を執ったニャン・ウェンリー准将は一躍英雄となって大艦隊提督への推挙を受け、これを辞退した。星雲一つが消えた宙域と、辞退された栄誉。公開記録に残るのはその二つだけである。

実態は、水面下で帝国へ転じたミズローヌ・ケローンが起動した移動要塞プロトボルスと、計画を看破したウェンリー准将の攻防である。デモンシード・クライシスで持ち出された「種」を炉に据えたプロトボルスは試験段階の未完成品でありながら、当時の艦隊戦のセオリーであった飽和爆撃も絨毯爆撃も要さず艦船を直接焼き切る弩級レーザーを備えていた。「セクターτで味方艦隊が行方不明になったらしい」と告げて去った師を追い、ウェンリーが率いて到着した艦隊は、星雲の中で待ち構える師の護衛艦隊と、その奥に沈黙する環状の巨影を見ることになる。

緒戦はケローンの完勝であった。共和国軍の部隊編成・信号手順・艦隊運動の癖を余すところなく持ち出していたケローンは弟子の初手を全て読んでおり、星雲の濃淡を利用した短距離ワープ跳躍で護衛艦隊を出現と消失を繰り返す幻のように動かし、ウェンリー艦隊の前衛を要塞の射線へ誘い込んだ。プロトボルスの主砲が一度だけ火を噴き、前衛の巡洋艦2隻が星雲ごと蒸発している。この一射が、共和国軍の高官たちが後年まで悪夢として語る光景である。ウェンリーはここで艦隊戦そのものを放棄した。「力だけにたよる戦術は無意味である」という師の教えを、教えた本人に向けて実践したのである。

ウェンリーが盤の外から呼んだ駒は、正規軍の記録にも師の持ち出した名簿にも載っていない雇われの遊撃士3名であった。艦隊が要塞の注意を引きつける囮となる間、3機は星雲の塵に紛れて要塞の懐へ潜り込んでいる。狙いは炉であった。試作炉は主砲の発射後に膨大な排熱を逃がすためコアを露出させる構造を持ち、この露出の数十秒だけが要塞唯一の急所となる。ウェンリーはあえて艦隊を二度目の射線へ晒して主砲を撃たせ、露出したコアへ3機の火力を集中させた。炉は制御を失って暴走し、sectorτの星雲と基地の一切を吹き飛ばす大爆発を起こした。3機は爆発の直前に離脱している。撤退する旗艦の艦橋で、ケローンが浮かべたのは笑みだったと記録は伝える。「見事だ。実に美しい手際だ」。中枢システムと設計図はこの撤退で帝国側へ持ち去られ、現在の防衛衛星ボルスの礎となった。

事件名の「見えざる悪夢」は、共和国上層部が付けた符牒である。星雲が消えたにもかかわらず公式記録には何も起きていないことになっており、参加した艦隊の将兵には緘口令が敷かれた。前衛の2隻の乗員は「残党討伐の戦死者」として弔われ、遺族は今も真相を知らされていない。遊撃士3名の氏名も作戦記録から伏せられたままである。ただし時期と人数、そして後年ボルスの構造を理解した技術者の存在が、この3名を創設期スターフォックスと結びつける状況証拠として繰り返し指摘されている。翌年に隊が崩壊するまで、彼らはこの件について公の場で一言も語っていない。

作戦研究上の未解決事項が一つある。参加した遊撃隊は3機と報告されているが、管制記録には4機目の機影が残されている。アーウィンとは異なる未登録の機体はのちの解析でウルフが当時個人所有していた同名の戦闘機「ウルフェン」(現行のスターウルフ主力機ウルフェンⅠとは別機。ピグマが「ウルフェン-ZERO」と呼び分ける機体)と同定され、解析AIは搭乗者をウルフ・オドネル本人と特定した。当時サルガッソーを縄張りとする一匹狼であったウルフが、なぜ遊撃隊と共にプロトボルス討伐へ参加していたのか。4機目は3機の突入路を先行して開き、コアが露出する直前に離脱していたと管制記録は示しているが、この点については今も意見が分かれている

フクスヤークト / ベノム偵察作戦 OPERATION FUCHSJAGD — THE VENOM RECON

歴史・事件 三つどもえの水面下戦 — 宇宙歴3994 / 先代スターフォックス最後の作戦

宇宙歴3994年、公式記録に「偵察」の二文字だけを残して先代スターフォックスが消えた作戦である。実態は戦略白書が空論と諦めたベノムVPR基地への強行接近であり、編隊は目標の目前まで迫りながら、僚機ピグマ・デンガーの裏切りによって帝国の罠に落ちた。隊長ジェームズ・マクラウドは自らを囮に僚機を逃がして消息を絶ち、生還したのはペッピー・ヘアただ一人である。

持ち帰られた証言は英雄の名簿からピグマの名を消し、反逆者リストの筆頭へ書き換えた。経過の全容は戦闘記録本再現および記録に編纂されている。先代スターフォックスの記録の、事実上の最終頁である。

プロスペロー防衛戦 / 闇の女神事件 THE DEFENSE OF PROSPERO — "DARK GODDESS" INCIDENT

歴史・事件 三つどもえの水面下戦 — 宇宙歴3995頃 / 公表名「第4次軌道清掃作業」

帝国の建国宣言に先立つ数年前、星系副首都テンペストを擁するプロスペローの防空圏で実際に戦われた迎撃戦である。公式記録では大規模な軌道デブリの清掃作業として処理されており、市民の大半はあの夜の閃光を今も焼却処理の光と信じている。軍の内部では、住民が「女神の環」と呼び習わす環境支援システムオベロンⅢの環が攻撃隊の出現方位で闇に沈んでいたことから「闇の女神事件」の名で語り継がれ、恒久非戦闘地域の空が直接叩かれた初の事例として軌道防衛計画の転換点に位置付けられている。

攻撃隊は所属不明の完全無人艦隊だった。編隊はオベロンⅢの陰に中継中枢を潜ませ、環の影を衝立にして防空網の隙へ滑り込んだ。攻撃は性質の異なる波が幾重にも続く波状攻撃であり、第1波の対応をなぞった防衛部隊は第2波で裏をかかれ、第2波の教訓は第3波で逆手に取られた。防空網そのものが「学習されていく」感覚を、当直士官は「こちらの教範を横で読まれているようだった」と証言している。さらに攻撃と並行して、オベロンⅢの管制中枢への電子的な侵入が幾度も試みられていた。初代オベロンの環境AI「アトラス」の直系にあたる管制系は全ての試行を退けて環の制御を守り抜いたが、この侵入の形跡が後に持つ意味を当時の共和国はまだ知らない。攻撃を統制していたのは、sectorτミズローヌ・ケローンがプロトボルスと並行して開発し、宙域の消滅前に搬出していたとみられる戦闘代行コンピュータ「ヘルメス」と後に同定された。人間の指揮を一切介さず艦隊戦の全てを「代行」する機械の頭脳であり、この夜の攻撃は防空網の反応と軌道インフラの制御奪取の可否をまとめて採取する実地試験だったと分析されている

迎撃の指揮を執ったのはニャン・ウェンリー准将である。定石を学習して食う敵に対し、ウェンリーは正規軍の教範運用をあえて「餌」として維持したまま、教範の外で戦う駒を盤へ投じた。サイレント・ナイトメア事件の前後から彼が関係を築いていた雇われの遊撃隊、「ギャラクシー・ドッグス」「ワイルド・ブルー・ストライカー」「エクストリーム・ゾディアック」である。型を持たない遊撃士たちの機動は機械の予測網に最後まで収束せず、戦線に空いた穴からただ1機の強襲機が環の陰の中継中枢へ到達した。道中で弾薬の尽きた遊撃士が撃破した無人機から武装モジュールを剥ぎ取り、繋ぎ足しながら戦い続けたという突入行の逸話は、今も遊撃士たちの酒場で語り草になっている。そして突入した遊撃士が最奥で見たものは、砲の一門も持たずただ演算を続ける機械の塊であったという。中枢は一発の反撃もないまま沈黙し、頭を失った無人艦隊はその場で漂流物の群れへ変わった。

共和国はこの事件を境にプロスペロー軌道の防衛体制を見直し、オベロンⅢへの防衛機能の付与と管制系の多重防壁化へ踏み切った。二度と環の影を衝立に使わせないためである。恒久非戦闘地域の協定が大規模な軍備を許さないため、強化はもっぱら環そのものの「自衛」へ絞られた。なお開戦後、その協定を一方的に破棄した帝国がこの星を緒戦で電撃的に占領し、刻の軍神作戦では都市の生命線を握る人質の星として盤外の一手に使ってみせた。その手際の良さの下地を、この夜に露呈した防空の弱点へ求める分析は少なくない。一方のケローンはこの夜に採取された戦闘記録、とりわけ自軍の予測網が遊撃隊に破られていく過程のデータを持ち去り、後の防衛衛星ボルスの再建でAI「タイタン」の中核設計に反映したと分析されている。ボルスが単機ないし少数機の侵入をことさら警戒する設計思想は、この夜の敗因の裏返しにほかならない。そしてタイタンは移植されたヘルメスの学習成果の中に、自身と同型の兄弟機というべきアトラスへの侵入試行の痕跡を見出したとみられる。要塞AIが外部からの制御奪取を異様なまでに警戒し、幾重もの防壁を自己増築した理由の一端はこの照合にあると亡命技師は証言している(ボルスの項を参照)。なお回収作業に当たった部隊は、沈黙した中継中枢の残骸から肝心の演算ユニットを発見できなかった。ヘルメスの頭脳の行方は、今も分かっていない。事件は水面下戦の常として公表されず、市民が知る「清掃作業」の夜の真実は機密の壁の向こうにある。

第2次ライラットウォーズ THE SECOND LYLAT WARS

歴史・事件 宇宙歴3997〜 — 現在進行中の星系規模戦争

ステファノーの戦いから二百年を超える平和(独立星系連合の反乱のような内乱を除く)の後、ライラット宇宙歴3997年、辺境ベノムで発生した「アンドルフの反乱」を契機にベノム帝国が建国され勃発した現在進行中の星系規模の戦争。数多の勢力が入り乱れた第1次と異なり、コーネリア連合共和国とベノム帝国という二つの巨大国家が星系を二分して正面から激突する星系史上初の形の戦争となっている。

開戦は奇襲で始まった。帝国は宣戦布告とほぼ同時にマクベスを急襲・占領し、続いてフィチナの気候制御を掌握。ゾネスは占領と同時に汚染され、プロスペローが落ち、フォルトナとの通信は途絶した。日食作戦など緒戦の攻防を経てもなお敗報はヒヒョーツクセクターζと続きスターブレード主力の過半を失った共和国は一時、本土決戦さえ覚悟したとされる。

3997年末の刻の軍神作戦で帝国の本命侵攻は中断されたがその数週間後、共和国の頭脳ニャン・ウェンリー准将が凶刃に倒れる(ウェンリーの最後)。星系が喪に服す中でなぜか帝国の大攻勢もまた止み、共和国はこの不可解な猶予の間に戦線を立て直した。反攻の先頭に立ったのが再建されたスターフォックスである。コーネリア防衛戦で名乗りを上げ、カタリナの奇跡を皮切りにフィチナゾネスフォルトナと戦果を重ね、傭兵部隊でありながら共和国反攻の象徴となっている。

とはいえ戦況の針は今も帝国側に振れている。マクベス・ゾネスは占領されたまま、コーネリアは度重なる侵攻を受け続けておりCDFの決死の防衛により戦線は維持されているのが現状である。テンペスト奪還戦は今も続き、移動要塞級の秘蔵兵器グレートディッシュの投入も始まった。第1次ライラットウォーズは「同じ過ちを二度と繰り返さない」という誓いで幕を閉じた。その誓いの上に建った国が二百三十年後に何と戦っているのか──歴史の皮肉を口にする声は戦時下の今はまだ小さい。

日食作戦 / セクターαの攻防 OPERATION ECLIPSE — THE BATTLE OF SECTOR ALPHA

歴史・事件 第2次ライラットウォーズ 緒戦 — 宇宙歴3997 / 「戦争から最も遠い場所」の唯一の戦い

恒星ライラット・プライムを抱くセクターαは熱量と太陽風が艦隊行動を許さず、両軍とも戦力を置かない非戦闘地域である。開戦後間もなくこの常識を逆手に取った帝国の特殊部隊が定期補給船に偽装してブラグザ・ソーラークリスタル充填基地へ接舷し、職員を人質に基地を占拠した。狙いは充填済みクリスタルの備蓄と基地の補給拠点化であり、後の解析はこれが帝国第7師団による宙域侵攻計画の先遣であったことを突き止めている。艦隊は熱に阻まれ、通信はフレアのたびに途切れ、増援は間に合わない。セクターαの常識の全てが占拠側の盾となった。

奪還を立案したのはビリー・シールズである。大規模フレアの予報に全部隊を合わせ、通信麻痺で基地の外部連絡が死ぬ「窓」の間にフレアの放射へ艦影を隠し、恒星側から強襲する。基地の監視員から見れば迫るCDFの奪還部隊は太陽を背負った影の輪郭でしかなく、「日食作戦」の通称はここに由来する。照明の落ちた充填区画での白兵戦の末に人質は全員解放され、占拠部隊がただ一隻脱出させた輸送艇は撤退中にフレアへ呑まれて消息を絶った。「太陽が取り返した」が職員たちの語り草である。

だが攻防はそれで終わらなかった。基地の奪還と前後して第7師団の艦隊本隊が宙域の外縁へ進出し、旗艦〈ペルシカ〉が姿を現したのである。後の超弩級要撃艦サルバドーラの先行機にあたるこの大型艦は一回り小さいとはいえナガス級に迫る巨体であり、正面からの艦隊戦は数で劣る共和国側の劣勢に傾いた。CDFはペルシカへの対処として傭兵部隊スターフォックスを派遣する。ペッピーを除く隊員にとって、このクラスの艦隊戦は初めての経験であった。

若い隊長の選んだ答えは艦隊戦ではなかった。護衛網を潜り抜けた編隊はペルシカの懐へ取り付き、フォックスアーウィンウォーカー形態へ変えて艦内へ歩いて侵入した。ファルコが外で護衛機を引き受け、スリッピーが従来型の一括制御コアを解析して経路を示し、ペッピーは管制艦と連携して護衛網の目を引き剥がした。エネルギー炉の中枢は内側から破壊され、旗艦の大破をもって侵攻は瓦解した。中枢を一点で束ねる従来型の弱点をそのまま突かれた最期であり、のちにサルバドーラの分散炉の価値を皮肉な形で証明することになる。

太陽の宙域は再び「戦争から最も遠い場所」へ戻り、基地には小規模な常駐警備隊が置かれて「太陽の懐で気を抜くな」が申し送りの決まり文句となった。日食作戦の成功はシールズの名を軍の内外に知らしめ、のちの抜擢の足掛かりとなっている。新生スターフォックスにとっては隊の活動記録の最も古い頁の一つであり、コーネリア防衛戦より前の「無名の時代」に数えられる。

ヒヒョーツク陥落 / 魔術師の黒星 THE FALL OF HIHYOTSK — THE MAGICIAN'S ONLY DEFEAT

歴史・事件 第2次ライラットウォーズ 緒戦 — 宇宙歴3997 / ウェンリー唯一の敗北

第2次ライラットウォーズ緒戦の宇宙歴3997年、占領下のフィチナ氷下に潜伏していたCDF情報戦略本部の拠点「ヒヒョーツク」が帝国軍に陥落させられ、保管されていた機密情報が丸ごと鹵獲された戦いである。拠点の名は、所在した氷下海最大の「ヒヒョーツク海」に由来する。指揮を執ったニャン・ウェンリーが記録上唯一の敗北を喫した戦いであり、参謀部の内部では「魔術師の黒星」と呼ばれる。ミズローヌ・ケローンとの直接対決の一度目でもある。

フィチナは開戦劈頭に気候制御装置を掌握され占領下にあったが、氷下では共和国の残存拠点網が息を潜めて活動を続けていた。帝国はこの網の掃討にケローンを充てウェンリーは遠隔から拠点群の退避を指揮する。読み合いは弟子の完勝に見えた…ウェンリーは州都モスクマ方面の陽動を看破し、師の攻め筋を先回りして退避の順序を組み上げていた。だが、彼は一手だけ読みを間違えていた箇所があった。軌道上からの無差別打撃で退避路ごと基地を潰すという師の流儀には決してない一手である。

そして、その捨てた一手が盤に置かれたのである。帝国部隊は退避途中のヒヒョーツクを急襲して制圧しアーカイブの中身を丸ごと搬出。数日後、初運用の巨大戦艦グレートディッシュが跡地を地殻ごと爆砕し基地の存在そのものを地図から消したのであった。後の分析によれば軌道爆砕の投入を決めたのはケローンではなく帝国中枢である。大提督自身が当初この兵器へ疑問を呈していた事実は複数の記録が裏付けており、ウェンリーの読みは「師について」だけは正しかったことになる。鹵獲された機密は帝国の持つ共和国側情報の鮮度を大きく更新し、後の北十字の惨劇の遠因の一つに数えられている

この黒星はウェンリーを変えたと後の幕僚たちは口を揃え、以後の彼は敵を「ケローン」と「帝国」に分けて読むようになった。師の指し筋と、師の与り知らぬところで動く帝国の手。その二つを別の盤として扱う読みは北十字で包囲にただ一つ残された綻びを見抜かせ、刻の軍神作戦で盤外の介入に動じない胆力の土台となった。なお本人の遺志によりこの敗北の記録は隠されることなく士官学校の戦術教材の最初に置かれている。教材の最後に置かれた「最後の授業」と対を成すこの配置は教材を編んだ後進たちなりの敬意の表し方である。

ドナルベイン攻略戦 THE ASSAULT ON DONALBAIN

歴史・事件 共和国軍最大の対マクベス攻勢 — 失敗

惑星マクベスのミサイル基地の制御システムである「スピニング・コア」を破壊するために行われた、共和国からマクベスへの最大の攻勢作戦である。共和国はトリンキュロー回廊を通過する際、マクベスから発射される対艦船ミサイル「マン・ドリル」によって、まともに艦隊をベノム圏へ進められない問題に直面していた。インナーリムからアウターリムへの道は限られており、打つ手がないと攻めあぐねていた参謀部は、その年が恒星ライラット・プライムの活動の極小期にあたることに気が付く。そしてセクターⳡに大規模な宇宙生物の回遊が確認されたことで、第2の奇襲ルートが使用できると確信した軍は、軍事作戦としては史上初めてセクターⳡを使用した大規模攻勢を開始した。回遊の燐光に艦影を紛れさせてソーラ圏へ抜け、マクベスがソーラ圏へ最接近する時期を突く──天体の運行を味方につけた、教科書級の接近だったと評価されている。

目標はミサイル基地の破壊と機能停止である。作戦はマクベス侵攻までは順調に進んだが、そこで予想もしない問題に直面した。ミサイル基地を制御するコンピュータは、星系で最も危険な火山地帯「マクベス第5動力炉」──すなわちドナルベイン火山の真下に位置していたのである。マクベス自体の強い重力と火山の噴煙により航空戦力と艦船はまるで機能せず、白兵戦を試みるにも、溶岩と硫化水素が絶えず噴き上がる灼熱の地形がそれを阻んだ。そして何より、制御システム自体が強力な迎撃能力を持つ兵器「スピニング・コア」であることが判明し、正面からの戦闘で撃破できる人材が存在しないと分かると、戦況は膠着状態とならざるを得なかった。

スピニング・コアは火山の地熱から直接エネルギーを賄っており、列車を止めての兵糧攻めも通用しない。ミサイル基地の爆破を試みようにも、警戒網が作動した後の基地は対艦船用防御壁を展開しており、もはや手の付けられる状態ではなかった。共和国軍はマクベスへ「到着する手段」に気を取られるあまり、到着後の破壊対象の優先順位を誤るという致命的なミスを犯したのである。なお後年の情報部の検証では、この混乱の裏で帝国軍親衛隊が撃破目標の所在情報を侵攻前から巧妙に撹乱していたことが指摘されている。ミスは誘われたものだった、というのが現在の見解である。攻勢は成果のないまま撤収となり、史上初のセクターⳡ奇襲という完璧な序盤は、星系戦史に残る画竜点睛を欠く実例となった。

共和国はこの大失敗を受けて、マクベス攻略の戦略考証において、対地戦力の確保、および敵に接近を悟られない隠密または少人数による強襲を必須の要件とするようになっている。艦隊でも大部隊でもこの要塞は落ちない──ならば次にドナルベインの扉を叩くのは、ごく少数の腕利きになるだろうと参謀部は結論づけている。

セクターζの惨劇 / 北十字防衛戦線 THE TRAGEDY OF SECTOR ZETA — THE NORTH CROSS LINE

歴史・事件 第2次ライラットウォーズ 緒戦 — 宇宙歴3997 / 開戦以来最大の敗北

第2次ライラットウォーズ緒戦の宇宙歴3997年、セクターζスターブレード艦隊泊地が帝国艦隊の奇襲を受け、一夜にして主力の過半が失われた戦いである。開戦以来最大の敗北であり、共和国軍史上最悪の損害として記録されている。旧5国艦隊の統合以来二百年余りにわたり「共和国の刃」であり続けた艦隊は、この一夜を境に星系の盤面から一時姿を消すことになった。なおセクターζの泊地群は隊列の配置から「北十字」の通称で呼ばれ、防衛計画上の正式名称を北十字防衛戦線といった。以来「北十字」の一語は、将兵の間でこの敗北そのものの代名詞となっている。

当時の艦隊はマクベス方面への反攻作戦を準備しており、泊地には主力の集結が進んでいた。だがその集結情報は帝国側に漏れていた。共和国を去ったミズローヌ・ケローンが部隊編成の詳細まで持ち出していた以上、秘匿の網はもとより破れていたのである。帝国艦隊はサルガッソーのデブリ帯へ機関を落として潜伏し、「悪魔の手」が引き寄せる無数の岩塊と鉄屑を艦体に纏うことで観測網から完全に姿を消していた。標準時の深夜、デブリ帯から湧き出した艦隊は無警戒の泊地を直撃。旗艦と管制中枢は最初の斉射で沈黙し、集結中の艦列は錨を上げる間もなく火線に飲まれた。

この奇襲を設計したのはケローンその人と断定されている。包囲はまずコーネリアプロスペローからの補給航路を塞ぎ、次いで旧5国由来の五つの流派が緊急時に取る行動様式を先回りして退路を封じる形に組まれていた。CDFは戦後「あの包囲は五流派の癖を知り尽くした人間にしか描けない」と結論している。帝国の人型戦闘機サルデスのエース機「白」が初めて観測されたのもこの戦場である。

それでも損害が「全滅」ではなく「過半」で止まった理由を、戦史は一人の男の名で説明している。反攻作戦の立案のため泊地に随伴していたニャン・ウェンリー准将である。ウェンリーは指揮系統の崩壊した残存艦艇を通信の生きた艦から順に束ね、燃える泊地そのものを遮蔽物に使いながら、完璧なはずの包囲にただ一か所だけ残された薄い一点へ全艦を集中させて突破した。この撤退指揮は「星系最悪の敗北の中で行われた最も見事な撤退戦」と評されている。なおケローンほどの男がなぜその一点だけを緩めていたのかについては今も議論が続いている。単なる配置の綻びとみる者もいれば、弟子にだけ見つけられる出口をあえて残したとみる者もいる。

惨劇の戦訓は全艦隊の哨戒教範を書き換えさせ、生き残った艦隊は偽装泊地と欺瞞信号を徹底する「在りて脅かす艦隊」の運用へ転換した。艦隊は現在稼働率4割からの再建の途上にあるが、失われたのは艦体だけではない。「艦は作れても、練度と絆は作れない」とは再建を指揮する提督の言葉である。主力艦隊を欠いた共和国は要所の防衛をスターフォックスのような少数精鋭の傭兵部隊に頼らざるを得なくなり、この依存は現在も続いている。そしてこの敗北から間もなく、共和国は撤退戦の立役者その人を街頭の凶刃で失った。刃の過半と「頭脳の半分」を相次いで奪われた緒戦の冬は、共和国にとって最も暗い季節として記憶されている。

刻の軍神作戦 / 最後の授業 OPERATION CHRONO-ARES — "THE LAST LESSON"

歴史・事件 第2次ライラットウォーズ — 宇宙歴3997年末 / 勝敗記録なし

宇宙歴3997年末、トリンキュロー回廊の共和国側出口にあたるセクターφで戦われた大規模会戦である。「刻の軍神」は共和国側の迎撃作戦の符牒であり、これがそのまま会戦の公式名として定着した。名付けた者の記録は残っていないが、侵攻の刻を止めてみせた指揮官への敬意と読む者が多い。ニャン・ウェンリーミズローヌ・ケローンの直接対決は記録に残るだけで三度を数える。緒戦のヒヒョーツク陥落北十字の撤退戦、そしてこの会戦である。もっとも互いの艦隊の全力を正面から向け合った戦いはこの一度きりであり、勝敗の記録は「なし」。公式記録上は引き分けに終わったこの戦いを、両軍の若い士官たちは「教師と教え子の模擬戦」の最終講に喩えて「最後の授業」と呼ぶ。

発端は北十字の陥落である。スターブレード主力を失った共和国に対し、帝国は回廊を抜けてコアワールドへ雪崩れ込む本命侵攻の先鋒を送り出した。指揮はケローン。迎え撃つ共和国に残されていたのは、北十字から救い出された傷だらけの残存艦と再建途上の新造艦、そして闇の女神事件以来ウェンリーの手足となってきた雇われの遊撃隊という寄せ集めであった。二十数年前、若き日の二人が肩を並べて奪還した回廊で、師弟は初めて艦隊の全力を敵として向け合うことになる。

会戦は数日に及ぶ機動戦となった。囮の前衛、裏をかく分進、読まれることを前提に仕込まれる二重三重の罠。互いの定石を知り尽くした両者は定石の外し合いで応酬し、観測記録を解析した参謀部は「盤面のどの一手にも無駄がない」と評している。侵攻側先鋒の中核には第3師団のナガス級要撃艦〈サルバドーラ〉以下41隻が投入されており、絶え間ない「レーザーの流星群」が共和国側の隊列を軋ませ続けた。対するウェンリーの罠の中でも語り草となっているのが、交戦史に例のない「サルベージャーの買収」である。回廊に生きる沈没船曳きたちを雇い上げ、廃艦と岩塊の地形そのものを動く盾と迷路に変えたこの奇策は遊撃隊ペッピー・ヘアの働きと噛み合い、小惑星級の巨艦を最後まで翻弄し続けた。そして最終日、ウェンリーの重ねた罠がついに帝国艦隊の陣形を割り、ケローンの旗艦が主砲の射程へ裸で捉えられた。撃てば終わる局面であった。

砲声は轟かなかった。同時刻、プロスペローの占領軍が都市の生命線を制圧する構えを見せ、評議会は人質の星を優先してウェンリー艦隊へ即時停戦と帰投を命じたのである。抗議する幕僚たちへ、ウェンリーは師の口癖で答えたと記録されている。「力なき正義が無力であるのと同じく、正義なき力もまた無力なのだよ」。艦隊は一発の砲声もなく反転した。なおこの恫喝を実行した部隊は帝国軍親衛隊の系統でありケローンの指揮系統に属さない。盤上の勝敗を盤の外の手が薙ぎ払ったこの介入をケローンがどう受け止めたのかは、追撃命令が最後まで出されなかったという事実だけが物語っている

預けられた決着の日は、永遠に来なかった。会戦から数週間の後、ウェンリーは戦場ではなく街頭の凶刃に倒れたのである。ケローンは数か月にわたり姿を消し、好機とされた本命侵攻はそのまま保留された。現在、帝国が回廊の付近で廃宇宙艦隊を束ねた巨大要塞を建造しているという噂の意味を測りかねている分析官は多い。ただ両軍の士官学校では、この会戦の観測記録が今も戦術教材の最後に置かれている。「最後の授業」の名は、続きを受けられる者がもういないことへの、両軍共通の敬意でもある。

ウェンリーの最後 THE MAGICIAN DOES NOT RETURN

歴史・事件 第2次ライラットウォーズ — 宇宙歴3997年末 / 国葬

宇宙歴3997年末、共和国軍参謀部の軍師ニャン・ウェンリー准将がコーネリアシティの街頭で凶刃に倒れた事件と、それに続く国葬の記録である。刻の軍神作戦からわずか数週間後のことであった。北十字で刃の過半を失っていた共和国は、この日「頭脳の半分」を失ったと評される。享年44。星系最高の頭脳の一つは艦隊でも要塞でもなく一本の刃に沈んだのである。

准将には昇進と共に護衛を断り続ける習いがあった。非番の日には私服で古書店街を歩いて歴史書を漁るのが数少ない道楽であり、その日も買ったばかりの本を数冊抱えて店を出たところだった。実行犯はその場で取り押さえられている。解体された教団「ムー」の信徒二世の青年であり、動機は教団本拠ムーラシアの征討を立案した男への報復とされる。翌朝の星系各紙は申し合わせたように、ほとんど同じ見出しを一面に掲げた。「-魔術師、還らず-」。

葬儀は国葬として営まれコーネリアの枠を超えてカタリナフィチナアクアスから、さらにはエラダードキューの通商連合の重鎮までが参列した。元首でも王族でもない一個人の葬儀としては星系史上例のない規模である。国葬の日、カタリナの全入植地は乾季にもかかわらず一斉に灯を落とし、ノラ・ファシルの住民たちはあの日の避難路に沿って灯を並べた。旧居のあるノラ・ラファイには今も星系中から花が届き続けている。

そして戦線からはもう一つの弔意が観測された。ケローン大提督が数か月にわたり帝都からもAREA6からも姿を消したのである。帝国軍部はあえて行き先を追及せず、好機とされた本命侵攻は大提督が戻るまで保留され続けた。結果として共和国はその数か月で防衛線を立て直すことができた。復帰後の旗艦の画廊にカタリナの雨季を描いた小さな絵が一枚増えていたという亡命者の証言があるが真偽は確認されていない

遺されたものは多い。テンペスト奪還戦の「三つの禁止」は遺稿として今も奪還計画の背骨であり続け、戦術記録は全分校の教材となり、敗北の記録すら本人の遺志で教材の最初に置かれている。遺品の古びた物語の本と、その表紙裏に残されていた幼い字の「基地の見取り図」の物語は、人物記録の項に譲る。参謀部の後輩たちは今も作戦室を「段ボールの基地」と呼ぶ。凶刃を生んだ土壌、すなわち「不安と差別と救い」の不在が解決されていない以上、この事件はまだ歴史になっていない。それでも魔術師の居場所だけは彼の教え子たちの数だけ残り続けている。

カタリナの奇跡 / ノラ・ラゴス防衛戦 THE MIRACLE OF KATINA

歴史・事件 第2次ライラットウォーズ — ウェンリー国葬直後 / 新生スターフォックスの公式初陣

カタリナの前線基地ノラ・ラゴスが帝国の拠点制圧兵器サルレシアの直撃を受け、基地全滅寸前から逆転した防衛戦である。地中に埋設したエネルギー供給パイプで光学兵器無効のバリアを張るサルレシアに対し、ビル・グレイ中尉の第7飛行隊と急行したスターフォックスが連携し、パイプの接続部の弱点を見破って撃退した。操縦者は本土の名物グランガパイロットであり、緊迫するはずの防衛戦は終始何とも言えない空気感を漂わせていたという。

開戦以来劣勢だった共和国の士気を回復させ、新生スターフォックスの名を本土の外へ広めた一戦である。ただし落とされたのは真の脅威であるグレートディッシュ本体ではなく、その10分の1の規模の別系統機に過ぎなかった。パージされたサルレシアの「花弁」の一枚は「鉄の丘」として今も草原に横たわっている。

陽炎の影事件 / ソーラ調査作戦 SHADOW OF THE HEAT HAZE — THE SOLAR SURVEY

歴史・事件 第2次ライラットウォーズ — 恒星表面での唯一の戦闘 / 結末は非公開

第二の太陽ソーラの外周観測網が表面直下を高速で移動する巨大な「影」を捉え、CDFがこれを帝国のバイオウェポンと関連付けて遊撃隊へ調査を依頼した事件である。プロミネンス・チェイサー級の探査船ですら半ば溶ける環境へ赴く隊はなく、日食作戦で灼熱のセクターαを飛び抜けたスターフォックスに白羽の矢が立った。アーウィンの耐熱バリアの限界に挑んだこの任務で隊は溶岩の海を遊泳する恒星適応個体「サンガー」と遭遇し、交戦の末にこれを鎮静化している。

恒星の火炎弾からスモールサプライが回収できるという発見と、光学兵器の通じない怪物を物理的な突撃で倒したという戦法は、いずれもこの任務が初出である。任務の結末は公開されておらず、当該宙域の接近制限は任務後に一段階引き上げられた。隊の参謀がソーラ宙域へ放った観測気球は今も静かにデータを送り続けている。

クライメート・コントロール奪還戦 / ボノ盆地の戦い THE RECAPTURE OF CLIMATE CONTROL — BATTLE OF THE BONO BASIN

歴史・事件 第2次ライラットウォーズ — 通称フィチナ奪還作戦 / スターウルフとの公式初交戦

開戦初期、フィチナは帝国軍の急襲を受けた。グレートディッシュの試験運用で地下基地二つが一夜で爆砕され、ボノ盆地に築かれた惑星気候制御装置クライメート・コントロールは占領部隊の手に落ちた。帝国は制御圏を狭めては戻す示威を繰り返し、砲弾を一発も撃たずにフィチナ全土の生存環境を人質に変えたのである。装置の制御を取り戻す作戦はペパー将軍からスターフォックスへ要請された。

降下した4機が盆地の吹雪の向こうに見たのは、撤退を始めた占領部隊の置き土産であった。装置の中枢に仕掛けられた大型の時限爆弾である。起爆すれば装置は砕け、「気候の傘」の下に築かれた地下都市と測候都市は丸ごと氷の中に取り残される。スリッピーが起動信号を読み取り、ナウスが残り時間を読み上げ始めた。そして装置へ向かう編隊の前に、4機の見慣れない機影が立ち塞がった。「そうはさせないぜ、スターフォックス」。傭兵部隊スターウルフの、公式記録における初交戦である。

交信記録は短い応酬を残している。レオン・ポワルスキーは「皇帝陛下のご命令だ」と淡々と告げ、アンドリュー・オイッコニーは「アンドルフ様の敵は俺の敵だ!」と吠えた。ピグマ・デンガーの「久しぶりやな、ペッピー」にペッピー・ヘアが何と返したかを、記録は「応答なし」とのみ記している。ファルコは「足止め役か。安く買われたもんだ」と吐き捨て、フォックスは一言「相手になってやる。ただし急ぎでな」と答えた。爆弾の秒読みを背に、傭兵同士の空戦は吹雪の盆地の上で始まった。

スターウルフの狙いは撃墜ではなく時間であった。装置へ近づく機を執拗に横から突き崩し、秒読みを削る。だがウルフェンの初陣でもあったこの日、連携の精度はスターフォックスが一枚上であった。吠えるばかりで機動の粗いオイッコニー機に被弾が集中し、蓄積した損傷は無視できないものになりつつあった。ウルフ・オドネルは舌打ち一つでその機を庇う位置へ入り、「金の出どころはコイツだ…今回は仕方ないが負けといてやる」の一言を残して4機を雪雲の向こうへ退かせた。交信記録に残る「ガキの子守は契約外だ」という愚痴は、この部隊の隊長が皇帝の甥をどう扱っていたかを垣間見せる最初の記録でもある。残り時間は1分を切っていた。フォックスが装置へ滑り込み起爆回路を切ったのは秒読みが一桁になってからである。フィチナの空に「調整された晴天」が戻り、装置の制御は共和国へ返された。

この一戦は二つの因縁の起点となった。スターウルフとの決着のつかない撃ち合いはこの後フォルトナへ、そしてその先へ続く。そして帝国軍の地下施設へ撤退した占領部隊の残存兵は今も掃討されておらず、フィチナの地下は戦時のままである。ボノ盆地の住民は爆弾が止まった時刻を「二度目の傘の日」と呼び、ささやかな祝いを続けている。

ロードス包囲戦 / AREA3防衛戦線 THE SIEGE OF RHODES — AREA3 DEFENSIVE LINE

歴史・事件 第2次ライラットウォーズ — 壁の頭脳への強襲 / 親衛隊とグランガパイロットの同時侵攻

グレートウォールAREA3が内と外から同時に攻められた防衛戦である。ロードスとはAREA3内周リングの軌道都市の名であり、約12万名が暮らすこの街が丸ごと包囲下に置かれたことから、共和国側の公式名称はロードス包囲戦と定められた。軍内では二つの戦場をまとめてAREA3防衛戦線と呼ぶ。外周では帝国軍親衛隊「赤の3」フリッツ・チンパンドルフの万能破壊戦艦ブレードバリア1号機が環状ステーションに迫り、内周では訓練区画に紛れ込んだ侵攻部隊が陸上戦車ディストラクターを先頭に居住区画へ攻め込んだ。搭乗していたのは月初の風物詩グランガパイロットである。

外周の戦いは壁の「口」の争奪であった。回転するバキュラム鋼の刃はコーネリアファイターの編隊を数で押す余地すら与えず、管制直属のシバ隊が隕石群の隙間へ敵を誘い込んで時間を稼ぐ間に、本土からレトリーバー隊が駆けつけた。隊長機ゴールド・クレストを先頭とする決死の防衛戦で戦況は拮抗に持ち込まれ、戦略的不利を悟ったフリッツは自爆特攻を敢行する。多数のコーネリアファイターが巻き添えとなったが、失敗兵器ジュラ・ムーンが偶然爆風との間へ割り込む奇跡に救われステーションと隊長機は守り抜かれた。

内周の戦いは街そのものが戦場となった。演習用に組まれた都市戦区画から本物の居住区画へ侵入したディストラクターは、分離と合体を繰り返す3機の砲台で環状軌道車両の路線を寸断し、防衛側の増援を阻んだ。迎え撃ったのはAREA3に常駐する地上軍ブルドッグ隊である。市街地では航空戦力もステーションの対艦砲台も使えず、ブルドッグ隊はピットブルを盾に街路を一区画ずつ取り返す消耗戦を強いられた。ディストラクターが自己修復の合体に失敗して停止するまでに居住区画の三分の一が破壊されており、共和国側が同機を「グランガ系列で最も大きな被害を出した機種」と数える根拠はこの戦いにある。なお、搭乗者はこの時も生還しており民間人に紛れ込んで逃走を図った。

戦後の分析は二つの侵攻が同時刻に始まったことを偶然とは見ていない。外周の強襲が管制の目を刃に釘付けにしている間に内周を落とせば「壁の頭脳」は内側から止まる。親衛隊が指揮系統から独立して動く以上どちらが陽動であったのかは今も判然としないが、共和国の将校たちがグランガパイロットを陽動作戦の囮と疑い続けてきた経緯を思えば、この日ばかりはその疑いが正しかったのかもしれない。AREA3が失われていれば本土は裸になっていた。この戦いがレトリーバー隊を「本土侵攻を食い止めた隊」として星系に知らしめ、シバ隊とブルドッグ隊をロードスの住民にとっての恩人とした。破壊された居住区画の再建は現在も続いており、街の復旧を待つ間の学生見学枠は無期限の停止となっている。

ゾネス偵察 / 海上基地潜入作戦 ZONESS RECON — THE SEA-FORTRESS INFILTRATION

歴史・事件 第2次ライラットウォーズ — 占領下の毒の海 / 二段構えの強行偵察

帝国占領下のゾネスアクアス方面への前進基地であり、海上には対空探照灯網が張り巡らされ旧観光航路は機雷原に変わっていた。CDFが求めたのは二つである。毒の海を走る帝国の海上補給線の実態と、海底から汲み上げられる「何か」の正体。正面からの偵察が成立しない海へ送られたのは、例によってスターフォックスであった。侵入経路の下敷きになったのはゾネス帰還同盟へ無償の輸送を続けるキャット・モンローが密かに持ち帰っていた探照灯網の死角の記録であり、故郷の海を知る者の地図なしにこの作戦は立たなかったとされる。

前段は空からの強行偵察である。4機のアーウィンは夜の海面すれすれを這い、白い探照灯の柱の間を縫って補給線の心臓部へ達した。光に捉えられれば哨戒艇と対空砲が一斉に目を覚ます。ファルコは「光を一本残らず撃ち消す」と言い張り、ペッピーは「消すより避けろ。数えられるぞ」と止めた。記録上、撃ち消された探照灯と避けた探照灯の数はほぼ同数である。補給船団と浮き桟橋を叩いた帰路、毒の海から浮上して牙を剥いたのが無法者たちの象徴である武装潜水艦「サルマリン」であった。「俺たちの海で好き勝手暴れて、挨拶もなしか?」。年代物の艇は船長の腕で粘ったが、浮上した瞬間を狙い撃たれて毒の海に沈んでいる。

後段は海の上からの潜入である。探照灯網の騒ぎで警戒が外縁へ引き寄せられた隙に、フォックスは母艦で機体を乗り換えた。帝国の海上要塞と化した海上城塞都市ジュリエットの石油採掘区画へ忍び込むため、アーウィンではなく低速の偵察用回転翼機ジャイロウィングを選んだのである。気づかれないことを最優先にする作戦であった。スリッピーの小型端末ロボ「ダイレクト-アイ」を吊り下げた機体は採掘櫓の影から影へ渡り歩き、端末は管制系へ潜り込んで搬出記録を吸い上げた。海底から汲み上げられていたのは石油だけではない。廃棄物として海へ戻されていた副産物の中に、自然由来でない生体触媒の痕跡が見つかったのである。

記録を抜き終えた端末が最後に切ったのは採掘区画の安全弁であった。海上要塞の一角で火柱が上がり、ジャイロウィングは騒ぎの反対側からゆっくりと夜の海へ消えている。帝国側の記録には「探照灯の故障による小火」とだけ残った。持ち帰られた試料は共和国の研究班に渡り、ゾネスの変異生物の細胞から検出された痕跡と一致をみている。汚染が偶然の産物ではないことを示す最初の物証であった。

この作戦以降帝国は探照灯の数を倍増させたと言われ、ゾネスの夜の海は毒の緑と探照灯の白に照らされている。なお近年ゾネス宙域には鏡面擬態の宇宙要塞デスレシアの配備が報告されており、再偵察の計画は足踏みを続けている。帰還同盟の者たちは今も、あの夜フォックスが持ち帰った一本の試料を「海が生きている証拠」と呼んでいる。

フォルトナ戦役 THE FORTUNA CAMPAIGN

歴史・事件 第2次ライラットウォーズ — セクターλ/フォルトナ地表戦

フォルトナ惑星圏と地表で発生した一連の戦闘の総称。帝国側はアンドリュー・オイッコニーの私設軍隊(旗艦ブレイン・クラッシャーmk-Ⅳ)と、武器供与を受けたシャープクロウ族。共和国側はスターフォックスと共和国援軍、そして戦役後半に立ち上がったフォルトナの諸部族である。恐竜族と共和国人が本格的に肩を並べて闘った、史上初の戦役として記録される。

発端は、かつて全滅に終わった生体兵器化施設の再建とこの星の調査を命じられたオイッコニーの駐屯である。追撃戦の中で単独不時着したフォックス・マクラウドは、現地でシャープクロウ族の侵攻が統治部族の一角アソーカ族を打ち倒すまで進んでいた実態を初めて明らかにし、囚われの王子トリッキーを救出。部族との共闘でスケール将軍を二度退け、最後は「鉄の巨人」と化した敵旗艦との決戦を制した。駐屯軍は壊滅し旗艦は大破。オイッコニーは連行中にスターウルフの手で奪還され帝国へ帰還している。

戦役の詳細な経過は、フォックス・マクラウドのフォルトナ調査記録1および兵器記録WPN-24に詳しい。なお決戦後もフォックスの現地調査は継続しており、その後半の記録は「調査記録2」として編纂中である。

テンペスト奪還戦 THE BATTLE FOR TEMPEST

歴史・事件 第2次ライラットウォーズ — 継続中 / 星系最大の人命救助作戦

恒久非戦闘地域であったはずのプロスペローと星系副首都テンペストを巡り、現在も続いている一連の戦闘と救援活動の総称である。星系総人口の半数が集中する惑星圏が戦場であるため艦砲射撃も爆撃も使えず、共和国軍はこの戦線を「軍事作戦であると同時に星系最大の人命救助作戦」と位置付けている。第2次ライラットウォーズの数ある戦域の中で、唯一「勝利」の定義が敵の撃滅ではない戦場である。

発端は開戦直後に遡る。帝国軍は星系間協定を一方的に破棄して無防備な市街地へ部隊を進駐させ、膨大な民間人口そのものを「盾」とする占領政策を敷いた。星系の食卓を支えてきたブレッドバスケット・コンビナートの生産は半減し、共和国圏は開戦以来の配給制を強いられている。初期の奪還試行はことごとく市街地の手前で停止した。「民間人が多すぎて手が出せない」。この時期の前線通信に残る叫びが、戦線の性質を何より正確に要約している。

以来、奪還計画の立案には「三つの禁止」と呼ばれる大原則が課されている。艦砲射撃の禁止、絨毯爆撃の禁止、そして電力・水・通信網という都市の生命線への攻撃の禁止である。この原則を起草したのはニャン・ウェンリー准将と伝えられる。准将の死後も参謀本部は彼の残した原案を「遺稿」と呼んで計画の背骨に据え続けており、現行の奪還計画はその改訂版にあたる。ただし市内へ持ち込まれた超兵器の存在が作戦の前提を根本から揺るがしており、参謀本部は「同機が起動した場合、三つの禁止を維持したままの奪還は不可能」と結論している

帝国側も星系経済の心臓部を破壊すれば自らの兵站が干上がるため生産活動の継続を許さざるを得ず、市民が「人質経済」と自嘲する奇妙な均衡が続いている。市民は配給網の裏で避難民を匿い、情報を共和国軍へ流し続けている。住民救助と物資供給ラインの死守はコーネリア本星の防衛に匹敵する重要任務とされ、精密な市街戦を得意とするスターフォックスのような少数精鋭への依存度が極めて高い。プロスペローの中央広場では、星系の惑星軌道を模したからくり時計「星系時計」が占領下の今も毎正時に鳴り続けている。この時計を一度も止めさせないこと。それがこの戦線の勝利条件の全てであると、前線の兵士たちは語り継いでいる。

シレーヌ海の決戦 / ロミオ防衛戦線 THE BATTLE OF THE SIRENE SEA

歴史・事件 第2次ライラットウォーズ — アクアス海上戦 / CDFでは稀な海戦・継続中

帝国の海上要塞「シーレシア」アクアスの州都ロミオへ進撃し、CDFの駐屯海軍ラブラドール隊シレーヌ海で激闘を繰り広げた戦闘である。宇宙戦と航空戦が主体のCDFにあって艦艇同士の海戦が記録された例は稀であり、旧タッドー共和国の外洋艦隊運用術を継ぐ「海の番犬」が本領を発揮した数少ない戦いとして戦史に残る。要塞を操っていたのは帝国の哨戒兵カイマンであり、進撃の日に選ばれたのは4つの月が重なるケアノスの大潮であった。

シーレシアの弱点であるレーザータレットは海中へ潜れば熱が分散して破壊できなくなる。海面が小山ほどの波に揺さぶられ水面が一瞬も固定されない大潮の海で、要塞は海中と海上を交互に行き来しながら高出力レーザーを放ち続けた。ラブラドール隊は要塞が浮上する一瞬を狙って砲撃を集中させたが、波の谷に沈んだ要塞は次に浮上する位置を読ませず、艦隊は損害を重ねながらも州都への接近だけは許さないという膠着に陥った。海に沈んだ都市に大潮そのものは脅威にならない一方、要塞の主砲が水中都市の外殻へ向けられれば話は別であり、ラブラドール隊は退けない戦いを強いられていたのである。

戦況を動かしたのはCDFの判断である。艦隊では要塞を捉えきれないと見た司令部は、波頭すれすれの地形追随飛行を十八番とする遊撃隊ワイルド・ブルー・ストライカーへ応援を要請した。ボウイ・ストレイ率いる4機編隊「ブルーボンバーズ」は小山のような波の谷間を縫って要塞へ肉薄し、浮上の瞬間にタレットへ射撃を叩き込む役目を担った。射撃担当のソーンは要塞の懐へ最も深く踏み込んだ一機であったが、浮上と潜行の切り替えの隙を突かれて被弾し負傷している。要塞の撃退には至らなかったものの、艦隊の砲撃と遊撃隊の肉薄が噛み合ったことでシーレシアは州都への侵攻を断念して海中へ退き、戦いは引き分けの形で幕を下ろした。

CDFはこの戦闘を「防衛戦線」として継続扱いとしており、シーレシアが次のケアノスの大潮を狙って再び攻勢をかけてくる見通しは高確度で確認されている。戦訓として最も重視されているのは、海中へ逃げる要塞を仕留めるにはシーレシアのレーザーを避けきる操縦技術を持つ遊撃隊との連携が不可欠であるという一点である。次戦に向けた作戦計画にはスターフォックスを含む遊撃隊との共同運用が盛り込まれており、ラブラドール隊の艦上には遊撃機の緊急着艦帯が新設された。「海の番犬」が空の野良犬たちのために甲板を空けたのは、建軍以来初めてのことである。

文明の礎をつくった天才たち THE GENIUSES WHO BUILT THE FOUNDATION

歴史・事件 開拓と科学を牽引した頭脳たち — 惑星開拓省の項も参照

現在のライラット星系の躍進は、国の基礎研究の積み重ねによるところも大きいが、やはり天才的な頭脳を持つ存在が文明を牽引してきたからにほかならない。中でも「数百年に一人」と言われる水準の天才科学者が同じ時代に4人も鎬を削った学会は、まぎれもなくライラット星系の躍進の象徴である。本項ではその4人を紹介する。

アルフィー・ホルスタイン ALFIE HOLSTEIN

惑星や恒星の抱える異常磁場と、磁力線を読んで航行する宇宙回遊生物の回遊周期を解明し、星系の地図から「危険航路」の文字を撲滅した天体力学の権威である。アウターリム航路図の必須記載事項となっている磁場影響指数はその理論の直系にあたる。

イワッチー・トード IWATCHY TOAD

重力を織り込み済みのワープを可能にした、「現代の全ての航路の父」にして天才数学者である。30年におよぶ「揺れない航路」の計算が重力航路問題を解決した経緯と、その計算の発端については名門トード家の項に詳しい。

ジェラルド・ファットマン GERALD FATMAN

宇宙空間の閉鎖環境栽培から惑星規模の環境支援までを理論化した「オベロンシステム」の基礎を築き、プロスペローの農業革命に人生を捧げた農業のパイオニアである。植物学・作物学の父と称される。

アンドルフ・ボウマン ANDORF BOWMAN

数々の発明のみならず、治水や伝染病の問題までを解決し、「コーネリアの科学を300年早めた男」と評された天才である。その名が後年、星系最大の戦禍の代名詞へ変わることを当時の学会はまだ知らない。

ライラットの食事事情 FOOD & DIET IN LYLAT

文化・生活

様々な種族が混在するライラット星系では、人種により異なる食性を持つ。アヌビソイドバステトイドは肉類を好み、ゼートイドキューソイドセレノイドは植物食を好む。アルフォイドは雑食であり好き嫌いは少ない。

植物類はコーネリアおよびプロスペローの植物工場で大量生産され星系中に輸出されているほか、カタリナパペトゥーンなどでは現地の特産野菜が多く出回っている。特産野菜はその惑星の固有種や在来生物であることがあり、美食家たちの「食の探求」の対象となることもある。

肉類の生産は大きく三通りある。一つ目は家畜の飼育である。二足歩行と言語を持たない動物種族は『ケダモノ』として人種と明確に区別され捕食の対象とされている。ケダモノはライラットの有史以前から人種と共に星系へ移り住んだ家畜種族であり、既知の人種に酷似するケダモノも多数存在する。基本的に自身と類似性の高いケダモノは忌避される傾向があり、ゼートイド人口の多いローザリンド州マクベスでは、豚肉はほとんど流通していない。

二つ目は昆虫タンパク質による人工肉である。ハエやアリ、イナゴなど開拓団とともに星系へ持ち込まれた昆虫類を分解・再構成した代物であり味には少し癖がある。この癖は人種によって好みが分かれ、多くの人種は苦手とするが、パラノディアンヘケトイドの間では広く流通している。コーネリアの老舗精肉メーカー『ブッチャーマンズ・ワークス』の昆虫肉は、惑星キューでは例外的に高値で取引されるほどの人気を誇る。なお、ケダモノ肉の無認可流通──いわゆる「裏市」──は星系のどの都市からも根絶できておらず、当局の頭痛の種であり続けている。

三つ目が惑星カタリナ原産の在来家畜マドレッドである。全身の全てを利用できる万能家畜として星系中で飼育されており、食肉の流通量では既存の二系統に並ぶ主力へ成長した。もっともその肉は癖が無さすぎて味気ないと感じる者も多く、風味の強いケダモノ肉の需要が薄れることはなかった。三つの系統は競合するというより、食卓の中で役割を分け合っている。

培養肉 CULTURED MEAT

文化・生活 第四の系統になれなかった肉

培養肉は家畜から採取した細胞を培養槽で増やして食肉の形に組み上げる技術であり、ライラットの食肉三系統のどれにも属さない第四の候補として登場した。技術そのものはAI革命以前に確立しており、種を選ばず同じ品質の肉を作れる点と屠殺を伴わない点から、食性の異なる人種が同じ食卓を囲むこの星系にこそ相応しい肉として大々的に売り出された経緯を持つ。味覚試験の成績は当初から申し分なく、品種登録された食用ケダモノの肉と並べて区別できる者はほとんどいなかったと記録されている。

それでも培養肉は主力の座に就けなかった。理由は味ではなく出自である。培養槽の中の肉は誰の細胞から育ったのかを見た目で判別できず、それがライラットの禁忌に触れる連想を呼んだ。細胞の提供元がケダモノであることは法で定められ検査も厳格であるにもかかわらず、「どの人種の肉か分からない肉」という一点が食卓に上る前の段階で嫌われたのである。星系の食文化は肉の出所を種名で表示する食性ピクトグラムの作法の上に築かれており、出所そのものが曖昧に見える食品はその作法と相性が悪かった。加えて培養槽の設備費は牧場より高く、値段はケダモノ肉とマドレッドの中間に落ち着いたため、風味で選ぶならケダモノ肉、値段で選ぶならマドレッドという二択の間に居場所を見つけられなかった。

普及の偏りにはもう一つ理由がある。培養肉の需要はハクティバ通商連合の商圏が主であるが、科学力で星系の頂点に立つベノム帝国では全く普及しなかった。培養槽の中で組織が育っていく雰囲気と外見が、本星から来るベノム・セルをどうしても連想させてしまうためである。交戦経験のある兵士は培養槽を見ただけで食事の対象として見ることができなかったといい、味には全く問題がないどころか帝国製の培養肉は星系でも最高峰とされる品質を持つにもかかわらず、それでも食卓に上らなかった。「星を蝕む病気」のようにしか見えない存在と外見が似ていることは、この肉にとって最後まで切り離せない足枷であった。なお帝国は製造をやめておらず、検品を終えたベノム産の培養肉は通商連合で最高級の肉として出回っている。キューの上層に住む舌の肥えた住人たちからの評判は上々であり、作った国では誰も食べない肉が隣の国で最高級品になるという倒錯は、この星系の食卓ではさほど珍しい話ではない。

現在の培養肉は「家畜を運べない場所の肉」として生き残っている。長期航海の艦船は生きた家畜を積めず冷凍肉には容積の限りがあるため、艦内の培養槽は共和国と帝国の双方で標準装備となっており、艦隊の食肉のおよそ半分がこの槽から供給される。また野生生物の持ち込みが禁じられたフォルトナの駐留基地や、家畜の飼育に土地を割けないエラダードのドーム都市でも主力の肉である。エラダードの標準食DMG-001の蛋白源が何であるかは公表されていないが、培養肉であるとみる者が多い。前線の兵士が「艦の肉」と呼ぶこの肉は、地上へ帰った者が真っ先に食べたがらない肉でもある。

星系ネットには培養肉を巡る都市伝説が絶えない。最も広まったのは「細胞の提供者が有名俳優であった」という噂であり、根拠は一切ないにもかかわらずその培養肉は一時的に売上を数倍に伸ばした。禁忌に触れる疑いのある食品の売上が伸びるという事実は消費者庁を大いに困惑させ、当該のメーカーは噂を否定する声明を出すと同時に売上の減少を嘆いたと伝えられる。自分自身の細胞から肉を培養して食べる行為が禁忌に当たるかどうかは今も法学の講義で扱われる難問であり、「自分を食べる分には誰の迷惑にもならない」とする学生の答案が毎年一定数提出されるという。

酒場文化 CANTINA CULTURE

文化・生活 管を巻く場所には歴史がある

今でもコーネリアカタリナには軍関係者が管を巻く酒場が数多くある。その原型は第1次ライラットウォーズの時代に出来上がったものである。当時のコーネリアシティの飲み屋街は戦時とは思えぬ盛況であり、翌日前線へ赴く兵士がやけ酒を喰らって乱闘騒ぎを起こし、騒音に耐えかねた2階の住居から水をかけられる光景は日常であった。二百年に及ぶ戦乱の間、明日をどうにか忘れるための場所として酒場は街に根を下ろし、停戦後も軍の街には必ず一角の飲み屋街が残った。ロウアードッグの「カース・マルツゥ社交クラブ」のように喧嘩そのものが名物になった店もあれば、アルピニアの酒場のように各国の情報部員と裏社会の耳が同じ卓に相席する店もある。酒場の性格は街の性格そのものである。

星系の酒場には二つの不文律がある。一つは「酒場では武器を抜かない」であり、もう一つは「相手の杯の中身を尋ねない」である。前者は第1次ライラットウォーズの乱闘が刃傷沙汰に発展した反省から店側が武器の預かり所を設けたことに始まり、後者は食性ピクトグラムの作法をそのまま杯へ延長したものである。種族によって飲める酒も飲めない酒も違い、ある種族には水同然の一杯が別の種族には劇薬になる。星系の酒場のメニューに必ず種族別の適否が記されているのはこのためであり、不文律を知らずに隣の客の杯を煽った旅行者が救急搬送される事故は今も年に数件は起きている。

現在の酒場でバーテンダーとして働くサーブロボットは、なんと本来は手術用アンドロイドであるチーワワ合同製薬会社製「カドケウスX-119型」の後継機である。精密動作を専門とする高性能機であり、サイバネティクス手術や医療現場の最前線で活躍する機体であるが、薬剤の調合機構はカクテルの作製に、手先の器用さと多腕の構造は混雑する店内でのサーブにそのまま転用できた。この相性の良さがきっかけとなり、いつしか星系全体の酒場でこの機種が使われるようになったのである。喧嘩の仲裁もお手の物であり、アンドロイドであることからナイフや銃を取り出した相手にも臆することなく対処し、標準装備のスタンガン、正確には心肺蘇生用のショックパッドで相手に傷をつけることなく気絶させることができる。製造元は今もこの用途を公式には認めていない。

酔い方は種族ごとに見事に分かれる。アヌビソイドは陽気になって遠吠えを始め、ゼートイドは寡黙になって動かなくなり、パラノディアンの亀系は甲羅に籠もって朝まで出てこない。キューソイドは体格ゆえに一杯で足りるため酒場で最も安上がりな客であり、ホルソイドは鳥類系の代謝の速さから星系で最も酒に強い人種とされる。カース・マルツゥ社交クラブがホルソイドの街で生まれたのは偶然ではなく、酔い潰れる前に殴り合える人種が集まった結果であると評されている。なおバステトイドは酔うと猫背が伸びて普段より背が高くなるため、酒場では「猫の背で酔いを測れ」という言い回しがある。

軍の酒場には出撃前夜の験担ぎがいくつも伝わっている。最後の一杯を飲み干さずに残しておき帰還してから飲む「戻り杯」はその代表であり、飲み干されないまま棚に並ぶ杯の数が店の歴史そのものになっている。この習慣の生みの親が第1次ライラットウォーズの飲み屋街で水をかけていた2階の住人であるという話は、真偽はともかく酒場では定説として語られている。なお現在の酒場で最も多い苦情は「バーテンダーが飲み過ぎを止めてくる」であり、製造元の回答は決まって「医療機器として正常に動作しています」である。

ハーブ栽培の文化 HERBAL CULTURE OF LYLAT

文化・生活

ライラット星系では現在でこそ9大ワープ航路が完成し、私設航路やサブドライブが網の目のように張り巡らされている。しかし少し前までワープドライブは限られた区間にしか敷かれておらず、星から星への移動はそれなりの日数を要した。加えて到着地となる惑星も砂漠や火山、密林や氷雪地帯といった厳しい環境である場合が多く、星系の多くの土地では香辛料を多用した保存の利く調理が今でも一般的である。星系で独自の発達を遂げたハーブ栽培の技術は、この保存食づくりに欠かせないものだった。各惑星の国々は良質な栽培地を求めて探求を重ね、時には土地の奪い合いが戦争の原因にすらなった。

ハーブ料理と言えば真っ先に名前が挙がるのは、やはり惑星カタリナの香辛料の利いた料理の数々である。雨季と乾季を繰り返す気候のもとでは乾季を乗り越えるための「漬け料理」が発達しており、マドレッド肉ケダモノ肉、サバクキノコやスナゴケを家庭ごとに秘伝の配合のハーブへ漬け込んでおく。食べる時には取り出してよく焼くだけであり、今でもカタリナのありふれた家庭の味として親しまれている。

惑星フィチナの流儀は少し異なり、ハーブ類と野菜や肉を原形が崩れるまで煮込み、缶詰の「シチュー缶」に加工して販売する。中身はフィチナの氷下海でとれる深海性の白身魚に、アクアスゾネスの魚介類をふんだんに加えたチャウダー系が主流である。越冬隊がこの缶詰を温めて食べるCMはあまりに有名である。マクベスはさらに変化球であり、ハーブそのものが料理の主役を務めることがある。巨大なトウガラシを切り開いて種を除き、別のハーブや岩塩、穀物と香味野菜を詰めてつつみ焼きにするのである。高温と強い重力に晒され続ける鉱山労働を支えるスタミナ料理であり、専門店がコーネリア・シティへ出店するほどの人気を博している。

惑星フォルトナには香辛料を直接食べる文化がないが、別の方面でハーブと切っても切れない縁を持つ。未開の密林には未発見のハーブが大量に眠っているとみられ、新たな「食の探求」のために少数精鋭の調査隊が絶えず派遣されているのである。この惑星への着陸は本来、自然保護と状況観察を目的にCDFの許可を得なければ認められない。それでも食の開発だけは文明の未来を左右するため、例外として許可が下り続けている。定番のおつまみにして高栄養食品でもある「エナジーナッツ」も元はフォルトナの自生植物であり、宇宙植物工場群「グリーン・ビット」の試験場で品種改良を経て、今では全星系で栽培されている。危険な惑星であるにもかかわらずフォルトナ・ラインという専用のメジャー航路が用意されている理由も、実のところこの探求のためである。

マドレッド MADRED — 万能家畜

文化・生活 カタリナ原産の家畜

マドレッド(Madred)は惑星カタリナで発見された土着の生物であり、ブレーメン開拓団が星系へ持ち込んだケダモノの家畜とは全く別の系統に属する。6足歩行の草食獣で、体表はふわふわの毛に覆われている。額には第3の目のような感覚器が備わっており、空を流れる雲を読んで天候を察知するためのものと考えられている。顔つきは既知の人種で言えばサクリフォイドに近いが、よく見ると下顎が2方向に分かれており全く異なる造りをしている。野生の群れはカタリナのサバンナを数百頭の規模で行動し、雨季にキノコやシダを食いだめして乾季には砂嵐の少ないエリアへ移動する。幾つかの種類が確認されているが、現在飼育されているのは家畜用に品種改良された系統である。

ライラット文明が発見した生物の中でも、マドレッドは最大級の利益をもたらした存在とされる。既知のどの人種にも似ていないため食用への忌避感が生まれず、しかも従順で家畜として扱いやすい生態は大いに文明の助けになった。肉には臭みが全くなく、筋肉質で硬い点を除けば文句のつけどころがない。むしろその歯応えはアヌビソイドバステトイドといった肉食系人種にとって、食べ応えという歓迎すべき要素になっている。毛は砂嵐と夜間の低温から体を守るためのもので、保温性と通気性を兼ね備えた万能繊維として様々な衣服に使われている。皮膚はゴムのように強靭であり、なめせば立派な靴やカバン、座席のシートに化ける。

血液はそのまま飲料になるほか、ソーセージやプリンといった血液食に加工され、血液食を好む蝙蝠系のキューソイドなどの主食を支えている。大小500を超える骨はあらゆる料理に使うことができ、骨と骨髄はアヌビソイドの定番メニューに数えられる。臓器も余さず食材となる上に、体腔内の間質液は医療現場で培養槽の溶液としてそのまま使用でき、いまだに代用品が見つかっていない。搾乳した緑色の乳は精製すれば牛乳と大差ない味になり、どんな料理にも合う万能食材となる。最近ではこの乳から作った緑色のチーズ「マドルチーズ」が人気商品として星系に流通している。

全身の全てを余すことなく使える万能家畜であるため、現在は人の住むあらゆる星で飼育されている。発見当初は乱獲が祟って絶滅の瀬戸際まで追い込まれたが、厳重な個体数管理のもとで飼育法が確立され、天然の個体は保護動物に指定された。今日出回っているマドレッド製品は全て飼育個体に由来するものである。

オスの額には第3の目の上に鋭い角が生えており、カタリナには2頭のマドレッドを競わせる「マドレッド・ブロウル」という競技が存在する。騎手とマドレッドの連携が勝敗を分ける、大胆さと戦略性を同時に問われる競技であり、カタリナ州ではクロスバウトを抜いて最も人気のスポーツとなっている。環境が比較的近いパペトゥーンでも酪農家による飼育が盛んであり、フォックス・マクラウドの生家である丘の上の牧場も、マドレッドを育てる酪農家の一つだった。星系には様々な原生生物がいるが、ここまで文化と生活に結びついた生物は限られており、マドレッドはその筆頭である。

ヤバい方のハーブ THE OTHER "HERB" — 禁制品の隠語

文化・生活 違法薬物の俗称・総称

ハーブ栽培の文化は星系の歴史と切り離せない身近なものだが、この言葉にはもう一つの側面がある。惑星キューで秘密裏に売買される「ハーブ」はその典型である。わざわざ青果の品目名を使わずに言葉を濁している時点で察しがつくと思われるが、ハクティバ圏およびハクティバ通商連合の商圏において「ハーブ」の単語は8割方ヤバい方のハーブを指す。

取引の現場としてよく知られているのはセクターⲋである。この宙域では、岩の下を歩き回るダンゴムシのような動きをする密輸船がたびたび観測される。正体はセティボスⅢに本拠を置く「ガロウ連邦」が栽培する違法薬物「アランナラ」の取引船であり、共和国と帝国の双方から厳重な監視が敷かれている。セクターⲋは長距離観測アレイの立ち並ぶ「星系で最も注意深く聞き耳を立てられている」宙域であり、探査波を浴びた途端に機関を止めて岩塊のように漂い、通り過ぎればまた這い出すあの奇妙な航跡は監視網をかいくぐるための死んだふりだという。セクターϣの裏航路で摘発される「特別な商品」も、多くが同じ出どころと見られている。

この隠語の定着に最も憤慨しているのは当の正規ハーブ業界である。カタリナの農協が音頭を取った「香草」への呼び換え運動は過去に三度試みられたが、呼び名を変えるたびに闇市場が同じ語を隠語として追いかけてくるためいずれも数年で頓挫した。正規の輸送業者は「積み荷はハーブ」と申告するだけで精密検査の列へ回されるのが常であり、検問慣れしたカタリナの農家は品目欄に学名を書き連ねることで自衛している。

なお、アランナラに限らず無数に存在するヤバい方のハーブは、所持しているだけで極めて重い量刑が科される。この点については共和国、帝国、通商連合の三者の法が珍しく一致しており、戦時下でも合同の取締名簿が更新され続けている。星系の法がこの品目でだけ足並みを揃える背景には、アランナラが星系の歴史に刻んだ傷がある。

アランナラ ARANNARA — 歩く麻薬植物

現象・その他 フォルトナ原産の知性植物 / 一級禁制品

アランナラ(Arannara)は惑星フォルトナ原産の「歩く植物」であり、星系で最も厳しく取り締まられるヤバい方のハーブの代名詞である。取引記録に「たかがハーブ」と書かれているため侮る高官は今も多いが、その実態は過去に30を超える国を内側から滅ぼしてきた悪魔の植物である。現在の主な栽培地はセティボスⅢの「ガロウ連邦」とされ、精製品はセクターⲋ西の凪の密輸網を通って星系中の裏市場へ流れ込んでいる。

この植物から生成される麻薬は、なぜかライラットに住むあらゆる人種へ同一の効果を発揮する。使い始めは元気溌剌そのもので、滋養強壮や精神統一など良い効能しか現れない。しかし使用回数を重ねるにつれて高い依存性が牙を剥き、幻覚や精神錯乱、神経の麻痺が常態化していく。末期の中毒者が摂取を一定時間止めると、異常に上昇した血圧が血管を内側から破壊し全身血まみれになって死ぬ。きわめて惨い最期である。恐怖心が消え、痛みも麻痺するこの症状は「狂戦士」を容易に量産できることを意味する。末期の独立星系連合では構成員の半数以上がアランナラの中毒患者だったとする試算すらある。

コーネリアの国々は共和国の成立よりも遥か前から、この麻薬ハーブの根絶だけは共通の目標に掲げてきた。数百年に及ぶ苦闘の末、コアワールドからの栽培根絶にはようやく成功している。それでもハクティバ通商連合を経由して流れ込む例は後を絶たず現在も厳重な警戒が続く。そして意外なことに、この問題ではベノム帝国も共和国と同じ側に立っている。帝国を建国したアンドルフ・ボウマンは大学時代、恩師の教授がアランナラの根絶に人生を賭けて奔走する姿を目の前で見てきた人物であり、その危険性を誰よりも痛いほど理解しているためである。

アランナラそのものは、普通の植物とはかけ離れた生き物である。明確な意識を持って歩き回り、ブレーメン開拓団が持ち込んだ外来種ではなくフォルトナの大地に太古から自生してきた。頭頂には一枚葉が生えており、栄養状態が良いと蕾を経て花を咲かせる。麻薬成分の濃度はこの花で最大になるという。土から引っこ抜かれた個体は、最初に知覚したものを親と思い込んで後をついて回る。この人懐こさと表向きの効能から、発見当初は有用植物として星系中に広まった経緯がある。星系を襲ったンゴ熱に対し、適切な量を施すと症状と対消滅する形で特効薬になる事実も、普及に拍車をかけたと考えられている。

猛毒の麻薬成分ばかりが警戒されるが、アランナラ自体は意外なほど無害である。しつけをすれば自分の植木鉢を塒と定め、群れになれば自分の何倍もある木の実を巣まで運ぶ働き者でもある。飼い主の後ろをとことこついて回る姿は愛らしさすら感じさせるが、ある意味ではそれすらも罠であるといえる。

体色は赤や黄色、青と非常にカラフルであり、色によって性質が微妙に異なる。赤は乾燥に強く、黄色は高地を好み、青は水辺を離れると育たないとされる。最も強烈な毒性を持つのは白く小柄な変異体で動きも群を抜いて素早い。この白いアランナラは希少なため、フォルトナの市では魔人飴と並ぶ高値で取引されている。なお太古からフォルトナに住み続けるサウリアンには、この麻薬成分が一切効かない。彼らはアランナラの葉を滋養強壮の薬として煎じるが、もちろん現地の民だけに許された使い方である。

魔人飴 MAJIN CANDY — 製法不明の琥珀色の菓子

文化・生活 フォルトナ/キューの市場 — 星系屈指の高級珍品

フォルトナキューの市場で時折見かける琥珀色の謎の菓子である。菓子と表現したとおり、口に含むとかすかな埃っぽさとともに例えようのない清涼感と甘さが広がると伝えられる。だがその正体をうかがい知る余地はほとんどない。というのもこの魔人飴は、本来は菓子などではないからである。

正体は、太古の昔にフォルトナで繁茂していたシダ植物類が特殊な樹木の樹液に固められてできた琥珀に近い化石である。つまり、そもそも「製造」できる代物ではない。埋蔵量自体は相当数あると推定されているが、産地がフォルトナの危険地帯の代名詞であるジュラの大森林の地下であることが、その入手難易度を大きく引き上げている。現在の流通品は現地の商人「ジャブンガ」とその弟子たちが謎の方法で掘り出したものであり、商品としての体裁を保つため、白い包装紙に赤い装飾を施して売られている。キューで見られるのはこのジャブンガが卸した品であるが、あちらでは飴ではなく「古代の装飾品」「神秘の化石」として、あくまで食品ではないというスタンスで扱われているようである。

この珍品の価値を不動のものにしているのがワープ魔人の存在である。フォルトナに住むこの魔人は魔人飴を口にしないと眠気に負けて寝てしまうため、彼の力を頼るにはこの飴が必須となる。もっとも、飴があっても魔人にやる気がなければ交渉は成立しない。星系内の別のエリアへ足を付けずに移動しようと、魔人飴を携えて魔人の元へ現れる無法者も後を絶たないが、大半は交渉に失敗し、代わりと言わんばかりの巨大な飴だけを持たされて来た道を帰る羽目になるという。

ライラット星系の料理方法 COOKING METHODS OF LYLAT

文化・生活

多民族文明であるライラット星系では、種族ごとに感じる味覚も好みも異なっている。そんな文明で発達した主な調理方法は5つある。すなわち「焼く」「揚げる」「漬ける」「煮る」、そして「徹底的に煮る」である。

焼く調理は原始的ながら今でも人気が高く、コーネリアを初めとして星系の様々な場所で見られる。揚げる調理は手っ取り早くカロリーを摂取するのに向いており、総じてエネルギー代謝率の高いコーネリアの民が好む方法である。エラダードの家庭料理も揚げ物が主流として有名である。漬ける調理はカタリナ式料理の代名詞であり、「家庭の味」を聞かれて真っ先にこれを連想する兵士は多いはずである。

煮る調理は簡単なようでいて、地味に大きな文化的側面を持っている。食性や好みの違う種族の混成で成り立つライラットの文明において、とりあえず何でも煮込んで分からなくして食べることは、様々な場面で「逃げ道」として用意された手段だった。植物のほとんど育たないマクベスフィチナで配給が止まり皆が飢えた時代、手元の食材に文句や忌避を感じずに食べられたのはこの「煮る」工程を経た食事だったのである。伝統は現在のCDFにも引き継がれている。作戦中に補給が絶たれ、食性ピクトグラムで管理されたレーションの特定種類だけが尽きることがある。その場合は最後の手段として、残りのレーションへ雑草や虫を入れて煮込み共通食として皆で分け合うよう教育カリキュラムに明記されている。戦場の四の五の言っていられない状況では、煮る料理が一番後腐れないのである。

最後の徹底的に煮る調理は、煮る調理の強化版と思って差し支えない。完全に具材が溶けるまで煮込んだシチューは保存食としても便利であり、軍のレーションに採用されたこともあった。フィチナのサルベージャーが潜水艦漁の合間に食べるシチューを参考にしたと伝えられるが、肝心の味については「完全栄養食 DMG-001 / Vレーション」の項を参照されたし。

ライラットの自販機戦争 THE VENDING MACHINE WARS

文化・生活 飲料メーカーの攻防

長距離航行の休憩点となる中継ステーションには、必ず自動販売機の灯りがある。ワープ航路を行く操縦士でこの灯りの世話にならない者はいない。そして飲料のシェアは、星系の勢力地図を読み解く重要な指標の一つに数えられている。最大手はセクターⳣの氷晶帯に本拠を置くフロストリーフ・ボトラーズであり、星系の水と飲料の6割近いシェアを握って離さない。だが残る市場を巡る各社の攻防もまた熾烈であり、中継点の自販機にどの銘柄が並ぶかは、そのまま各社の勢力圏を映す最前線となっている。業界紙がこの攻防を「自販機戦争」と書き立てて久しい。

ファルコン・スロップ FALCON SLOP

フロストリーフ・ボトラーズの看板を背負う缶入り炭酸飲料。強炭酸と柑橘系の刺激、「翼が生える」と評される飲み口で、若い世代を中心に星系のあらゆる場所で愛飲されている。販売網は全星系に及ぶが、数量限定のリミテッド・フレーバーだけはコーネリアのボトリング工場の直販でしか手に入らず、ネットオークションでの高額転売が長年の問題となっていた。現在は販売元が全ての缶に個体IDを刻印し、流通を一本ずつ管理する対応を取っている。

クールウォーター COOL WATER

要するにただの水でありながら、販売数量では業界最大の売れ筋である。フロストリーフ・ボトラーズセクターⳣの氷晶帯で採掘した星間氷を融かし、等級外の氷塊をまとめて充填した普及品で、等級付きの高級瓶詰「リーフウォーター」の廉価版にあたる。種族や人種ごとに味の感じ方が微妙に異なるライラットにあって、ただの水は数少ない「誰が飲んでも喉を潤せる万能の液体」なのである。卸先は自販機に留まらず、惑星規模で買い付ける取引先まで抱えており、売上金額は天文学的な数字になる。氷晶帯の埋蔵量はもはや計算する意味がないほどであり、業界では「採掘したもの勝ち」とよく言われている。

マドルミルク MADLE MILK

カタリナなどで飼育される万能家畜マドレッドから搾られる緑色のミルク。精製すれば牛乳と大差ない味になり、マドルチーズと並んで星系中で愛飲されている。果物の香料やフレーバー添加で味付けしたフルーツミルクが特に人気であり、生産はカタリナに本社を置くスピラン・カーフ社が担う。州都ノラ・アネモスの売店にはご当地フレーバーのフルーツミルクがずらりと並び、士官学校第2分校の生徒たちにとってお馴染みの味となっている。

ブリール・ティー BRIEL TEA

元はフォルトナソンテイル族が飲んでいた、「ブリール」と呼ばれる樹木の葉柄にたまる液である。これを宇宙植物工場群「グリーン・ビット」で品種改良し、商品化したものがブリール・ティーとなる。味は独特の苦みと爽やかな清涼感、そして遅れてやってくる酸味。ブリールが本来は食虫植物であり、飲まれているのがその消化液であることに由来する後味である。加熱すると酸味が消えて格段に飲みやすくなり、ゾネスではこれを使ったホットカクテルが戦前の名物となっていた。

コルフィア CORFIA

眠気覚ましの定番として飲まれる、大量のカフェインを含んだ飲料。コーヒーによく似ているが色は赤紫をしている。販売元はコーネリアに本社を置くネスタ・コルフィア社であり、自販機よりもむしろコックピット備え付けの抽出機「コルフィアメーカー」を主力とし、このメーカーと共に高いシェアを守り続けている。長距離運転が避けられない運送業の車両には、たいていこのコルフィアメーカーが備え付けられている。

コーネリアケーキ CORNERIA CAKE

文化・生活 コアワールドの名物デザート

コーネリアケーキはコーネリアおよびコアワールドで有名な独創的デザートの一種である。見た目は赤と白と緑のトリコロールに彩られた棘付きの球体であり、ソーラシアンハクティバ圏出身の者は初見でケーキと判別できない外見をしている。実際は非常に美味しいデザートであり、砂糖でキャラメリゼされた外装を壊すと内部からふわふわのケーキ本体が露わになる。外装のバリバリとした食感と内部のシフォンのふんわりとした舌ざわりは異なる楽しみを与えてくれ、甘さと苦さにかすかな酸味の重なる味わいは唯一無二とされる。

レシピにはライラット星系の様々な惑星の特産品がふんだんに使用される。このケーキの多彩なフレーバーが食べられるということは、星系の各星で流通が途切れていないことを示す重要な指標にもなっている。近年よく知られるレシピの基本材料はコーネリア産の万能小麦粉とフォルトナ特産のクリスタルシュガー(好みの量)、同じくフォルトナ特産のエナジーエッグ3個である。

ここへ好みで加えるとより美味しくなるとされる食材も多い。アクアス特産の爆発ヒトデジェリー(パチパチとした食感が加わる)、マクベス特産のサルファシュルーム粉末(スモーキーな味になりデザートのみならず主菜としても食べられる)、フィチナ特産のフロストベリージャム(酸味と甘みと黄色い色合いが足され深い味わいになる)、エラダード産のポップビーン(カラフルで楽しく適度な塩味が病みつきになる)、パペトゥーン特産のジュエルベリージャム(絶対に外れない家庭的な味わいに仕上がる)などが定番である。

スリッピー・トードの大好物であり、本人は「ライラット星系全体でナンバーワンのデザート」と褒めたたえている。何でも「まあ美味しいじゃん!」と評する彼の味評価を信用していなかったファルコがこれを食べた際、一言も文句を言わなかった逸話が残る。

ご当地フルーツ SEASONAL FRUITS OF LYLAT — 星々の暦

文化・生活 各惑星の季節を告げる果物たち

ライラット星系には様々な季節ものの果物が存在する。開拓団が広めたものから星系土着のものまで種類は様々である。これらの多くはグリーン・ビットの試験場やテンペスト州の農場で品種改良が施され年中食卓に並ぶが、土着の果物の多くは通年栽培が難しく、特定の惑星の特定の季節でしか手に入らないことが多い。

ある意味ではこれこそが各惑星の季節感を醸し出す要素の一つであり、年中似た気候の星にとっては貴重な暦の代わりになるものすらある。本項ではこれらフルーツの一部を紹介する。

ロザルフルーツ ROSAL FRUIT

ライラット星系ではかなりメジャーなフルーツである。発祥はコーネリアローザリンド州の田舎であり、名は州名の古い縮め方に由来する。現地の農家が特産品として各地へ売り始めてから有名になった。赤い果皮に硬い棘が並ぶ厳めしい外見に反して中身は多汁であり、程よい甘みと酸味を兼ね備えた優良な果物である。生食が主流だが、飲料メーカーのスピラン・カーフ社が手掛けるジュースやフルーツ牛乳もポピュラーで人気の商品となっている。またこの果物はケーキの材料としても優秀であり、このケーキのためにわざわざコーネリアまで足を運ぶ者すらいるという(一切れのロザルケーキが征討作戦の成否を左右した逸話はダークメシア事件の項に詳しい)。季節性が特に強く、コーネリアの夏から秋に大量に収穫されるがそれ以外の時期は全く出回らない。足が速く日持ちしないことも、それに拍車をかけている。

エナジーナッツ ENERGY NUTS

フォルトナ原産の、高カロリーかつ優れた栄養バランスを誇るナッツである。ソンテイル族が常食する通年収穫の作物であり、フォルトナ植物の特徴である異様に早い再生力により、栽培状態を管理して花の房さえ刈り取らなければ30分程度で再収穫できるという驚異の収量を持つ。グリーン・ビットの改良品種は再生力こそ抑えられたものの栄養価と味が向上しており、カタリナプロスペローでおなじみの作物となっている。そのまま炒って食べるのも良いが、構造色で黄色く発光する果皮はケーキの飾り付けにぴったりで人気の材料である。

フロストベリー FROST BERRY

フィチナ原産の、匍匐性低木になるベリー類の総称である。地上の大半が高山帯気候でブリザードの吹き続ける環境に生える数少ない植物であり、総称ゆえ味も形態も様々な種を含む。フィチナの秋に相当する時期に赤や黄、ピンクや紫の実をならせたまま地上部は枯れ、残された木の実が氷漬けになって残る様子は「白銀の地面に宝石をばらまいた」と形容される美しさである。一粒の大きさは拳ほどもあり、色とりどりの巨大なベリーは白い大地で非常に目立つ。群生地はフィチナの家庭では親しい人にも教えない秘密の場所として管理されることが多く、今も経済栽培のほとんどないご当地フルーツの代表格である。コーネリアケーキの材料としても有名だが、一番おいしいのはやはりその場でシャーベット状の実にかぶりつくことである。ジャムではなくベリーそのものの味を知りたければ、自力で生えている場所を見つけるほかない。

ボンボンフルーツ BONBON FRUIT

世にも珍しい、空中に育つ浮遊植物の木の実である。原産はセティボスの大気圏であり、体内で共生する細菌と大気中の軽いガスを集めた浮袋により、ガス惑星の大気中での生育を可能にしている。ハビタブルベルトの比較的上層に群生しており、空中都市メガロドームへ向かう航空機のジェットに絡まって事故を起こすため駆除対象でもある。ただしこの植物がつける木の実は打って変わって好まれる優良な食材である。ピンクと緑のツートンカラーの丸い実を気球の重りのように生やし、収穫期のボンボンツリーはひっくり返って気球さながらの姿になる。外殻は鉄のように固く重い材質だが、これは発芽条件がガス惑星の地表、すなわち液体窒素と液体水素の海という極限環境に由来した生存戦略である。果実の中には炭酸ガスが充満して揮発性の泡がぱちぱちとはじけ、桃に近い芳醇な甘みと香りが広がる。あまりの美味しさに、時期になるとメガロドームの空中菜園は買い付けの商船で溢れかえり、エンバーガスより売り上げが伸びることすらある。むろん生態が特殊すぎるため、セティボス以外で栽培できた記録は未だ存在しない。

ジュエルベリー JEWEL BERRY

パペトゥーンで栽培される、赤い粒々の美しい集合果である。今でこそ品種名のジュエルベリーが主流だが、本来はパペトゥーンの植物ではなく開拓団由来の「キイチゴ」と呼ばれる草本の末裔にあたる。通常のキイチゴは繁殖力の強さから星系中の空き地に生える珍しくもない植物だが、ジュエルベリーはそれをパペトゥーンの農家が4世代もかけて品種改良した、珠玉のキイチゴと呼ぶべき果物である。通常種の実は親指ほどの大きさしかないが、本種は集合果の一粒がその大きさで全体は拳大にもなる。鮮やかな色と強い酸味、そして優しい甘み。大きさと見栄えの良さから、フロストベリーとよく引き合いに出される。なにより特徴的なのは食後の感想である。食べるとなぜか懐かしい気持ちになると誰もが口を揃えるのだが、この果物がライラット文明のルーツに何かしらの形で紐づいていたからではと推測されている。

リンゴ APPLE

ライラット星系で最も需要のある、果物の王様というべきメジャーな存在である。元は開拓団ベノムで栽培していた植物であり、春に美しい白や薄ピンクの花をつける。赤く美しい果皮は農家による光の調整で整えられたものであり、野生株では商品のような均一な赤さにならない。果実の大きさも同様で、選定と肥料管理をもって初めて食卓に上がる立派な姿になる。手間がかかるにもかかわらず今日までメジャーであり続けるのは、その汎用性の高さによる。生で食べても加熱しても、どんな食べ方をしても美味しいという事実はライラット産の果物にない安定性であり、技術体系の完成しているリンゴを今更手放す理由が農家にはないのである。ジュースにしてもチップスにしても飴で固めても美味しく、肉料理の付け合わせやサラダにもよく使われる。そしてこの果物を王様たらしめているのは知名度である。ライラット星系の様々な神話に登場する果物であり、コアワールド・ソーラ圏・ハクティバ圏の全てに登場するのはこのリンゴのみである。

婚姻のしきたり WEDDING CUSTOMS

文化・生活

多数の種族が混在する多民族社会ライラットでは、惑星ごとに婚姻のしきたりも様々である。コーネリアでは全ての参列者が純白の服装に蒼い装飾を合わせ、純粋さを主星ライラット・プライムに誓う作法がある。マクベスでは新郎新婦が一つのツルハシで鉱石(ウェディング珪石)を穿ち苦楽を共にする誓いとする。アクアスでは式場に一族の男性が勢ぞろいし、愛の歌の大合唱で式場を盛り上げる。

フォルトナのアソーカ族には、新婦の家長と新郎が決闘を行い「嫁を守る強さ」を試す儀式がある。キューでは参列者全員にふるまう巨大なチーズケーキを用意し、中に埋め込まれた宝石や花を見つけた者は幸運になるというジンクスが親しまれている。パペトゥーンでは新郎が新婦の父親と酒を酌み交わし、新婦は母親から直伝のレシピを伝授される。式はハクティバとパラニド、二つの太陽がともに昇る日の出に合わせて執り行われる。……このように、しきたりは惑星や地域の数だけ存在するといえる。

異種婚姻と希少混血 INTERSPECIES MARRIAGE & RARE HYBRIDS

文化・生活

婚姻は通常、同じ人種の近似種族間で行われる場合がほとんどだが、ごく稀に異なる種族同士が結ばれることもある。生活様式が全く異なる種族同士の同居は文化の違いもあり苦労が多いが、それを承知の上で婚姻を結ぶ者がほとんどのため離婚率は意外にも低い。保守的な州では同種婚に祝い金を支給する制度が今も残っており、異種婚を巡る世間の目は惑星ごとに温度差がある。

異なる人種同士から子供が生まれた場合、半々の確率でどちらかの人種となるが、極めて低い確率で「希少混血(レアハイブリッド)」が出現する事例が確認されている。希少混血は通常の種族をはるかに超える身体能力や特殊能力を持つと報告されているが、事例そのものが少なく検証データも乏しい。

【軍事機密】かねてよりコーネリア連合共和国軍部では希少混血を人為的に生み出す研究が行われており、遺伝子工学・細胞工学の粋を集めて研究が続けられているものの成功には至っていない。施術を施した胚は正常な発生をせず死亡することが確認されている。だがその副産物として、特殊配合の胚培養液を用いて細胞を培養することで、通常をはるかに超える再生力と適応力を持つ生物を作り出す手法が開発されている。本研究の主任研究員はアンドルフ・ボウマン博士、ジェラルド・ファットマン博士の2名。研究承認者は元老院ケルベス老。

Q印良品の小型家具 Q-BRAND COMPACT FURNITURE

文化・生活

星系には、小型人種であるキューソイドのための小型家具ブランド「Q印良品」が存在し、製品はエラダードで生産されている。大型種向けの縮小レプリカではなく、キューソイドの体格・筋力・視線の高さに合わせて一から設計された「実生活規格」であることが特徴で、ドアノブの回転トルクから階段の蹴上げまで全てが小型種基準で作られている。

人口がインナー・リムに集中する星系だが、ハクティバ圏ではこのQ印良品の製品が家具市場の主勢力となっている。惑星キューに赴いたコーネリア軍人がまず最初に驚くのは、大都市のにぎやかさと、その景色を構成する建造物や物の「小ささ」である──というのは古くからの語り草である。

人気の音楽 POPULAR MUSIC OF LYLAT

文化・生活

星系ではネット通信により、住民管理用のギアから直接音楽を購入できる。配信の大半は最大手プラットフォームアワゾン・プライマル(AWSP)を経由しており、新譜の評価はまずAWSPチャートの順位で語られる。戦時下の現在も音楽産業は健在であり、中でも特に人気の歌手・グループとして以下が知られる。

スピーディーワンダー SPEEDY WONDER

幼くして視力を失いながら、11歳で「リトル・スピーディー」の名義でデビューした天才シンガー。鍵盤楽器とハーモニカの名手であり、「根拠なき思い込みが社会を縛る」と歌った代表曲『スーパースティション(迷信)』は発表から数十年を経た今も星系中でカバーされ続けている。キャリアは50年を超え、公式チャリティ演奏会の回数は星系記録となっている。

CATC CATC

バステトイドの兄弟を中心に結成されたハードロックバンド。学生服姿でステージを暴れ回るリードギターの奇行と、雷鳴のようなリフの代表曲『サンダーストラック』で知られる。初代ボーカルの急逝で解散の危機に陥ったが、後任加入直後に発表した追悼アルバム『バック・イン・ブラック』が星系史上最大級のセールスを記録し伝説となった。

モンレノン MON LENNON

かつて星系を熱狂させた伝説の4人組バンド「ビークルズ」の元リーダー格(アルフォイド)。全盛期の「僕らはライラット・プライムより有名」発言で大炎上した騒動はあまりに有名。バンド解散後は平和活動家へ転身し、ベッドに寝転んだまま従軍拒否を訴える「ベッド・イン」で当局を大いに困らせた。国境も種族もない世界を歌った代表曲『イマジン』は、開戦後に公共放送で自粛指定を受けたが──むしろそれ以来、前線兵士たちの間で密かに歌い継がれている。長い主夫生活の沈黙を経て近年復帰作を発表した。

トーキョーミャウミャウ☆ラズベリーハート TOKYO MYAW MYAW ☆ RASPBERRY HEART

文化・生活 アニメーション作品 — 制作: SUNIRASU / 第1シリーズ完結・続編放送継続中

ライラット星系でも有名な女児アニメの金字塔である。女児アニメと記載したものの、制作会社SUNIRASUによる本格的なアクションと友情、そして熱いバトル展開が売りの作品であり、娘と一緒に見ていたお父さんまで嵌ってしまう者が続出しているタイトルである。視聴率調査で「対象年齢外の視聴層」が本来の対象を上回った稀有な記録を持ち、休日の朝に父娘が並んで正座する光景は星系の家庭の風物詩となりつつある。

主人公たちの外見は可愛らしい魔法少女である。だが提携会社の意向により巨大ロボ戦や親友の裏切りなど手に汗握る展開が続き、その筋書きは「女児向けの皮を被った本格戦記」と評されてきた。裏切った親友と和解する回が放送された週は星系ネットの話題を独占し、行政の要人が会見でうっかり感想を述べる一幕まで記録されている。第1シリーズは一度完結しているものの人気は衰えることなく、今でも続編シリーズが放送され続けている。

本作を語る上でアニメ本編のクオリティと並んで欠かせないのが提供音楽のかっこよさである。少女向けの体裁を完全に無視した硬派な楽曲群は単体でも高い評価を受けており、その譜面は各社の音楽ゲームで引っ張りだこになっている。とりわけ主題歌「ソウルフル☆ラズベリージャム」の譜面はKENAMIの音楽ゲーム「ポッピンミュージック」収録版が特に有名であり、その手の界隈の者ならば体で覚えているものも多い。

ソウルフル☆ラズベリージャム — 終盤の高速譜面 SOULFUL ☆ RASPBERRY JAM — THE LAST RUSH

該当の有名な楽譜は以下のものであり、高速譜面のラストにくる初見殺しとしても知られる。ここを完走できるかどうかがプレイヤーの卒業試験とされ、界隈では色の並びを口ずさむだけで通じる共通言語になっている。

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ドッグスレッド 氷原を駆ける犬たち DOG SLED — HOUNDS ACROSS THE ICE

文化・生活 ドキュメンタリー番組 — アワゾン・プライマル配信

ホワイトファング急便の配達員たちが惑星フィチナの極寒と劣悪きわまる環境を何とかして突き進み、田舎の街へ荷物を届けるまでを追った「男の中の男たち」の記録番組である。アワゾン・プライマル社の配信番組で常時人気トップ3にランクインしており、もはやこの過酷な配達そのものが、一本のスペクタクル長編物語として機能している。

内容はどれも際どい。氷点下40度のブリザードの中での座礁。エンジンオイルすら凍り付く環境で樹木の樹脂を使って凍結を防ぐサバイバル。もはや道には見えない吹雪の中で、輝くビーコンだけを頼りに進む探索眼。そのいずれもがスリル満点かつ手に汗握る記録であり、番組終盤に配達を終えた運送人が受取人と交わす何気ない世間話は「星系で最も温かい放送」と評されている。

人気は共和国内に留まらない。帝国民までもがこっそり視聴していることは公然の秘密であり、とりわけ併合の時代に星を離れた旧サルジーナヤ系の移民やならず者にとって、この番組は今の故郷の大地を見ることのできる数少ない窓となっている。敵も味方も同じ雪景色に見入っている、というのがこの番組の語られ方である。

放送の人気を受けて、コーネリアシティの学校では「犬ぞり部」なる部活動が新設されるまでになった。屈強な陸上能力に加えて状況判断力と冷静さが問われる競技であり、ドッグスレッドの体現する強靭な精神力をそのまま競技化したスポーツと評されている。

サイズ混成都市の設計 MIXED-SCALE URBAN DESIGN

文化・生活 最も小さな市民に合わせよ

体高80cm前後(最小は30cm級)のキューソイドから、2mを優に超えるホルソイドまで、体格の桁が違う種族が同じ街で暮らすライラットの都市には独特の設計規格がある。大扉の中に小扉を内蔵した「複線ドア」、二段三段の手すり、公共交通の車格別ゾーン、座面高の異なるベンチの併設などは共和国建築基準の必須項目であり、コーネリアシティの新市街には小型種専用街区「リトル・キュータウン」も存在する。

規格の泣き所はほかならぬ星系首都である。コーネリアシティは旧コーディリア王国の都シオナイトを拡張して生まれた都市であり、その中心区画は共和国成立の当初からアヌビソイド人種すなわち中型の体格を基準に作られている。後発で開発された外周の市街は混成規格に準拠しているものの、都市中枢の完全な対応には相応の年月と予算を要する。幾度も検討されてきた再開発は戦時下の現在も凍結状態にある。首都の中心区画では小型種が今も他人の腰の高さの暮らしを続けている。

対照的な先例がフィチナ州都モスクマである。混成基準を土台に作り直された史上初の大都市であり、共和国への併合から時を経て州知事ゴリ・バチョフの就任後に大改造が行われた。地上の街並みと観光地・歴史遺産だけを残しそれ以外の古いインフラを全て取り替える徹底ぶりで、街は名前を残したまま事実上の別物に生まれ変わっている。この改造は混成都市化のロールモデルとなり、後に副首都テンペストカタリナ州の州都ノラ・アネモスの整備にも活かされた。逆方向の例がカタリナ第8植民都市ノラ・ハルトゥームである。ガネシオソイドの移民が自分たちの寸法で一から建てた星系唯一のXL帯都市であり、混成規格ではなく「最も大きな市民」を起点に設計された街として、中型種の観光客は初めて小型種の日常を体験することになる。もっともこの分野の最先端は共和国ではない。小型種の便宜を設計の起点に据えたキューの都市水準は星系随一とされ、規格審議の場では犯罪都市の事例が模範として引かれ続けているのである。

市民の暮らしにはこの規格ならではの光景が並ぶ。エレベーターのボタンは全種族の手が届くよう床近くから縦一列に並んでおり、袖や尻尾が触れて全部の階を押してしまう事故は日常の小事故として親しまれている。窓口や売店の行列は前が見えるよう背の低い順へ並び直すのが暗黙のマナーとされる。雨の日にホルソイドの傘の下へキューソイドが数名まとめて相乗りする光景は、都市の微笑ましい風物詩に数えられている。学校の扇形教室もこの設計思想の延長線にある。

「都市は最も小さな市民に合わせて設計せよ、さすれば全員が暮らせる」とは共和国都市計画局の有名な標語である。もっとも大型種が小型種街区に迷い込んで身動きが取れなくなる事故は毎年後を絶たず、リトル・キュータウンの消防署には「挟まったホルソイド」専用の救助手順書が備え付けられている。中型種が小型家具のQ印良品を「ままごとのようで癒される」と買い求める流行も含め、体格の桁違いはこの星系の悩みの種であると同時に飽きない娯楽でもある。

体格帯別住宅規格 SIZE CLASS HOUSING

文化・生活 家賃は天井の高さで決まる

ライラットの住宅は間取りより先に「体格帯」で分類される。共和国建築基準は居住者の体高を基準にS・M・L・XLの4帯を定めており、体高80cm前後のキューソイドを想定したS帯から2mを優に超えるホルソイドポラリソイドのためのL帯まで、天井高・扉幅・階段の蹴上げ・床の許容荷重・給湯や便器の設置高さが帯ごとに別の数値で規定されている。住宅の広告や賃貸契約書に記載される「M帯2LDK」のような表記はこの規格に由来するものであり、面積の数字だけを見て契約すると天井に頭が届かない部屋か、あるいは扉の把手に手が届かない部屋を借りることになる。サイズ混成都市の設計が公共空間の規格であるなら、こちらは玄関から内側の規格である。

体格帯の目安 SIZE BANDS

S帯(〜100cm): キューソイドが中心。通常の体高は男性80cm前後・女性70cm前後で、最小はチビトガリネズミ系の30cm級である。アルフォイドのうちリスザル系やロリス系の100cm級もこの帯に含まれる。

M帯(100〜200cm): アヌビソイドバステトイド・アルフォイドなど星系の大半を占める中型人種の帯。基準は170cm前後で振れ幅は種族によって大きい。キツネ系170cm・狼系180cm・イエネコ系170cm・サーバル系180cmが目安であり、バステトイドは猫背のため実際より低く見られがちである。サクリフォイドは性差が大きく女性150cm・男性180cm、ケルヌノソイドは女性170cm・男性200cmで、いずれも男性は角の分だけ帯の上限に届く。

L帯(200〜300cm): ホルソイド・ポラリソイドに加え、レトリーバー系やボルゾイ系のアヌビソイド、ライオン系やトラ系のバステトイドなど中型人種の大型種族がここに入る。ゴリラ系アルフォイドは例外的に300cm級に達する。

XL帯(300cm〜): ガネシオソイドのほぼ全員が300cm級であり、マンモス系などの古代種は400cmに及ぶ。

4帯のどこにも収まらない人種も存在する。ネイティブ・アクアンは体高の概念がなく全長で数えられ、イルカ系の2〜4mが基準であるもののクジラ系は最大30m級に達する。フォルトナのハイト族の50m級と並んで星系最大の人種であり、彼らの住居は建築ではなく海域や森林そのものである。アポフィソイドは手足を持たない体形のため階段も扉の把手も存在しない独自の建築様式を持ち、他の人種と共有できる規格が一つもない。キュー殺し屋横丁が部外者を寄せ付けないのは警備のためだけではなく、本来アポフィソイドしか出入りできない様式で建てられた区画であるためである。セレノイドに至っては定まった身長がなく、同じ家系でも160cm級から190cm級まで振れ幅があるため体格帯は個人ごとに判定される。この人種の住宅相談が住宅局で最も長引くのは、家族の帯が揃わないからである。

帯は人種ではなく体高で決まるため、同じ人種でも種族によって住む帯が違う。ダックスフンド系のアヌビソイドは180cm級に分類されるがその大半は座高であり、足の長さは規格の想定を大きく下回る。マンチカン系のバステトイドも同様であり、両者には階段の蹴上げを半分にした「短脚仕様」の改修が認められているほか、既製の衣服が合わないため専用の被服産業まで成立している。角を持つサクリフォイドとケルヌノソイドの男性は振り向きざまに角を引っかけないよう天井が高く角のない丸窓や丸扉を好み、この好みが亀系パラノディアンの甲羅を通すための建築基準と偶然適合することから、三者が不動産情報を共有し合う「丸扉組合」が各都市に存在する。

問題は帯ごとの建築費の差である。天井を倍にすれば柱も梁も基礎も倍では済まず、L帯の住宅の施工費はM帯の三倍から四倍に達する。結果として大型種ほど家賃が高く、小型種ほど安い住宅に住むという体格による家賃格差が星系の全都市で常態化している。共和国はL帯住宅の建設に補助金を出して格差の是正を図っているが、都市中枢の再開発が凍結されたコーネリアシティでは効果が薄く、大型種の勤め人が郊外から長距離通勤する光景は首都の日常である。XL帯に至っては都市の建築規格そのものを超えており、コーネリアシティでは肩身の狭い思いをするガネシオソイドの多くがカタリナへ移住した。第8植民都市「ノラ・ハルトゥーム」はガネシオソイドを主な住民とする移民都市であり、建築も乗り物も食事も行政も全てが体高3m超の種族に合わせて作られている。何もかもがリトル・キュータウンとサイズ感の逆転した大都市であり、中型種の観光客はここで初めて「他人の腰の高さで暮らす」というキューソイドの日常を体験することになる。

最も規格が整っているのは意外にもエラダードである。企業国家が工員に衣食住を保証するこの星ではドーム内の社宅が帯ごとに区画されて建てられており、入社時の身体測定の結果がそのまま住宅の割り当てになる。「面接より先に身長を測られる」と揶揄されるが、赴任者にとって自分の体格に合った部屋が初日から用意されている待遇は他のどこにもないものである。逆に最も遅れているのは軍の艦内居住区であり、艦船の居住区画は歴史的にM帯を基準に設計されてきた。大型種の乗組員が寝台からはみ出した足を通路に投げ出して眠る光景は艦隊の伝統であり、ホルソイドの艦長が艦橋で常に前屈みなのは威圧のためではなく天井のためである。

規格は家具の市場も帯で分けている。S帯の家具市場を席巻するQ印良品に対してL帯の家具は受注生産が基本であり、大型種の引っ越しは家具ごと運ぶよりも現地で作り直す方が安いとされる。M帯の住人が「開放感がある」という理由でL帯の部屋を借りる流行が近年の都市部で起きており、本来の住人である大型種が部屋を借りられなくなる問題が住宅局の議題に上がった。逆にS帯の部屋を中型種が倉庫代わりに借りる違法転貸も後を絶たず、小型種街区の住宅局には「天井に頭をぶつけながら家賃の安さを主張する中型種」への対応手順が備え付けられている。

住宅広告の文言はこの星系ならではの発展を遂げた。「天井高4m・小型種の方も歓迎(ただし家具はご持参ください)」「S帯・眺望良好(窓は大人の腰の高さです)」「L帯・階段なし(あっても登れません)」といった常套句は不動産業界の様式美として定着している。大型種と小型種が同居する混成家庭の住宅は帯をまたぐ特注になるため、結婚の際に最初に揉めるのは式の日取りではなく「どちらの帯に合わせて家を建てるか」であるという。住宅局の相談窓口では今日もこの問題が一番の相談件数を占めている。

換毛期と都市清掃 MOLTING SEASON

文化・生活 春と秋 — 都市の静かな戦場

春と秋、獣毛系種族の換毛期が訪れると、ライラットの都市は静かな戦場と化す。空調フィルターの交換需要は跳ね上がり、清掃ドローンはフル稼働し、家電量販店には「換毛期セール」の幟が立つ。企業によっては該当種族の従業員に「換毛手当」を支給するところもあり、労使交渉の定番議題の一つである。

都市が回収した毛の行方にも仕組みがある。清掃網の集めた換毛は洗浄と選別を経て断熱材やフェルトへ再生され、質の良いロットは毛髪屋が入札で競り落とす。回収量が最大となる春の盛りには街路に毛が雪のように舞い、これを「毛雪」と呼ぶ。詩歌の世界では春の季語であり、清掃局にとっては年度最大の敵である。なお回収毛の総量は毎年公表されており、「今年は当たり年だ」と語る断熱材業者の顔つきは豊作の農家のそれと全く同じだと言われる。

経済への波及は清掃に留まらない。理髪業界は書き入れ時を迎え、換毛期明けの染め直し予約はどの店でも争奪戦となる。「どうせ生え替わるなら、次の季節は違う自分」の宣伝文句で換毛を楽しみに変えたヘアカラーや、毛抜けの目立たない特殊織りの衣類など、換毛を巡る商品群は今や一つの経済圏である。経済紙はこれを「モルト経済」と総称している。

軍においては死活問題であり、換毛期の整備士は精密機器区画への立ち入りが制限される。艦艇の空調ダクト清掃は新兵の通過儀礼として恐れられており、「ダクトの中で先輩の毛玉と出会って一人前」という古参兵のジョークは、およそ全ての艦で聞くことができる。

グルーミング産業 GROOMING INDUSTRY

文化・生活 理美容の主役 — 毛・鱗・羽のケア業

毛皮のケア、鱗磨き、羽繕い──種族の数だけ身だしなみがあるライラットでは、グルーミング産業が理美容業の主役である。獣毛種向けのトリミングサロン、爬虫・両生種向けの保湿スパと鱗研磨、鳥種向けの羽根メンテナンスが三大業態とされ、老舗チェーン「シザーハンズ・トリマーズ」は星系のほぼ全ての有人惑星に支店を持つ。店の棚に並ぶケア用品の大半が同じメーカーの供給であることは、業界では周知の事実である。

業態の区分は入り組んでいる。散髪と毛刈りを担う床屋、毛髪の買い取りと加工を担う毛髪屋、日常のケアを担うグルーミングサロン…三者は別業種でありながら同じ店が看板を兼ねることが多く、業界紙ですら分類を諦めて「グルーミング三羽烏」と呼んでいる。換毛期は業界全体の書き入れ時であり、脱皮期の爬虫種向けには皮の処理と保湿の専門コースが組まれる。剥がれた鱗や皮を記念に持ち帰る客のための桐箱が用意されている店は良い店とされる。

グルーミングは衛生であると同時に社交でもある。家族や親しい間柄での相互グルーミングは多くの獣毛種に共通する愛情表現であり、裏を返せば、同意なく他人の毛に触れる行為は星系で最も一般的なハラスメントである。恋人同士が初めて互いの毛の手入れを任せ合うことは「櫛を渡す」と呼ばれ、プロポーズの婉曲表現として定着している地方もある。

軍の身だしなみ規定も種族別に細分化されており、「毛並みの乱れは士気の乱れ」と説く教官は多い。パイロットの間では出撃前に決まった手順で羽や毛を整える験担ぎが広く見られ、これを怠って生還した者の逸話のほうがむしろ珍しいとされる。

サルベージャー / スティールダイバー SALVAGER / STEEL DIVER

文化・生活 職業 — サルガッソーの回収屋/フィチナの潜水艦漁

今日の星系俗語で「サルベージャー」といえば、サルガッソー宙域で違法な採掘や漂着物の回収を行う業者全般を指す。「サルガッソーの表層をねぐらにする賊」と言い換えるのが最も分かりやすい。数々の戦いの果てに「悪魔」の手が集めたこの宙域の構成天体は、数多の艦船の残骸と隕鉄の吹き溜まりであり、見方を変えれば星系最高かつ取り放題の部品市である。悪魔のコレクションをくすねる稼業、それがサルベージャーというわけである。

顔ぶれはバステトイドパラノディアンなど定住社会に馴染めなかった者が大半を占めるが、稼業を稼業として成立させている技術基盤を築いたのは、フィチナ移民の時代に居場所を得られなかったアルフォイド系の技術者たちだったとされる。行き場を失った者たちが技術力を結集して作り出した最後の居場所、それがサルガッソーだったという見方もできる。彼らは縄張りと引き揚げ品の権利に関する不文律「墓場の掟」を持ち、これを破った者は宙域から追放される。

稼業はあらゆる危険と隣り合わせであり、そのすべては自己責任で行われる。「悪魔のコレクションを盗む」という行為そのものが命懸けであり、公式に確認できるだけでも数百件のサルベージャーが「サルガッソーの仲間入り」を果たしている。実数がこれを大きく上回ることは誰も疑っていない。

それでもセクターυでサルベージャーに出会うことは「幸運」と称される。本来は賊との鉢合わせに等しいにもかかわらず、である。サルガッソー内部の移動の仕方を熟知した彼らとの遭遇は、遭難者にとって比喩表現抜きで命を拾える最後の可能性であり、危険な宙域の水先案内人として軍の特殊任務に協力した記録すら残っている。

なおこの単語は本来、フィチナの氷下海で深海性の魚を捕まえる潜水艦漁を指す言葉である。あまりに「サルベージャー=賊」のイメージが定着してしまったため、フィチナの漁師協会は新しい呼称「スティールダイバー」を正式に採用し、パンフレットや職業名の表記をそちらへ切り替える運動を盛んに進めている。名前を持っていった側のサルガッソーに返す気配は一切ない。

匂いのマナー SCENT ETIQUETTE

文化・生活 嗅覚社会の身だしなみ規範

嗅覚の鋭敏な種族が多数暮らす社会では、香りは身だしなみであると同時に「騒音」にもなり得る。公共交通には無香料車両が設けられ、強い香水の使用は多くの都市で条例により制限されている。デオドラント産業は星系有数の規模を誇り、種族ごとの体臭特性に合わせた製品ラインは化粧品売り場の大半を占める。この分野の研究の出発点が、異種族で結ばれたある夫婦の「良かれと思って贈った香りが相手には刺激臭だった」という新婚早々の悲劇であったことは業界では有名な話である。

マナーの半分は食卓にある。草食種族が同席する席では匂いの出ない肉料理を選ぶのが会食の作法とされ、精肉最大手が展開する専用シリーズは外食の定番となった。もう半分は感情である。嗅覚の鋭い種族には喜怒哀楽が香りとして筒抜けになるため、デートの前に消臭ミストを浴びる若者の目的は身だしなみというより「緊張を隠す」ことにある。もっとも隠し切れるものではなく、「母親と犬系の上司には何も隠せない」という嘆きは星系共通である。

一方で嗅覚は社交の道具でもある。商談の席で相手を安心させる「香り外交」は通商連合の商人の必修科目とされ、アヌビソイドの古いことわざ「目は口ほどに物を言い、鼻は目ほどに嘘を暴く」は、星系共通語の慣用句として定着している。この理屈は戦場では逆向きに働く。敵の嗅覚哨戒に掛からないための完全な消臭は冗談ではなく生存技術であり軍納品の専用ラインまで存在する。「戦場でいちばん静かな武器は"匂いがしないこと"である」とはある納入担当者の弁である。

昼夜シフト社会 DAY & NIGHT SHIFT SOCIETY

文化・生活 眠らない都市の運用原理

昼行性と夜行性、双方の種族を抱えるライラットの都市は原則として眠らない。行政窓口や学校には昼夜二部制を採る所が多く、夜間営業は「深夜営業」ではなく単に「第三シフト」と呼ばれる。星系最大の人口を抱えるプロスペローの商業区は、24時間の人通りが完全に途切れないことで有名である。なお惑星間を移動する者にはこれに惑星時差が追い打ちを掛ける。

二部制の暮らしは独特の文化を生んだ。同じ教室を昼組と夜組が共用する学校では、会ったことのない相棒と机の中で伝言を交わす文通文化が根付いており、卒業式で初めて顔を合わせて泣くのが定番である。ホロ番組の視聴率競争は「昼のゴールデン」と「夜のゴールデン」の二本立てで争われる。通勤ラッシュは朝夕ではなく、二つの社会が入れ替わる明け方と夕方を含めて1日4回発生する。交通局がこの入れ替わり時間帯を「クロスアワー」と呼んで恐れているのは言うまでもない。

家庭の風景も独特である。昼行性と夜行性の夫婦は生活時間が文字どおりすれ違うため、家族の団らんは双方が起きている「重なりの一時間」に凝縮される。「うちは夫婦円満だ。なにせ喧嘩する時間がないからな」…無論、通常社会で回るコーネリアなどではこの古典的な小噺は通じず寧ろ心配されてしまうことも間々ある。

軍でも夜行性種族は夜間哨戒の花形であり、暗視装備に頼らない「生の夜目」は電子妨害下で真価を発揮する。なお、昼行性の上官が夜行性の部下に早朝会議を課すことは、星系のあらゆる職場で最も敵を作りやすい行為とされている。

星系標準時間と惑星番号 LYLAT STANDARD TIME & PLANET NUMBERING

文化・生活

ライラット星系の時刻と暦は、首都惑星コーネリアを基準に計算されている。同惑星は偶然にも公転366日・自転24.6時間という極めて扱いやすい周期を持っており、公文書や航行記録に現れる「標準時間(H)」「標準日(D)」の表記は、全てこのコーネリア基準の値である。本データベースの各惑星記録もこれに従う。

一方で各惑星の実際の昼夜は千差万別である。グリッピアの一日は約6標準日、タイタニアに至っては230標準日をかけてようやく一回りする。惑星間旅行につきまとうこのずれは「惑星時差」と呼ばれ、国際時差とは比較にならない強烈さで旅人の体内時計を破壊する。軍でも転属してきたばかりの新兵が真っ先に悩まされるのはこの惑星時差であり、対策として星系の宇宙船の多くには、航行中に船内の昼夜サイクルを少しずつ目的地の時間へ合わせていく時差ぼけ防止プログラムが標準搭載されている(昼夜シフト社会も参照)。なお、かつてはベノムを基準とした標準時計算も存在したが、現在この暦を使い続けているのは帝国のみである。

星系の暦とともにしばしば誤解されるのが「惑星番号」である。メジャー惑星の中で最も外側の軌道を回るベノムが「第1惑星」を名乗ることに戸惑う者は多いが、ライラットの惑星番号は主星からの軌道順ではなく、入植船団による到達・登録の順序に由来する。宇宙歴元年、母星を失った開拓団が最初に降り立った地こそがベノムであり、以来この星が「第1惑星」であることは一度も揺らいでいない。惑星番号とは星図ではなく、この星系がたどってきた歴史の目次なのである。番号を軌道順と思い込んで航路を組み、教官に絞られるのは新人航海士の通過儀礼と言われている。

重力差 / 重力酔い GRAVITY GAP / G-SICKNESS

現象・その他 星間移動の生活課題 — 標準時と惑星時差の項も参照

ライラット星系では惑星ごとに自転も公転も異なり季節の巡りも全く違う。だがそのどれよりも住民を悩ませるのが重力の違いである。重力の高い星から低い星へ移れば、それだけで力の加減が難しくなる。逆に低い星から高い星へ行けば、惑星によっては地を這うようにして移動する羽目になるのである。

惑星コーネリアの地表重力を1Gとした、主な惑星の目安は以下のとおりである。

0.4(非常に低い)── グリッピア・セティボスⅣ
0.8〜0.9(少しだけ低い)── カタリナゾネスフィチナパペトゥーン
約1.0(コーネリアとほぼ同じ)── ベノムアクアスプロスペローキュー
1.1(少しだけ高い)── タイタニアエラダード
1.55(かなり高い)── マクベス

重力の違いは三半規管や血流にまで影響を及ぼす。体の弱い者やヘケトイドのような水棲系の種族は強烈な「重力酔い」を起こす場合があり、酔い止めの薬で備える、経由地で少しずつ体を慣らす旅程を組むといった工夫が求められる。なお惑星の重力値はその星の生い立ちの反映でもあり、エラダードの高い重力が浅く眠る金属核に由来するように、数字の背景は各惑星記録の形成史の項に記されている。

壁の川 THE WALL RIVER — カタリナの夜空

現象・その他 グレートウォールが夜空に描く光の帯

惑星カタリナの夜空にだけ現れる、地平線から地平線まで天球を横切る淡い光の帯である。正体は軌道上に連なるグレートウォールの隕石防壁が星明かりを反射したものであり、入植者たちは「天の川」になぞらえてこれを「壁の川」と呼ぶ。乾季の乾いた大気の下で輝きは最も冴え、砂嵐の去った直後の夜には、洗われた空に川面がひときわ白く浮かび上がるという。

よく観察すると川の輝きは一様ではない。隕石の密度が最も高いエリア2の核心部は帯の中でもひときわ明るい「深瀬」となり、検問航路の灯りが規則正しく点滅するAREA3の一帯は「渡し場」と呼ばれる。入植地の子供たちは川の明暗で方角を覚え、ランナーたちは今夜の川の見え方で明日の天候を語る。防衛施設の反射光が生活の羅針盤を務めている例は星系でもこの星だけである。

この光の帯が、砕けた第6惑星ステファノーの欠片であることを、カタリナの民は忘れていない。毎年のステファノー忌にアルフォイドの巡礼船が壁の外縁へ手向ける花に見立てた発光体は、地上からは川面を流れる灯籠のように見える。移住の決め手は「あの輝きの下で眠れる安心感だった」と語る入植者は多く、滅びた星の欠片が守りとなり、夜ごと頭上を流れていく光景こそ、この星の暮らしの原風景となっている。

服飾と尻尾・翼・角 FASHION FOR TAILS, WINGS & HORNS

文化・生活

既製服の背面には尻尾用開口の共通規格「テイル・スリット規格」が定められており、サイズ表記には胴回りとともに尾径が併記される。翼を持つ種族の間では袖を通さないマント・ポンチョ類が正装として発達し、角や大きな耳を持つ種族のヘルメットは今も職人による特注が主流である。

規格が整った現在でも、尻尾の「通し方」には流派がある。スリットへ通す正統派に対し、ウエストバンドごと尻尾の下へ回す「下履き派」も一定数いる。尻尾の太いバステトイドサクリフォイドには後者の信奉者が多い。論争に決着の気配はなく、服飾誌が毎年組む比較特集が「今年もどちらでもよい」の結論で締められるのはもはや恒例である。そもそも「服を着る」の感覚には種族差がある。爬虫類系の人種は外気温に体温が引きずられるため、防寒具だけは種族一の重装備になる。夏は裸同然、冬は着ぶくれの最先端…パラノディアンの衣装箪笥は両極端である。

衣服の積年の敵は毛である。換毛期に服の内側へ溜まる抜け毛は繊維業界の長年の課題であり、毛抜けの目立たない特殊織りが開発された今もなお、春のクリーニング店には「服の中でもう一着編める」と評される量の毛が持ち込まれる。こうした種族別の悩みに規格と仕立てで一つずつ答えてきたのが服飾最大手テイル&テイラー社であり、テイル・スリット規格の策定も同社が主導した。

軍服も例外ではなく同じ制服でも種族ごとに仕立てが細かく異なる。「支給品のフライトスーツに尻尾が通らない」は新兵の定番の悲劇であり、被服担当下士官の第一の仕事は、着任初日に全隊員の尾径を測って回ることだと言われる。

冬眠休暇 HIBERNATION LEAVE

文化・生活 共和国労働法「シーズナル休暇」

冬眠・休眠の習性を持つ種族のため、共和国労働法には「シーズナル休暇」の規定がある。該当種族は年間数週間から数か月の休眠休暇を取得でき、その間の公共料金や口座の自動管理を代行するサービスは金融業の定番商品となっている。冬眠前の「食い溜め外食需要」は飲食業界の書き入れ時であり、秋のコーネリアでは食べ放題店の予約が取れなくなる。精肉業界が投入する食い溜め向け高カロリーラインも、今や秋の風物詩である。

冬眠入りの前後には独特の季節風景が生まれる。別れ際の挨拶は「よいお年を」ではなく「よいお目覚めを」であり、配送業者は眠りに就いた顧客の郵便受けを春まで預かる「冬眠留め置き」を請け負う。フィチナでは窓明かりが目に見えて減り、起きている種族だけで街を回す「静かな冬」が訪れる。春の目覚めの側にも作法がある。冬眠明けの一週間ほどは頭が回らない「春ボケ」の期間とされ、この時期の相手に重要な決裁を求めないのは混成職場の常識である。

人事の世界には有名な教訓もある。ポラリソイドは秋にサーモン休暇へ出発し、川から戻るとそのまま冬眠へ入る場合があるため、秋口に書類のサインをもらい損ねた者は春まで決裁者に会えない。「クマの判は夏に貰え」…この格言を星系の管理職で知らない者はいない。戦時下の現在、前線では「冬眠返上」で任務を続ける該当種族の兵士が美談として報道される一方、医官たちは無理な覚醒維持による健康被害へ繰り返し警鐘を鳴らしている。

サーモン休暇 SALMON LEAVE

文化・生活

冬眠休暇と並ぶ、ライラット星系の秋から冬にかけての風物詩である。ポラリソイド系の兵士や労働者、そして一部の「鮭の魅力にとりつかれた」人々が取る長期休暇であり、コーネリアタイガーリーブス州の川に遡上してきた鮭を狩る光景は州の名物にもなっている。制度上の正式名称は存在しないが、CDF人事課では申請書の理由欄に「鮭」とだけ書けば通じるとされる。

「鮭を捕まえるだけ」と書けば平和に聞こえるだろうが、その内容は他星系の人間が初見で想像するものとはかけ離れている。コーネリアの鮭は極めて狂暴かつ知恵の回る超のつく危険生物である。タイガーリーブス以外の水系へ大規模遡上した年には沿岸地域へ緊急事態宣言が出されるほどの、れっきとした「災害」であり、鮭は各々武器を手に持ち編隊や隊列を組んで襲い掛かる性質を持つ。小型の個体は急所である目玉や爪先を狙って群がり、中型の個体は海に廃棄された車両や廃材、流木を組み合わせた機動兵器を駆使して襲い掛かり、大型の個体はそもそも人間を丸呑みにする。年間でコンスタントに死者の出るこの休暇は他地方の出身者から「狂気の沙汰」とまで言われており、ポラリソイドを怒らせてはいけないという星系の一般論に信ぴょう性を持たせる要因になっている。

鮭が遡上するタイガーリーブス州の「リバーサイドデルタ」は、サーモン休暇の時期になると厳重な警戒線が張られ物々しい雰囲気に包まれる。遡上の時期はコーネリア唯一の衛星ダリスの周期と関連しているとされ、この月が最も赤く輝く時期に決まって発生することが知られている。鮭の魅力、すなわち敵性侵略生命体との殺し合いにはまってしまった者たちは「シャケ狂い」と呼ばれ、彼らが笑顔で白兵戦武器を磨きながらリバーサイドデルタへ向かう姿は、畏敬と恐怖の対象になっている。

コーネリアの元エースパイロットベアー・ノウグッチーニは、この鮭との戦いにおいて最大級の危険度を乗り越えたレジェンドであり、毎年欠かさず申請書を提出しては渓谷へ帰る姿が、この俗語を人事課へ半ば公認させた立役者でもある。申請書に毎年書き添えられた一文「戦争は待ってくれるが、鮭は待ってくれない」は、この休暇を語る際に必ず引かれる名文句となっている。なお少年時代は弟のテディと共に参加していたらしいが、弟は兄の笑顔の下に隠れた想像を超える闘争心に恐怖し、以来サーモン休暇は取らない方針だという。なお撃退した鮭から採れるイクラが休暇の副収入になっていることは当該項に詳しい。

市民ギア CITIZEN GEAR

文化・生活

星系の住民に交付される住民管理用の携帯端末。身分証明・決済・通信・行政手続きの機能を一台に集約しており、音楽やホロ番組の購入も、アワゾン・プライマルなどの配信・通販サービスを通してこのギアで行われる。腕輪型が主流だが、種族の体格に合わせて首輪型・ベルト型など多様な形態が用意されている。

筐体の多様さはこの星系ならではである。小型種向けの精密筐体はQ印良品が設計協力しており、装備式サイバネティクスの技術は義肢とギアの双方に応用されている。通知の形式も視覚・聴覚・振動から選べるほか、嗅覚の鋭い種族向けには微香で知らせる「匂い通知」まで存在する。夜行性住民のための減光モードは標準装備である。

決済の大半はアワゾン・プライマルの販売網と直結しており、市民がギアで音楽を買う際その向こう側にいるのはほぼ確実に同社である。購買データの扱いを巡る公聴会での同社CEOの答弁「我々が知っているのはお客様の欲しいものであって、お客様ではありません」は語り草となっている。この「私は最初にグーを出します」と言うような、だれが見ても詭弁にしか見えない発言に誰も納得しなかったが、結局誰も退会はしなかった。なお決済網の七不思議として、無人のはずのタイタニアから音楽の購入記録が今も届き続けている件が知られている。

戦時下では避難誘導・配給管理の基盤としても機能しており、空襲警報とシェルターへの経路表示はギアに直接配信される。一方で位置情報や購買履歴の扱いを巡るプライバシー論争は建国以来の定番議題であり、「ギアを外して森へ行く」は都会暮らしに疲れた者の慣用句となっている。

家庭用ロボット HOUSEHOLD ROBOTS

文化・生活 家電と家族のあいだ

掃除・調理・洗濯・配達物の受け取り・介護を担う家庭用ロボットはドロイドの等級では第3級に属し、通称「ハウスロボ」の名で星系のおよそ六割の家庭に一台が置かれている。AI革命以前のロボットは農業や鉱業の作業機械が中心であり、家庭に入り込んだのは自律思考回路が量産品に降りてきてからのことである。市場を一変させたのはエラダード生産都市HVC-001の電化製品ラインが吐き出す廉価機であり、マクベス製の堅牢な作業機が「一台を三代で使う」ものであるのに対し、エラダード製は「三年で買い替える」ことを前提に設計されている。星系の家庭に一台の時代はこの廉価機によってもたらされた。

家庭用ロボットには一つの明確な法的線引きがある。戦闘補助システム『ポリヴィアス』の搭載禁止である。星系の兵器の約95%に組み込まれているこのシステムを家庭用機へ載せることは共和国・帝国・通商連合の三者が揃って禁じており、家庭用機の思考回路には「危害を加える判断」そのものが用意されていない。この線引きが破られた最も有名な例がスリッピー・トードの8歳の時の事件であり、自宅の家事ロボットを無断で「防犯仕様」に改良して配達員を三人撃退したこの一件は、当時の法では罰する条文が存在しなかったため不問に付された。現在の禁止条項の改正案が「トード条項」と通称されるのはこのためである。

普及の影には詐欺の歴史もある。開拓時代の辺境では「何も知らない素人にポンコツの農業ロボットを売りつける」商法が横行しており、ピグマ・デンガーの母がこの商売で名を残しているのは人物記録に詳しい。動かないロボットを掴まされた開拓農家の苦情は星系の消費者保護法の原型となり、今日の家庭用機に義務付けられている「三日間の返品保証」はこの時代の名残である。ただし三日を過ぎると別の問題が始まる。

その問題とは愛着である。掃除機に名前を付け、故障した介護機を「入院」させ、買い替えの日に旧機を廃棄業者へ渡せず物置に仕舞い込む家庭は後を絶たない。ケダモノには食用種から愛玩種への「昇格」の制度があるがロボットにはそれがなく、代わりに廃棄を引き受けない修理業者が「ロボの医者」として繁盛している。この愛着は家庭に限らない。スターフォックスの母艦を先代の時代から管理し続ける艦載AIロボナウスは二代のメカニックの改造を受けてなお現役であり、隊員たちが「うちの一番の働き者」と呼ぶこの旧型機を新型へ置き換える案は出るたびに立ち消えになっている。皇帝アンドルフ・ボウマンが少年時代に廃棄された第3級サーヴァントドロイドを組み直して店の手伝いをさせていた豚型の「フィルバート」は、現在もキューへ移り住んだ父と弟の一家と共に家族として暮らしているという。星系で最も進んだ科学の持ち主が最初に組んだ機械を家族が今も手放さないという構図は、この愛着が種族も陣営も選ばないことを示している。

星系ネットには「うちのロボが帰ってこない」という書き込みを集めた掲示板が存在する。買い替えの相談を家族がした翌朝に旧機が玄関から消えていたという報告が一定数あり、廃棄の気配を察して家出するのだと信じる者は多い。メーカーは思考回路にそのような判断は存在しないと繰り返し説明しているが、書き込みは減っていない。なお家出したロボットとして星系で最も有名なのは家庭用機ではなく、エラダードの工場から歩いて出て行った巨大な試作機である。あれが家出であるならうちのロボの家出もあり得る、というのが掲示板の住人たちの主張である。

ライラット星系の通貨 / スペースドル SPACE DOLLAR — CURRENCIES OF LYLAT

文化・生活 星系共通通貨 SD と各地の現地通貨

今日のライラット星系では、ほぼ全ての国家・組織が共通通貨「スペースドル(SD)」による単一の経済圏を共有している。第1次ライラットウォーズが始まる前は惑星や経済圏ごとに異なる通貨が存在していたが、コーネリア連合共和国の成立に合わせて通商連合との共通規格の流通が確立。旧コーディリア王国大グランベル国が発行していたスペースドルを共通軸とすることで各勢力が合意し、スペースドルは星系全域で通用する通貨となった。発行と信用は現在もコーネリアに置かれた中央金融機関が支えている。

スペースドルは紙幣や金貨といった物理的な形を持たない完全データ型通貨であり、住民が身に着ける管理端末や腕時計などからチャージ・支払いが円滑に行える。決済のたびに専用のポイントが付くことや、星系のどこでも手軽に使用できることも、その圧倒的なニーズの大きさを支えている。

もっとも、スペースドル以外の通貨が消えたわけではない。シェアが減っただけで、本来の地域では今でも現地通貨をスペースドルと併用することができる。以下、代表的な現地通貨を記載する。

ギリー TROILUS

コーネリアのトロイラス州で流通する現地通貨。星系でも珍しく紙幣が現役であり、トロイラスの田舎ではギリー紙幣がなければ生活が成り立たない。最古参の意匠には約900年前のトロイラス王朝時代の紋章がそのまま残されている。

パール MACBETH — OSRIC

マクベスオズリック技術者協議会が発行する通貨。マクベスではスペースドルよりも信用度が高く、都市部でローンを組む際にはスペースドルの残高よりパールの預金額の方が重視される。

スカラベ FORTUNA

現地通貨の中でも変化球中の変化球。フォルトナでは緑の光沢が美しい生きた昆虫「スカラベ」が、そのまま貨幣として使用される。緑色の個体が1スカラベにあたり、色違いや光沢の質によって価値が変動する。なお同星ではスペースドルは一切通用しないため、交易者はまずスカラベを手に入れるところから始めることになる。

セグル HACTIVA

ハクティバ圏で流通する、スペースドルよりも歴史の深い通貨。起源は神聖帝国時代に遡る。現在の同圏ではセグルとスペースドルの両方が使用可能であり、単位あたりの価値は完全に同期しているため両替そのものは容易である。ただし一つだけ、決して侮れない罠がある。セグルの計数は神聖帝国の記数法を受け継いだ9進法であり、桁の上がるタイミングが十進法と異なるのである(詳細は両替と交渉の項を参照)。

ガリオン VENOM EMPIRE

現在のベノム帝国が発行・管理する完全新規の暗号通貨。使用できるのは帝国領内のみだが、ハクティバ圏の投資企業が今後の情勢を予想して大量に買い込んでいるという噂が絶えない。

なおフィチナパペトゥーンセティボスなどでは、そもそも通貨ではなく現物支給や物々交換が主流になっている地域も存在する。

両替と交渉 EXCHANGE & BARGAINING

文化・生活

複数種の貨幣があると必ず発生する問題、すなわち両替の損得を巡るいざこざは、星系のどこでもよく見る光景である。スペースドルが使える場所なら基本的に発生しないのだが、星系首都を擁するコーネリアですら、田舎の州の街に赴くとスペースドルの読み取り端末が置かれておらず買い物ができない事態が頻発する。形を持たないデータ型通貨の弊害を痛感する瞬間である。

スペースドルの価値の基準は、10スペースセントで駄菓子「うまいボーン」が一つ買えること、そして100スペースセントで1スペースドルであることを押さえておけばよい。1スペースドルに対してギリーは120ギリー、パールは80パール。セグルは単位あたりの価値が完全に同期しているが、計数が9進法であるため油断はできない(後述)。単価がギリーの1.5倍にあたるパールの「重さ」は、オズリックの信用のほどを物語る。ちなみにコーネリアの中央金融機関が公刊する『星系経済白書』には、各惑星における「うまいボーン1本の実売価格」が毎年収録されている。物流費と物価の実感を一目で伝えるこの「うまいボーン指数」は、辺境へ行くほど数字が跳ね上がることで有名であり、経済学の入門講義はたいていこの頁から始まる。

両替を巡るいざこざの筆頭はやはりスカラベである。スカラベは星系で唯一の「生きた通貨」であり、そもそも両替という概念が通じない。色と光沢の査定基準はフォルトナの市にしか存在せず、惑星の外へ持ち出した瞬間、財産はただの美しい昆虫の群れになる。それどころか生体の持ち出しは各惑星の防疫審査で没収対象となるのが常であり、スカラベを山と積んで意気揚々と帰還した商人が検疫場で全てを失った事例は数知れない。「フォルトナで稼いだ財産はフォルトナで使え」は、交易者たちの間で今も生きている格言である。

通商連合との貿易が一筋縄ではいかない最大の理由も通貨にある。セグルの計数は神聖帝国の記数法を受け継いだ9進法であり、「10セグル」は十進で数えれば9、「100セグル」は81にしかならない。単位あたりの価値が同期しているだけに数字面の一致を疑わない外来の商人は多く、「1,000セグルで手を打とう」という気前のよい申し出が実際には729スペースドル分でしかなかったという商談は後を絶たない。この桁の読み替えで差額を抜く手口は「桁抜き」と呼ばれるが、通商連合の商法では詐欺に当たらず、「数え方を確認しなかった側の落ち度」とされるのが常である。なお神聖帝国がなぜ9を桁の区切りに選んだのかは分かっておらず、遺跡の碑文から帳簿の類に至るまで一貫して9進で記されている。この徹底ぶりは同帝国の謎の一つに数えられており、「彼らには我々に見えない『何か』が一つ多く見えていたのではないか」という研究者の冗談は、冗談のわりに引用され続けている。

占領下のマクベスでは、発行元のオズリック技術者協議会が活動を停止しているにもかかわらず、労働者たちはパールの預金記録を決して手放さない。パールを売り払うことは、協議会の復活を諦めることと同義だからである。実際、州外の金融市場でもパールの相場は下がるどころか僅かに上がり続けており、発行元が沈黙したまま信用だけで支えられるこの奇妙な通貨は、経済学の講義で「通貨の信用とは何か」を語る際の定番の題材となっている。

一方、コーネリアの闇市場ではガリオンとスペースドルの非公式な交換が行われており、その闇レートは奇妙なことに前線の戦況とぴたりと連動して上下する。相場師たちはこれを公報より早い「もう一つの戦況図」として読んでいるといい、財務当局はガリオン保有を利敵行為とみなすか否かの審議を評議会に諮っているが、例によって結論はまだ出ていない。

食性ピクトグラム DIETARY PICTOGRAMS

文化・生活 同じテーブルを囲むための共通言語

星系の外食産業ではメニューへの食性区分のピクトグラム表示が義務付けられている。肉料理・植物食・昆虫肉・雑食向けの4種が基本記号であり、原材料となったケダモノの種名表示も義務である。これは食性の異なる種族が同じテーブルを囲むための最低限の作法とされ、「相手の皿の中身を尋ねない」こととセットで共和国の食卓マナーの第一課に数えられる。

この4記号の制定は見た目の素朴さに反して難航した。種族により見える色の範囲が異なるため、どの人種の視覚でも判別できる配色を探す作業に標準化委員会は数年を費やしたのである。採用された4色は「誰の目にも美しくないが誰の目にも見える」と評され、のちに安全表示の手本として星系中の警告標識へ広がった。最後まで揉めたのは雑食の記号である。何でも食べることを一枚の絵でどう表すかという難題は委員会を二分し、最終的な図案には「空の皿」が採用されている。

ピクトグラムは食卓を越えて生活へ浸透している。子供たちは文字より先にこの4記号を覚え、婚活のプロフィールでは食性区分の記載が事実上の必須項目となっている。食性の合う相手とは店選びで揉めないためであり、若者の間では相性の良さを「ピクトが合う」と言い表す。一方で無認可流通「裏市」には偽の種名表示が横行しており、ピクトグラムの偽造は食品衛生の違反ではなく公文書偽造として重く罰せられる。

軍用レーションにも同じ区分が適用されており、補給部隊の積み下ろしでは4色のコンテナが並ぶ。食性別レーションの運用はVレーションの12種構成に始まる伝統であり、前線で自分の食性区分だけが尽きる小さな地獄も当時から変わっていない。この時に備えたレーションの物々交換は兵士の社交術の基本とされ、新兵は人気品目の交換レートを階級章より先に暗記するという。それでも尽きた場合の最終手段が全員のレーションを一つの鍋へ空ける煮込みの共通食であることは料理方法の項に述べたとおりである。

完全栄養食 DMG-001 TOTAL NUTRITION RATION "DMG-001"

文化・生活 通称「消しゴム」

完全栄養食は、ハクティバ通商連合が労働者の配給食および兵士の携行戦闘糧食として開発した、文字どおり完全な栄養素を計算して配合した完全加工食品の総称である。DMG-001はその現行規格の型番にあたる。惑星エラダードの最低極まる食事として名高く、惑星の名を聞いただけでこれが脳裏をよぎる者も多いはずである。

源流は第1次ライラットウォーズ末期まで遡る。当時の星系統合艦隊には食性ピクトグラムに合わせた計12種類のレーションが用意されており、内容の一例を挙げればシチュー缶(食性で具材が変化する)、圧縮クラッカー缶、バター2切れ、粉末ビタミン飲料、人工野菜シート6枚、ミントガム4つ、フルーツキャンディ2つと気合の入ったものだったが、そのどれもが「餌」と称される酷い味であった。このシリーズは「Vレーション」と呼ばれ、前線の戦意を低下させる要因とまで言われた時期があり、冗談と諦めを込めた「Victimレーション」の異名まで頂戴していた。

あまりの不評から、終戦後には大量の在庫がハクティバ圏へ投げ売りされる事態となった。これに目を付けたのがエラダードの工場経営者たちである。不味さの根本は、熱いまま缶へ封入されるため時間の経過とともに金属の匂いが中身へ移ることにあり、付属のビタミン飲料なしには飲み下せないほど固められたクラッカーがそれに拍車をかけていた。そこで食材を適度な硬さに固め、誰でも簡単に食べられることを念頭に素材加工を改め、缶の封入を撤廃してレトルト式へ切り替えた。試験を重ねた結果、それなりに食べられる完全栄養食の原型が完成したとされる。

ここまでなら良い話で終わるのだが、残念ながらこの話には続きがある。完全栄養食はそれなりの好評を博したものの、戦時の特需が去るとエラダードの好況は傾き、栄養食に割かれる資源は目に見えて目減りしていった。生産ラインは単純で低コストの機械へ次々と置き換えられ、それが10年ほど続いた結果が、現在の「パズルゲームのブロック」のような無味乾燥の直方体である。その味は「餌」と称されたVレーションを遥かに下回り、人々はこれを「消しゴム」と呼んで心を無にして食べたという。以来、この形が改められたことは一度もない。栄養価の設計だけは今日も完璧である。

うまいボーン UMAI-BONE

文化・生活 星系で最も有名な駄菓子 — 定価およそ10スペースセント

うまいボーンは、コーネリアグランベル州で営業するシマリスカ株式会社が製造する、ライラット星系で最も有名な駄菓子である。中身はいたってシンプルで、軟骨シートやコラーゲンシートをジャーキーの芯に巻き付けて味付けをした棒状の菓子である。製造が始まったのは約360年前と星系でも指折りの歴史を持ち、あらゆる場所、あらゆる年齢層の間で通じる一種の共通存在となっている。

製造開始の時点ではコーンポタージュ味とかば焼き味の2つしかフレーバーが存在しなかったが、現在は星系中で派生が作られており種類は200を超える。また製造当初はアヌビソイド系人種向けに作られていたため非常に硬く、他の人種が食べることはできない代物だったが、現在はあらゆる人種向けに硬さのランクが用意されている。ヘケトイドバステトイド向けのゼリー状のものから、ホルソイドパラノディアン向けに舌の奥で味と喉越しを楽しむ丸呑み可能なものまで存在する。

値段はいつの時代も決まって概ね10スペースセントであり、子供でも容易に購入できるため非常に親しみ深い。だが、この駄菓子は別の側面も持っている。固定され続けた価格が、そのまま経済の指標として機能するのである。歴史上、幾度かこの駄菓子が11〜15スペースセントへ値上がりした時期があるが、それはコーネリアが大規模な戦争で疲弊した時期とそのまま同期している。そもそも戦時下でもこの駄菓子が手に入ること自体が、最低限のインフラが保たれている何よりの証拠である。『星系経済白書』が惑星別の実売価格を毎年収録する「うまいボーン指数」も参照されたい。

共育カリキュラム MIXED-SPECIES EDUCATION

文化・生活 全種族混合学級 — 共和国市民教育の第一歩

共和国の義務教育は原則として全種族混合学級で行われる。給食は食性別の複数メニュー制、体育は体格・種族特性に応じたハンデ制が敷かれ、種族史の授業ではステファノー忌に合わせた平和学習が必修となっている。異なる種族の級友と席を並べること自体が「共和国市民教育の第一歩」と位置付けられているのである。

現場の工夫は涙ぐましい。体格差が数倍に及ぶ級友が同じ授業を受けるため、教室は前方に小型種の階段席、後方に大型種の広間席を置く扇形が標準であり、机と筆記具は体格レンジ別に支給される。聴覚の鋭い種族に配慮した教室内の音量規程も敷かれており、クラス委員の初仕事は号令の音量調整だと相場が決まっている。二部制の学校では昼組と夜組が同じ教室を使うため、会ったことのない相棒との机の中の文通が今日も続いている。

制度の根は共和国の成立史にある。五つの国家の統合で生まれた新生共和国にとって、種族ごとに分かれたままの教育は分断の温床にほかならなかった。同じ教室で育った世代が社会の中核を占めるにつれ星系の空気は確実に変わったと評価される一方、差別と軋轢の項が示すとおり偏見は今も消えたわけではない。ステファノー忌の平和学習が一度教科書から消えかけ、軍部の粘り強い働きかけで必修へ戻された経緯は、この制度が完成品ではなく現在進行形の実験であることを物語っている。

教育庁の掲げる標語は「誰もが、何にでもなれる」。もっとも、進路指導の現場では種族の身体特性と職業適性を巡る議論が絶えず、小型種初の重機動兵科合格や、飛行種族以外のエースパイロット誕生といったニュースは、今も星系中で大きく報じられる。

ベーシック標準語 BASIC — LYLAT STANDARD LANGUAGE

文化・生活 九割の空で通じる言葉

ライラット星系の文明は複数の恒星系とその惑星に広がる多星系文明である。多種多様な種族が暮らしているにもかかわらず、話される言葉は不思議とすべての惑星で共通の言語に束ねられている。この一致を、すべての文明を遡れば「始祖の開拓団」へ帰結することの証左に数える学者は多い。

ベーシック標準語はそのまま「星系標準語」とも呼ばれ、ほぼすべての惑星と地域で通用する万能言語である。この言語の壁の薄さは交流を容易にしており、ソーラ圏やハクティバ圏との文化交流を後押しした要因の一つにも数えられる。もっとも9割の場所で通じるメジャー言語でありながら方言と無縁なわけではない。惑星の気候や主要種族の苦手な発音によって、独自言語と呼びたくなる強烈な訛りを持つ地域も多々ある。極寒で口を大きく開けない暮らしが子音を丸めるフィチナ訛りと、砂嵐に負けない大声文化で母音が伸びるカタリナ訛りはその代表格である。

ベーシックの中でも真の標準語とされるのはコーネリアで話されるものであり、これはアヌビソイド系人種の口の形に対応した言語となっている。マズルの長いアヌビソイドは「ラ」行や「パ」行が特定の順番で組み合わさると一部が抜けて発音されてしまうことが多く、タッドー系の民が住むアクアスの訛りとは相性が悪いことで知られる。その証拠にアクアスとゾネスは共和国への併合の際、旧名の「アリエル」と「ウンブリエル」から現在の名へ改名されている(旧名が今も生きるアクアスの日常については同惑星の項に詳しい)。

訛りは時に身分証のようにも働く。パペトゥーンなど遠方の惑星の訛りは特に強烈で、コアワールドでは口を開いただけで田舎者扱いを受けることも珍しくない。若き日のジェームズ・マクラウドがこの扱いを何より嫌い、訛りを直そうと躍起になっていたことはよく知られている。指南役は少年時代に出会ったピグマ・デンガーである。多彩なピグマはコーネリアで使われるベーシック標準語を当時すでに習得しており、ジャンク屋の帳場で目利きや処世術と一緒に「訛りの抜き方」まで仕込んでいった。「ジェームズの話術の半分はピグマ仕込み」という評は、発音のことでもあるのである。なお当の指南役が今も強烈な訛りのまま喋っていることについて、本人は「そんなん一日中肩肘張ってたら疲れるやろ、必要な時に喋れれりゃええんや」と説明したと伝わる。

そもそも標準語が全く通じない惑星も存在する。フォルトナは部族ごとに独自の言語を持ち、標準語に近い会話ができるのはスノーホーン族のみである。サウリアンの息を吸い込みながら発音する音も相まって、習得にはセンスが必要となる。キューには「パラノディア語」と呼ばれる完全な別系統の言語が存在し、惑星首都アルピニアではこちらの方がメジャーですらある。パラニド神聖帝国に由来する言語であり、鳥類や爬虫類の声帯に合わせた発音のためコアワールドの住人にはほぼ発話が不可能である。哺乳類系の人種ではキューソイドのみが話せるとされる。

これ以外にもパペトゥーンのトゥーム語やマクベスのカサド語など地域限定の言語が残っているが、ほとんどの場所では標準語も併せて通じるため、現地に駐在するなどの事情がなければ旅は標準語のみで事足りる。

宇宙暮らしの作法 SPACER MANNERS

文化・生活

人工重力の切替アナウンスで即座に手すりを掴めるか、磁気ブーツの足音がどれだけ静かか──宇宙暮らしの年季は歩き方に出るとされ、独特のすり足は「スペーサー歩き」と呼ばれる。無重力区画での毛づくろいは抜け毛が漂うため厳禁であり、ステーションの共用区画には必ず吸引式のグルーミングブースが設けられている。

もてなしの作法も独特である。来客の予定があれば迎える側は人工重力を客の故郷の値へ寄せておくのが上等とされる(重力差の項を参照)。手土産は軽くて小さいほど高級というのが宇宙の常識であり、惑星の感覚で果物の箱など抱えて行けば、輸送費の計算ができない田舎者と笑われる。別れの挨拶は「良い航路を」で固定であり、しばらく飛ぶ予定のない相手にも使う。

閉鎖環境ゆえの禁忌も多い。船内では常に誰かが眠っているため大きな足音と話し声は嫌われ、強い香りは匂いのマナーの項で述べた「騒音」そのものになる。そして極めつけは水である。配給制のシャワーで身についた「三分で洗い上げる」技術は宇宙暮らしの常識であり、惑星育ちが長風呂の自慢話をするとその場の空気が静かに凍る。

ステーション生まれステーション育ちの世代は「ボイドボーン」と呼ばれ、初めて惑星に降りた際に「天井のない空」への強烈なめまいを経験することが多い。彼らの里帰りとは船に帰ることを指し、「故郷の重力は0.8G」といった言い回しが自然に通じるのがこの星系の宇宙文明の日常である。

星系の都市伝説 URBAN LEGENDS OF LYLAT

文化・生活 宇宙時代の怪談カタログ

宇宙に進出しても怪談は消えない。サルガッソーの「幽霊艦隊」、廃棄コロニーオベロンⅡから届くという「還ってくる通信」、そしてコンタクト信号を巡る数々のオカルト的解釈は、ホロ番組の心霊特集の定番三本柱である。

怪談は土地ごとに顔を変える。フィチナの越冬隊には「氷原の下から誰かに呼ばれる」という言い伝えがあり、学術側が氷震の錯覚と説明してなお、民話は氷の下の「最初の入植船」の乗員が今も帰りを待っているのだと語る。ソーラ圏では子守歌「海の姉妹は四人だった」に、死ぬことを許されない男が深海に幽閉されているという恐ろしい派生譚が付いて回る。セクターϸの観測写真を長く見た者が訴える不調に至っては、「なぜか気持ち悪いアレ」の項で今も大真面目に議論が続いている。

ライラットの都市伝説の質が悪いのは、たまに本物が混ざっていることである。「フォルトナワープ魔人」は長らく作り話の代表格だったが、現在は公式記録に登場する実在の人物である。笑い飛ばした翌月に実在が確認される…この様式美があるため、専門家は軽々に「作り話」と断定できない。オカルト誌ヌーの厳正な裏取りが貴重な指標と評されるのはまさにこの事情による。

船乗りの間には「ワープ中に窓の外を見るな」という古い迷信がある。折り畳まれた空間の向こうに「こちらを見ている何か」と目が合う──という他愛のない怪談だが、不思議なことに、長距離航路のベテランほどこの迷信を笑わない。アウト・オブ・ディメンションの研究者たちはこの種の伝承の収集に妙に熱心である。

野獣パイセン YAJU-PAISEN — 星系ネット最古参のミーム

文化・生活 ネットミーム — 発生から数十年・鎮火の兆候なし

星系ネットで数十年にわたり増殖を続ける古参ネットミームであり、筋肉質の犬系人種の男がソファでインタビューを受けている数分の映像素材を筆頭に、シリーズから発掘された無数の「語録」の総称である。元ネタは大昔の低予算配信ドラマに端役で出演した「野獣」と呼ばれる先輩役とされ、劇中の自己紹介「24歳、学生っすね」はドラマ本編を一度も見たことのない者でも知っている台詞となった。当のドラマの題名を正確に言える者はほぼ存在せず「作品は忘れられ先輩だけが残った」という点にこのミームの異常さが伺える。

人気の核は豊富すぎる語録である。出演時間わずか数分の中に発掘のしがいのある奇妙な言い回しが異常な密度で詰め込まれており、「お! やりますね~」「ハッキリわかんだね」「バッチェいいっすよ」「ここらへんに美味いウドン屋があるんすよ」等の断片は日常会話への応用が利きすぎた。信望者たちはあらゆる場面を語録の引用だけで成立させる遊びを洗練させ続けており、この様子は一種の宗教譚として社会学の研究対象にすらなっている。シュールな笑顔という素材が翻訳を必要としないことも大きく、勢力と種族の壁を越えて通用する稀有なミームとして帝国圏やアウターリムにまで到達している。惑星コーネリアの第8月10日は信望者が勝手に定めた「パイセンの日」であり、この日だけは聖地巡礼による混乱を恐れ行政が警察の動員数を増やするのが慣例になりつつある。

無害な顔芸の共有で済んでいたこのミームが歴史の表舞台に出たのは、サイバークラッカー集団「アンニュイング・ドッグ」が語録を組み込んだジョークプログラムの開発を始めてからである。感染した端末が語録を読み上げるだけの他愛ない悪戯はやがてエスカレートし、ついにはCDF情報戦略本部の防衛ラインをパイセンの笑顔と謎ダンスの奔流で埋め尽くすイロウルの気まぐれ事件の中核となった。ウイルス名「810-USO800」の頭の数字もパイセンの日に由来する隠語であり、CDFの公式報告書に「野獣」の二文字が記載されるという前代未聞の事態を残している。またこの騒動はミームの信望者のうち過激な低年齢層、通称「ケモガキ」の存在を世に知らしめ、以後この語は星系ネットの迷惑行為者を指す一般名詞として定着してしまった。

演者のその後は分かっていない。素性の特定はコアワールド、ソーラ圏、ハクティバ圏、果てはサルガッソーやフロンティアなど、全星系ネット民総出の調査でも一度も成功しておらず、「アウターリムの貨物船で働いている」「とっくに故人である」「実は複数人いた」等の説が定期的に浮上しては消えている。目撃報告は今も月に数件のペースで寄せられるが確認された例はない。数十年前の端役が星系規模の文化と重大インシデントの火種になり、当人だけが何も知らないまま消息を絶っている。ネット文化研究者はこのミームを一言でこう総括している。「作品は消えても、パイセンは消えない…白いシャツにこぼしたアイスティーのシミのように…」。

ホロ番組と娯楽 HOLO-MEDIA & ENTERTAINMENT

文化・生活 視聴率の常連たち

星系の家庭娯楽の中心はホロ番組である。配信の覇権を握るのはアワゾン・プライマル社であり、その定額会員制は「水道・電気・プライマル」と生活インフラに数えられるまでになった。番組表は昼夜シフト社会を反映して「昼のゴールデン」と「夜のゴールデン」の二本立てで編成され、視聴率の三強と呼ばれるのが刑事ドラマ『プロスペロー捜査線』、ドキュメンタリー『ドッグスレッド』、そしてクロスバウト中継である。

『プロスペロー捜査線』 PROSPERO PATROL

刑事ドラマの金字塔。舞台は眠らない副首都テンペストであり、昼行性と夜行性の刑事コンビが「クロスアワー」のシフト交代で一つの事件を引き継ぐ構成を十数年続けている。引き継ぎの決め台詞「あとは頼んだぜ、相棒」は星系で最も真似される台詞とされる。占領下の現在は過去シーズンの再放送が続いているが視聴率はむしろ上がった。市民が見ているのはドラマであると同時に、日常だった頃のテンペストの街並みである。

『ドッグスレッド 氷原を駆ける犬たち』 DOG SLED

ホワイトファング急便の配達員たちを追う記録番組であり、配信の常時人気トップ3に居座る「星系で最も温かい放送」である。詳細は専用の項に譲るが、一言だけ引くならば…「敵も味方も同じ雪景色に見入る番組」である。。

スポーツ中継 SPORTS

格闘技クロスバウトの中継は男女問わぬ視聴率の王座であり、終点ルールを巡る論争番組とセットで一つの文化になっている。学生スポーツでは異種駅伝が名物であり、毎年コーネリア大会の敗因分析が討論枠を一週間占拠する。

心霊特集 MIDNIGHT SPECIALS

幽霊艦隊・「還ってくる通信」・コンタクト信号の三本柱を看板とする夜の定番枠。検証の甘さをオカルト誌ヌーに毎号叱られながら、視聴率のために今夜も再現映像を流している。

戦時下の現在、報道には検閲が入ることが増え、市民は行間を読む技術を磨きつつある。配信の裾野では独立星系連合復活説のような流言を流す迷惑系配信者が問題となっており、取り締まりはいたちごっこである。前線への慰問放送では人気歌手のライブ中継が最も喜ばれ、「歌の日は撃墜報告が減る」という統計めいたジンクスが、両軍の従軍記者の間で囁かれている。

帝国国営放送 VENOM IMPERIAL BROADCAST — VIB

文化・生活 敵国で一番視聴率の高い番組

ベノム帝国の放送は国営の一局しか存在しない。帝国国営放送、通称VIBは帝都ゴモラから全帝国民の管理タグへ直接配信され、受信の拒否はできない。番組表は皇帝の演説、戦線の進捗報告、生産功労者の表彰、そして帝国が認可した音楽で構成され、娯楽番組という枠は存在しない。それでもこの放送が退屈だと言う者は帝国にも共和国にもいない。皇帝の国の放送は編成の貧しさを、他のどこにもない番組で埋めているためである。

VIBには二つの特徴がある。一つは「勝った」と言わないことである。コーネリア防衛戦以来、帝国は戦果を一度も誇示しておらず、放送は戦線の進捗を「進んだ」「維持した」「再編した」の三語で報告する。もう一つは戦死者を伝えないことであり、遺族に届くのが「任務完了」の通知であることはVIBの語法そのものである。この二つの沈黙が組み合わさった結果、帝国の民は放送の行間から戦況を読む技術を磨き、「再編した」が三度続けば戦線が崩れていることを誰もが知っている。検閲下の共和国の報道で市民が身に付けたのと同じ技術が、敵国でも同じ理由で育っているのである。

この放送の最大の視聴者層は帝国民ではない。占領地を経由して漏れてくる電波を共和国側が傍受しており、CDF参謀部は毎回の放送を欠かさず記録している。傍受は諜報であると同時に娯楽でもあり、星系ネットには「本日のVIB」を解説する配信者が複数存在する。共和国政府はこの視聴を取り締まっていない。敵の放送を笑って見られる余裕こそが共和国の宣伝になると判断しているためであり、この判断は今のところ当たっている。

一番人気の番組は皇帝自らが兵器を解説する「皇帝の設計室」である。アンドルフ・ボウマンが図面を広げ、大規模な可変機構と宇宙戦闘用でありながら人型を選ぶ機体構成と機体出力に見合わない巨大レーザー砲について、時間を忘れて語る番組である。無人機や哨戒機の回は明らかに気乗りしない様子が画面に出ており、エラダードへの外注の理由が放送で裏付けられたと評された。共和国の参謀部と技術者たちはこの番組の最も熱心な視聴者であり、スリッピー・トードが毎回の放送を録画して図面の寸法を割り出していることは公然の秘密である。敵国の皇帝が自国の兵器の設計思想を毎週無料で教えてくれる放送を、参謀部は「星系で最も費用対効果の高い諜報源」と呼んでいる。

放送には帝国民向けの定番もある。毎月月初のコーネリア侵攻部隊の出撃は生中継され、出撃前の口上「皇帝に逆らうものは死ぬのだぁ!」は帝国の子供たちが真似する台詞の筆頭である。その約5分後に共和国側で聞こえる台詞の方は放送されない。天気予報はベノムの気候が変わらないため「本日も帝国の空は晴れ」の一文が固定で流れ、番組の最後は必ず皇帝の口癖「失われたものは必ず取り戻せる」で締められる。この一文を共和国の視聴者は敵の宣伝として聞き、帝国の民は約束として聞き、そして皇帝の少年時代を知るごく僅かな者だけが、それを父の言葉として聞いている。

スポーツのハンデ規定 SPORTS HANDICAP RULES

文化・生活 混成社会の勝負を成立させる技術

体格も特性も異なる種族が同じ競技で競うため、ライラットのスポーツは精緻なハンデ規定とともに発達した。球技における飛行種族の「滞空3秒ルール」、体重階級ならぬ「体格係数制」、小型種のための用具スケール規定などが代表例である。無重力リングと重力リングを切り替える格闘技クロスバウトが星系一の人気を誇るのは、重力変化がある種の「全種族共通のハンデ」として働くためだと分析されている。

規定の理念は「強さを削ぐこと」ではなく「勝負を成立させること」にあるとされる。とはいえ実務は泥臭い。種目ごとの体格係数は毎年見直され、突出した新記録が出るたびに各種族の競技団体が改定会議へ押し寄せる。この毎年の攻防は「係数戦争」と通称されており、コーネリア球技連盟の規定集が憲法典より分厚いことは市民の笑い話の定番である。

学生スポーツの名物は走力自慢から飛行種、水棲種までが区間を繋ぐ「異種駅伝」である。各校がどの区間にどの種族を置くかという采配勝負であり、毎年コーネリア大会の敗因分析はホロ番組の討論枠を一週間占拠する。近年ではドッグスレッドの人気を受けて犬ぞり競技が学生種目に加わるなど、種目の裾野は今も広がり続けている。

一方でハンデの要らない競技は「フラットゲーム」と呼ばれ別格の敬意を集めている。体格も重力も関わらない盤上遊戯はその代表であり、種族も年齢も関係なく同じ盤を挟める「最後の平場」として、フィチナの長い冬からキューの賭場まで星系中で愛されている。曰く…ハンデ規定の完成形とは「ハンデの要らない勝負」のことである。

ケダモノと愛玩文化 KEDAMONO & PET CULTURE

文化・生活 家畜と家族のあいだ

二足歩行と言語を持たない動物種族「ケダモノ」は食用家畜であると同時に愛玩動物でもある。食用種と愛玩種は品種登録により法的に区別されており、愛玩種の飼育文化は星系のあらゆる惑星に根付いている。登録の変更は食用から愛玩への一方通行のみが認められており、飼育の過程で情の移った一頭を「昇格」させる農家は毎年後を絶たない。業界ではこれを「食卓からの生還」と呼ぶ。もっとも自身の種族に似たケダモノを飼うことへの視線は惑星や世代によって大きく異なり、「似た子を飼うのは自己愛か家族愛か」は星系の茶の間の定番論争である。

飼い主とケダモノの取り合わせは外から見て紛らわしいことがある。犬系ケダモノを連れて歩くアヌビソイドは「どちらが散歩させているのか」と評される定番の光景であり、当人たちは全く気にしていない。命名には暗黙の作法があり、知人と同じ名を付けるのは重大な失礼とされる。上司と同名のケダモノに「お座り」を仕込んだ社員が処分を巡って争った裁判は、労働法の講義の定番教材になっている。餌には昆虫肉やマドレッド肉が主に充てられるが、ケダモノ肉を与えることの是非だけは今も答えが出ておらず、各メーカーは原材料表示の字を年々小さくしている。

軍艦にはネズミ型ケダモノ対策として艦載ケダモノ(主に小型の狩猟種)を乗せる伝統があり、正式な乗員として名簿へ記載され階級と食料の割り当てを受ける。勤続で昇進する規定のため古参の一頭が新兵より上の階級を持つことは珍しくなく、敬礼すべきか否かは配属初日の新兵が必ず悩む問題とされる。艦のマスコットとして乗員の精神衛生に大きく貢献しており、撃沈された艦から艦載ケダモノが救助された際には乗員より先にニュースになることも珍しくない。三度の撃沈を生き延びて「沈まず」の異名を取った一頭には勲章の授与まで検討されたが、当のケダモノが式典の間ずっと眠り続けたため見送られたという。

頭髪の不思議 THE MYSTERY OF HAIR

文化・生活

ライラットの民は人種によりけりではあるが、基本的に全身へ毛を持つ者が多い。始祖の開拓団の時点で既にこの形質は備わっていたと考えられており、ライラット人の姿かたちは文明の始まりからおおよそ決まっていたことになる。ところが通常の体毛とは別に、頭部の毛だけが際立って長く発達する者が数多く存在し、これが長年の謎とされてきた。体毛は温度調節・外傷からの保護・匂いの保持など、文明が開かれる以前の生活様式の名残として説明が付く。だが頭髪だけが長く伸びることのメリットを、どの学派も未だに提示できていないのである。

有力な一説は、ホルソイドの飾り羽と同じ役割をこの毛に求める。個体としての強さを示すために独自へ発達した、装飾のための毛だという解釈である。さらにベノムから出土した壁画ではオーバーロードが同様の長い毛をたなびかせており、頭髪をこの類似と結びつける説も根強い。真偽はともかく、長い頭髪が個性の主張に役立つことだけは確かであり、今日ではヘアカラー文化の延長線として大いに活用されている。頭髪が生えるかどうかは種族だけでなく家系や性別、さらには運の要素まで絡むとされ、生えない者が専用のカツラをオーダーメイドで誂える文化も定着している。

特筆すべきは、本来鱗しか持たないパラノディアンにすら、ごく稀に頭髪の生えた例が報告されている点である。解析の結果、これは毛ではなく細長く変質した鱗であると判明している。強靭さとしなやかさを両立した他に類のない構造であり、希少な素材として高価に取引されることがある。

情報が殆どないながら興味深い報告もある。タイタニアに住む少数民族ティターニアンの女性は、美しい黒毛を持つと伝えられている。ただし彼らは普段から深いローブを纏っており、その姿を目にした者は殆どいない。タイタニアへ実際に赴く者の少なさも相まって半ばオカルトめいた話になっているが、確かめられないことがかえって噂を広め、美しさの評判に尾ひれを付け続けている。

ヘアカラー文化 FUR & HAIR COLORING

文化・生活

毛のある人種が多数を占めるライラットでは、毛並みの模様も千差万別である。その中で毛色に白の比率が多い者は、個性やファッションとしてヘアカラーで染めることも少なくない。星系で人気の色は、金色の毛並みになる「リッチゴールド」と、シックで落ち着いた雰囲気の「チャコールブラウン」。それに次ぐのが鮮やかなピンクに染まる「ドラゴンマゼンタ」と、空のような清涼感の「プライムブルー」である。特に後者の派手な色合いは若者に人気だが、近年は年配の愛好者も増えているという。

一昔前は、加齢で黄ばんだ毛並みを補うために黄色の補色である紫のヘアカラーを使う老人が多かった。しかし紫を強く染めすぎて鮮やかなパープルになってしまう者が続出したため、「紫といえば老人」を指すイメージカラーとして定着してしまったようだ。染毛はグルーミングサロンの主要メニューの一つであり、換毛期明けの「染め直し予約」はどの店でも争奪戦となる。

ライラットの床屋 / 毛髪屋 BARBERS & HAIR TRADERS

文化・生活

春と秋の換毛期が近づくと、ライラットの理髪業界は書き入れ時を迎える。全身に毛を持つ民の散髪は全身スパと同等の大仕事であり、加えて一部のアヌビソイドサクリフォイド系人種には、夏と冬の年2回の大規模な毛刈りを必要とする者もいる。当然ながら全身コースの料金は相応に高い。そのため普段は顔や手足など露出する部分だけを整え、服の下はボサボサのまま働いている者も少なくないとされる。このあたりは長毛と短毛の生まれ持った違いであり、苦労を知らない短毛種の上司が部下の毛の手入れに文句を付けると、「モフハラ」(もふもふハラスメントの略)として訴えられる可能性がある。床屋を含む理美容の業態区分はグルーミング産業の項に詳しい。

床屋と切っても切れない関係にある職業が「毛髪屋」である。毛の少ない人種や長毛に憧れる者のために毛髪を買い取り、加工してカツラやダウンコートに仕立てる職業であり、床屋と併設どころか同じ店が二つの看板を兼ねている場合も多い。刈り取られた毛の価値は人種によって変わり、「手触りがよい」「保温性が高い」「しなやかで美しい」など、用途に応じて買取価格の指標も変わる。前者二つはバステトイドとサクリフォイドの毛が定番であり、いつの時代もコンスタントに安定した価格で取引される。後者はアヌビソイドやアスタロソイドの毛が該当し、高級カツラや楽器の材料に充てられる。とりわけアスタロソイドの女性の尻尾の毛はバイオリンの弓に欠かせず最高級品として扱われる。刈った毛が混ざらないよう人種や毛色ごとに区画を分けるのが業界のお約束であり、高級店にはエステを兼ねた専用ルームまで用意されている。

毛の買取が高値を呼ぶ一方で、この商売はときに社会問題の火種にもなる。悪質な業者が本来廃棄されるはずの毛で製品を作り、衛生面の事件を起こす例が増えているのである。スカンク系人種の尻の毛が絨毯に加工され、購入した客が絨毯の上でショック死した一件は痛ましい事件として記憶に新しい。客が小型のキューソイドだったことが最悪の結果を招いた要因とされる。毛そのものの売り買いにも見過ごせない影がある。困窮したパラノディアンの女性が貴重な頭髪を切り落とし、加工品として売って家計の足しにする例が報告されており、これを扱う業者は往々にして無許可の毛髪屋である。セレノイドの毛も最高級品として闇で取引され、過去には襲撃事件や墓荒らしまで起きた。現在では同種の毛皮の取引そのものが禁じられている。こうした実態には人権の観点から救いの手を求める声が多く、毛髪屋の資格制度の整備をはじめとする制度づくりが今まさに進められている。

ハラスメント HARASSMENT — 混成社会の禁足事項

文化・生活

多種多様な人種が混ざり合うライラットでは、互いの領分を守るための暗黙の了解が数多く存在する。それでも無意識のうちに他者を傷付けてしまうことは少なくない。自身や同族にとって何でもない言動が、相手には耐え難い屈辱であったり、時に物理的な実害を伴うものであったりした場合、その行為はハラスメントに直結することを忘れてはならない。本項では星系でよく問題になる例を記載しておく。

デカハラ / チビハラ SIZE HARASSMENT

種族ごとの体格差が顕著な社会では、体格をいじる言動それ自体がハラスメントに該当することがある。小型人種や身長の低い者を蔑む言葉はもちろん、体が大きく身動きが取りづらい者を責める言葉も同罪である。前者が「チビハラ」、後者が「デカハラ」と呼び分けられ、体格の混ざる学校や軍隊では真っ先に教育される基本項目となっている。

モフハラ MOFUMOFU HARASSMENT

長毛種の毛の手入れの苦労を知らない短毛種や無毛種が、毛並みに難癖を付ける行為は「もふもふハラスメント」となる。毛並みや毛色は生まれ持ったものであり、本人の意思では変えられないため、このハラスメントはかなり重い処罰の対象になる。また意味合いは変わるが、首回りや腹など毛の柔らかい箇所を許可なく触りまくる行為も、同じ名前のハラスメントとして取り上げられることが多い。呼び名が同じせいで、審理が「どちらのモフハラか」の確認から始まった裁判の記録も残されている。

しゃけハラスメント SALMON HARASSMENT

「しゃけの遡上」が起こるコーネリア特有のハラスメントであり、職場の付き合いでサーモン休暇への同行を強要する行為がこれに当たる。しゃけの遡上は年間コンスタントに死者の出る立派な災害であり、そこへ喜んで飛び込む側の人間のほうが狂っているのである。なお変化球として、「チキンをたべるな しゃけを喰え」と叫びながら町中のチキンを鮭の切り身へ置き換えて回った狂人の事件があるが、あれも立派な「しゃけハラスメント」として立件されている。

ごりハラ GORILLA HARASSMENT

ゴリラ系アルフォイドを対象とする問題行動。体格の良いアルフォイドを見ると誰もが「バナナ」を差し出す行為が半ば常態化している。本来ゴリラ系の人々は山岳地帯に本拠を持つ一族であり、熱帯で育つバナナは食べこそすれ主食ではない。語尾に「ウホ」を付けることもない。完全に外見のイメージだけでキャラクターを付けられているわけで、これを心外に思う者は多いという。これらの行為はまとめて「ゴリラハラスメント」と呼ばれる。

テクハラ TECHNOLOGY HARASSMENT

テクノロジーの進歩があまりに早く、習熟の時間が追い付かない時代のハラスメント。若者が上の世代へ、新しい技術を使えないことを笑う言動を取ると「テクノロジーハラスメント」となる場合がある。発端はコーネリア科学技術省のある官僚が、端末の操作もおぼつかない様子をネット配信で拡散された際に、咄嗟にこの言葉で牽制したことに始まる。経緯が経緯のため、この語はどちらかというと冷ややかな目で見られることが多い。ただし開戦後は旧世代の艦船を動かす必要に迫られる場面が増えており、古い技術を笑えなくなった結果としてテクハラは減少しつつある。

毒のエチケット VENOM ETIQUETTE

文化・生活

様々な人種が混在するライラットでは、身体に毒を持つ種族も少なくない。特にヘケトイドパラノディアンアポフィソイドには他人種にとって致命的なほどの猛毒を持つ者も存在するため、文明生活を営む上で重要なエチケットと作法が設けられている。コーネリア共和国軍では過去、アクアス州から来たヘケトイドの友軍と共同浴場を使用した隊員300名余りが毒の餌食となり病院送りになった事件があり、以来ヘケトイドの士官候補生や新人隊員が参画する際は、まず唾液や汗などの検査を行い毒性の強い家系かどうかを確認するルールが定められている。

この種族特有の毒を悪用する者も後を絶たず、パラノディアンやアポフィソイドの闇稼業では、最後の手段として自身の体液や血液を用いる者も多い。ハクティバ圏で最も恐れられた殺し屋「キッド・コブラ」は、全身のサイバネティックに加え、牙から出る毒液を好んで戦術に交えたという。

また毒とは異なるが類似の問題として、ハリネズミやヤマアラシ系種族の棘に関するエチケットも存在する。満員の公共交通での「棘マナー」、抱擁を伴う挨拶の省略作法などがその代表であり、棘用カバーの装着を求めるかどうかは、施設ごとの掲示に従うのが星系の常識とされる。

コーネリア士官学校と六つの分校 OFFICER ACADEMY — BRANCH SCHOOLS

文化・生活

コーネリア連合共和国の士官学校は、コーネリアシティの本校のほかに6つの分校を持つ。
── 第1分校: コーネリア・グランベル州 州都グランディルフィア
── 第2分校: カタリナの首都ノラ・アネモス(駐屯基地内)
── 第3分校: スターブレード第12居住区艦ボルゾイ
── 第4分校: フィチナの第5都市区サルジリ・ノヴゴロド
── 第5分校: アクアスの州都ロミオ(海中都市)
── 第6分校: パペトゥーン郊外の町クーバ・ペティ(最後に開校)

建前と裏腹に、士官学校の内側にはヒエラルキーが存在してきた。第1と第5は本校に勝るとも劣らない精鋭の育成校とされ、第2・第3・第4は「田舎者」のレッテルを貼られてカースト的に低い立ち位置に置かれる。最後発の第6は開校当初、問題児ばかりが集まる最底辺の扱いであった。その立場を逆転させたのがJ・マクラウドの登場である。

パペトゥーン校が英雄の母校として名を馳せて以降、カーストを取り払う動きが活発になり、現在は各校の土地柄と強みを活かした教育への転換が進んでいる。これはペパー将軍の長年にわたる働きかけが実を結んだものと評される。第2分校が輩出した史上最高の戦術スコア保持者ニャン・ウェンリーの存在も、「田舎の分校」への偏見を過去のものにした立役者である。

兵役と志願制度 MILITARY SERVICE & ENLISTMENT

文化・生活 志願する国と志願させられる国

コーネリア連合共和国の兵役は完全な志願制である。これは理念というより建国の条件であった。ステファノーの戦いを最後に停戦した旧5国が艦隊を統合するにあたり、各国は自国民を他国の戦争へ徴兵されない保証を求め、その代わりに「志願の軍」として統合艦隊を養うことに合意したのである。この合意は共和国憲章に引き継がれ、コーネリア防衛軍は建国から二百年を経た今も徴兵令を一度も発したことがない。入隊の窓口は二つあり、士官学校を経て士官となる道と、州駐留軍の募集に応じて兵卒から始める道に分かれる。前者は本校と六つの分校が担い、後者は各州の募集事務所が担うが、州の駐留軍に入った者がそのまま宇宙艦隊スターブレードへ配属されることも珍しくない。

戦時下の現在も志願制の原則は維持されているが、憲章は退役者の予備役召集だけは認めている。セクターζの惨劇でスターブレード主力の過半を失った直後には建国以来初の大規模な予備役召集が発令され、退役して久しい者たちが古い制服を引っ張り出して募集事務所へ並んだ。この召集を巡って一つの判例が残っている。シーズナル休暇の最中に召集状を受け取った冬眠中の退役兵が起こされないまま期日を過ぎ、軍が召集拒否として処分しようとした一件である。裁判所は「休眠中の者に届いた召集状は目覚めた日に届いたものとみなす」と判示し、以来この判例は冬眠種族の間で「起きてから考える権利」と呼ばれている。

対照的なのがベノム帝国である。帝国は公式には志願制を掲げているが、管理タグで等級分けされた帝国民のうち軍部直下の一等帝国民が職業軍人としての地位を保証されているのに対し、最も監視の強い三等帝国民にとっての「志願」は事実上の徴用である。三等帝国民の志願書は本人が記入する前に配属先が決まっていると言われ、ゾネスの採掘部隊や辺境の開拓部隊、そして第21から第23師団の侵略部隊を埋めているのはこの階層の兵士たちである。皮肉なことに、その中から本物の忠誠心で最前線を志願する者も現れる。毎月月初にコーネリアへ突撃してくるグランガパイロットはその典型であり、志願させられた国で自ら志願した男として共和国側にまで名を知られている。

ハクティバ通商連合には兵役の概念そのものがない。エラダードでは雇用契約が市民権と同義であるため、企業警備艦隊への配属は志願でも徴兵でもなく人事異動である。工員が辞令一枚で警備艦の砲手になり、契約が切れれば砲手が工員に戻る。星系の三大勢力のうち志願する国と志願させられる国と配属される国が並び立っている構図は、傭兵という第四の道が商売として成立する土壌でもある。スターフォックスのような遊撃隊が共和国と契約で結ばれているのは志願制の国だからこそであり、帝国が傭兵を雇うのは自国の兵に任せられない仕事があるときに限られる。

入隊の適性は種族によって大きく分かれる。艦船の居住区がM帯を基準に作られている以上、L帯以上の体格を持つポラリソイドホルソイドは艦隊勤務で不利になり、地上軍やグレートウォールの駐留部隊に集まる傾向がある。夜行性の種族は当直の夜番に、水生の種族はアクアスの海軍に、嗅覚の鋭い種族は哨戒に配属されやすく、募集事務所の適性検査は志願者の希望より先に体格と習性を測る。入隊初日の身体測定でL帯と判定され宇宙艦隊の夢を諦める若者は毎年後を絶たず、募集事務所には「艦隊志望のL帯志願者への説明手順」が備え付けられている。もっとも本人の希望が通った例もないわけではない。艦橋で常に前屈みのホルソイドの艦長はその説明を聞かなかった者の成れの果てであり、ポラリソイドの体躯でコックピットに収まりきらず操縦適性を疑われながら同期最上位で卒業したベアー・ノウグッチーニ軍曹の「機体が小さいのではない。俺がちょうどいいのだ」という答辞は、L帯志願者の間で今も合言葉になっている。

傷痍軍人と義体 VETERANS & PROSTHETICS

文化・生活 失った手足の値段と、その後の人生

ライラットの義肢技術は戦争の産物ではない。その起源は手足を持たないアポフィソイドが文明生活を営むために自らの手足を作り出したことにあり、蹄の指を持つアスタロソイドが就学時に装着するマニピュレータ義手として民生に広まり、最後に戦場へ届いた。第1次ライラットウォーズの二百年は義肢の需要を際限なく押し上げ、停戦の頃には義手や義足を付けた退役兵が街のどこにでもいる光景が当たり前になっていた。現在の義肢と装備式サイバネティクスの市場はチーワワ合同製薬会社がアポフィソイドの技術と提携して握っており、負傷した軍人の人生を助けているのが星系で最も忌避される人種の技術であるという事実は、この分野を語る際に必ず添えられる注釈である。

共和国の傷痍軍人制度は義肢の給付と恩給、そして「再配属」の三本柱で成り立つ。義肢の給付は等級制であり、任務中の負傷であれば機能回復に必要な義肢が全額給付される。恩給は失った部位ごとに算定される。制度の要は再配属であり、義体化した兵士が望めば適性を再審査して軍務に戻すことが志願制の国の義務とされている。もっとも再配属の壁は高い。宇宙艦隊の戦闘機パイロットは義肢と機体の同期精度に厳しい基準が課され、これを越えられず地上勤務や教官職へ回る者が大半である。かつて重傷から回復したジェームズ・マクラウドが当時まだ発展途上だった義足を装着し、代名詞であった「風と見まごう走り」を二度と取り戻せなかった逸話は、義肢が失われたものを返しはしないという事実を最も有名な形で示している。

復職の壁は制度よりも視線にある。義肢を付けた者への差別は建国から二百年を経ても根絶されておらず、とりわけ全身の大半を換装した者は「まだ人間か」という無神経な問いに日常的に晒される。義体化の程度が進むほど雇用の門は狭まり、退役兵の就職支援は各州の恒常的な課題である。この視線を最悪の形で裏付けてしまったのがナハシュ・ギルバスターである。瀕死から全身をサイバネティクスへ再構成された将軍は独立星系連合の刃として共和国を幾度も窮地に陥れ、「全身義体の男」の印象を星系の記憶に刻んだ。義体化した退役兵が今も時折この名で呼ばれて傷つく現実は、一人の敵将が残した最も長く続く被害である。

対する帝国は義体化を隠すどころか奨励している。強化手術を経て建国した皇帝の国では義体は恥ではなく勲章であり、負傷兵の義肢に戦闘用の機能を組み込むことも公然と行われる。共和国では義肢への武器の内蔵は法で禁じられ、発光や外装の意匠に限ってカスタムが認められている。この制限の内側で退役兵たちが競う「義体展示会」は各州の恒例行事となり、塗装や彫金を施した義手が並ぶ会場は工芸展の様相を呈している。もっとも最優秀賞は毎年のように蹄型の義手を出展するアスタロソイドの学生が持ち帰っており、退役兵の間では「あれは義手ではなく実家の技術である」との不満が定着している。

義体の民生化には副作用もある。市民ギアの装備式サイバネティクスと義肢の技術は同根であり、通勤ラッシュの改札で義足の反応が鈍って後ろの列を止めてしまう退役兵の姿は都市の日常となった。空港の金属探知機が義体化の程度で鳴り方を変えることも知られており、全身義体の退役兵が探知機を通ると係員が敬礼で通すのはコーネリア国際ターミナルの暗黙の作法である。探知機を鳴らさずに通れる義体を作れないのかという苦情に対して、製造元の回答は「鳴らない義体は義体として認可されません」である。

種族横断医療 CROSS-SPECIES MEDICINE

文化・生活 「かかりつけは医者か、獣医か」

ライラットの病院は診療科の前に「種族科」で分かれている。内科や外科といった区分はその下に置かれる下位の分類であり、総合病院の案内板にはまずアヌビソイド科・ホルソイド科・パラノディアン科と人種の名が並ぶ。体温も血圧も心拍も人種ごとに正常値が違い、ある人種の平熱が別の人種では高熱にあたる以上、この構造は不合理ではなく必然である。医師の資格も人種科ごとに分かれており、全科を修めた「横断医」は星系全体でも数千人しかいない。辺境の診療所で一人の医師が全ての人種を診なければならない現実との落差は、共和国の医療行政が建国以来抱え続けている課題である。

最も厄介なのは薬と血である。薬は人種ごとに用量どころか可否そのものが変わり、ある人種の鎮痛剤が別の人種には毒になる。チーワワ合同製薬会社の「メドパック」が種族別の処方カートリッジを差し替える方式を採るのはこのためであり、共通の薬を一つ作るより人種の数だけ薬を作る方が早いというのが星系の製薬の結論である。輸血は原則として同一人種内でしか成立せず、艦隊の医務室は乗組員の人種構成に合わせた血液の備蓄に頭を悩ませている。この制約を迂回したのが培養槽であり、マドレッドの間質液を溶液とする培養技術は人種を問わず組織を再生できる数少ない手段として、負傷兵の治療の主役になった。

種族横断医療の最前線は混血の家庭である。異種婚姻で生まれた子はどちらかの人種になるが、体質は必ずしもきれいに片方へ寄らず、両親の人種科を行き来しながら診療を受けることになる。正常値の判定が二つの人種の間で揺れるため診断は難しく、混血の子を診られる医師は横断医の中でもさらに少ない。を持つ人種との混血では検査項目が倍になり、セレノイドのように家族の間でも体格が揃わない人種では成長曲線そのものが個人ごとに引き直される。医療の側から見れば、混血の家庭は星系の多様性の縮図であると同時に、診療報酬の計算が最も複雑になる家庭でもある。

この構造が生んだ星系随一の日常論争が「かかりつけは医者か獣医か」である。ケダモノを診る獣医は種族を跨いで動物を診る訓練を積んでおり、人種科の壁に阻まれた辺境の患者が獣医の門を叩く例は今も珍しくない。医師会は「獣医の診療は人には適用されない」と繰り返し声明を出しているが、獣医の方が自分の種族に詳しいと言い張る患者は減らず、混血の家庭ではどちらに掛かるかで夫婦喧嘩になるのが定番の話題として定着している。なおこの論争において獣医側は一貫して沈黙を守っており、「診てほしいと言われれば診るが、診たとは言わない」が業界の不文律である。

病院の待合室はこの星系で最も多くの人種が同じ椅子に座る場所であり、体格帯別の椅子と種族別の体温計と人種ごとに色の違う問診票が並ぶ光景は、初めて訪れた者に混成都市の設計思想を一目で教える。受付の定型句は「お名前と、人種と、混血の有無をお願いします」であり、三つ目の質問に答えるまでの間が長い患者ほど、この後の診察が長くなることを受付は経験で知っている。

市民権と移民局 CITIZENSHIP & IMMIGRATION

文化・生活 三つの国、三つの「市民」の定義

ライラット星系で「市民」の意味は国ごとに違う。コーネリア連合共和国の市民権は州籍と連邦市民権の二層構造であり、121州のいずれかに州籍を持つ者へ連邦市民権が自動的に付与される。州籍は出生か五年以上の居住によって得られ、共和国が単一の国家としてではなく国々の連合として生まれた経緯をそのまま制度に留めている。身分証の役割は市民ギアが担い、州籍の変更も婚姻の届出もギア一つで済むが、他州への転籍は手続き上「移民」として扱われる。同じ国の中で移民局の窓口に並ぶという光景は共和国ならではのものであり、コーディリア州民がグランベル州へ転籍する際にも書類の束が要る。

ベノム帝国の市民権は管理タグの等級そのものである。すべての帝国民に着用が義務付けられたタグは軍部直下の一等帝国民から最も監視の強い三等帝国民までを区分し、帝国へ帰化を申請した者は例外なく三等から始まる。昇格の道は軍功と生産功の二つであり、志願という名の徴用を経て一等へ辿り着いた者は皇帝の演説で名を呼ばれる。占領地の住民の扱いはこれとは別である。マクベスの民には素直に従って兵器を作る限り一等帝国民と同等の地位が約束されており、この約束が破られた例は今のところ一つもない。ただし歯向かう者には容赦がなく、従順と反抗の間に中間の身分は用意されていない。帝国の市民権は申請するものではなく、皇帝の役に立つかどうかで決まるものである。

ハクティバ通商連合に市民権という言葉はない。エラダードでは雇用契約が市民権と同義であり、契約書に署名した日から工員は市民となり、失職は事実上の国外追放を意味する。過酷に見えるこの制度がコアワールドで差別されるキューソイドパラノディアンにとって避難所として機能していることは商工会の項に詳しい。もう一方のキューでは市民権の代わりに「入星の可否」が全てであり、アルペジオの裏書きがあれば書類はいらず、裏書きがなければ書類があっても入れない。バステトイドの入星禁止が法ではなく慣行として続いているのはこの仕組みのためである。

移民局が最も難しい判断を迫られるのは本籍を失った者たちである。約230年前に母星を失ったアルフォイドケルヌノソイドの難民は州籍の欄に書く場所がなく、共和国は建国直後に「消滅した惑星ステファノーを州籍として認める」特例を設けた。地図に存在しない州籍を持つ市民はこうして生まれ、コーネリアシティの移民街区ニッコータウンは今もその州籍の者たちが肩を寄せ合う街である。この特例は後にゾネスなど占領地からの避難民にも準用され、「帰る場所があるまで本籍を預かる」という考え方は共和国の移民行政の根幹になっている。ステファノー州籍を持つ者たちにとってこの欄は行政上の便宜ではない。元は別の国であり別の民であったことを忘れないための記憶の置き場であり、ステファノーの都から生まれたNintendouのゲームに故郷の風景や花札の意匠がイースターエッグとして必ず隠されているのは、その記憶の最も知られた例である。

星系で最も待ち時間が長い場所はコーネリア国際ターミナルの移民局であるとされ、整理券の番号が四桁に達する窓口は観光名所として写真を撮られている。待合室では飲食店が営業し、整理券の転売が摘発され、待っている間に知り合った二人がその場で婚姻届を出した例まで記録されている。局長は「待ち時間は当局の怠慢ではなく、この国に来たい者の数である」と答弁して喝采と怒号を同時に浴びた。なお移民局の窓口で最も多い質問は市民権の要件でも書類の書き方でもなく、「地元の潮溜まりへ帰るにはどの便に乗ればよいか」であるという(当該項を参照)。

葬送と星葬 FUNERALS & SPACE BURIAL

文化・生活 星系の民は最後にどこへ還るか

葬送の形は人種の数だけある。アヌビソイドバステトイドは火葬を基本とし、アクアスヘケトイドネイティブ・アクアンは遺体を海へ還す水葬を今も守っている。サクリフォイドケルヌノソイドなど草食系の人種は遺灰を苗木の根元へ納める樹木葬を好み、ホルソイドは高所へ遺骨を置く風葬の伝統を持つ。形は違えどどの葬儀にも必ずが添えられ、故郷を持たずに生まれた星々の民は死者の枕元にも花で故郷を作る。プロスペローで死者との記憶を送り花に封じて水面へ流す風習はその最も新しい形である。

星系に固有の葬送が「星葬」である。遺灰を小さなカプセルに納めて艦から宇宙へ放つこの葬儀は星系統合艦隊の時代に戦没者の弔いとして始まり、今では船乗りと軍人の葬儀の定番になっている。放たれるカプセルは航路の外の決められた宙域へ向けて射出され、そこで太陽の光を受けて数秒だけ輝いてから見えなくなる。艦の全乗組員が甲板に並び、輝きが消えるまで敬礼を続ける光景はスターブレードの伝統であり、葬儀を終えた乗組員が港の酒場で戦友の「戻り杯」を代わりに飲み干すまでが一連の作法とされる。

戦争は葬儀を待ってくれない。宙域で散った者の多くは遺灰どころか遺体も残らずサルガッソーに流れ着く残骸だけが墓標となる。「ライラットの全ての戦争は、最後にここへ流れ着く」と言われるこの宙域は星系最大の墓場でもあり、残骸を漁るサルベージャーが回収した遺品を遺族へ届ける商売は、非難と感謝を同時に受けながら今日も続いている。国が営む葬儀もある。ニャン・ウェンリー准将の国葬は元首でも王族でもない一個人の葬儀として星系史上例のない規模で営まれ、その日カタリナの全入植地は乾季にもかかわらず一斉に灯を落とした。シコラクスの慰霊碑、パペトゥーンに眠るクロコ・バーンズの墓に毎年届く差出人不明の酒。星系の弔いは葬儀の日に終わらずその後の年月の方が長い。

帝国は戦死者の名簿を公表しない。皇帝の国では死者もまた記録の一部であり、遺族に届くのは戦死の通知ではなく「任務完了」の通知であるという。この沈黙の空白を埋めているのが皮肉にも敵側の兵士たちである。撃墜した敵機の翼に自機と同じ花の刻印を見つけた共和国のパイロットは、その翼の破片を港へ持ち帰って花を手向ける。フラワーマーカーが刻んだ花は敵味方の区別なく祈られており、エラダードの職人たちの匿名の祈りは彼らの知らないところで敵の墓標になっている。

星葬の民生化は新たな問題を生んだ。軍の作法を真似て遺灰カプセルを打ち上げる民間の星葬業者が増えた結果、指定宙域を外れたカプセルが航路の上を漂い、航路管理局に「デブリ」として回収される事例が相次いでいる。回収されたカプセルは遺族へ返却されるが、返却の際に添えられる書類が「漂流物引取書」であることに遺族は毎回傷つき書類の名称を巡る陳情は今も続いている。なお民間業者の広告の定番文句は「あなたも星になれます」であり、その下に小さく「航路外に限る」と添えられているのが星系の葬送の現在地である。

ライラット宝くじ GALACTIC LOTTERY

文化・生活 夢はうまいボーン何本分か

ライラット宝くじは共和国の各州が財源として発売する州営くじの総称であり、連邦が年に一度発売する高額くじ「ギャラクティック・ドリーム」を頂点とする。何かにつけて「銀河」と名付けたがる「ギャラクティック」文化の例に漏れず名前だけは大仰であるが、仕組みは素朴である。市民ギアから一口買い、抽選日に番号が読み上げられ、当選金がスペースドルで口座に入る。売上の半分が当選金に、残りが州の道路と学校と駐留軍の食堂に消える。「くじを買うことは一番楽しい納税である」とは州財務局の広報文句であり、この一文に異議を唱える納税者は今のところいない。

起源は第1次ライラットウォーズの戦時くじにある。二百年の戦争を戦った国々は戦費の一部を市民のくじで賄い、当選金の代わりに「終戦後の土地」を約束したくじまで存在した。約束の多くは国が消えることで反故になったが、コーディリア王国が発行した戦時くじの当選権だけは共和国が引き継いで最後の一枚まで償還しており、この律儀さが共和国の宝くじへの信用の土台になっている。第2次ライラットウォーズの勃発後には戦時特別くじが二百年ぶりに復活し、その売上はCDFの傷病兵の義肢給付に充てられている。

宝くじと賭博の縄張りは星系の中で明確に分かれている。キューの賭場はアルペジオの領分であり、共和国の宝くじはキューではまるで売れない。賭場の方が還元率が高いことを住民の全員が計算できるためである。帝国は宝くじを禁じており、理由は「運は皇帝が配るものである」と説明されている。エラダードには宝くじの代わりに工員たちが次の受注の相手を賭ける社内くじ「受注くじ」があり、共和国が当たるか帝国が当たるかで盛り上がる光景は、あの星の中立の内実を何より雄弁に物語っている。

ライラット宝くじを語る際に必ず持ち出されるのが「高額当選者は例外なく行方不明になる」という都市伝説である。真相は制度にある。高額当選者には希望すれば州籍を移して新しい生活を始められる「当選者保護制度」が用意されており、移民局を経て別の州へ転籍した当選者は旧知の者から見れば確かに消えるのである。アルペジオが攫っているわけでも、宇宙の彼方へ飛ばされるわけでもない。もっとも制度の存在を説明しても伝説は消えず、オカルト誌ヌーが当選者の追跡記事を組むたびに「やはり消えた」と結ばれている。追跡された当選者が取材班から逃げるために転籍している可能性については、同誌は言及していない。

当選金の額は星系の慣習に従ってうまいボーンの本数で語られる。「一等はうまいボーン三億本分」という表現はどの州の広告にも共通しており、辺境ほどうまいボーンが高いため同じ当選金でも本数が減るという「うまいボーン指数」の逆転現象が、経済学の入門講義で宝くじを例に引く理由になっている。なお最下位の当選金は制度上「うまいボーン1本分」の10スペースセントと定められており、この末等を引いた者がギアの通知を見て発する「当たったのに」の一言は、星系のどこでも同じ響きをしているという。

サウリアとアニマリア SAURIA & ANIMALIA

文化・生活

星系の公式記録が第5惑星をフォルトナと呼ぶ一方、その地に生きる恐竜族は自らの星を「サウリア」と呼ぶ。彼らが日常で名乗るのはアソーカやクラウド、シャープクロウといった個々の部族の名であり、サウリアの語が口にされるのは部族の別を越えた大きな主語を必要とする場面に限られる。対立を抱えたままの部族社会にあって、この一語だけがすべての部族を等しく包み込んでいる。

興味深いのは語の指す範囲である。数少ない現地語の採録記録によれば、サウリアは土地や国を表す語形とは異なる体系に属しており、森も獣も川も、そこに暮らす部族の民も等しくその内側に数えられる。惑星を指す固有名ではなく、惑星に生きるものの総体を束ねる名として用いられているとみられ、ある言語学者はこれを「彼らは国を名乗っているのではない。生命の総体を名乗っている」と評した。星の名を尋ねた採録者が、答えの代わりに森そのものを指し示されたという困惑まじりの注記もこの解釈に立てば筋が通る。

対になる語が「アニマリア」である。フォルトナの外から訪れた者すべてを指す総称であり、現地の言葉では「森の外の変わり者」ほどの意味にあたる。侮蔑の語と受け取る来訪者は少なくないものの、実際の用法はサウリアの外側を示す区分に近く明確な敵意を伴わない。スカラベを山と積んで市を訪れる交易者も、宙域を素通りするだけの艦も、恐竜族の目には等しくアニマリアと映る。かつて自らを「サウリアの友」と名乗って接触を試みたコーネリアの調査団は、通訳を務めた長老に静かな訂正を受けている。アニマリアが森の外に立っていることは恥ではない、ただ言葉を違えてはならないというのである。

記憶と送り花 THE MEMORY FLOWER

文化・生活 プロスペロー固有の風習

プロスペローは環境支援システムオベロンⅢの力によりテラフォーミングを40数年で完了させた星であり、土着の文化はあまり存在しない。「送り花」は、そんな星に何故か自然と形成された数少ない独自の風習である。この星はそもそも気候の変化に乏しい「静寂に包まれた星」であり、都市部こそ渋滞が続き繁華街は24時間眠らないものの、自然の残る保護区へ向かえば、そこには煩さと無縁の静まり返った世界が広がっている。

その湿原に咲く固有種メモリーフラワーは青く発光する花である。現地の住民の間には「この花に大切な記憶を封じ込めて水面に流すと、その記憶をいつまでも忘れずにいられる」という神秘じみたジンクスが古くから親しまれている。むろん、青く光るだけの花にそのような力はないとされる。だがこの花には、切り取られて水面に浮かべられると花だけで数年間生き続け、条件が重なれば10標準年以上を経ても枯れずに淡い光を放ち続けるという現象が観測されている。星系の既知の植物で、花だけが独立してそこまでの歳月を生き続ける例は他に確認されていない。しかも株ごと他の惑星へ持ち出すと草本が丸ごと腐って枯れてしまうため比較研究すら成立しない。沼地の水が持つ独自の栄養素か共生細菌の関与が推定されているものの、決着はついておらず、非常に不思議な現象として知られている。

理屈はともかく、である。大事な人との記憶、忘れてはいけない人の記憶、人生の岐路で固めた決意の記憶。思い思いの記憶を封じた花々は、今日も黒い沼地の水面を、青く輝きながら漂い続けている。

ライラットの文化と花 FLOWERS IN LYLAT CULTURE

文化・生活

奇妙なことに、ライラット星系はどの文明圏を見ても「花」にまつわる逸話が数多く存在する。人種も食性も信仰も異なる星々が、花を慈しむ心だけは共有しているのである。

エラダードでは、工廠の職人たちが出荷前の兵器にこっそり花の刻印を彫り、出撃していく兵器にせめてもの祈りを込める。匿名の彼らは「フラワーマーカー」と呼ばれ、両軍の兵士の間には、花の刻印がある機体は撃たれにくいというジンクスまで生まれている。撃墜した敵機の翼に自機と同じ花を見つけた、というパイロットの述懐は両軍に残されている

プロスペローには、固有種メモリーフラワーに大切な記憶を封じ込めて水面に流すことで、その記憶を忘れずにいられるというジンクスがある。コーネリアには、出撃前の兵士に純白の花を渡すと必ず生きて帰ってくるというまじないがある。オベロンⅡでは、住んでいた住民が「花の声」を聞いたと多数証言しており、子供の頃に花と一緒に遊んだという証言すらある。野生の花が貴重なマクベスフィチナでは、祝いの席で花を渡されることは最大級の贈り物であり非常に喜ばれる。

花を慈しむこの文化がどこから来たのかを知る術はもうない。だがおそらくこの心は、始祖の開拓団の頃から受け継がれた郷愁の念に近い何かと結びついているのだろう。故郷を持たずに生まれた星々の民は、花に故郷を持たせたのかもしれない。

平和の神クラゾア KRAZOA — THE GOD OF PEACE

文化・生活 星系全域に伝わる最古の信仰

クラゾアはフォルトナの全部族が崇める平和の神である。恐竜族の伝承では、争いに明け暮れる星へ天から降り、民に和解の術を授けた存在とされる。その名を冠する聖地クアン・アタ・ラチュは記録上この星の「代表地」として登録されており、対立を続ける部族もこの聖域だけは例外なく共に崇めてきた。数千年ぶんの記録を遡っても、聖地を巡る争いは一度も見当たらない。星で最も血を流してきた者たちが唯一そこでだけ武器を置く。フォルトナにおけるこの神の重みはその一点に尽きる。

興味深いのは、この神の名がフォルトナだけのものではないという事実である。始祖の開拓団が到達したどの惑星の古層からも、綴りと発音を少しずつ変えた同じ名が見つかっている。土地によって姿は蛇にも鳥にも仮面にもなり性別すら一定しない。それでも司るものだけは動かない。秩序と平和と平等である。星系の宗教学が「クラゾア型」と呼ぶこの一致は、交流のなかったはずの文明が同じ神を持っていたことを意味しておりいまだ説明が付いていない。

唯一の例外が惑星キューである。この星でクラゾアは平和の神ではない。ここで語り継がれてきたのは「英知」と「戒律」をもたらした存在であり、パラニド神聖帝国の旧神殿区画に残る壁画は、二つの太陽から与えられたものとしてその二つを描いている。像も偶像も持たず、教義も定まらない不定形の信仰でありながら、都市の底に沈んだ神殿へ供物を運ぶ者は今も絶えない。慈悲ではなく規範を授けた神。星系でこの解釈を採るのはキューだけである。

星系の各地でこの神が争いを鎮める側に立ち続けてきたことは記録がよく示している。停戦協定の署名に神名を添える風習は独立星系連合の時代まで残っており、法廷で証言者が胸に手を当てる所作の起源も、元を辿ればこの信仰に行き着く。神を持たない者にとってすら、クラゾアの名は「嘘をつけない場所」を指す言葉として機能してきた。

一方でこの信仰は、悪用の歴史とも切り離せない。かつてコーネリアシティで猛威を振るった新興宗教宇宙統一平和協会「ムー」は、教祖がフォルトナで見聞きした信仰から都合のよい部分だけを抜き出し教義に仕立てたものである。「全ての人間がクラゾアを信仰することで一つになれる」という一文は、やがて信仰しない者を人と見なさない教えへ裏返った。平和の神の名がそのまま暴力の許可証として用いられた事例として、この教団は宗教史の講義で必ず取り上げられる。

本項に記した内容は、星系各地に残る伝承と民俗調査を突き合わせた表層の整理に留まる。聖地クアン・アタ・ラチュの構造解析、キューの神殿から出土したQAL文書、そしてスペルストーンドラコニア族の伝承の三者を突き合わせた統合報告は、本データベースの閲覧権限では表示されない。当該報告の存在自体が非公開扱いであることのみここに記録する

ハムレット車両基地の逸話 THE HAMLET DEPOT INCIDENT

文化・生活 「時間と金に精確」の原典

マクベスの首都ハムレットの車両基地は、惑星を一周する赤道幹線へ毎朝2分間隔で列車を送り出す星系最大の鉄道の要である。数百編成の入換は秒単位のダイヤで組まれており、視察に訪れた他星の技師はその作業風景を「楽譜を演奏しているようだった」と書き残している。

逸話はある朝に起きた。始発列車の一本が、定刻より19秒早く発車したのである。乗り遅れた者は一人もおらず苦情も一件もなかった。にもかかわらず基地はこれを重大過失と断じ、星系公報へ正式な謝罪文を掲載した上で、該当列車の全乗客へ運賃を利息付きで返金した。この顛末は星系中で面白おかしく報道され、ゼートイドに付きまとう「時間と金に精確」という偏見が定着する、直接の発端になったとされる。

当のマクベス住民たちは、この騒ぎのどこが面白いのか今もって理解していない。取材に応じた当時の車両基地長の回答が全てを要約している。「19秒は、19秒である」

差別と人種間の軋轢 PREJUDICE AND FRICTION

文化・生活 有史以来の未解決問題

多民族の文化が共栄することで発展してきたライラット星系だが、文化と人種の数だけすれ違いもまた生まれてきた。この問題は星系の有史以来続くものであり、大小の差こそあれ、現在に至るまで完全な克服には至っていない。その例は枚挙に暇がなく、人種の数だけ差別と偏見が存在するといってよい。以下はほんの数例である。

「サルの言うことなんか信用するのか?」
「わるいな、鳥さんは3歩までしか覚えらんなかったの、忘れてたぜ」
マクベスの豚は金と時間に煩すぎる」
「共和国の犬どもは権力に尻尾を振って、戦場の骨を嘗め回してるのさ」
「おまえらおチビちゃんはチーズが好きなんだろ?」
「狐なんかにかかわるな。何を考えてるかわかりゃしない」

こうした偏見の全てが悪意から生まれたわけではなく、些細な逸話が独り歩きして定着した例も少なくない(ハムレット車両基地の逸話参照)。もっとも、言われる側にとって出どころがどちらであるかは大した慰めにならない。

そしてこの状況は、これでも星系の歴史の中ではかなり改善された部類に入る。独立星系連合が存在した時代、すなわちつい40年ほど前までは奴隷制度の残る惑星が存在し、あろうことかその代表にはコーネリアも含まれていた。場所や州によっては肉食系人種というだけで首輪の檻の装着を生涯義務づけられ、不自由極まりない生活を強いられていた地域すらある(人種を巡る最も重い禁忌についてはライラットの禁忌の項に譲る)。そうした時代を経て現在のライラットが勝ち取った自由な多民族社会は、先人たちの努力と譲り合いの積み重ねの上に立っている。

余談だが、ベノムの遺跡から出土する古代種族オーバーロードの壁画からは、白・黄・茶・黒の4系統の種類が存在したと推定されている。ただし系統間の違いは肌の色と髪型のみであり、今日のライラットのように生態や食性、文化までが丸ごと異なる隔たりはなかったとみられる。このことから、彼らはライラットのような人種差別のない、より高度で平和な種族だったと考える研究者もいる。この仮説が正しいのなら、現代のライラットには見習うべき先達がいたことになる。

ライラットの禁忌 THE GREAT TABOO

文化・生活 ⚠ 閲覧注意 — 刺激の強い内容を含む

本項は刺激の強い内容を含むため、苦手な者は読み進めないことを推奨する。多様な人種と種族が暮らすライラットでは文化のすれ違いこそ日常茶飯事だが、その全てに共通する唯一の禁忌が存在する。肉食系人種による他者の捕食である。この掟は始祖の開拓団の時代から存在したと推定されており、二足歩行で言葉を介する全ての「人間」が必ず守ってきた鉄の掟である。俗に「食殺」と呼ばれるこの行為はライラットで最も重い量刑の対象であり、発覚すれば、ほぼ例外なく死刑が確定する。

この禁忌は種族のルーツと分かちがたく結びついている。DNA解析は、各人種が気の遠くなるほどの昔には捕食・被捕食の関係にあったことを明らかにしているのである(人種データベース参照)。そしてこの記憶は、根深い差別の意識と直結している。グランベル州で繰り返された雑食・草食系種族の移民反対運動、惑星キューバステトイド入星禁止、星系全域に広がるパラノディアンへの偏見と差別。いずれもこの禁忌と地続きにあるとみられている。

影は制度の側にも落ちている。コーネリアローザリンド州トロイラス州、タイモン州では50年ほど前まで、肉食系人種に対し、感情が高ぶると電流の流れる拘束具、通称「首輪の檻」の装着が義務づけられていた。現在でも田舎にはこの悪習の残る地域があるとされ、ライラットの歴史に明確な影を落とし続けている。

近年は10歳で施される因子不活性化ナノマシンにより、副作用なく安全に衝動や先祖返りが抑えられるようになった。その成果もあってか、この20年間のコーネリア共和国領における食殺の件数はゼロである。数字の上では、禁忌は既に過去のものとなりつつある。それでも各州の刑法から食殺の条文が消えたことは一度もない。

首輪の檻 THE COLLAR CAGE

文化・生活 使用は共和国警察の捜査対象

この装置の来歴を辿ると、ライラット文明の夜明けまで時代を遡ることになる。首輪の檻は、肉食系人種が草食系人種へ危害を加えることを抑止するために作られた制御装置の一種である。発案者は分かっていない。星系の歴史の至るところに登場しており、確認できる最古の記録は約900年前、トロイラス王朝の時代のものとされる。

驚くべきは、この化石のような装置がつい50数年前まで星系中で現役だったことである。ゆえにライラットの中年より上の世代の記憶にはこの装置が刻み込まれており、その頃の記憶は往々にして「最低」の一言で語られる(ライラットの禁忌の項も参照)。

現在この装置は人道を外れたものとして糾弾されており、公に使用する場所は星系に存在しない。それでも田舎の地区には今なおこの悪習の残る場所があるとされ、共和国警察の捜査対象となっている。また惑星キューの奴隷市で使用された形跡も確認されており、共和国は根絶を目指して攻勢をかけているものの、通商連合の抵抗により手を出せない現状がある。

パラニド神聖帝国 HOLY PARANID EMPIRE

組織・勢力 惑星キュー — 約三千年前に滅んだ古代国家

遥か昔、惑星キューに存在した古代国家。二つの太陽を崇める爬虫類人種がライラット星系の繁栄の中枢を握っていたが、およそ三千年前に跡形もなく消滅した。星系の他のどの土地もまだ石と火の段階にあった時代に、この神聖帝国の民は惑星を統べる法と星々を渡る術を既に手にしていたとされ、既知の文明の中ではライラット文明史の事実上の出発点に立つ国家である。

神聖帝国の信仰と社会は双子の太陽と分かちがたく結びついていた。γ星ハクティバには「民を従える戒律」が、δ星パラニドには「自然を凌駕する知識」が対応し、後者へ捧げられた「知識の神パラニド」の名は爬虫類型人種の総称パラノディアンの中に今も生きている。神聖帝国の文字ではこの二つの名はそれぞれ「ओ」「मू」のただ一字で刻まれる。本来の読みは失われており碑文学者が便宜上あてている仮の読みが「オー」と「ムー」、記号の意味そのものを現在の共通語へ翻訳したものが先の「民を従える戒律」と「自然を凌駕する知識」である。頂点に立っていたのは鳥型人種ホルソイドと目される存在である。遺構の壁画に描かれた翼と嘴の意匠は一貫しており、彼らが外宇宙から「天の知恵」を受信したとする仮説まで提唱されているが証拠は何も残されていない。その下で労働に従事し彼らを神と崇めた爬虫類系の民こそ、現在のパラノディアンとヘケトイドの共通の祖と考えられている。

滅んで三千年を経てなお神聖帝国の痕跡は星系の日常に埋め込まれている。ハクティバ圏の通貨セグルは帝国の9進法の記数法を受け継ぎ、滅亡後も刻まれ続けたパラニド暦は今も一部で参照される。何かにつけて「銀河○○○○」と名付けたがる鷹揚な命名感覚は「ギャラクティック」文化の源流となり、首都アルピニアの摩天楼群は神聖帝国の大神殿の尖塔を基礎杭として建っている。学術上はオーバーロードの系統と並ぶ古代文明二系統の一方に位置づけられるが、両者の遺物は技術の系譜も設計思想も噛み合わず関係は全くの謎のままである。文明後退期の有力説が、神聖帝国の版図拡大と時期の重なる「過剰技術の供与」を原因に挙げていることも見逃せない。

それほどの勢力がなぜ跡形もなく消えたのか。その原因は戦争とも疫病とも、あるいはもっと別の何かとも言われるが記録は一切残されていない。数少ない遺文には「与えられしものは、返さねばならぬ」の一節が繰り返し現れ、二星間の力場「神々の門」と滅亡を結び付ける学説が古くから唱えられている。生き残りの末裔とされるのはフォルトナ(サウリア)の密林で原始的な生活を送る部族だけであり、他は各惑星の民族へ同化して久しい。一部の人類学者は彼らが神聖帝国を滅ぼした「何か」から逃れるために「あえて」文明を捨てたと考えているが、それも仮説の域を出ないのが現状である。

アルペジオ ARPEGGIO — 犯罪組織

組織・勢力 惑星キュー — ハクティバ圏の裏社会

「ビッグ・ボス」率いる、惑星キューを根城とする星系最大級のマフィア。神聖帝国崩壊後のキューに乱立していた廃墟都市群を呑み込み、一枚の都市惑星へと縫い合わせた張本人でもある。廃都の一角に賭場と市場を築き、やがてハクティバ通商連合の資本と結びついて都市の全てをアルピニアの名の下に繋ぎ上げた経緯から、キューは「裏社会が建てた首都」とも呼ばれる。現在も通商連合の商業網の裏側で武器・禁制品の流通を握っているとされ、表の顔が通商連合ならば裏の顔はアルペジオの帝国である。

アルペジオの最大の特徴は、血族と組織の区別が存在しないことである。頂点に立つビッグ・ボスは星系最小クラスの体格を持つチビトガリネズミである。23人いるとされる息子たちはそれぞれ一家を構え、賭博・金融・「運輸」といった事業を家業として分担する。裏通りの実務を仕切る17男のトレンチュ一家はその典型である。かつてキューの闇市に割拠していた人種ごとの群小の組も抗争と婚姻を重ねて一族に呑み込まれた。今では「キューの裏側で動く金はどこかで必ずビッグ・ボスの帳簿を通る」と言われる。

一族の流儀は古風の一言に尽きる。ビッグ・ボスは体格が数十倍はある大型種の護衛を常に侍らせ、面会者には古式ゆかしい礼節を求める。受けた恩は利子を付けて返し、貸した恩は世代を跨いででも取り立てる。ハクティバで二つの太陽が重なる「合」の日には取り立てすら休む敬虔さの一方、一族を欺いた者への沙汰は決まって一つ──アルピニアの床下に眠る神聖帝国の旧都へ「沈める」のである。オイッコニー家の負債事件では肩代わりの完済をもって綺麗に手を引いたが、一族を相手に詐欺を働いた者はそのまま消息を絶っている。

キューに正規軍は存在しないが、組織の「自警団」は通商連合の警備部門より明らかに練度が高いと評される。真の力の源泉は暴力よりも情報網にあり、「星系の情報が一番安く買える場所」と呼ばれるアルピニアの酒場では各国の情報部員とアルペジオの耳が同じ卓に相席している。ここで交わされる情報の価値は時に艦隊一つに勝るとされる。関与が疑われた事件は数知れないが立件された例はほとんどなく、著名な殺し屋との繋がりも疑惑の域を出ていない。

そのアルペジオが唯一恐れるのはアポフィソイドのアサシン集団だとされる。星系に根強いこの人種への過剰な差別意識は、アルペジオが意図的に流したデマが原因とする説が有力である。なおビッグ・ボス自身は好事家としての顔も持ち、アルピニア最大のカジノの最奥には「読める客が来たら店ごとくれてやる」と公言する神聖帝国の石板が眠っている。星系で最も小さな種族が両大国すら手を出しかねる犯罪帝国を築き、その帝国が恐れる相手はただ一つ──裏社会の力学とはかくも皮肉なものである。

マイニング・ギルド THE MINING GUILD

組織・勢力 コーネリアの鉱山企業連合 — 盟主格はグリッピア・ワークス社

コーネリアに本部を置く星系の鉱山・採掘企業の業界連合である。採掘権の調整、鉱物市況の管理、坑内安全基準の策定を担い、星系の地面と岩塊から掘り出されるほぼ全ての資源はこのギルドの帳簿を一度は通ると言われる。名を連ねるのは「ベーシック採掘事業公社」、「ボーグ・マイニング社」、「デバヌニ採鉱組合」、「プライスレス・マイニング社」といった旧い看板の老舗たちであり、いずれも得意の鉱脈と縄張りを守り合いながら共和国の資源需要を支えてきた。

そのギルドの勢力図を塗り替えたのが最後発の新規参入者グリッピア・ワークス社である。金属加工への尋常ならざる情熱で知られる実業家グリッピー・トード(スペースダイナミクス社お抱えエンジニア、ベルツィーノ・トードの弟)が創業した特殊金属企業であり、星系最外縁の惑星グリッピアを丸ごと私有し星の名は創業者にちなむ。トード家セティボスの重力がワープ航路を捻じ曲げる問題を解決した天才数学者兼技術者イワッチー・トードに始まる名門技術者一族であり兄弟はその直系にあたる。新参でありながら今やギルド最大最強の勢力であり老舗たちは「開拓地の成り上がり」と鼻を鳴らしつつ、その合金なしには自社の採掘設備すら組めない現実を受け入れている。

コーネリア特殊金属株式会社(CGM社)は同社の採掘部門子会社でありグリッピアでの採掘・精錬の実務とセクターϞの宙域管理を実質的に担う。CGM製特殊合金は艦艇装甲の標準素材として星系全体が依存する戦略物資であり、「一企業グループが一惑星と一宙域を私有する」前例のない形態は、共和国議会でもたびたび議題に上っている。ギルドの議決権がこの一社に傾き続けている現状を、他の加盟社がいつまで是とするか。業界紙が毎年書き立てる定番の観測記事である。

B・S航路事業開発 B&S ROUTE DEVELOPMENT

組織・勢力 ベクター・プライム社/スペース・ダイナミクス社 合同事業体

B・S航路事業開発は、ベクター・プライム社スペース・ダイナミクス社がワープドライブの共同開発事業に際して立ち上げた合同組織である。星系のワープドライブ航路網の建設と維持管理を担う事業主体であり、名称は両社の頭文字を並べただけの飾り気のないものである。設立からの分担も明快そのもので、SD社が航路の「理論と駆動」を、ベクター・プライムが「土木と構造」を受け持つ。全9航路・三世代約60年に及んだライラット史上最大の建設プロジェクトは、この組織の名の下で完遂された。

航路網の竣工後も組織は解散されず、そのまま維持管理の常設事業体へ移行した。現在の主業務は航路標識と中継ステーションの保守、事故・被災航路の復旧、そして航路台帳の管理である。政治的には徹底した中立で知られ、第2次ライラットウォーズ下の今も両陣営との保守契約を維持している。作業船団が両軍から「撃ってはならない船」として暗黙裡に扱われていることは有名で、批判に対する広報の回答は設立以来一貫している。「道を直す者が、道の使い途を選ぶことはできません」。オービタル・ゲートの外周ビーコンが倒産係争の帰趨と無関係に保守され続けているのも、この組織の手によるものである。

理論屋の集うSD社と職人気質のベクター・プライムは、社風だけを見れば水と油と評される。それでも合同組織が三世代にわたり保たれてきた理由を、両社の古参は同じ言葉で説明するという。「道の上では、理屈も腕もどちらも欠けたら人が死ぬ」。なお設立議事録に残る唯一の紛糾は組織名でどちらの頭文字を先に置くかであり、決着の方法は記録されていない。各社の詳細は独立記事を参照。

クロスバウト CROSS BOUT

文化・生活 星系最人気の格闘スポーツ

ライラット星系で最も人気のある格闘技。現在の主流はボクシングに近い1対1の真剣勝負であり、重力の強弱を変化させる専用リングを用いて無重力と重力を交互に浴びながら闘う過酷なルールで知られる。チャンピオンにはホルソイドが最も多い。重力操作を利した縦横無尽の立体戦と、天性の戦闘センスとの相性が良いためと思われる。戦時下の現在も興行は続いており、前線兵士たちの数少ない娯楽となっている。

このスポーツの起源を追うと、約900年前のトロイラス王朝まで遡る。当時のクロスバウトは種族を超えた何でもありの混成闘技であり、猛獣との格闘やチーム戦など複数の派生を持っていた。その実態は奴隷階級の者を無理やり戦わせる見世物であり、首輪の檻と並んでこの時代の暗部に数えられている。王朝の崩壊後は各地の闘技場文化として細々と生き残り、やがて旧コーディリア王国に花開いた騎士の一騎打ち文化と合流して現在のルールに近い形態へと洗練されていった。あらゆる種族が同じリングに立てる競技という出自こそが、混成社会ライラットでの絶大な人気の土台になっている。

競技の懐の深さはレギュレーションの多彩さにある。フィールドに道具を配置したり起伏に富んだ地形を用意したりする遊び方も盛んで、これらは都度異なるレギュレーションとしてカウントされる。対照的に、仕掛けも地形も武器もない平坦な土俵でタイマンを張るルールは「終点ルール」と呼ばれる独自のレギュレーションであり、実力と体格だけがものをいう。ライト層には道具持ち込みありのルールが好まれるため、事あるごとに終点ルールを強要する古参は嫌悪の対象になることもある。観戦チャンネルでこの論争が絶えた日はない。

一方で古代の血の匂いも完全には消えていない。猛獣を送り込んで競技者と死闘をさせるルールは「デジャリックバウト」と呼ばれ現在の共和国では禁止ルールとなっている一方、ハクティバ圏では未だ健在である。ここで人生の再起を懸けた戦いに挑む者は後を絶たず、敗北した場合の末路は言うまでもない。なお近年の話題は、カタリナの興行に現れた「大巨人」や「怪物」の異名を持つ新鋭である。全身筋肉の塊のような巨体と赤く光る目で観客を震え上がらせるこの選手が、実は礼儀正しい温厚な人格者であることはファンの間ではよく知られている。本人が公言する目標はただ一つ──とある伝説の女性チャンピオンと同じリングに立つことである。コーネリアの港町で「飛んで殴る」一家を育てながら頂点に立ち続けたその王者は、既にリングを離れて久しい。啖呵の切れ味まで一級品と評された気性をそっくり受け継いだ一人息子は、リングではなく星系の空でその名を轟かせているという。

本物のスターウォーカー A TRUE STAR WALKER

文化・生活 ネットミーム

会議や集まりで議論が紛糾し、喧嘩へ発展しかねない場を収める調停者が現れたとき、その人物を「スターウォーカー」と呼ぶミームが存在する。文化と呼ぶには軽く、出所は人気ゲーム「ドラコニア・ブレイダー」に登場する、場を丸く収めるキャラクターの立ち振る舞いから勝手に生まれた呼び名である。あくまでネットミームであるため、古い世代には通じない場合も多い。最近はスカイウォッチャーの集まりやクロスバウトのファンクラブでよく使われており、耳にする機会も多い単語である。

ただし議論を止めて結論を先送りにする者や、根本的な解決を避けて曖昧にお茶を濁す者は「偽物のスターウォーカー」と呼ばれむしろ軽蔑の対象となる。「本物のスターウォーカー」の称号はミームではあるが、地味に取得の難しい勲章なのである。

宇宙統一平和協会「ムー」 UNIVERSAL PEACE ASSEMBLY "MU"

組織・勢力 解体済み — 現存しない

コーネリアシティに法から隠れるようにはびこった新興宗教。正式名称が長いため『ムー』と略される。独立星系連合が台頭し平和が脅かされる不安の時代、救いを求めた者たちが教祖『オー・ムー』のもとに集まって生まれた。当初は星系のインテリが名を連ね、名前のとおり平和を訴えるロビー団体に過ぎなかったが、勢力は時と共に無視できない規模へ膨れ上がり、政界にまで進出するに至って政府も対応へ乗り出さざるを得なくなった。

掲げた宇宙平和とは「全ての人間が平和の神クラゾアを信仰することで一つになれる」というものである。教祖がフォルトナへ無断で立ち入り、現地の集落で暮らすうちに知った信仰から、都合のよい部分だけを抽出して作り上げた教義と考えられている。教義とQAL文書の符合については現在も照合が続けられている

政界進出が政府の規制で潰えると、教義は苛烈な原理主義へと変貌した。クラゾアを信仰しない者は「ケダモノ」と同じという教えが勝手に作られ、暴行事件や殺人未遂を起こすようになる。そしてテロ組織と化したムーはコーネリアシティの鉄道で大規模な毒ガステロを画策するが、この異変を察知した共和国軍はニャン・ウェンリー准将の作戦立案のもと、本拠地である巨大移動要塞「ムーラシア」の征討を決行した。この作戦には雇われの遊撃部隊が白兵戦で参戦し、ペッピー・ヘアピグマ・デンガーの2名が壊滅の決定打となる働きで表彰されている(経過の全容はダークメシア事件の項を参照)。

ここまでの巨大組織になるまで放置された理由には諸説あるが、評議会の一部議員が組織票目当てに肩入れしていたとみられ、この事件を機に宗教団体規制の法律が更新された。教団は今日に残っていない。だが後年、解体された教団の信徒二世がウェンリー准将を凶刃にかけた事実が示すとおり、これを生んだ根本的な問題は今も解決されていない。

環境活動団体グリーンピース GREENPEACE

組織・勢力 環境活動家集団 — 現存・CDF監視対象

グリーンピースは核開発問題・星間ゴミ問題・鉱毒公害問題・薬害訴訟・自然環境保護など多岐にわたる活動を行う環境活動家が集まった団体である。参加している者は揃ってサクリフォイドなどの草食系人種であり、アヌビソイドバステトイドは極めて少数である。現在の星系には様々な環境問題が山積しており、惑星の自然環境が文明発展の犠牲になっていることはあらゆる勢力と場所で普遍的に発生している。エラダードの光化学スモッグからゾネスの海の汚染まで枚挙に暇がなく、これをなんとか改善するために活動しているのがこのグリーンピースである。と…ここまで聞くと環境に真摯に向き合う団体に見えるが実態は前置きの響きとは大きく異なる。

問題はこの団体があまりに過激な環境保護活動に特化しすぎていることであり、極端な環境保護はもはや一種の宗教というべき水準にまで達しつつある点にある。自動車や自家用宇宙艇に始まりパソコンや市民ギアなど文明の利器の全てを拒絶した同団体は、草食系人種のベジタリアン団体と融合したことで最早一般人には理解しがたい集団と化しており、様々な場所で行われる環境保護の抗議活動は物議を醸している。最近ではキューの遺跡から発掘された「ヴァイフの碑文」が同団体の活動家によって破壊されており、損失された価値は計り知れない。石板を殴り壊した活動家が「遺跡の発掘は大地への冒涜である」と述べたことは記録に残っているが、研磨した欠片をペットロックとして配布した行為がどう大地への敬意に繋がるのかについては同団体からの説明は今もない。

現時点で規模は小さいものの独立星系連合ムーの初期とも共通する要素が多々あり、CDFは警戒を高めている。正しい理念から始まった集団が排他的な選民思想へ滑り落ちていく経路は星系の歴史が二度繰り返したものであり、三度目を未然に防ぐことが監視の目的である。環境活動という名目を盾に自身の嫌いなものを排除する口実を作り出し横暴の限りを尽くすため、グリーン・ビットの職員をはじめとする真の意味での環境保護活動を実施している者からは蛇蝎のごとく嫌われている。フォルトナの植物を研究し保護区の管理を担うグリーン・ビットの職員にとって、名称が地味に似ていることも混同を招いており紛らわしい。「うちはビットで向こうはピースです」という職員の定型句は来訪者への挨拶の一部と化している。

最も懸念されているのはフォルトナである。同団体には惑星に住むサウリアンへの無断の接触を試みる者がおり、ライトフット族に接触した者が行方不明になる事件も発生している。かつてムーの教祖がフォルトナへ無断で立ち入り現地の信仰を都合よく持ち帰った前例を踏まえれば、この団体の接触がサウリアン同盟と共和国の友好に亀裂を入れかねない要素として警戒されるのは当然である。行方不明者について同団体は「自然に還った」と発表しており発表の内容よりもその言い回しの方が捜査当局を不安にさせている。

オズリック技術者協議会 THE OSRIC ENGINEERS' COUNCIL

組織・勢力 マクベス自治政体 — 占領下で活動停止中

あまり知られていないが、マクベスは自治がコーネリア共和国に属さない星である。占領前のこの星を運営していたのは、職人たちの合議体オズリック技術者協議会であり、地図上でも「マクベス オズリック国」と記載されるのが一般的だった。技術者と鉱山労働者が結集して政治を決める、星系でも他に例のない勢力である。

協議会は技術者や鉱山労働者の職場のリーダーたちによって構成され、経営層はこの場に立ち入ることができない。すなわち働いている当事者だけに発言権がある場であり、利益度外視の鉄道工事や職人の保護制度など、他の経済圏では決定しようのない施策が「労働者の利益」として優先的に実施されてきた。

設立以前のマクベスでは複数の労働者派閥が乱立し、混迷を極めた時期があったと伝わる。転機は230年余り前である。マクベス全火山噴火という惑星規模の危機を救い、全労働者の支持を集めたとある男の推薦により統合協議会が発足し、現在の形態に落ち着いたとされる。

帝国が開戦劈頭に真っ先にこの星を侵略した理由は、惑星の残存資源やインフラではなく、技術者と労働者を主体とするこの強固な体制を手中に収めるためだったと推測されている。その証左として、占領下のマクベスで作られる兵器はいずれも主力級と呼べる高い技術水準のものばかりであり、この星から放たれる対艦ミサイル群『マン・ドリル』の脅威も強力の一言に尽きる。

フォーティンブラス商工会 THE FORTINBRAS CHAMBER OF COMMERCE

組織・勢力 エラダード運営組織 — 効率と手軽さの総本山

エラダードの生産体制を一手に運営する商工会である。掲げる流儀は「効率と手軽さ」。オズリック技術者協議会が「技術と完璧さ」を重んじるなら、こちらはその対極を行くスタイルであり、フォーティンブラスに頼めば同人誌から戦闘機まで何でも綺麗に大量生産できると言われている。星系の製造業においてオズリックと肩を並べる「ライラットの技術の双璧」の片方であり、9大ワープ航路の一つオズリック・フォーティンブラス工業航路に両者の名が並んで刻まれていることが、その地位を何より雄弁に物語っている。生産の中枢は、管理AI群が統括する生産都市HVC-001と両衛星の軌道工廠である。

方針が正反対であるため、オズリックとの仲はきわめて悪い。公の場で顔を合わせれば皮肉の応酬になるのが常である。ところが互いの技術を誰よりも深く理解しているのもまたこの両者であり、その点についてだけは素直に認め合っている。実際、険悪と言われながらも、マクベスの納期システムと検品技術をエラダードが輸入し、エラダードの管理AIがハムレットの列車管理の補佐に就くなど、互いの技術の有効な部分は吸収し合い、参考にし合う関係が続いてきた。最高の一振りを鍛える鍛冶場と、同じものを際限なく刷り続ける工場。憎まれ口の裏で、両者は自分にないものを持つ相手を知り抜いているのである。

効率重視とは言いつつ、働く工員のための居住環境は優れており、食事も栄養バランスを完璧に設計するなど、管理が行き届いていることで有名である(味の評判については標準食の項に譲る)。市民権が雇用契約とほぼ同義というこの星の制度は過酷にも見えるが、コーネリアカタリナパペトゥーンの田舎で差別の対象になりながら細々と暮らすキューソイドパラノディアンにとって、工場の歯車にさえなれば衣食住と医療を約束してくれるフォーティンブラス商工会は救いの主でもある。「金さえ稼げば出自を問われない」というエラダードの評判は、商工会の看板であると同時に、星系の現実の裏返しでもある。

企業警備艦隊 CORPORATE SECURITY FLEETS

組織・勢力 私設武装艦隊の総称 — 最大規模はエラダード

星系の大企業が航路や工場、私有宙域の防衛のために保有する私設武装艦隊の総称である。共和国法は民間艦の武装を原則として制限しているが、正規軍の巡回が届かないフロンティアや通商連合の商圏では「警備」の名目による重武装が古くから黙認されてきた。宇宙海賊の跋扈する辺境において自衛は死活問題であり、正規軍にとっても手の回らない宙域の治安を企業が自弁で賄ってくれる構図は都合が良かったのである。今日では警備艦隊の規模と装備がそのまま企業の格を示す名刺として扱われ、大手どうしの商談では「まずは手持ちの艦隊を見せな」が信用調査の常套句になっている。

最大規模を誇るのはエラダードを運営するフォーティンブラス商工会の企業警備艦隊である。武器工場の星の警備隊だけあって装備は全て自社製の最新兵器で固められ、次世代兵器の試作品を実戦条件で運用する試験部隊まで兼ねている。もっともこの艦隊が実戦で主砲を撃った記録はほとんどない。エラダード最大の防壁は艦隊ではなく「この星を攻撃すれば自軍への武器供給が止まる」という構造そのものであり、両軍にとってこの星は攻撃できない敵、信用できない味方であり続けているためである。艦隊の仕事はもっぱら示威と護衛、そして新型兵器の宣伝であり辛辣な軍事評論家はこの艦隊を「星系で最も高価な広告」と評している。

対照的なのが、惑星グリッピアを私有するグリッピア・ワークス社/CGM社の警備艦隊である。派手な兵装よりも自社製最高級合金の艦体を信条とし、「中小国の正規軍より硬い」の評判どおり、撃たれても沈まないことを何より優先して設計されている。同社はセクターϞの宙域管理を実質的に担っており、警備艦隊が宙域行政の実働部隊を兼ねるこの形態は企業警備艦隊の権限拡大の代表例として共和国議会で繰り返し議題に上っている。

論点は明快であり「一企業が中小国の正規軍に匹敵する武力を持ってよいのか」という一点、答えの出ないまま現実は先へ進み続けている。警備艦隊はCDF退役者の定番の再就職先であり、「変わるのは制服の色だけ」という言い回しがあるほど人材は両者を行き来する。宇宙海賊対策や遭難救助では正規軍との協調も常態化しており、現場の信頼は制度の整備を置き去りにして深まる一方である。その一方で通商連合圏の警備艦隊が「通行料の徴収部隊」を兼ねる例も報告されており、どこまでが警備でどこからが軍隊なのか、その線引きは今日も誰にも引けていないのが現状である。

ワイルド・ブルー・ストライカー WILD BLUE STRIKER

組織・勢力 共和国協力の民間遊撃隊 — 中核4機「ブルーボンバーズ」

ワイルド・ブルー・ストライカーは、共和国軍と長期契約を結ぶ民間の遊撃隊である。ニャン・ウェンリーが軍の外に探し求めた次世代の遊撃隊の一つであり、「ギャラクシー・ドッグス」「エクストリーム・ゾディアック」と並び称される。リーダーは元遊覧パイロットのボウイ・ストレイ。中核は遊覧会社時代からの同僚で編成された4機編隊「ブルーボンバーズ」であり、損耗率の高い遊撃稼業にあって結成以来一人の欠員も出していない。

隊名はゾネスで廃業した観光飛行会社「ワイルド・ブルー・ツアーズ」の屋号に由来し、全機が故郷の海の色である鮮やかな青に塗られている。身上は超低空の地形追随飛行と航路外航法であり、「決められた航路を飛ばないくせに納期だけは絶対に守る」の評判が契約の絶えない理由である。CDFの遊撃戦術研究は同隊の飛行記録を「教範の外側の教科書」として収集し続けているが管制部門の評価は別である。

初の実戦配備はコーネリア本土防衛戦である。教範の外で戦う駒として防空網の隙間で機械の攻撃隊を叩き続け、環の陰の中継中枢へ到達した「ただ1機の強襲機」の操縦士はボウイ本人とされる。弾切れのまま敵残骸から武装を剥ぎ取り繋いだ突入行の逸話は、今も遊撃士たちの酒場で語り草である。宇宙歴3997年の開戦で故郷ゾネスが陥落してからは共和国との契約を一度も切らしていない。

編成はリーダーのボウイに、射撃担当のソーン(お調子者のムードメーカー・背中の棘は宇宙服を貫く)、整備兼任のまとめ役チャック(青塗装の番人)、「裏の道」を見つける航法士ローを加えた4名である。提出される飛行計画書の経路欄は毎回ほぼ白紙であり、備考にただ一言「空色の道を行く」と書かれるのが通例とされ、それに慣れてしまった管制はもう諦めているという。

ソーラシアン共同体 / ソーラ圏 THE SOLASIAN COMMUNITY

組織・勢力 ソーラ圏3惑星の共同経済圏 — アクアス・ゾネス・フィチナ

恒星ソーラを巡る3つの惑星、すなわちアクアスゾネスフィチナが参加する共同経済圏である。「ソーラシアン」はそのまま「ソーラのもとに生きる者たち」を意味する言葉であり、それがそのまま経済圏の名称として使われている。9大ワープ航路の一つソーラシア・ラインの名も同じ語に由来する。

共同体の性格をよく示すのが、アクアスとフィチナを結ぶ航路の建設である。メジャーワープ航路の整備がゾネスで止まり、フィチナへいつまで経っても引かれない現状に痺れを切らしたゴリ・バチョフの提案を受け、共同体は自弁での敷設を決議した。完成した航路は現在フィチナ州の管理する州営ワープ航路として運用されており、建設二社の保守を受けない自己責任の道と呼ばれながらも、氷の州都モスクマと水の州都ロミオを今日も結び続けている。

「ソーラシアン」の語はコアワールドではあまり使われない。しかしソーラ圏の惑星の民は皆、自らのホームワールドを語る際にこの言葉を好んで使う。国籍でも州名でもなく「どの太陽のもとで生きるか」で自分たちを括るこの感覚は、第二の太陽を戴く星々に固有のものといえる。

かつてはソーラ圏の最内縁を回っていたマクベスを共同体へ含める流れを作り出そうとした時期もある。しかし同星を統治する「マクベス オズリック国」(オズリック技術者協議会)が正式にこれを拒否したため計画は流れることになった。なお疎開下のゾネスの議席は空位とされておらず、現在は帰還同盟の代表が座っている。海が戻る日まで席は外さないというのが残る二星の共同声明である。

ゾネス帰還同盟 THE ZONESS RETURN ALLIANCE

組織・勢力 ゾネス避難民の互助・帰還運動体

帝国の占領と環境破壊によって故郷を追われたゾネス避難民たちが、避難先の各地で結成した互助組織の連合体である。中核はアクアスコーネリアへ逃れたヘケトイド市民であり、単一の本部を持たず、避難民コミュニティごとの支部が緩やかに連なる形を取る。発足当初の活動は避難民名簿の管理と離散家族の消息照会だった。それが今や海洋浄化の研究出資から政治の場での発言にまで及び、州の枠を超えた星系規模の運動体へと成長している。

最大の事業は海洋浄化基金の運営である。基金の象徴として頒布される「エメラルドの小瓶」は開戦前に汲まれたゾネスの海水を封じたもので、コーネリアの官庁街から前線の操縦席まであらゆる場所で目撃される。集められた資金は浄化技術の研究へ注ぎ込まれており、海洋生物学で星系随一の水準を誇るアクアスの研究機関との連携は、水の姉妹星ならではの結び付きといえる。共和国がゾネスの奪還を「領土の回復」ではなく「海の救助」と位置付けるに至った背景にも、同盟の粘り強い働きかけがあったとされる。

同盟の政治的地位を象徴するのが、ソーラシアン共同体のゾネス議席である。疎開下の議席は空位とされず、同盟の代表が着席を続けている。「海が戻る日まで席は外さない」という残る二星の共同声明は、この同盟が単なる被災者団体ではなく、故郷の正統な代弁者として遇されていることを示している。合言葉は「海が死んでいなければ、故郷は死んでいない」。ロミオの展望層からゾネスの方角を眺める避難民たちの胸元には、今日も小さなエメラルドの小瓶が提げられている。

ボルツ公国 THE DUCHY OF BOLZ — かつての空中都市の主

組織・勢力 消滅国家 — 正式名「ニューボルツ空中公国」

かつてセティボスの大気圏に存在した空中国家である。正式名は「ニューボルツ空中公国」。エラダードにあった小国がフォーティンブラス商工会から脱退し、セティボスの大気圏へ独立都市を築いたのが始まりとされる。国土の移転前が「ボルツ」、移転後が「ニューボルツ」と覚えると早い。国民の大半はホルソイドで構成され、独立当初はエンバーガスの輸出で相応の利益を上げていた。

転機は、イワッチー・トードの切り開いたワープ航路の新技術である。重力にほとんど影響されない航行方法と、Gディフューザーがもたらした燃料需要の激変により、ガス輸出に頼る経済は一気に傾いた。それでも好景気時代の贅沢と誇りを手放せなかった官僚たちの放漫な政治が続き、まさかの国家丸ごとの経営破綻、首都を含む国土全てが売りに出されるという前代未聞の結末を迎えたのであった。首都メガロドームを含む資産一式は、現在ハクティバ通商連合の管理下にある。

この国の名を覚えている者は、もはや当時の国民くらいのものだろう。ところが意外にも、この小国は現在のライラット星系に二つの置き土産を残している。一つは戦略面である。腐っても独立星系連合を追い込む共和国側の勢力だったため、エンバーガスの採掘権が連合の手に渡ることを防ぎ続けた。泥仕合と評された征討戦を僅かに共和国有利へ傾けたのはこの抵抗であり、当時の連合が計画していた核弾頭ミサイル系兵器の開発を最後まで阻んだのは、ほかならぬ燃料不足だったとされる。もしこの国が戦わずに国土を明け渡していれば、現在の星系地図は違うものになっていた可能性が高い。

もう一つは名前である。公国はセティボスの環の岩塊から採掘都市と輸送路を守るため、環状の管制基地を第5衛星セティボスⅥの軌道上に建造していた。この基地はIGA戦役のさなかに連合へ武力で奪われ、メテオランドから持ち去られた資材を継ぎ足して砲台へと改造される。公国と行楽地、二つの略奪品から組み上げられたこれこそが、後の環状衛星「ボルス」の原型であり、公国の名は衛星の名として生き残ることになった。この名は独立星系連合の討伐からサイレント・ナイトメア事件を経て、ベノム帝国の勃興とともに、共和国艦隊の恐怖の代名詞「防衛衛星ボルス」として星系に知れ渡ることになる。

炎の予言 THE PROPHECY OF FLAME

文化・生活 星系各地に伝わる破滅の壁画

コーネリアだけでなくアクアスフィチナキューと、ライラット星系の様々な星に古くから伝わる破滅の予言。出自の知れない壁画であり、セレスティアル・パラディンの伝説とは対の存在として語られることが多い。

描かれたのは2400年近く前の人々の手によるものと見られ、認識としてはあくまで物語に登場する要素の域を出ない。ただし星系中で類似の予言が散見される点は古くから指摘されており、とりわけキューのパラニド神聖帝国の遺跡からほぼ同じ内容の壁画が見つかったことは、考古学界のみならずマスコミをも大いに驚かせた。

不気味なのは、神聖帝国の滅亡後も途切れずに刻まれ続けていたはずのパラニド暦が、ライラット宇宙歴4007年でぷつりと終わっている点である。この符合が予言に薄気味の悪い信憑性を与え、オカルト誌やネットニュースがこぞって取り上げた。戦時下にもかかわらずブームは過熱し、終末論を掲げるカルト組織の発生を恐れた共和国政府によって情報は検閲され現在は沈静化している。もっとも予言の内容を考察する者が絶えたわけではない。

共和国軍部の立場は一貫している。予言に科学的根拠は一切なく特別な要素も認められないため、危険思想の入り口となりかねない因子という一点においてのみ危険視するというものである。以下、俗世間に出回っている写しを参考として記す。

光と闇、二つの魂は調和を保ち 世界は秩序のもとに繁栄を謳歌するだろう
しかし この魂の調和が乱れるとき この地は厄災が 荒れ狂う──以降、意図的に文字が削り取られており解読不能

億光年の彼方より 炎の海に生まれ住む巨大な竜 目覚めしとき 狂気の戦禍が迫り来る
天は炎に飲み込まれ 大地は砕けちり もはや なにも残らない 全てが終焉を迎え そこには 一つだけが残る そのなは──以降、意図的に文字が削り取られており解読不能

この地に降りかかる5つの厄災 「虹」、「雷」、「海」、「虫」、そして「炎」

4つまでは勇敢な者の犠牲により その場は収まるだろう だが 覆ることはない
炎を止めるすべは ない 結末は一つ この世界は──ここから先は文字が削れて解読不能

銀河に願いを WISH UPON THE GALAXY — 大彗星のおとぎ話

文化・生活 おとぎ話 / 子守歌

コーネリアステファノーで言い伝えられてきたおとぎ話。皆が心を込めて祈りを捧げるとき、「ホーリーの大彗星」と呼ばれる七色に輝く彗星が空から舞い降りてその願いを叶えてくれる。願いが叶うと人々は苦しみや飢えから解放され、彼方の楽園へ行くことができる。そういう筋書きの、典型的な子供向けの読み聞かせ話である。原型はセクターϩを渡る大彗星「ホーリーの箒星」の観測記録と考えられている。

発祥は分かっていない。ただし伝承学の系譜調査は、その起源が文明発祥の地である惑星ベノムまで遡るとみており、子守歌として様々な星々に伝わっている。旋律は星ごとに異なるのに、歌詞だけはどの星でもほとんど揺れていない。この均質さこそ、起源が一つであることの証拠とされている。

銀河に願いを 星には夢を 星の子らの祈り 手繰り寄せ 遥か楽園に 届け願いよ

銀河に願いを 星には夢を 星々の願いを 聞き集め 彼方楽園に 届け想いよ

銀河に願いを 星には夢を 虹の橋の此岸に 辿り着き 見果てぬ楽園に 届け箒星よ──伝承歌「銀河に願いを」採録譜より

このフレーズがいつから使われていたのかは分かっていないが、少なくとも第1次ライラットウォーズの時期には既に歌われていたと思われる。世代を超えて通じる数少ない話のネタと言えるかもしれない。なお、ステファノー系の古い写本には「この話には続きがある」との注記だけが残されているが、後半が採録された例は一つも確認されていない。

「ギャラクティック」文化 THE GALACTIC TRADITION

文化・生活 グランベル発祥の命名文化

惑星コーネリアに位置する都市や製品、果ては兵器に至るまで、様々なものへとりあえず付けられている「ギャラクティック」の文字列である。命名そのものに大した理由はない。ただし所以をたどると、第1次ライラットウォーズの時代にまでさかのぼることになる。併合前の大グランベル国で軍部の頂点にあったオルトス総帥は無類のロマンチストであり、図書館の歴史書と文学を全て読み漁った上で、自前の小説をいくつも書き上げるほどの入れ込みようだったと語られている。

そんな彼が特に好んだのが、太古に滅びた「パラニド神聖帝国」と、コーネリア最古の文明国であった「トロイラス王朝」の物語、そして古くからコーネリアに伝わる御伽噺「銀河に願いを」であった。歴史書の伝える神聖帝国の、何かにつけて「銀河○○○○」と名付けたがる鷹揚な命名感覚をすっかり気に入った総帥は、それをそのまま翻訳した「ギャラクティック」をありとあらゆるものに付ける悪癖を身につけてしまう。初期は毎朝使うトースターに始まり、テレビ、観葉植物、自家用車と続き、ついには自らの住む屋敷の住所や都庁の名前にまでこれを適用し始めた。側近たちは幾度となく止めようとしたものの、貴族社会の風習が色濃く残る大グランベル国では上下関係が絶対であり、進言が聞き入れられることはついぞなかったという。

そしてこの悪癖は、戦争を間接的に終結へ導くことになる超兵器の命名にまで影響を及ぼすことになる。この時代に生まれた命名規則は、時を経た現在もなお変わっていない。グランベル州の貴族を除く誰もが内心「あほらしい」と思いながら、誰も止められないまま続いてしまっている文化のようなものである。星系首都の名を決める際に開かれた初の全州代表評議会でもこの名は貴族たちの影響で押し通されており、コーネリアの首都の名「コーネリア・ギャラクティック・シティ」はそのまま、現在の共和国の体制を暗に示すものだと揶揄されることも多い。

スカイウォッチャー SKY WATCHERS

組織・勢力 天体観測愛好家の集い — 推定数十億人

ライラット星系はそれ自体が数多の星雲を抱え、さらにそれを照らす光の粒子ブラグザライトが無数に瞬くことで、全宇宙の中でも最もエネルギーと光に満ち溢れた場所と考えられている。ライラット・プライムの項でも触れたとおり、星系に属する5つの恒星はいずれも一つ以上の謎を抱えている。言い換えればこの星系は、まるごと宇宙の謎とロマン、そしてオカルトとサスペンスで溢れかえっているのである。

その只中で暮らす住人からは数多の天体観測好きが現れ、時に種族や派閥すら越えて、自らの故郷であるライラットの美しさを再発見し称え合う集まりが自然と形成された。この集いがスカイウォッチャーであり、星間ネットの発達による交流の増加と歩調を合わせて規模を拡大してきた。現在の所属数は数十億人と推定される。同好の輪の中には戦争も差別も持ち込まれず、誰もが平等に星々と星雲を愛でる環境が成り立っている。

構成人数が膨れ上がればいさかいも避けられないが、その場を収める調停者は「スターウォーカー」と呼ばれ、界隈の重鎮として一目置かれるようになるという。あくまで同好の士が集まるだけの緩い繋がりに過ぎない。もっとも武力や信仰、プロパガンダで押さえつけて作られた「平和と平等」がこれまで例外なく最悪の形で崩壊してきたことを思えば、この緩さこそが真の平和の形なのかもしれない。

所属者にはそれなりに名の知れた人物も含まれており、スターフォックスの参謀にして古参であるペッピー・ヘアも娘とともに名を連ねている。遊撃隊時代に撮影した星雲や彗星の写真はいずれも美しさと儚さを湛えたものばかりであり界隈での評価は極めて高い。

セレスティアル・パラディン CELESTIAL PALADIN

組織・勢力コーディリア王国 騎士団

かつてコーディリア王国が率いていた騎士団を原型とする軍事組織。惑星コーネリアで最も騎士道と勇敢さを併せ持つ組織とされ、度重なる大グランベル国ローザリンド公国の進軍を撃退してきた。彼らが出撃した戦いは、そのほとんどをコーディリア王国の勝利で終えている。

騎士団の大本にあるのは、コーネリアへ古くから伝わる一つの伝説である。

この世界に5つの未曽有の危機が訪れる。そのときせめぎ合う光と闇の騎士、そして夢の彼方より出し旅人、3人が剣を合わせ世界を守るだろう

組織の名はこの一節から採られたものであり、運営の理念にもその影響が及んでいたとされる。なおこの伝説は、破滅を告げる炎の予言と対をなすものとして語られることが多い。

セレスティアル・パラディンは複数の部隊で構成されており、名の知られたものは以下の3部隊である。

ジェイド・ナイト JADE KNIGHT

コーディリア王国最強の空挺部隊。管制システムも戦闘補助システムも存在しない時代にあって、その強さは最強の名をほしいままにするものだった。グランベルの超兵器が暴走し星系存亡の危機を招いた際には、部隊のエースパイロットであるジェームズ・バートンが出撃してこれを討ち取っている。

ソード SWORD

強襲に特化した特殊陸上部隊であり、代々選りすぐりの精鋭が配属されてきた。部隊は現在も存続しており、Z・Z・ペパーが前線に立っていた頃の所属先でもある。ジェイド・ナイトと並ぶ負け知らずの部隊として知られる。

コールサック COALSACK

名のとおり存在そのものが外部に秘匿されていた特殊潜行工作部隊。少数ながら構成員の戦闘力はサルジーナヤ連邦の秘密警察と互角とまで言われた。現在はコーネリア連合共和国軍諜報部として形を変えて存続しており、星系の平和を裏から守り続けている。ヴォーパル隊もこのコールサックの系譜を受け継ぐ部隊である。

CDF情報戦略本部 CIS-HQ — CORNERIAN INTELLIGENCE & STRATEGY HQ

組織・勢力 存在非公表 — 通称CIS-HQ

タイタニアフィチナアクアスの3惑星に分割して存在すると噂される、軍事機密を専門に取り扱うCDFの情報機関であり共和国は公式にその存在を肯定していない。だが本資料は軍事機密データベースであるため先に断言しておく。存在する。閲覧中のこのコンソール群、すなわち「コーネリア情報戦略本部 統合データベース」の情報もCIS-HQの管理下にあり、外部への漏洩には軍法会議による厳正な処罰が待っている。取り扱いには注意されたい。

本機関は敵の標的になりやすい。フィチナに配備された5拠点のうち1つは、帝国軍の巨大戦艦グレートディッシュが初期運用で爆砕した地下基地の一つ「ヒヒョーツク」であり現在は跡形も残っていない。気候制御基地に同居していた別の拠点も、開戦緒戦の占領で時限爆弾を仕掛けられた上にスターウルフの接触まで受ける一触即発の状態にあったが、スターフォックスの奪還作戦により事なきを得ている。CIS-HQの抱える情報が帝国にとって邪魔である、あるいは喉から手が出るほど欲しい代物であることは間違いなく、この点をとっても関連情報の取り扱いは厳重でなければならない。

本機関の運営は、コーディリア王国のセレスティアル・パラディン三大機関が一つ、特殊潜行工作部隊「コールサック」の流れをくむものである。共和国軍諜報部として形を変えたその系譜の現在形がCIS-HQであり、ヴォーパル隊とは同じ根から分かれた間柄にあたる。ライラット星系の平和という薄氷の裏で、誰にも知られないまま戦い続けている者たちがいる。それを忘れてはならない。

コーネリア・ポリス・ヴァンガード CPV — CORNERIA POLICE VANGUARD

組織・勢力 警察組織 — 管轄: コーネリア/プロスペロー

惑星コーネリアプロスペローの治安維持を担う警察組織。惑星間の戦争級の事態はCDFの管轄となるが、CPVは民間のトラブルや事件を専門に扱う。最も有名なのは派出所で働くお巡りさんであり、よく言う「犬のおまわりさん」の所属はこのCPVと考えて問題ない。治安のあまり良くない地域を管轄する部署は屈強なミノソイドガネシオソイドポラリソイドを主体に編成されており、凶悪犯罪の9割はその場で確保され解決されるという驚異の検挙率を誇る。

現在の署長バイソン・レッドフォードは第2攻殻機動部隊の隊員から警察署長に上り詰めた敏腕警察官であり、数々の難事件を解決に導いてきた。一方でアンドルフ逮捕のきっかけとなった爆発事故についてはZ・Z・ペパーと共同で現場検証を行ったことから懐疑的な立場を取り、裁判へ何度も異議を申し立てたがいずれも聞き届けられることはなかった。共和国で最大級の組織である警察の長による度重なる反対意見をも退けたこの裁判は、コーネリアの歴史に大きな影を落としたとされる。

戦時下の現在はコーネリアとプロスペローの民間人の避難と警護で多忙を極めており、とりわけ帝国によるプロスペロー占領の際に被害者がほぼ出なかったのはCPVの決死の活動によるものとされる。星系ネット配信やホロ番組で人気を博す刑事ドラマ『プロスペロー捜査線』はCPVプロスペロー課の活躍を番組化したものであり、占領下でも再放送の視聴率が上がり続けている理由の一端は、画面の中の相棒たちが今も本当に現地で働いているという事実にある。

アンニュイング・ドッグ THE ANNOYING DOG — 流動するクラッカー集団

組織・勢力 サイバークラッカー集団 — 実体は約80年続く「名前」だけの集まり

CDF情報戦略本部の機密情報を漏洩させる遠因を作り、星系で最も悪性の高いコンピュータウイルス「810-USO800」を生み出したとされるサイバークラッカー集団である。どの時代を切り取ってもネットミームで遊ぶしょうもない小学生のような集まりでしかなかったが、技術力だけは常に本物であったと評されている。実害の規模と構成員の幼稚さがまるで釣り合わないことがこの集団を語る上で最も厄介な点であり、同時に「権力や金」ではなく、ただ「本人たちが楽しい」と感じることだけが動機になる点で他の詐欺グループ集団とは一線を駕す。

約80年という長い歴史を持つが正式な組織ではない。初代がふざけて名乗った呼び名を後続が勝手に引き継いでいるだけであり、代替わりのたびに顔ぶれも作風も入れ替わる。名簿も綱領も拠点も存在せず当局が実体を掴もうとするたびに「その集団はもう解散した」と言われ続けてきた。それでいて「アンニュイング・ドッグ」の署名が付いた事案だけは途切れることなく発生し続けている。組織というより一種の襲名文化に近く、CIS-HQの分析官は「ぶちのめせない相手ではない。ただし倒したところで意味がない相手だ」と記録に残している。

歴代の作風は徹頭徹尾ふざけており、企業サイトの文言を下品な言い回しへ書き換える悪戯、行政の掲示板を一晩でミーム画像に埋め尽くす遊びなど、その程度の犯行が大半を占める。だが十数年前に確認された5代目の代でこの集団は一線を越えた。サドガシマ・ポンジュウロウら技巧派が集い、遊び半分の悪戯であったはずのジョークプログラムをCDF情報戦略本部への総攻撃にまで発展させたのである。最後に確認された際の構成員は次の4名であった。

オオハシ・イヌジロウ INUJIRO OHASHI

集団の5代目リーダーである。緩いネットスラングで仲間を勧誘し、退屈しのぎのつもりでCDF情報戦略本部の乗っ取り作戦を発案した張本人である。強い刺激を求めては大胆な計画を持ち掛ける性分であり、事件後は匿名の嘆願署名により刑が大幅に減軽され実質お咎めなしとして釈放されている。この署名はとある貴族の令嬢が募ったものであり、イヌジロウはこれを盾に婚約を迫られたとの噂が流れている。

カラスマ・ボンジリノシン BONJIRINOSHIN KARASUMA

画像加工とミーム量産を担当した構成員である。天才プログラマーであり数多のプログラムを一手に作り出したことで突いたあだ名は「ウイルス製造マシーン」。行政の掲示板を一晩でミーム画像に埋め尽くす類の悪戯を得意とした。裁判の最中に腰の持病で入院して責任能力を問えず事実上お咎めなしとなっているが、その後はコックピットやコントローラの設計に携わりCDF空軍部隊の練度を上げるのに大きく貢献したため、CDF内でも罪を一番清算できたメンバーと言われる。

コロペン・ユーチャヌス YUCHANUS KOROPEN

配信と外部工作を担当した構成員である。メンバー唯一の常識人であり4人の中で唯一素直に罪を認めたことで、処罰はプロスペローの雑草毟り1年の社会奉仕にとどまった。事件後はネットの表舞台から姿を消し現在は草刈りや選定を行う空間コーディネータとして真っ当に働いている。愛用している草刈り機は彼が今の職で初めて稼いだ給料で購入したもので相当使いこんでいるが、これまで一度も替え刃を購入しなくても快調に動いているという。

サドガシマ・ポンジュウロウ PONJURO SADOGASHIMA

集団随一の技巧派にしてウイルス「810-USO800」の実装を担った構成員である。司法取引でCDFのデータ管理者に再雇用されながら、後に星系史上最大級の情報漏洩の原因を作った。詳細は人物データベースの当該記録を参照のこと。4人の中で最も重い懲役250年の判決を受け執行猶予中に逃走している。消息は今でも不明だが、フォルトナで「虫の王」となったという説が主流である

帝国軍二十四師団 THE IMPERIAL DIVISIONS — 全24師団

組織・勢力 ベノム帝国軍 編成

ベノム帝国軍は全24個の師団で編成される。総規模はライラット星系史上最大の軍隊であり、建国からわずか10年でこの姿へ達した組織を、共和国の分析官は「軍隊を持った国家ではなく、国家を持った軍隊」と評している。

第1〜第3師団は帝国防衛をつかさどる本隊であり、同時に切り札となる最大戦力が所属する。第1師団はケローン大提督率いる直轄軍である。かつて「帝国第1師団と直接戦闘ができるのはニャン・ウェンリー准将だけ」と言われたが、魔術師が還らぬ今、この師団をいなせる存在は皆無となった。第2師団は最強の防衛衛星ボルスAREA6を固める大艦隊スペースアマダである。そして第3師団はナガス級戦艦〈サルバドーラ〉を主要艦とする、単独では星系最大クラスの部隊である(艦船の等級の項を参照)。

第4〜第16師団は攻勢を担う13個の主力艦隊である。ベノムの周回軌道上に円を描くように配備され、どの艦隊が発進しても防衛に隙が生じない輪番の陣を敷いている。

第17〜第23師団は占領地の駐留軍と憲兵隊を兼ねる。第17師団が運用するマクベスのミサイル基地は、駐留部隊としては最大級の脅威度を誇る。一方の第21・22・23師団は形式上こそ軍の所属だが、実態は無法者による侵略部隊である。ゾネスアクアスカタリナへ侵攻を重ねてきた部隊の大部分はこの3個師団であり、占領地の被害報告が突出して重いのも常にこの3個師団の管区である。

なお、編成表の末尾にあたる第24師団だけは表の戦線に現れた記録が存在しない。CDFの長期調査をもってしても、確認できたのは編成表上の名称ただ一つである。裏の任務を担う実在の特殊工作部隊とみる説と、数合わせのためにわざと名前だけを登録して警戒させようとしているとする説があり、分析官の見解は今も分かれたままである。

コーネリア連合共和国の州 STATES OF THE CORNERIAN UNITED REPUBLIC

組織・勢力 全121州 — 主要州の紹介

第1次ライラットウォーズの終結とともに、複数の国家が惑星の枠を超えて連合を組み、一つの国となったものが今日のコーネリア連合共和国である。国章には星系統合艦隊の結成に協力した5つの国が星の意匠として刻まれているが、実際にはこの5国のほかにも、共和国へ併合・統合された国や勢力が多数存在する。これらは現在、一定の自治権を持つ「州」として国の総体を形成しておりその数は121州を数える。中でも国の起源となった主要州は「5大州」と呼ばれる。本項では、共和国の主要な州の一部を紹介する。

コーディリア州 CORDELIA

惑星首都にして星系首都を兼ねる大都市コーネリア・ギャラクティック・シティ(略称コーネリアシティ)を擁する州。現在の共和国の中心であり、国の中枢機関はここに集中している。コーネリア中央大学やCDFの本部もこの州にある。前身はコーディリア王国であり、当時の星系最強と謳われた空挺部隊「ジェイド・ナイト」を組織していた国である。

グランベル州 GRANBEL

コーディリア州と隣接し、共和国の高官や軍人の多くを輩出してきた州。CDFの運営する士官学校第1分校が置かれる。貴族が多く住み、権力と経済の両面でコーディリア州と並ぶ影響力を持つ。前身は軍事国家・大グランベル国であり、惑星コーネリア最強の陸軍と兵器を保持した。その重砲の伝統は、今日もスターブレードの「グランベル重砲教義」に名を残している。

ローザリンド州 ROSALIND

グランベル州とトロイラス州に隣接する山岳地帯の州。コーネリア最高の技術者養成学校があり、惑星マクベスから来る熟練工の直接指導を求めて、星系中から技術者志望の学生が集まる。前身はローザリンド公国であり、圧倒的な技術力で大グランベル国としのぎを削った。旧ローザリンド艦体工学の系譜は、スターブレードの居住区艦からAREA3の環状構造体にまで生きている。

アクアス州 AQUAS

惑星アクアスおよびゾネスに広がる州であり、共和国最強の海軍と宇宙軍を持つ。星系有数の建築工学を誇り、その技術力は全州でも突出している。前身はタッドー共和国であり、ソーラ圏で最も進んだ国として「ソーラシアン」の代表理事を多数輩出した。第5分校の置かれる州都ロミオは、対の都ジュリエットと共に旧タッドー建築の粋とされる。

フィチナ州 FICHINA

惑星フィチナに位置する州であり、5大州では最後に連合へ参加した。この州の持つ特殊環境向け技術や気象コントロール技術は、共和国の発展に大きく貢献している。前身はサルジーナヤ連邦であり、タッドー共和国とは度々ミサイルによる恫喝と交戦を繰り返した弱小軍事国家だったが、現在は和解し、相互に守り合う州協定を結んでいる。加入までの前途多難な道のりはフィチナの項に詳しい。

カタリナ州 KATINA

惑星カタリナに位置する州であり、現在は5大州と並ぶ経済力を持つ。植民惑星計画によってカタリナに最初に置かれた州であり、州都ノラ・アネモスには士官学校第2分校が置かれる。現在も多数の軍人が、前線基地へ向かうためにこの州を経由している。

トロイラス州 TROILUS

タイガーリーブス州と隣接する、コーネリアで最も古い歴史が残る州。惑星コーネリアで最初に巨大国家を形成した文明の発祥地であり、この地で発明された数々のインフラは、そのまま今日のコーネリアシティの発展に受け継がれている。領地は全州で最も広大であり、惑星コーネリア地表の1/5を占める。約900年前に記録の残るトロイラス王朝の版図であり、最盛期には帝国を称したが、第1次ライラットウォーズの頃には一介の国家に落ち着いていた。

タイガーリーブス州 TIGERLEAVES

コーディリア州と隣接し、深い針葉樹の山々と渓谷が残る自然豊かな州。全州で最も農業開発が進んでおり、ここで生産される農作物は「パンかご」コーネリアの重要な兵糧となっている。前身はポラリソイドの実効支配圏タイガーリーブス自治領であり、エースパイロットのベアー・ノウグッチーニの故郷としても有名である。開戦後には雪の州都が帝国のスノンガの侵攻を受けたがこれを退けている。

テンペスト州 TEMPEST

惑星プロスペローに位置する州であり、カタリナ州と並ぶ植民惑星計画生まれの新しい州である。プロスペロー地表だけでなくオベロンⅢの基地内も州の管轄であり、この星で生産される食糧は州の管理局で厳正に管理された上で各惑星へ輸出されている。姉妹州はグリーン・ビットに置かれたエバーグリーン州であり、宇宙植物工場群の運営には同州のノウハウが活かされている。

アデレード州 ADELAIDE

惑星パペトゥーンに位置する共和国最辺境の州。士官学校第6分校の設置に合わせて新設された最も新しい州の一つである。これはすなわち、辺境を共和国が責任を持って統治するという意思表明に他ならない。「最底辺」と笑われたこの田舎の分校が、後に伝説の傭兵を輩出することになるのはまた別の物語である。なお州内の第8植民都市ノラ・ハルトゥームはガネシオソイドを主な住民とする移民都市であり、全てが体高3m超の規格で建てられた星系唯一のXL帯都市である(体格帯別住宅規格を参照)。

全州代表評議会 THE COUNCIL OF ALL STATES

組織・勢力 コーネリア連合共和国 最高議決機関 — 通称「評議会」

コーネリア連合共和国の最高議決機関であり、各種記録で単に「評議会」と呼ばれる機関の正式名称である。共和国は単一の国家として生まれたのではない。ステファノーの戦いを最後に停戦した5大国家、すなわち旧コーディリア王国・大グランベル国・ローザリンド公国・タッドー共和国・サルジーナヤ連邦を骨格に、240年の戦乱を生き延びた小国家・都市国家・自治領・部族・企業連合といった百十余りの勢力が合流して成立した連合国家であり、後の植民惑星計画で生まれた州を加えて今日では121州を数える。評議会はこの121州の代表を文字どおり一堂に会させ、星系の意思をただ一つの議場で決めるための装置である。

議席は州の人口にも経済力にも比例しない完全な1州1代表制である。大国に呑まれることを恐れた小勢力を連合へ引き入れるための建国の約束であり、辺境アデレード州の代表もコーディリア州の代表も、議場では同じ高さの椅子に座る。共和国憲章の根幹条項(第1条「質量破壊兵器の研究・保有の永久禁止」など)の改正には全会一致を要するため、憲章は建国以来ただの一度も改正されていない。種族も食性も睡眠周期も異なる121人が同じ時刻に同じ部屋へ集まること自体が一つの奇跡であり、開会が定刻どおりに始まった回数は、二百年の議事録上でも数えるほどしかない。

この仕組みの代償は速度である。全州の代表が集まって決める以上会議はとにかく長引く。惑星時差、冬眠期の代表の不在、食性ごとに分かれる休憩時間、そして「持ち帰って州議会に諮る」の連鎖。災害救援の承認が救援活動の完了後に下りた逸話は一つや二つではなく、市民の間では「共和国の正義は必ず来る。ただし、遅れて来る」という皮肉が定着している。皇帝の決断が即日艦隊を動かす帝国の独裁体制と比べたとき、この構造差は戦時において明白な弱点となり、開戦初期に共和国が後手に回り続けた一因と分析されている。

もう一つの代償は建前と実態の乖離である。椅子の高さは同じでも、決定権の重さは同じではない。予算と艦隊の大半を負担する5大州の合意なしに通る議案は事実上存在せず、さらに評議会の上位には最高諮問機関五大元老院が置かれ、その「助言」はしばしば事実上の拒否権として機能してきた。教科書から都合の悪い歴史を消した教科書法案の可決、議事録を封印したままのアンドルフ追放決定、ムーの政界進出を許した組織票との癒着疑惑。強引な決議が通るとき、そこには決まって「一部の椅子」の影がある。古参の記者たちはこう書き残している。「121の椅子は対等である。ただし、いくつかの椅子は他の椅子より対等である」。

それでも、この遅くて不揃いな議場が解散を議題に載せたことは一度もない。どれほど時間がかかろうと全員が同じ卓につくという約束こそが、240年続いた戦乱を終わらせた当のものだからである。評議会の遅さは連合の弱点であると同時に、共和国が共和国であることの証明でもある。なお戦時下の現在は、意思決定の短縮のため軍事権限の一部をCDF総司令部へ委任する特別措置が敷かれているが、その委任範囲の見直しを巡る審議は現在三会期目に入っている。

惑星開拓省 MINISTRY OF PLANETARY PIONEERING

組織・勢力 コーネリア連合共和国 開拓行政の中枢 — 現場機関「開拓庁」

コーネリア連合共和国の省庁の一つであり、文字どおり未開地域の開拓や都市建設など開拓を司る行政機関である。各惑星の現地で入植計画を指揮する「開拓庁」はこの省の実働機関であり、諸記録で単に開拓庁と呼ばれる組織は、多くの場合この省の現地部局を指す。発祥は第1次ライラットウォーズ勃発前、ライラット宇宙歴3500年ごろに遡る。当時机上の空論と笑われた旧コーディリア王国の惑星開拓事業がその大本であり、王国の構想は連合共和国の成立を経て、植民惑星計画として結実することになる。

ライラット星系は多数のE1型・E2型地球型惑星を持ち、多くの星に文明が根付いている。ところが実情を見れば、カタリナフィチナプロスペローなど、開拓の途上にある星は意外と多い。約4000年に及ぶ星系の有史においてなお、惑星丸ごとの開拓が完了しているのはコーネリアキューマクベス程度である。戦乱の絶えない歴史と惑星ごとの極端な気候が常に向かい風となり、植民地化計画の進む星であっても、完了まで漕ぎ着けた例はいまだ皆無なのである。

それでも開拓の歩みは着実に速まっている。現在の水準までの発展はここ100年に集中しており、この躍進を支えたのは省の地道な基礎研究と、歴史上に現れた最高峰の天才頭脳たちの功績である(文明の礎をつくった天才たちの項を参照)。

ライラットのAI革命 THE AI REVOLUTION

技術

今日のライラット星系では、あらゆる場面で人工知能(AI)が使用されている。大量生産される食料品の栄養計算、広告のデザイン、植物工場の管理、列車のダイヤ調整とその用途は多岐にわたる。一方でコーネリアの絵描きたちは自身の絵柄をAIに学習されないよう「ウォーターマーク」を入れる習慣を持ち、動画サイトではドーパミン中毒を狙ったAI生成の粗製乱造動画が後を絶たない。恩恵と弊害の双方を織り込みながら、AIは星系の生活の隅々に根を張っている。

そして、やはり切っても切り離せないのが軍事利用である。最も有名なAIは戦闘補助システム『ポリヴィアス』であり、現在の星系の兵器の約95%には、白兵戦用の火器から戦闘機、巨大な艦船に至るまで、このシステムが大なり小なり組み込まれている。戦いの勝率を上げるための学習は現在も進行形で続いている。

各勢力の防衛の中枢にもAIは座っている。共和国のグレートウォールを管理するのはAREA3の管制演算網「アトラス」であり、帝国の最終防衛ラインに立ちはだかる防衛衛星ボルスを制御するのは、アトラスの双子の兄弟ともいうべきAI「タイタン」である。放棄されたはずの実験コロニーオベロンⅡプロスペローの空で環境を調整し続けているのも、同じ系譜に連なる環境管理AI「オベロン」である(初代オベロンを管理した環境AIの名こそ「アトラス」であり、AREA3の愛称はこれに由来する)。

鉱業もまた例外ではない。タイタニアで使用された現行機の32世代前にあたる旧式採掘機には、既に自立思考回路「プロフェッサー」が導入されていた。同星の砂漠で今も稼働を続けるプロフェッサー・ハンガーがその現存例である。同系AIの後継機は現在、マクベスエラダードの採掘業の最前線で活躍している。

このように、ライラットの生活と軍事はもはやAI抜きでは成り立たない。だが、ポリヴィアスをはじめ現行世代のAIの多くの土台に、アンドルフ博士が学生時代に開発したとあるゲームの思考決定ルーチンが使われていることを知る者は少ない。

ドロイドと五つの等級 DROIDS — THE FIVE CLASSES

技術 等級は序列ではなく仕事の区分

ライラットでは自律思考回路を備えて自ら判断し動く機械を総じて「ドロイド」と呼び、そのうち人種に似せた体を持つものを「アンドロイド」と呼び分ける。AI革命以降ドロイドは生活と軍事の隅々に入り込み、星系の各勢力は用途に応じてこれを第1級から第5級までの五つの等級に区分している。等級は性能の序列ではなく仕事の区分であり、第5級が第1級より劣るという意味ではない。もっとも一般には数字が小さいほど「偉い」と受け取られており、メーカーの広告もその誤解を訂正する気配がない。

等級区分 CLASSIFICATION

第1級ドロイド: 高速計算や医療、軍事の計算補助に使用される最高峰のドロイド。スペースダイナミクス社チーワワ合同製薬会社が生産元であることが多い。艦の操縦と管理を単独で担うナウスのような艦載AIロボはこの等級に相当する。

第2級ドロイド: 工学や科学技術に特化したドロイド。主にエラダードの工場群やグリーン・ビットの植物工場で使用されることが多い。タイタニアの砂漠で稼働を続ける旧式採掘機プロフェッサー・ハンガーはこの等級の現存最古の個体である。

第3級ドロイド: サービス機能に特化したドロイドが属する。俗に「家庭用ドロイド」と称されるものもここに分類され、普及率は全ドロイドで最大となる。店員やホテルの荷物持ち、介護の現場などあらゆる場面で使用される。

第4級ドロイド: 軍用ドロイドや警察の治安維持ドロイドがこれに該当する。セキュリティのガードマンもこのドロイドであり目にする機会は多い。現在は通商連合が大量生産しているが、帝国はドロイドよりも無人戦闘機の方を主軸にしている。

第5級ドロイド: 知性を必要としない作業用ドロイド全般を指す。工事現場や鉱山、工場で大量に使役されているのはこの第5級ドロイドである。鉱山向けの機体はギャラクティック・サイボット社が六割を占める。

等級はあくまで出荷時の区分であり、中身は持ち主の手で容易に変わる。グリッピアの警備ロボット群は設計上は第4級であるが、設計者がスリッピー・トードである以上その中身が第4級で収まっている保証はない。皇帝アンドルフ・ボウマンが少年時代に廃棄品から組み直した豚型の第3級サーヴァントドロイド「フィルバート」は高速チップ配列の改造によって中身が第1級に達していたと伝えられており、等級表を見て安心する者への戒めとして必ず引かれる例である。最も厄介なのは等級を付けられなかった個体である。エラダードで製作途中のまま出奔したHVC-009は登録上は第2級の試作機であるが、その行動は第3級の愛嬌と第4級の攻撃性を併せ持ち、通商連合は捕獲依頼書の等級欄を今も空欄のままにしている。

軍事面で注視されているのは第5級の転用である。知性を持たない作業用ドロイドは安価で数を揃えやすく、簡素な火器を持たせれば数で押す歩兵の代わりになる。ガロウ連邦セティボスⅢの工廠で第5級の作業機を軍用に転用し大量に生産しているとみられる情報は、共和国情報部が近年最も警戒する動向の一つである。知性を持たない兵士が数だけを頼りに押し寄せてくる光景は、ドロイドの等級制度が当初想定していなかった戦争の形である。

なお等級と賢さが一致しない例は民間にも多い。第5級として出荷された作業機がいつの間にか言葉を覚えて主人と会話を始めたという報告は星系ネットの定番であり、顔面隕石の怪談もこの系譜に属する。ドロイドの店で「うちの子は何級ですか」と尋ねる客に対して店員が答える台詞は星系のどこでも同じである。「出荷時は第3級でした」。

タイタニアガラス TITANIA GLASS — 星系最高級の光学素材

技術 産地: タイタニア — 採取難度・星系最高

惑星タイタニアを覆い尽くす、きめ細かな砂から作られるガラスである。この砂は微細なケイ素を大量に含み、精錬すると酸化鉄に由来するうっすらと赤みを帯びた極めて上質なガラスとなる。採取の困難さと美しさから星系でも最高級品として扱われ、その値に見合うだけの耐久力を備えることでも知られている。

単に美しいだけの贅沢品ではない。タイタニアガラスは特殊な偏光特性を持ち、このガラス越しに空を見た場合、ステルス仕様の機体であっても視認することができる。スターフォックスの旗艦グレートフォックスのデッキ窓と主砲照準カメラのレンズに使われているのはこのガラスであり、数多の戦いで傷だらけになった艦にあって、そこだけは今も傷一つ残っていない。奇襲をこのガラスが見破った例は幾度もあり、艦のパーツでも最も高価な部類でありながら「ジェームズの拘りは間違っていなかった」と今も語り草になっている。

原料の採取は、磁気嵐と「鉄の雨」の合間を縫って禁断の星へ降りる砕砂船の無法者たちが担っている。命懸けの稼業であり、生きて帰るには夜側の自立採掘機プロフェッサー・ハンガーから地形情報を買うことが事実上の前提とされる。市場には着色しただけの贋作も出回っているが、見分け方は簡単で偏光板越しに覗けばよい。本物ならそこに映らないはずのものを映すのである。

マクベス鋼 MACBETH STEEL — 星系の骨格を支える鋼

技術 マクベス産の鋼鉄 — 品質保証の代名詞 / 帝国占領下

惑星マクベスで採れる鉄鉱石と、そこに微量に含まれる元素から鋳造される鋼鉄。ゼートイドを中核とするマクベスの住人たちの熟練の精錬技術によって星系でも屈指の需要を誇り、ビルの基礎や杭から様々な製品の金属骨格パーツ、ドロイドの部品に至るまでこの鋼が使われている。「マクベス鋼」の銘は星系の重工業界で品質保証の代名詞であり、艦船の装甲材としてもスターブレードの新造艦を長く支えてきた。産出から精錬までをマクベスで終えた鋼は、セクターςクロウディアス準惑星帯の鉱山から採られた金属類と共に星系中へ出荷される。

近年は現行世代の掘削機で採れるマクベスの鉄鉱石はほぼ掘り尽くされたとされており、工場で作られるマクベス鋼のほとんどはクロウディアス産の鉄鉱石を原料としている。両者は性質がほとんど同じであるため、今のところ問題は起きていないと言われる。一方でマクベス鋼に代わる新種の鉱石が見つかり始めており、採取難度の高さと帝国の占領によりまだ実用化はされていないものの、今後のマクベス重工業の中心になると期待されている。この鉱石は「新・マクベス鋼」という武骨な仮称で呼ばれており、ブランド感を出すために洒落た名前が募集されていたらしい。占領中の帝国軍が「オリサルコン」なる名前を提出したと伝えられるが、響きがあまり格好良くないためか採用されることはなかった。伝説の金属の名を一文字だけ皇帝の系統の人種に寄せたこの案が誰の発案であったかは記録にないが、却下の理由が響きだけでなかったことは想像に難くない。

開戦劈頭のマクベス喪失により共和国側への供給は完全に断たれ、スターブレードの工廠は撃沈艦の残骸を新造艦へ回す再生プログラムで急場を凌いでいる。占領下の工場では帝国の兵器がこの鋼で作られ続けており、装甲の内側にごく稀に見つかる小さなイノシシの刻印については惑星マクベスの項に譲る。なおマクベスでは他にバキュラム鋼と呼ばれる超硬度の金属が産出されることがあるが、あまりに高い硬度のため加工がほとんどできず、需要はマクベス鋼と比較にならない。

バキュラム鋼 BACULUM STEEL — 星系最硬の金属 / バキュラム装甲

技術 由来不明の超硬金属 — 加工困難・一枚板で産出

星系の既知の全ての金属の中で最も硬い金属である。産出される際は必ず一枚のプレートとして採掘され、あまりの硬さに切削も鋳造も事実上不可能であるため、この金属を用いた装甲は採掘されたプレートをそのまま貼り合わせた荒いポリゴンのごとき角張った外壁となる。バキュラム装甲を纏った艦を一目で見分けられるのはこの外見のためである。

あらゆる兵器を弾き返す性質を持ち、火薬による爆破にも強いため戦艦の外壁に使われることが多い。最も有名な用途はベクター・プライム社のトンネル工事用巨大ドラム式ドリル「ガイアクラッシャー」のドリル部分であり、宇宙ではこれの小惑星対応機種メテオクラッシャーでも活用されている。帝国が同機を攻撃転用した万能破壊戦艦ブレードバリアの回転ブレードもバキュラム鋼製であり、この金属が「掘るもの」から「砕くもの」へ転じた最悪の実例として記録されている。

一時期「256発のザッパーを浴びせかければ破壊できる」という都市伝説が広まった際にはこぞって試す者が現れたが、結果は想像のとおり一切の傷すら残せないものであった。以来この数字は星系のパイロットの間で「やっても無駄なこと」の符牒として使われている。なお同じ理由で本金属はザッパー系の光学兵器に対して最も信頼できる盾でもあり、共和国軍が光学兵器を得意とする以上、帝国側の需要は今後も減らないと分析されている。

この金属の由来は不明であり、星系内のあらゆる合金と比較しても構造が全く異なることが知られている。ニヴィディウムを核とする既知の装甲合金の系譜に連ならず、精錬の痕跡すら持たないまま一枚板で地中から現れる鉱物を「鋼」と呼ぶこと自体が便宜上の呼称に過ぎない。一説によれば外宇宙からもたらされた金属と噂されるが詳細はいまだ不明であり、産出地の分布に規則性が見出せないことがこの説を後押ししている。

加工が事実上不可能とされるこの金属にも、唯一の例外がある。マクベスマクベス鋼の職人が、1枚のプレートにマクベスの1年すなわちコーネリア基準で3年の歳月を費やして削り出す手作業である。帝国の戦艦ドリスビーの名物「皇帝のご尊顔」はこの方法で作られており、すなわち事前予約を取った上で熟練工をその作業に3年も縛り付けて製作したことになる。他の現場へ職人を回した方がよかったのではないかという声はCDFの中で度々ささやかれている。なおご尊顔に艦ごとの表情差分があることについては恐らく職人の遊び心であり、帝国が意図したものではないと思われる。

万能草刈機「クサカルゴン」 KUSAKARUGON — 一生モノの草刈機

文化・生活 エラダード発・フォーティンブラス商工会の技術的快挙にして商業的失敗

エラダードで量産され星系中に新発売された万能草刈機である。絶対に整形ができないとされるバキュラム鋼について、産出時に非常に小型のものだけを選り分けパズルのように組み合わせることで間接的に刃へ整形することに成功した製品であり、「効率と手軽さ」を掲げるフォーティンブラス商工会の技術力の高さを星系に知らしめるものとなった。星系最硬の金属が最初に一般家庭へ届いた形が草刈機であったことは、工業史の講義で必ず笑いを取る一節である。

一度購入すると刃毀れせず、水洗いだけで鋭さを取り戻す。この性能ゆえに発売直後の人気に反して売り上げ成績は振るわなかった。最初の一台と刃一本で30年近く使えるとの計算も出ており、替え刃を生産したところで誰も購入しなくなってしまったのである。「良いものを作れば売れるわけではない」という事実をエラダード中の工場に知らしめる結果となり、考案者は肩を落としたという。商工会の若手にはこの一件が「クサカルゴンの教訓」として今も語り継がれている。

ところが時を同じくして、帝国からこのクサカルゴンの替え刃のスケールアップ版の発注が急遽入ることとなった。用途は「草刈り」とのことである。久しぶりの追加注文に現場は沸き立っており、納期を守ることに誇りを持つエラダードの工廠は発注の意図を詮索する習慣を持たない。替え刃が何を刈っているかについてはブレードバリアの項を参照されたい。嘘も甚だしいと評された名目は、少なくとも工場にとっては嘘ではなかったのである。

高速宇宙艇プレアデス / ライラットクルーズ PLEIADES — LYLAT CRUISE

文化・生活 約180標準日で星系を廻る豪華宇宙旅行 — 戦時下も継続・予約は5年待ち

「ライラットクルーズ」とは、ライラット星系の星々を約180標準日で廻る豪華宇宙旅行ツアーと、それに使用される豪華客船「プレアデス」を指す言葉である。星系のほぼ全ての惑星を巡るこのツアーは非常に人気であった。プロスペローの眠らない街でショッピングを楽しみ、カタリナ壁の川を撮影し、AREA3の訓練区画で航空ショーを見てマクベスの温泉で疲れを癒やす。ゾネスアクアスで最高のバカンスを過ごした後にフィチナでオーロラを観察し、エラダードの工場見学で様々な製品の試供品をもらい、キューのカジノ「ツインサン・パレス」のお試しコーナーでスリルを満喫する。そしてパペトゥーンジェームズ・マクラウド生誕の地を巡り、最後はセクターϩの箒星が残した虹色の星雲を見ながらコーネリアへ帰還する。星系を一周する船の名が七つの星の名であることについて、船会社は「七つの惑星ではなく七つの思い出のことです」と案内している。

戦時中の現在も戦禍の及びにくい宙域に行き先を絞って継続されており、今でも予約は5年先まで埋まったままである。占領下のマクベスとゾネスは航路から外され、代わりにセティボスの環を巡る周回が組み込まれた。船体は定期的にワープを繰り返して次の寄港地へ跳び、跳ぶたびに甲板の頭上に広がる景色がコーネリアの空から小惑星帯へ、時には遠くの艦隊戦へと切り替わる。この「跳ぶたびに空が変わる」体験こそがクルーズの売りであり、戦時下でも客足が絶えない理由である。

高速宇宙艇プレアデスではなんと、スターフォックススターウルフが艦上での直接の乱闘により雌雄を決したこともある。プレアデスに積載された帝国の機密情報を巡っての争いであり、最初はドッグファイトであったが、民間船を巻き込むのはポリシーに反したのかウルフ・オドネルから甲板上での直接対決の提案が届いた。これを承諾したフォックス・マクラウドはウルフと白兵戦での戦いを繰り広げたが、ぎりぎりの鍔迫り合いで押し負けたことでこの戦いはウルフの勝利に終わっている。甲板上で戦う二人を見た乗客はこれを何かのショーと勘違いしたのか、勝手に審判を買って出た男が試合を取り仕切り、決着がついた際には盛大な拍手が巻き起こったという。肝心の帝国機密情報の正体がアンドリュー・オイッコニーの作ったコーネリアケーキだと判ると、ウルフはケーキを鷲掴みで食べてその場を去ったと伝えられる。

なおこの戦いが宇宙空間にもかかわらず甲板で行われたことについては指摘が入ることが多い。プレアデスの甲板にはデッキで寛ぐスペースやプールが用意されており、艦船の疑似環境の範囲内で決闘が行われたものと思われる。ワープのたびに船体が大きく傾く癖があり、足場の悪さは両者に平等であった。白兵戦で押し負けたフォックスはショックが大きかったのか、その日は終始不機嫌でありペパー将軍からの通信もすぐに切って寝てしまったとのことである。翌朝の船内新聞は一面に「本日のショーは中止」とだけ載せた。

「こんなもん素麺みたいなもんだぜ」 OVERCOOKED NOODLES — ファルコの迷言

文化・生活 ファルコ・ランバルディの比喩表現集 — 星系一のエースの星系一の語彙

ファルコ・ランバルディスターフォックスで最も空中戦が強いエースパイロットであるが、その口の悪さは時に迷言を生み出すことがある。彼の比喩表現は的外れなことが多々あり、その単語選びに独特のセンスを見出す者もいるという。潜水艦ブルーマリンを見た際は「バスタブ」と評し、後継機は「樽」と言い放った。ゾネス偵察ではスリッピー・トードに対して「お前 海でも泳げるのか?」と口にし、アルフォイドであったメテオクラッシャーの操縦者相手には「サルの言うことを信用するのか!?」と歯に衣着せぬ発言を連発している。

そして最も有名なのは、豪華客船プレアデスの頭上で繰り広げられた艦隊戦の砲火を前にして放ったこの迷言である。

「ヘッ こんな攻撃、素麺みたいなもんだぜ!」

周り中から指摘され、スリッピーにも茶化され、傍受された音声データはスターフォックス内で繰り返し擦られ続けた。その結果CDF内やキャット・モンローからも弄られるようになり、彼は二度とレーザーのことを素麺と呼ばなくなったという。本人の弁明によれば「伸びきって切れやすい」の意であったらしく、言語学者は帝国の艦砲の弾幕を「茹で過ぎの麺」と評した比喩そのものは決して間違っていないと擁護しているが、擁護は本人の機嫌を直すには至っていない。

さらに言えば食事で素麺を出すと不機嫌になるため、スリッピーは素麺を食べにくくなったと不満を漏らしているという。グレートフォックスの献立からは夏場の定番であったはずの素麺が姿を消し、艦載AIナウスは「乗員の精神衛生上の配慮」として一切の説明を拒んでいる。

「地元の潮溜まりさ帰るべ」 BACK TO MY TIDE POOL — 上京者の決まり文句

文化・生活 都市の大きさに負けた者の合言葉

アクアスの田舎からコーネリアへ上京してきた者が口から漏らすお約束の言葉である。星系首都コーネリア・ギャラクティック・シティは街と言っても延べ83,000kmという大陸規模の都市を形成しており、発着便を間違えてシティの端に着いたはいいが宿泊予定のホテルが3,000km離れた位置にあった、というような事案が常に起こっている。史上最悪の記録は20,000kmであり、これは惑星の反対側に着いたに等しい。人の数も車の数も人種の多様さも全てにおいて圧倒されてしまった者はみなこの台詞が出てしまうのである。

言葉の主がアクアスの民であるのは偶然ではない。一日に二度海面下へ沈む環礁の潮溜まりで育った者にとって、故郷の「街」は歩いて一周できる岩礁の上にある。潮が引けば見渡せる範囲が世界の全てであり、そこから一足飛びに83,000kmの都市へ降り立った衝撃は他の惑星の上京者の比ではない。アクアス訛り特有の「さ」と「べ」がそのまま残ったこの一言は、上京者の心細さを表す言い回しとして星系標準語の慣用句にまで昇格しており、今ではアクアス出身でない者も都市の大きさに負けた時にこれを口にする。カタリナから来た者が言えば「潮溜まりなどあの星にはない」と突っ込まれるのが定番の流れである。

上京者を迎える側にもこの言葉は浸透している。コーネリア国際ターミナルの案内所には「潮溜まり相談窓口」の通称で呼ばれる上京者支援の窓口が置かれており、降り立った場所と目的地の距離を確認して顔色を失った旅行者に、配車サービスの手配と温かい飲み物を提供している。窓口の職員によれば最も多い相談は道案内でも宿の手配でもなく、「本当に帰ってもいいか」の確認であるという。職員の答えは決まって「帰ってもいいが、まずはホテルまで行ってみよう」である。

なおこの言葉を最も有名にしたのはCDFの新兵募集ポスターである。都市の全景を背にした新兵が「地元の潮溜まりさ帰るべ」と呟く一枚は、その下に「帰る前に、守ってみないか」の一文を添えて州駐留軍の募集事務所に長く貼られていた。上京者の弱音を志願の動機に転じたこのポスターは、アクアス州からの志願者を一時的に倍増させた実績を持つ。ただし志願の翌日に本当に潮溜まりへ帰った者の数は公表されていない。

「お顔をナメナメしてあげるわ」 FACE-LICKING — キャットの迷言

文化・生活 古い作法と、それを口にした運び屋

ゾネス偵察作戦の実行時、通信で発言された迷言に近い感謝の言葉である。発言者は運び屋キャット・モンローであり、援護に入ったファルコ・ランバルディへの礼として放たれたこの一言は作戦の交信記録に残り、素麺の一件と並んでスターフォックス内で繰り返し擦られる音声データの一つになった。礼を言われた側が礼の内容に固まったまま数秒返答できなかったことも記録されている。

一応の出典はある。アヌビソイドバステトイド系の人種には古い作法として、親愛を示す方法に相手の額をなめるというものがある。時代が流れた現在は衛生観念の問題などから廃れており、使用するのは70を超える老人のみとなっている。若い運び屋がなぜこの作法に言及したのかは意見が分かれるところであるが、星系では比較的田舎であるゾネス出身という部分に理由を求めるのが自然という意見も多い。古い作法は都会より田舎で長く生き残り、祖父母に額をなめられて育った子はそれを親愛の言葉として覚える。本人が本気だったのか冗談だったのかは、本人が答えないので分かっていない。

この作法は人種を跨いだ瞬間に意味が変わる。犬系猫系の人種では親愛を示す作法であるが、セレノイドには服従のサインと受け取られ、ホルソイドに至っては喧嘩を売るサインとなる。ヘケトイドの中には皮膚からを分泌する種族の者も存在するため、額をなめた瞬間に毒で卒倒するという悲劇も十分に想定に入る。みだりに使うとひどい目に遭う可能性が高いことを忘れてはならない。星系の礼儀作法の教本がこの作法を「相手の人種と年齢と体質を全て確認してから行う挨拶」と定義しているのは、それが事実上「行うな」の意味だからである。

交信記録が出回って以降、この一言は「相手の出方が分からない礼」の代名詞として星系ネットに定着した。感謝しているのか脅しているのか判別がつかない言い回しに対して「ナメナメ案件」と評する用法が広まり、通商連合の商人が契約書の曖昧な条項をこう呼ぶ例まで報告されている。なお当のファルコは後日この件について問われ、「額はなめられていない」とだけ答えている。なめられなかったことを安堵したのか惜しんだのかは、こちらも本人が答えないので分かっていない。

ワープドライブ航法 WARP DRIVE — グラビトロン管制航行システム

技術

ライラット星系内の全ての宇宙航行船舶に内蔵されている、空間跳躍航行の制御システム。正式名称は「グラビトロン管制航行システム」。宇宙空間に偏在する重力子(グラビトン)の「むら」を検知して空間を蛇腹のように折り畳み、トンネル効果を利用してこれを貫通することで、広大な航行距離の実に98%を「飛ばして」進むことができる。本来なら数百年、果ては数千年を要する航海を数時間に短縮するこの技術は、ライラット星系のあらゆる宇宙工学の基礎にあたる。

このシステムの歴史は、ライラット文明の始まりそのものと分かちがたく結びついている。そもそも現在のライラット星系の住人は皆、はるか昔に別の星系から移り住んだ移民の末裔であり、星系の歴史は始祖の開拓団が文明始まりの地・惑星ベノムに降り立ったその時から始まったからに他ならない。開拓団はこの航法を駆使して恒星ライラット・プライムを発見し到達したとされるため、「星系の全ての文明はワープドライブから始まった」と言っても過言ではないのである。

しかし製作者はおろか、その原理さえも未だ不明である。星系の文明基盤でありながら誰一人として理論を解明できておらず、その難解さ・不可解さは、Gディフューザーシステムの原型を作り上げた天才科学者アンドルフ・ボウマン博士ですら解明できなかったという事実に裏打ちされている。

長い年月で風化が激しいものの、ベノムの遺跡発掘ではこのシステムへの言及を含む調査結果が得られている。そこから導き出される答えは──このシステムはライラットの文明レベルをはるかに超えており、始祖の開拓団を送り出した「超文明」が存在するというものである。同遺跡からは古代アヌビソイドオーバーロードを引き連れて歩く壁画も出土しており、この説の信憑性は年々高まっている。しかし帝国建国以来、遺跡のある地表は十数年のうちに悪性度の高いバイオウェポン増殖細胞に呑み込まれてしまい、残りの調査は無期限の停止を余儀なくされているのが現状である。

ワープドライブ航路 WARP DRIVE ROUTES — 星間航路

技術

宇宙空間を効率よく移動するためのワープドライブ航法を、安全に実行するために整備された「宇宙の線路」あるいは「高速道路」に相当する道の総称。ワープドライブ航法は便利な反面、致命的な問題も内包している──航行中、航空機のソニックブーム現象に相当する重力波『グラビティ・シャドウ』が発生するため、ひとたび事故が起きればその被害は甚大なものとなるのである。これを未然に防ぐために作られたのがこの航路である。

航路の内部では、全ての機体が衝突防止のため均等間隔に並んで航行する。個々の船による間隔調整が不要になるため、列車のように決められた場所まで確実に移動できる仕組みである。なお、ワープ空間を使用した航法とはいえ、蛇腹状に折り畳んだ空間を航行する性質上、途中の区画にある障害物や施設には普通に遭遇する。航路がわざわざ敷設された最大の理由は、この事故を誘発する障害物との接触を可能な限りゼロにすることにある。

航路網はベクター・プライム社スペース・ダイナミクス社の合同組織「B・S航路事業開発」が建設したもので、大小さまざまな航路が星系中をくまなく網羅している。中でも特に巨大な9本は『9大ワープ航路』と呼ばれ、星系全体の経済を支える最も重要な道となっている。9本はいずれも、直接またはトリンキュロー幹線区間の重畳を介して間接に、首都宙域セクターβと結ばれている。航路が寸断されたセクターや軍事セクターは通過自体が困難なことが多い。また灼熱の恒星圏セクターαを通る航路は存在せず、全てが恒星を迂回するよう敷設されている。

なお、9大航路のほかに星系には少数の「非メジャー航路」も存在する。フィチナ州が独自管理する州営ワープ航路や、キューベノムを結ぶ通商連合の私設航路がその代表であり、いずれもB・S航路事業開発の保守を受けない自己責任の航路とされる。

9大ワープ航路 THE NINE MAJOR WARP ROUTES

技術 通称「メジャーワープドライブ」

ワープドライブ航路網のうち、星系経済の背骨となる特に巨大な9本の総称であり、「メジャーワープドライブ」の通称で広く呼ばれる。コアワールド側の①〜④は互いに直結し、アウターリムへ抜ける⑥〜⑨は⑤の幹線から分岐する。幹線はインナーリム区間で複数の航路と重畳するため、9本の全てが直接または間接に首都宙域セクターβで結ばれる構造である。以下、CDF航路台帳の区分に従って記載する。

グレートウォール航路 GREATWALL ROUTE

艦隊スターブレードの駐屯宙域を経由し、カタリナグレートウォールAREA3環状ステーションに接続する、グレートウォールを半周する航路である。壁の周辺は危険なため、民間船はカタリナとAREA3を除き壁の内側を巡る。航路はAREA3から先へも続いており、セクターεのアステロイドの中を通る区間は、採掘・研究施設・隕石の牽引船を通すための業者と軍の道である。終端はコア・ワールド環状線(④)に接続する。

プロスペロー・ライン PROSPERO LINE

コーネリアプロスペローを直接結ぶルート。星系の首都と副首都を接続する道であるため民間船の往来が最も多く、交通量は9本の中でも群を抜く。プロスペローから先はコア・ワールド環状線に接続する。環状線の開通に伴いグレートウォールを跨ぐ接続口が設けられており、その通過検問はAREA3の一元管制下にある。

フォルトナ・ライン FORTUNA LINE

プロスペロー・ラインから途中で分岐し、宇宙植物工場群「グリーン・ビット」を経て惑星フォルトナに接続するルート。ただしフォルトナのあるセクターλは宇宙生物が犇めく危険地帯であり、グリーン・ビットへのアクセスを除けばほとんど使用されない。フォルトナからは直接コア・ワールド環状線へ接続するが、環状線の側はセクターλを迂回するように分岐した先で受けている。この路線も環状線の開通に伴ってグレートウォールを跨ぐ接続口を持ち、通過検問はAREA3の一元管制下にある。

コア・ワールド環状線 CORE WORLD RING

サルガッソーグレートウォールの間を大回りで一周する巨大環状線である。コアワールドの経済圏を維持するために建設され、①から③の航路はいずれもどこかでここに接続している。この環に乗れば必ずどこかの道へ乗り継げるという移動専用の超高速ワープ航路であり、通商はこの道を使ってコアワールドの星々を相互に行き来する。フォルトナ宙域が遮るように配置されているため、同宙域を迂回する内側の軌道を通る。また道幅が広く超高速で走れる上に、分岐で警察を巻きやすいため、暴走族がよく屯するエリアでもある。ファルコ・ランバルディがヘッドを務めた「フリー・アズ・ア・バード」も、この環状線でカーチェイスを繰り広げていた。

トリンキュロー幹線 TRINCULO TRUNK

トリンキュロー回廊を経由してアウターリムへ接続する幹線であり、インナーリム側の区間では5つの航路が重畳する。回廊の入り口近辺には、コア・ワールド環状線と接続して6航路が重複する「ペルディタ宇宙センター」(セクターκ)が位置し、大量の交通が混線しないよう振り分けている。ペルディタ宇宙センターは交通の要所がそのまま巨大宇宙センターへ成長したものであり、ライラット系最大の宇宙港、および惑星に置かれていない港としては単体で最大の規模を誇る。幹線は回廊を抜けた後、ハクティバ圏へ向かって伸びる「ハクティバ通商航路」に続き、最終的にエラダードキューを相互に結ぶ環状線となる。

オズリック・フォーティンブラス工業航路 OSRIC-FORTINBRAS ROUTE

トリンキュロー幹線から分岐し、マクベスと鉱山衛星群を経由してエラダードに接続する航路。ライラットの工業を支える大動脈であり、歴史上一度も封鎖されたことがない。航路名のオズリックはマクベスのオズリック技術者協議会に、フォーティンブラスはエラダードの商工会の名に由来する。略して「OF航路」と記載されることも多い。発祥は独立星系連合戦役の時代、セティボスに居を構える連合の本拠へスターブレード艦隊が到達するために敷かれた中継航路である。

ソーラシア・ライン SOLASIA LINE

トリンキュロー幹線から分岐し、ソーラ圏のアクアスゾネスに接続する航路。「ソーラシア」は「ソーラ圏」ならびに「ソーラの民」を意味する言葉であり、文字どおりソーラを周回する惑星たちとコアワールドをつなぐ重要な航路である。整備はゾネスまでしか及んでおらず、フィチナへはアクアスから州営の粗末な航路を乗り継ぐ必要がある。なおこの州営航路は、ソーラシアン共同体が自弁で敷設したものである。

ブレーメンズ・ライン BREMENS LINE

トリンキュロー幹線から分岐し、惑星ベノムを経由して、入航の道の先の「ライラット文明の開始点」に置かれた観測所まで伸びる航路。名は始祖の開拓団『ブレーメン』に因む。⑨のフロンティア・ラインが新設されるまで、星系のフロンティア領域にアクセスできる唯一の道だった。もともとはベノムの遺跡や辺境の研究へ赴くための区画であり、遺跡調査が活発だった時代にはかなりの人が往来し、沿線にモーテルが立ち並ぶほど栄えた道だったが、現在は帝国が軍事封鎖線として利用しているため事実上使われていない。なお最近になって、通商連合の私設航路が無許可の延長工事によってこの航路へ接続されており、ベノムとキューをつなぐ蜜月関係の道として利用されているようである。

フロンティア・ライン FRONTIER LINE

トリンキュロー幹線から分岐し、惑星パペトゥーンメテオベースを経由してグリッピアまで伸びる辺境へのアクセスルート。9大航路の中では最後発であり、主目的はグリッピアで採掘される鉱物や希少元素、そして氷晶帯「フロスト・リーフ」で採取される氷の輸送である。ルートの最果てには、かつてドグマまで航路を延長しようとして頓挫した際に残された空間跳躍ビーコン基地「オービタル・ゲート」が配置されているが現在は無人である。

宇宙野菜工場 アン・ブレラ AN-BRELLA — ORBITAL VEGETABLE FARMS

技術 ブリトニー・エンバイロメンタル社の野菜工場ステーション網

宇宙野菜工場「アン・ブレラ」はブリトニー・エンバイロメンタル社が開発・運用する野菜工場ステーションである。コアワールドからソーラ圏・ハクティバ圏まで、余った宙域を有効活用するかのようにあちこちへ浮かぶ、傘あるいは独楽に例えられる宇宙ステーションと言えば分かりやすい。各機には完全自立型AIが搭載されて共通の管制のもとに管理されており、日夜星系の食卓を支えるために野菜を生産し続けている。

アン・ブレラはオベロン計画の最初に建造された「オベロンⅠ」の正統後継機にあたる。オベロンの直系シリーズが宇宙ステーションやテラフォーミングといった惑星規模の事業へ進んだのに対し、こちらは素直に「野菜を育てる」の一点だけへ特化しており、それゆえにコンスタントな成果を出し続けている。国家プロジェクトであったオベロン計画の後継機を一企業が担っている点については、共和国誕生以前から星系の農業を発展させてきた同社の功績を認められた、名誉ある事業だからと説明される。

生産されるのは効率を重視した葉菜がメインであり、果菜やフルーツの類は今も惑星の農地で栽培されるものがメジャーである。ご当地フルーツへの根強いニーズは、葉菜に比べて果菜の宇宙生産が少ないことの裏返しといえる。セクターκセクターθなど幹線の重なる宙域にはドライブスルーで乗り付けられるアン・ブレラが多数配備されており、長距離運転手へ採れたての野菜を販売している。売り上げはかなり好調とされる。惑星アクアスには変わり種として海中専用の海藻生産工場「シー・ブレラ」が存在し、ここで生産される海藻は星系の全惑星へ向けて出荷されている。

グレートウォール・エリア3の環状ステーションと連携する野菜工場群も、このアン・ブレラと同系統のものである。この宇宙ステーション技術は共和国側では資源生産の一点に絞って運用されているが、帝国側で真逆の進化を遂げたことは軍部の語り草となっている。セクターψエリア6に配備された攻撃衛星「リトル・ボルス」は、元を辿ればこのアン・ブレラと同じ系譜に行き着く。さらにアン・ブレラをそのまま巨大な強襲母艦へ改造したものは、現在「サルレシア」や「シーレシア」といった拠点制圧兵器としてカタリナやアクアス、ゾネスへ配備され大規模な被害を出していると報告されている。シー・ブレラの配備と時を同じくして帝国が海上要塞シーレシアの開発を始めたのは偶然ではないとCDFも考えている。

艦船の等級 SHIP GRADES — 水棲哺乳類の六階級

技術 星系共通の艦船区分 — 慣用等級

ライラット星系の軍用艦船は、全長と質量に応じた六つの等級で呼び分けられる。等級名はコーネリアの海に生きる水棲哺乳類から採られたものであり、由来は海洋国家だった旧タッドー共和国の海軍格付けに遡るとされる。海の国の物差しがそのまま宇宙へ持ち上げられた形であり、正式な軍規格ではない慣用区分でありながら、現在は両軍の管制通信で普通に飛び交う星系共通語となっている。

── ドルフィン級: 高速巡洋艦・特殊艦船などの小型艦
── オルカ級: 重巡洋艦・強襲艦などの中型艦
── ザトウ級: 標準戦艦 — 通常の戦線で運用される艦はここから上
── マッコウ級: 大型戦艦・艦隊の中核艦
── ナガス級: 大艦隊の旗艦級 — 小型の小惑星に匹敵
── ミズガルド級: 規格外 — 後述の別枠

通常の戦線で使用されるのはザトウ級からであり、オルカ級やドルフィン級は巡洋艦や特殊艦船など小型の艦へ与えられる称号である。現在両軍が保持する最大の艦船はナガス級に該当し、その規模は小型の小惑星に匹敵する。この大きさは大艦隊の旗艦クラスの数隻しか確認されておらず、共和国側ではスターブレード艦隊旗艦〈コーディリア〉が、帝国側では第3師団主要艦〈サルバドーラ〉がこれにあたる。

ナガス級を超えた規模には「ミズガルド級」の称号が与えられる。哺乳類の物差しが尽きた先の名として、古い伝承に語られる「世界を呑む大蛇」から借りられた別枠である。ただし現存する艦船でこの等級に相当する戦艦はほぼ残されていない。戦艦としての機能を有した該当例は、エラダードに配備された超弩級戦車リトルマウスと、ベノム第1衛星ゴモラがまるごと宇宙要塞の機能を持つ、帝国首都にして戦艦を兼ねた存在アトロポリス程度しか確認されていない。前者に至っては艦ですらないが、等級を査定した管制部は「あれを艦と呼ばない理由が大きさ以外に見当たらない」と記録している。

なお共和国側のエリア3要塞はあくまで宇宙ステーションであるため戦艦には該当せず、この等級には含まれない。ただし総戦力だけを考慮すればカテゴリーとしては最も近い存在であり、管制の間では「等級表の欄外」と呼ばれている。

兵装の系統 WEAPON SYSTEMS — 四大系統

技術 星系共通の兵器分類 — レーザー/エーテル/パウダー/スピリット

ライラットの兵器は、作られた時代や開発企業、運用する勢力によって複数の系統に分類される。現時点で星系の兵器体系は大きく4種類に大別され、どの系統を主兵装に据えるかがそのまま勢力の性格を映す鏡になっている。

レーザー / 光学兵器 LASER

第1次ライラットウォーズ期からメジャーとなった、圧縮された光と熱量を弾として送り付ける兵器群である。開発当初は物理資源を消費する火薬兵器のコスト問題を解決するための試験兵器としての側面が大きく、搭載機は軍のエース機や艦隊旗艦など限られた艦船だけだった。転機はおよそ70年前、光学技術の権威ヒットリン・ボウマン博士による「ツインレーザー」の開発である。これにより技術体系が整い、以後の戦役で本格的に使用されるようになった。現在はコスト面に加え誘爆の危険がない扱いやすさから最もメジャーな系統であり、共和国軍が特に得意とする。ただし帝国軍は光学兵器をピンポイントで無効化する遮蔽装甲やバリアの開発を進めており、従来の火薬兵器の出番が再び増えつつあると分析されている。代表兵装は「ツインレーザー」「RXビームエミッター」「SPRヴォソンランス」。

エーテル / 熱量兵器 AETHER

物質の昇華反応をそのまま浴びせる兵器群であり、単刀直入に言えば規模の大きくなった火炎放射器である。厳重な管理と専用装備なしには高火力を出しにくく、高出力の維持に相応のエネルギーを食う欠点から主流にはなっていないが、ハクティバ通商連合が好んで使う系統として知られ、近年はガロウ連邦の兵装体系もこの系統に大きく依存すると分析されている。条件がそろえばレーザーと異なり広範囲へ極大の打撃を与えられるため、消耗戦のとどめや大量目標の殲滅作戦で大きな成果を出す。バイオニュークリア炉や核分裂爆弾もこの兵器群に含まれるが、いずれも取り扱いが極めて難しく国家級組織による厳重な管理が必須である。一般兵装ではバイオウェポンや生物系兵器への特効で知られるフレイムブラスターが有名であり、セクターλセクターϊを通過する艦船には必ず艦載されている。代表兵装は「パージ・キャノン」「TER-フレイムブラスター」「アイスメーカー」。

パウダー / 火薬兵器 POWDER

戦争の続く星系で昔から今までコンスタントに使われ続けている系統であり、一般人が「兵器」と聞いて真っ先に連想するのもこれである。爆薬の推進力や爆風の衝撃と熱そのものを用いる武器が属し、使用には相応のコストがかかるが成果も一定以上を必ず出す。フォーティンブラス商工会では、どの武器を買うか悩む客にはとりあえずこの系統を勧めるのが接客の定石だという。スマートボムに代表される誘導爆弾類もこの系統の発展形である。艦船への搭載には弾薬格納庫が必須でありそこが急所になること、物理資源を消費するため「火薬切れ」を起こせばただの筒になることなど欠点も多い。代表兵装は「ヴェノミアン・アークガン」「無誘導ランチャー」「バーストレイ焼夷弾」。

スピリット / 精神兵器 SPIRIT

惑星フォルトナで確認された未知の現象を端緒として、極秘に研究が続けられている系統である。原理もエネルギー源も解明されておらず通常の艦船や兵器に載る類のものではないが、実戦で使用された例はすでに幾つか存在する。共和国の試作機シャスティフォルは生体と機械を繋ぎ、搭乗者の精神力をそのまま戦闘力へ昇華するものとされる。ムーラシア征討で確認された宗教組織の切り札「ओ&मू」も念力や波動といった未知の攻撃能力を有しており、この系統に属すると推測されている。なお本系統の研究記録の大半は機密レベル《アポカリュプシス》へ移管されており、本項で扱えるのはここまでである。

パージ・キャノン / 粛清砲 THE PURGE CANNON

技術 防衛衛星ボルス 主砲 — 空間跳躍レーザー

防衛衛星ボルスが放つ極大威力の空間跳躍レーザーである。「粛清砲」の異名で共和国軍の誰もが恐れる凄まじい威力を誇り並の艦艇は一撃すら耐えられない。被弾した船は直後に圧壊し宇宙の塵と化す。

この砲の真に恐ろしい点は威力ではなく弾道である。共和国側の分析でグラビトロン系管制技術の応用と目される空間跳躍により、レーザーの弾道は艦船の真横へワープアウトしてくる。小型機ならばともかく大型艦での回避は不可能であり、対抗するには対光学兵器バリアの最大出力で正面から受け切るほかない。理論上は防ぎきれる計算も成り立つらしいが、大艦隊の待ち受けるAREA6の最深部まで最大出力のバリアを維持できるほどのエネルギーを温存することは事実上不可能であり、あくまで机上の話に留まっている。

弾道はセクターψの淡い緑の星雲とプラズマ発光を起こし、深紅のレーザー痕を残すことで知られる。ψの空に輝く赤い槍のような跡は、開戦初期の強行偵察作戦を退けた際の軌跡が「勝利の勲章」として敢えて消されずに残されたものであり、「帝国の鉾」の名で帝国軍の誇りとなっている。またこの兵器は、共和国憲章第1条の定める質量破壊兵器の恒久禁止に触れるか触れないかの際どい線で設計されており、威力はあくまで対艦用に調整されている。惑星を破壊できない以上、帝国は最後の一線を越えていない─…長らくそう受け止められてきた。もっとも、そもそも帝国が共和国の憲章に従う義理はどこにもない。それでも一線の手前で止められた威力設定はこの兵器に残る小さな、しかし奇妙な引っ掛かりである。

以下はCDF戦略評価室の内部所見である。この兵器の周辺には様々な疑問と憶測が残る。これほどの制圧力を持つ砲をボルスに備えながら、なぜ第2衛星ソドムでは正体不明の大規模工事が観測され続けているのか。明らかに軍事合理性を欠く、ピグマと皇帝の道楽と評すべき「デビル・ジョーカー」の方が高威力の小惑星破壊砲を搭載しており、なぜボルスにはそれが載らないのか。考えるほどに、矛盾だらけの運営体制が浮かび上がってくるのである。評価室はこれを「帝国の内実は様々な分離主義勢力の寄り合い所帯であり、皇帝もそれを制御しきれていないためではないか」と結論付けているがそれでも疑問は絶えない

Ys管制システム YS CONTROL SYSTEM — 旧世代航行体系

技術 開発元の詳細はYs・SIM社の企業ファイル参照

Gディフューザーシステムの普及以前に星系標準だった航行体系であり、開発元は老舗Ys・SIM社である。離着陸は艦体に積載した6基のプラズマバーニアで制御し、垂直移動を初めて実用化した。座標の感知はソナー式で、宙域に漂うブラグザライトの位置を拾って自機の位置を割り出す。ただし粒は緩やかに流れ続けるため、管制塔が毎日更新する「今日の座標地図」を受信しなければ機能しなかった。6基の推力を手で釣り合わせる操縦は極めて難しく、免許の取得難易度は星系随一とされる。ワープ航行中に近傍の強い重力へ機体が引かれる欠陥を抱えており、この体系の時代の宇宙航行は選ばれた者の職能であった。

Gディフューザーが標準となった現在も、運転免許には「Ys管制区分」が残されている。故障が少なく構造の隅々まで手が届く堅実な機構として愛好者の需要は根強く、一度操縦を身に付けた者は事故率が下がるとまでいわれる。農業用トラクターは今なおYs管制が主流であり、名だたる高級車両もあえてこのシステムを積み続けている。

惑星推進バーニア PLANETOID VERNIER — SIM-プラネトイドバーニア2型

技術 小惑星と超巨大戦艦を動かす特大バーニア — 製造元はYs・SIM社

小惑星や超巨大戦艦を動かすために造られた特大のバーニアである。商品名を「SIM-プラネトイドバーニア2型」といい、製造は老舗Ys・SIM社のものがメジャーである。受注数は年に数えるほどしかないが一基の価格が特大であるため、航宙機市場を失った同社にとって現在では売上の柱となっている。六基のプラズマバーニアの推力を釣り合わせて機体を浮かせるYs管制システムの技術をそのまま惑星規模へ拡大したものであり、「空の帝王」が玉座を降りた後も星を動かす仕事だけは手放さなかった格好である。

用途は小惑星を丸ごと宇宙船に改造する事業や移動要塞の建造など民間から軍事まで幅広い。だがこのバーニアが最も活躍するのは、コーネリアカタリナに接近する近傍天体の中に惑星へ衝突する軌道のものが発見された時である。衝突軌道にある隕石へ取り付いてその軌道を変え災厄を未然に防ぐ。この光景がニュースで繰り返し報じられてきたため、星系の大半の者はこのバーニアに良いイメージを持っている。かつて閉園後にコーネリアへ接近した遊園地小惑星メテオランドが8基を装着してフロンティアへ移設された一件は、その代表例として今も語られる(メテオベースの項を参照)。

悪用の歴史もまた長い。教団「ムー」の巨大移動要塞ムーラシアが宙域を渡り歩けたのはこのバーニアによるものであり、現在共和国側の攻勢を最大級に牽制している防衛衛星ボルスの原型「プロトボルス」も、独立星系連合がメテオランドの襲撃で奪取した8基を取り付けられてsectorτまで持ち運ばれていたことが明らかになっている。星を救う道具と星を脅かす道具が同じ製品であるという事実は光と闇の両面を持つ技術の典型として語られるが、惑星規模の建築における有用性は計り知れず、現在においてもメジャーな代物であることに変わりはない。

なお過去に星間レース競技「X-ZERO」で車体にこのバーニアを装備して出場した無謀なレーサーがいた。レース開始30秒で会場から真正面に吹き飛んでいき、救助されたのはレース終了から一週間後のことである。発見場所は星系の南端南凪宙域であった。「三輪車にロケットエンジンを積んだ」と例えられるこの事例は今でも珍事故の例としてよく取り上げられており、Ys・SIM社の取扱説明書には以後「本製品は車両には搭載できません」の一文が加えられている。

コスモコンクリート COSMO CONCRETE — 礫から作る宇宙時代の建材

技術 採掘残渣の再利用建材 — 安価で「それなり」の強度 / 大手はボーグ・マイニング社

小惑星や隕石を砕いて鉱物を抽出した後に出る礫を有効活用した建築資材の一種である。セクターςに本拠を置くボーグ・マイニング社が大手であり、安価でそれなりの強度を持つブロックが作れることから需要は高い。クロウディアス準惑星帯の隕鉄が「50年で使い尽くされる」と見られていた頃、その消費の相当部分を占めていたのがこの建材の原料としての礫である。

ただしあくまでも「それなり」の代物である。地震の多い惑星では使用できず、耐久年数も20年程度に留まる。環境が管理された上で安定しているプロスペローが一番の卸先であり、農場の基盤に使用されることが多い。揺れも風化もない環の上では20年という寿命が弱点にならず、農場の区画替えに合わせて打ち直せる手軽さがむしろ歓迎されている。

なおコンクリートの類であるため、凝固には水と空気が必須である。宇宙でこれを使用した無法者が自分の拠点と船を台無しにして警察に泣きついた事件は記憶に新しい。固まらないまま漂う礫の泥に拠点ごと船を呑まれた男は、拘束後の取り調べで「宇宙用と書いてあった」と主張したが、製品名の「コスモ」は原料が宇宙産であることを示すに過ぎない。ボーグ・マイニング社は以後、袋の表面に「真空中では固まりません」と大書している。

エネルギー革命 THE FOUR ENERGY REVOLUTIONS

技術 星系文明を動かしてきた4つの動力源

ライラットの文明では過去に4回のエネルギー革命が起きたことが明らかになっている。エネルギー源の交代はそのまま文明の節目と重なっており、星系の歴史教育では「何を燃やしていたか」で時代を区分する教え方が定番となっている。今日のブラグザ・ソーラークリスタルによる太陽光エネルギーの技術革新はこの数え方における4度目の革命にあたる。

最初の革命は石油や天然ガスといった化石資源である。文明の黎明から旧5国時代までの動力と戦争を支えた燃料であり、産地を巡る争いは星系史の定番の火種であった。主力の座を退いて久しいが資源そのものが尽きたわけではなく、帝国占領下のゾネスでは海上都市ジュリエットを基地として海底油田が再び汲み上げられている。旧世代の資源が新しい戦争の燃料へ戻るという事実はエネルギーの歴史が一方通行ではないことを示している。

二つ目の革命は万能な使い道で知られる特殊元素化合物である。希少元素から精製されるこの化合物は高密度の動力源であると同時に、あらゆる機械の基盤素材・触媒・蓄電体を兼ねており、エネルギーと素材の境界を消した革命と評される。産地の変遷はそのまま星系史でもあり、パペトゥーンのラッシュと枯渇、続くタイタニアの争奪は第1次ライラットウォーズの最初の火種となり、現在は流通する希少元素の9割をグリッピア産が占めている。

三つ目の革命はセティボスから産出されるエンバーガスである。「星系の燃料」と呼ばれたこのガスはワープ航路網と艦隊の時代を丸ごと支えたが、Gディフューザーシステムの登場により需要は激減した。それでもロケットやミサイルの推進剤としての採掘は今も続いており、ハビタブルベルトの空中都市群は現役である。

そして現在がブラグザ・ソーラークリスタルによる4度目の革命である。恒星の放射エネルギーを吸収・保持するこの結晶は「持ち運べる太陽」として辺境の越冬電源から高出力機器までを賄い、「星系の蓄電池」の通称どおり星系の電力事情の苦労を過去のものにした。発端が恒星至近軌道の観測ブイの「減らない電源」という偶然の発見だったことは、革命の常として語り草になっている。

もっとも、以上はあくまで一般に認知されているエネルギーに過ぎない。星系にはいまだ正体不明のエネルギー資源が存在すると目されている。フォルトナには「スピリット」と呼ばれる未解明のエネルギーないし技術体系が眠るとされ、マクベスでは枯渇資源の廃坑の奥から未知の鉱物資源が見つかったと噂される。そして最大の謎は星系の中心で輝き続けるライラット・プライム自身である。恒星物理学の寿命を桁違いに超過して輝き続けるこの星に未知の恒星維持機構を想定する学派にとって、第5の革命の種はすでに全員の頭上へ昇っている。

ブラグザライト BLAGZALIGHT — 星間光球

現象・その他

ライラット星系のいたるところで観測される星間物質の一種であり、星系で最もありふれた自然現象の一つ。外見は宙に漂う小さな光の粒であり手で触れても熱も害もない。この光の粒が何であるのかはいまだに解明されていない。小型の宇宙微生物が作る構造体とする説、ライラット・プライムの磁場が生んだエネルギーの塊とする説など様々な仮説が提唱されてきたが、決定的な答えを出した者はいない。まれに膨大な数が一箇所に集積して球状の巨大構造をなすことがあり、セクターθにあった大光球は、プロスペロー・ラインの開通工事によって失われた事例として知られる。

粒はごく緩やかな速度で宇宙空間を漂っている。何もない宇宙では遠方の星々を眺めても自船の速さは掴めないため、窓の外を流れていくこの光の粒が、速度を体感するための唯一の目安として古くから活用されてきた。さらに回収したブラグザライトは、ブラグザ・ソーラークリスタルのエネルギーへそのまま変換できる。すなわちGディフューザーシステムの燃料に直結するため、中型以上の艦船の多くは航行しながら粒を回収して動力の足しにする装置を備えている。

ライラットの住人が比較的容易に星間文明を築き得たのは、この光の粒が速度の指標とエネルギー源を同時に与えてくれたからであり、その恩恵は計り知れないとされる。ソーラークリスタルのエネルギーへ何の加工もなく変換できるという事実は、やはりライラット・プライムの作用が生んだ現象ではないかとする説を強く後押ししている。星系の文明を支える基盤でありながら正体だけが分からないという点で、ブラグザライトはワープドライブ航法とよく似た位置にある。

プロミネンス・チェイサー PROMINENCE CHASER — 恒星探査船

技術 建造: ソーラエンパイアカンパニー — 最後の有人恒星観測船

アクアスに本社を置くソーラエンパイアカンパニーが設計・製造した、恒星ソーラの接近観測のために作られた恒星探査船である。もともとは船殻素材の超高温耐久試験のために建造された試作機であり、予算の都合からその試作機をそのまま探査船へ改装して実戦投入するという異例の経緯を持つ。「星を追う」勇壮な船名とは裏腹に、中身は徹頭徹尾の低予算船だった。

しかしこの安上がりな船は、超高温下の観測で一定の成果を挙げ続けた。安全距離を破ってソーラへ接近した最後の有人観測船として知られるのはこの船であり、船殻の三分の一が飴のように変形しながらも乗員全員を連れて帰還している(ソーラの項を参照)。航海日誌の一節「あれはただの星じゃない。空に浮かぶ煮えたぎる海なんだよ!…近くまで行けばわかるからさ」は、今や恒星物理学の論文にすら引用されるソーラ描写の定番である。船体はこの航海を最後に退役したが、限界まで焼かれながら生還した船殻の計測データは後続の艦船設計と耐熱工学に大きな影響を残した。ライラット・プライムブラグザ・ソーラークリスタル充填基地を守る13層の耐熱遮蔽殻にも、この船の知見が引き継がれているとされる。

後年、同社は強化版プロミネンス・チェイサーによる主星ライラット・プライムの接近調査を試みている。だがソーラの30倍の放射と4倍を超える熱量放出を前にしては、ソーラの膝元で鍛えた耐熱技術ももはや焼け石に水であり、結果は散々なものに終わったと記録されている。調査団の報告書は結論をただ一行で締めている。「あちらは、追いかけてよい星じゃあなかった」。

ボウマン触媒 THE BOWMAN CATALYST

技術

若き日のアンドルフ・ボウマンがコーネリア中央大学の在学中に発明した環境浄化触媒であり、学生時代の彼が世に出した最初の大きな功績の一つである。当時のコーネリアシティやカタリナの入植地には、水質の汚染や泥まじりの水源のせいで、そのまま飲める水が乏しい地区が数多く存在しており目下の問題となっていた。この問題はアンドルフの育ったニッコータウンでも深刻であり、彼が工務店時代に修理した機械のうち最も件数が多かったものが浄水機だったという記録がその深刻さを物語っている。

仕組みの中核は、ステファノー原産の植物ストローバンブーである。これを炭に加工し、吸着補助剤と一定の比率で混ぜて固めたものをフィルターに封入する。材料さえあれば何処でも誰でも作れる手軽さが画期的であり、発明から半世紀を経た現在に至るまで、星系の至るところで使用され続けている。後年、この水質改善の実績を買われたアンドルフは、植物工場初代オベロンの除染計画を任されることになる。

なおストローバンブーは、原産地のステファノー自体が既に存在しないため、現在流通するものは全て人工栽培株である。丈夫で見栄えの良いこの植物は装飾や建材の用途でも広く栽培されており、故郷を失った植物が今日も星系中の水を清め街角を飾っている。

ウ ン チ ー コ ン グ U-N-C-H-I-K-O-N-G — 星系史上最もPCを破壊したウイルス

技術 旧サルジーナヤ連邦発の悪性コンピュータウイルス — 第1次ライラットウォーズから現在まで猛威継続中

『ウ ン チ ー コ ン グってしってる?』。

突然PCの画面が乱れてこの文言が出てきたら、星系で蔓延する悪性コンピュータウイルス「ウ ン チ ー コ ン グ」に感染してしまった証である。ウ ン チ ー コ ン グとは何もウ ン チ ー コ ン グである。星系史上最もPCを破壊したコンピュータウイルスであり、その猛威は今でも衰えることを知らない。

発端は第1次ライラットウォーズにまでさかのぼる。旧サルジーナヤ連邦はコンフー・コング、ブシドー・コング、ヒャッカン・コングと立て続けに自信作のミサイルが失敗に終わり、資金の尽きかけた連邦は苦肉の策として一人のハッカーを雇うことになった。このハッカーが製作し提案したのがジョークプログラムを改造した本ウイルスであり、ハクティバ圏の銀行にサイバー攻撃を仕掛けて金銭を巻き上げる算段だったようである。だがウイルスは想定外の事象を起こし続けることになる。案の定セキュリティホールだらけの連邦政府のシステムはこのウイルスを制御しきれずに乗っ取られ、ミサイルの制御系はおろか地下街の電力制御までがこのふざけた名前のウイルスに占拠された。まさか自身の作り出した代物のせいで国家非常事態宣言を出す羽目になるとは思ってもみなかったようで、宣言発令の際はサルジーナヤの国家元首は終始低いテンションだったと伝えられる。

ところがこのウイルスは連邦を窮地に追い込んだだけでなく、後に星系の未来を間接的に守った可能性が指摘されている。スター・ドリーム作戦では超兵器の繰り出す膨大な量の無人兵器により戦況は膠着し、火薬も尽きかけた現場は押され始めていた。5大国が結集した総力戦をもってしても超兵器にはほぼダメージを与えられておらず、最後の手段である2機による突入作戦は開始すらできない可能性があったのである。そのさなかサルジーナヤ製のミサイルや兵器を迎撃した超兵器の末端ドローンに異常が検出され始めた。連邦の制御系ごと汚染されていたミサイルを介してウイルスに感染したドローンは正しい制御を失い、感染が瞬く間に拡大したことで猛攻が一瞬止まったのである。この瞬間を統合艦隊は見逃さなかった。ジョークプログラムから始まったウイルスにより超兵器が制御を失った時間はたったの20分であったが、その猶予が勝敗を分けるきっかけになった。

このウイルスは星系に大きな置き土産を残している。今なお派生のウイルスがネットに存在し続けることで、星系中のインターネットリテラシーは爆上がりした。サルジーナヤを見て笑っていた各国の官僚たちも家に帰るとこっそりセキュリティを更新し、自軍にはサイバーセキュリティ課を新設し始めたのである。これを笑い話にしてよいものかどうかは悩ましいところであり、「星系で最も愚かな国」の最も愚かな失敗が星系で最も真面目な防衛部門を生んだことは、皮肉の教材として今も語られる。

そしてこのウイルスの最新版を作成したのはなんとスリッピー・トードである。プロテカムの特許問題で揉めた際、相手の会社の度重なる営業妨害に悩まされたグリッピー・トードの提案により、スリッピーはこのウイルスの強化版を作成して相手へ送り付けたのだった。相手の嫌がらせが止まって2か月後、相手の社長は破産手続きをしていたという。トード家の「守りの出願」が訴訟だけで成り立っているわけではないことを示す逸話であるが、当のスリッピーはこの件について「僕は監視カメラの会社だよ」としか答えていない。

810-USO800 810-USO800 — 星系で最も悪性の高いウイルス

技術 対要塞攻性コンピュータウイルス — 鎮圧済・派生系統の存続が疑われる

サイバークラッカー集団「アンニュイング・ドッグ」CDF情報戦略本部の乗っ取りのためだけに作り上げた攻性コンピュータウイルスであり、CDFの公式評価で「星系で最も悪性の高いウイルス」の認定を受けた唯一の検体である。系譜の上では旧サルジーナヤ連邦発の某悪性ウイルスの亜種にあたるが遊び半分の変異を重ねた有象無象の亜種群と異なり、こちらは4人の有識者が5年を費やして鍛え直した正統進化である。実装の中心は構成員サドガシマ・ポンジュウロウであり、「ウイルス製造マシーン」ことカラスマ・ボンジリノシンの量産技術がこれを支えた。

名称の「810」はネットミーム「野獣パイセン」の記念日に由来する隠語である。後半の「USO800」は感染した端末がどうでもいい嘘を延々と表示し続ける挙動から解析班が付けた符号であり、「本日をもって全軍の制式食は拉麺となる」「長官は転生した」等の真偽判定にすら値しない虚報を大量に流すことで、防衛側の目を本命の侵徹から逸らす撹乱機能であった。画面を埋め尽くすパイセンの笑顔と謎ダンスも同様の煙幕である。ふざけているのは見た目だけであり、その本体は防衛側の対応をなぞって手口を組み替える学習型の侵徹プログラムと摘発を逃れるため指揮系統を持たない分散構造という、当時の軍用水準を上回る代物であった。ふざけた外装に軍用級の中身という取り合わせこそ、この集団の技術力と幼稚さをそのまま写した鏡といえる。

実戦投入はただの一度、イロウルの気まぐれ事件である。星系内5か所の情報データベースの障壁を瞬く間に破り、外野のハッカーを巻き込んで3標準日にわたりCDFと総力戦を演じた顛末は当該の項に譲る。鎮圧には情報セキュリティ担当が総出で組み上げた防疫プログラムと管制AI「アトラス」の連携を要し、この過程でCDFの公式報告書に「野獣」の二文字が記載される前代未聞の記録が残った。皮肉なことに鎮圧戦で得られた解析データは現行のCDF防疫網の基礎教材となっており、星系のサイバー防衛技術を一世代引き上げた功労者は本ウイルスであると言われてもCDFは否定できない立場にある。

原本のソースコードは押収され機密庫に封印されたと発表されている。だが本当に警戒すべきは原本ではなく系統の存続である。数年後の情報漏洩でサドガシマの手口を看破した少年は本ウイルスの解析を独力でやり遂げた人物であり、その後セティボスⅢへ合流してウイルス改良の手腕を振るっているとの観測がある。親ウイルスが今なお亜種をばら撒き続けている前例を踏まえれば、810-USO800の血統だけが行儀よく絶えてくれると考える根拠はどこにもない。次に現れるとすれば、それはもう笑顔もダンスも表示しない型であろうというのが解析班の一致した見立てである。

もっとも、この血統が災いしか生まないと決めつけるのも早計である。親ウイルスの項の余話にある通り、同じ系譜の最新版を仕立てたのは星系随一の技術者スリッピー・トードであり、あちらは悪質な営業妨害への意趣返しという「守り」の一撃に留まっている。同じウイルスでも作り手が変われば毛色はまるで変わり、野に放てば星系の脅威となる代物を番犬として飼いならしてみせる強者もいる。要は刃物と同じで、握る手の問題なのである。

オデ君 / 失敗兵器特殊個体 ODE-KUN — 仲間を庇って消えた顔面隕石

技術 星系ネットの怪談から美談へ — 真偽不明・ジュラ・ムーンの補足

真偽は不明でありオカルトや偶然の一致と考える者も多いが、星系ネットでは有名な話である。かつてグレートウォールを自動で警備するために作られた兵器ジュラ・ムーンには敵味方の区別ができないという致命的な欠陥があり、撤去が決まった後も回収時に数が足りず、半ば放置に近い状態でセクターεに残されていた。この残されたジュラ・ムーンの中に会話ができる個体が混ざっていたというのがこの話の骨子である。

安く性能を抑えた自立稼働AIしか積んでいないジュラ・ムーンに人間との会話などできるはずがない。それでも隕石に喋りかけられたという怪談じみた報告が数多く上がっていたことは事実であった。初期の報告例は「オデハクウ モット クウ」のような片言かつ意味の分からないものであり、宇宙空間で突然こんな台詞を投げかけられれば怪談になっても不思議はない代物である。ところがしばらくすると会話の内容に進歩が見られるようになり、「オデ ココヲマモル ソレ シゴト」のように本来軍が想定していた任務へ言及する口調に変わっていったことが明らかになっている。

噂が広まってしばらく後に起きたロードス包囲戦で、この話を裏付けるかのような事象が発生した。強襲部隊として現れた帝国軍親衛隊ブレードバリアが自爆特攻を敢行した際、至近距離の爆発を前に交戦していたレトリーバー隊の隊長と僚機は回避が困難であり自身の最期を覚悟した。そこへ割って入るように起動したジュラ・ムーンが乱入し、爆風を遮る形で消滅することで隊長をはじめ周辺の隊員たちを守ったのである。その際の最後の傍受記録も明らかになっている。

「サセナイ! オデノ ナカマヲイジメル オマエナンカ ム チャ ク チャ ニ シ テ ヤ ル!」

この傍受記録は機密事項だったはずであるがロードスの街に住む一般住民も受信していたらしく、仲間を身を挺して庇い守って消えた失敗兵器の存在は瞬く間に星系ネット中へ広まった。ジュラ・ムーンが自身を指す一人称が「オデ」だったことから付けられた愛称が「オデ君」である。当初は怪談に過ぎなかった話が、最終的にはいい感じの話にまとまったのである。ロードスの復旧を待つ街角には住民の手による小さな顔面隕石の像が置かれており、通りがかりの隊員が敬礼していく姿が目撃されている。

これについてCDFの調査班は口を揃えて「偶然の産物」としているが、完全な偶然で片付けるにはいささか疑問が残る。ライラット星系で活動するAIの中には自立稼働の末に人間に近い自我が芽生える事例が確認されており、それは勢力の垣根を越えて観測されている(ライラットのAI革命の項を参照)。タイタニアで活動する資源採掘ロボットプロフェッサー・ハンガー、AREA3の管制AI「アトラス」、そしてベノム帝国の防衛網を管理するボルスのAI「タイタン」、これらの挙動にも似た事象が確認されていることが明らかになっている。

オデ君と呼ばれた個体はブレードバリア1号機とともに消滅が確認されている。だが行方不明のジュラ・ムーンはなお百体近くが壁のどこかに残されており、今でも星系ネットにはたまにオデ君の声を聴いたという報告が挙げられている。

イクラ / 超高純度エネルギー卵 IKURA — HIGH-PURITY ENERGY ROE

技術 鮭の腹に詰まった発電所

コーネリアのサーモン休暇は星系の様々な場所で有名な話であるが、この鮭と切っても切れないものが「イクラ」である。鮭を撃退した際に入手できる拳大の魚卵であり、内部には凄まじい量のエネルギーが内包されている。含まれるエネルギーの総量は一つで小型発電所ひと月分の電力に匹敵し、取り扱いを間違えれば凄まじい大爆発を起こすことも知られている。正式な呼称は「超高純度エネルギー卵」であるが、この名を使う者は納品書を書く者だけである。コーネリアタイガーリーブス州には回収したイクラを買い取る州営の納品所が置かれ、サーモン休暇でシャケ狂いたちが鮭をシバくのは戦いの快感だけでなく、このイクラによる副収入を目的にしている者も多いと思われる。

イクラの利用法は発電に尽きる。専用の変換炉に一つ投入すれば小さな町がひと月灯り、タイガーリーブス州の電力の三割は遡上期に納品されたイクラで賄われている。難点は安定性である。殻に傷が入った卵は数時間で臨界に達して爆発し、鮭の極大遡上の年には回収されたイクラの一部が納品所ごと吹き飛んだ記録が残る。持ち帰る途中で懐のイクラが暴発して病院送りになるシャケ狂いは毎年後を絶たず、州の広報は「イクラは生卵と同じ。割れたら終わり」の標語で注意を促している。

コーネリア産の鮭は通常の魚と起源が異なるという説がたびたび学会に躍り出る。というのもこの鮭は始祖の開拓団が宇宙船のエネルギー源とするために搭載していた生物であるという説があり、我々と同じ共通の文明から放たれた存在だというのである。腹に発電所を抱えた魚が自然に進化するとは考えにくく、この卵は誰かが設計したものではないかという疑いは、イクラの成分分析が進むほど深まっている。なおこの説は機密記録X-03(セプテントリオン計画)の八隻の箱舟の積荷記録と符合する。箱舟に積まれた「ケダモノ」のうち航海中の動力源として管理されていた一群が鮭の祖であるとみられ、イクラは箱舟の炉に投じられていた燃料そのものである可能性が高い。

鮭は武器も使いこなし、集団行動の際に言語に似た鳴き声でコミュニケーションをとることが知られる。遡上の際の行進では彼ら独自の音楽を大音響で鳴らしながら迫ってくるため耳に残る。これらの要素からこの鮭も「人」の分類に含めるべきかの議論は常に発生しており、人種データベースは便宜上サーモノイドの項を設けて対応している。人に含めるならばイクラの回収は何に当たるのかという問題については、議論の場に必ずタイガーリーブス州出身者が同席して「まず生き残ってから考えろ」と締めるのが通例である。

なお納品所の買取価格は遡上の規模で変動し、極大遡上の年には暴落する。腹に発電所を抱えた魚が多すぎて電力が余るためである。この年だけタイガーリーブス州の電気料金が無料になることは州民の密かな楽しみであり、「鮭が来る年は電気代がタダ」という言い回しは、鮭の恐ろしさを知らない他州の者には羨ましく、知っている者には何一つ羨ましくない。

ニヴィディウム NIVIDIUM — 夢の希少元素

技術 希少元素 — 現在の主産地はグリッピア

ニヴィディウムは、かつてパペトゥーンタイタニアから見つかり、現在はグリッピアから発掘される希少元素の一種である。史書に「ライラットのあらゆる機械の基盤を成す元素」と記されるのはこの元素のことであり、星系の工業文明はこの銀灰色の鉱石の上に建っていると言って過言ではない。

実用資源としてはまさに万能である。硫黄やリンとの化合物は燃料や火薬となり、鉱床から精錬した金属体は装甲用合金の中核材となる。そして混入された金属へ「特定の波長の電磁波で導通と絶縁を切り替えられる」性質を与えることが、基板製作に革命をもたらした。今日の演算基板と管制系のほぼ全てがこの性質の上に載っており、星系全体が依存するCGM社製特殊合金の性能の核も、グリッピア産ニヴィディウムにあると分析されている。また鉄との化合物は青やエメラルドに輝く金属となり、宝石や美術工芸品として流通する一面も持つ。

総じて需要は極めて高く、この元素の奪い合いが戦争の引き金になった例は一度や二度ではない。パペトゥーンの鉱床を巡る熱狂と枯渇、第二の産地タイタニアを巡る開発主導権争いは、そのまま第1次ライラットウォーズの最初の火種となった。240年の戦乱の出発点はこの元素だったのである。現在の供給はグリッピアの鉱床を私有するCGM社がほぼ独占しており、共和国議会が一企業の惑星私有を黙認し続ける最大の理由もこの供給網にあるとされる。

エンバーガス EMBER GAS — 旧世代燃料資源

技術

巨大ガス惑星セティボスの大気中で、水素と惑星固有の化合物が独特の比重で混ざり合って生成されるガス資源。極低温で液化させることで効率よく燃焼するロケット燃料として重宝され、Gディフューザーシステムが開発される以前は星系の主要燃料の座にあった。採掘はセティボス赤道面の呼吸可能な大気層「ハビタブルベルト」に建設された空中都市群(代表都市: メガロドーム)で行われる。

Gディフューザーの登場により需要は大幅に激減したが、ロケットやミサイルの推進剤としての採掘は今も続いており都市も現役である。現在の最大の卸先は産業惑星マクベスと、帝国軍の対戦艦ミサイル『マン・ドリル』の燃料需要であり、後者はキュー=ベノム間の私設航路を通じてハクティバ通商連合から送られているとみられている。いくつかの空中都市は、ピンクと橙色の美しい雲海を活かした観光都市としても賑わっている。

クリスタル・スタッフ CRYSTAL STAFF — 正体不明の杖状兵器(仮称)

技術 発見地: フォルトナ — 現在はトリッキー王子が保管

フォックス・マクラウドフォルトナで発見した、正体不明の杖状の兵器と目されるものである。外見は杖だが先端に青白い鉱石がはめ込まれており、本来の用途は分かっていない。「クリスタル・スタッフ」の呼称も呼び方の決めようがない状態の中、フォックスが実際の戦役で杖として使用した経験があるとのことで仮称として付けられたものである。

フォックスの証言によれば、この杖からは青い閃光や光の玉を発射することができ、その光には機材を故障させたり生物の注意をそらしたりする効果があるとされる。古代兵器の類と思われるが、彼はこの杖から直接テレパシーのような通信を脳内に受信したとも述べており、「スピリット」と呼ばれる神秘の技術系統の可能性が示唆されている。

現在この杖はフォルトナのアソーカ族の王子トリッキーに預けられており共和国の手元にはない。ただしヒューロニアン氷原でのフォックス救出の際に同行したスリッピー・トードによる詳細な解析情報が残されており、本項もそれを基に記載されている(経緯はフォルトナ調査記録を参照)。

ライラット星系の山々 MOUNTAINS OF LYLAT

領域・場所

E1型・E2型の地球型惑星が多く存在するライラット星系では、惑星ごとに様々な山が存在し、その姿は惑星ごとの文化や宗教観にまで影響を及ぼしてきた。本項では、星系の代表的な山々を紹介する。

コーネリアシティの奇岩群 CORNERIA

コーネリアシティの代名詞となっているアーチ状の巨岩たちは、過去の地殻活動で隆起した山々が海に削られて作られた自然の彫刻である。その成り立ちについては惑星記録の形成史の項に詳しい。

ドナルベイン火山 MACBETH

星系最大かつ最も危険度の高い活火山は、マクベスのドナルベイン火山である。標高4,000m級の山体が周囲の山脈も含めて丸ごと火山活動を続けており、鉱夫たちが「炉端の誓い」の後に祈りの誠実さを伝えるために向く方角はこの山と決まっている。

タンガタ・マヌ山脈 KEW

星系最大級の山そのものは、キューのタンガタ・マヌ山脈の主峰である。ただしその山体はすでに大都市の構造物に埋もれ、山頂の一部を残すのみとなっており、露出したその頂だけが、都市に呑まれた惑星本来の地表を今に伝えている。

モルタリス山 TITANIA

変化球といえばタイタニアの「砂の火山」ことモルタリス山である。数千年をかけて循環するタイタニアの砂はこの山から生まれ、地表を流れ、地下を巡り、最終的にまたこの山へと戻ってくる。

アースラ山脈 AQUAS

海しかないアクアスにも山は存在する。海底深くに沈んだアースラ山脈は多数の熱水噴出孔を持つ深海の火山群であり、ネイティブ・アクアンの信仰の地として巡礼の歌の道に数えられている。同時に、噴出孔の黒い煙が隠密行動を容易にするためか、帝国軍がバイオウェポンの設置地に選ぶ候補として警戒が続く海域でもある。

サルブルス山脈 FICHINA

氷に埋もれた世界にも山はある。フィチナのサルブルス山脈は星系で最も過酷な土地の一つであり、クライメート・コントロールの制御をもってしても、常時氷点下40度の吹雪が吹き荒れる極寒の世界が広がる。この山脈の先にある集落へ生活物資を届けるホワイトファング急便の姿を追ったドキュメンタリーこそ、星系の大人気番組『ドッグスレッド 氷原を駆ける犬たち』である。

スノーマウンテン FORTUNA

フォルトナの中緯度帯に横たわる大山脈の峰と、その一帯を含む高地の総称である。一帯は大渓谷に阻まれており、陸路でたどり着くのは至難の業とされる。周囲から隔絶されたこの地域には特殊な動植物が生息しており、また寒さにより定住する恐竜族が存在しないため、フォルトナで唯一の哺乳類系種族「スノーホーン族」の領地となっている。なお中腹の開けた雪原「ヒューロニアン氷原」にはコーネリア防衛軍の前哨基地が置かれている(経緯は惑星記録の軍事の項に詳しい)。

ライラット星系の都市開発 URBAN DEVELOPMENT OF LYLAT

領域・場所 星系の代表的な都市の紹介

標準的な安定地形を持つコーネリアをはじめ、ライラット星系には様々な環境の惑星が存在し、都市開発の過程も様式も惑星ごとに大きく異なっている。深海の底、氷床の下、沼地の上、そして惑星そのものを包む都市。環境が過酷であるほど、そこに築かれた都市はその星の文明の到達点を映す鏡となる。本項では、星系内でも特徴のある都市をいくつか例として紹介する。

星系首都 コーネリア・ギャラクティック・シティ CORNERIA GALACTIC CITY

惑星コーネリアコーディリア州に位置する、星系首都を兼ねた巨大都市である。正式名称が長いため、略称の「コーネリアシティ」の方がなじみ深い。円形のアーチ状にえぐれた奇岩群の立ち並ぶ海岸線を中心に、旧コーディリア王国の都「シオナイト」を中核として発展した市街は延べ83,000kmに達し、星系で2番目の規模を持つ超巨大都市となっている(首位の座についてはアルピニアの項を参照)。一つの都市でありながらあまりに広大なため、都市圏内の移動には専用の飛行車両や配車サービスが欠かせない。観光客が最初に戸惑うのは決まって距離感覚であり、「同じ都市だからと高を括っていたら、予約したホテルが3,000km先にあった」という失敗談は今日も後を絶たない。

自然と調和した都市設計はアクアスから移住したヘケトイドの技術であり、天を突く摩天楼群はキューキューソイド、都市の血管というべき地下鉄と道路網はマクベスゼートイド、そして無駄のない機能的な都市計画はアルフォイドの設計思想によるものである。星系に住む全ての民の知識と技術の粋がこの街には集結している。

星系副首都 テンペスト TEMPEST

惑星プロスペローテンペスト州に位置する、政府機能の一部を分担する星系副首都である。こちらも首都と同じく、単に「テンペスト」と略されることが多い。別名は「眠らない都市」。多くの大都市でさえ夜間は人が家路につき静まり返るのに対し、この街では昼行性と夜行性の種族が交互に経済活動を引き継ぐため、都市の鼓動が止まる瞬間が存在しない。首都と副首都を結ぶ幹線プロスペロー・ラインには物流と人の往来が絶えず、星系で最もにぎやかな場所の一つに数えられている。

市街地は、惑星管理システム『オベロンⅢ』の制御により沼地を干拓し、杭を打って造成された人工の陸地である。干拓で集められた水は全て高度にろ過された真水となるため、街の至る所で噴水などの公共施設に惜しみなく使われるほか、都市の冷却機構や農業用水にも回されている。水と食糧を自前で賄う完全な独立循環型都市であり、仮に全ての航路を封鎖されてもこの都市だけは無傷だろうと評されるほどの堅牢性で知られてきた。しかし現在は帝国軍の奇襲によって占領され、住民を人質とする占領政策の下、経済活動を除く多くの営みが自粛を強いられている。事実上の帝国領と化した副首都の詳細は、プロスペローの惑星記録に譲る。

第3植民都市 ノラ・キンシャサ NORA KINSHASA

惑星カタリナカタリナ州に位置する、近年大きな発展を遂げたサバンナの都市である。名の「ノラ」は開拓初期の野営地を指した符牒に由来する、カタリナの入植地共通の冠称である。もとは第1植民都市にして首都のノラ・アネモスと、第4植民都市ノラ・アビジャンを結ぶ中継地、いわば通り道の町に過ぎなかった。転機は第2次ライラットウォーズである。カタリナ上空へ侵攻した帝国軍の超大型母艦が、第7飛行隊「バーナード」を率いるビル・グレイら駐留軍と急行したスターフォックスの連携によって撃墜されると、近郊の草原へ落ちた残骸がそのまま「鉄の丘」として名所と化し、劇的な観光収入をこの町へ与えることになった。加えて回収された母艦の航行データの解析から、帝国の狙う基地や都市への先回りに最適の立地であることが判明し、駐留部隊の増強という戦略面の後押しも発展に拍車をかけている。

この都市の名を星系に知らしめているのは、やはり雨季の始まりとともに開かれる大規模な市場「キンシャサ・マーケット」であろう。現地でしか味わえない色とりどりの果物や肉類、田舎町の手仕事による装飾品と偽ブランド品の数々、薬用として瓶詰めされた巨大キノコやシダの胞子、バステトイドたちが換毛期に生え替わる毛で作るモフモフのアクセサリー。所せましと並ぶ雑多な商品の熱気は「行ってみたい観光地」の上位常連となっている。名物は「カタリナ流」の香辛料をたっぷり効かせた漬け焼き料理であり、辛さとハーブの香り、そして手づかみで頬張るワイルドな流儀が人気の秘訣とされる。

工業都市 ハムレット HAMLET

惑星マクベスを統治する「マクベス オズリック国」の首都であり、星系で最も時間と技術にうるさい都市である。マクベスでも数少ない温泉の湧き出る地「ダンカン盆地」に築かれた温泉の街でもある。水そのものが貴重品であるこの星で最も栄えた理由は、その得がたい立地に加え、何よりも全ての鉱山へ陸路で到達できる交通の結節点であることが大きい。この都市から延びる鉄道は寸分違わぬダイヤを職人の手で管理され、鉱石や鋳造途中の武器を載せた列車が絶え間なく出入りする様子から、都市そのものが巨大な精錬所のようだと形容されてきた。街の中央にはオズリック技術者協議会の議事堂が構え、占領前はこの星の全ての技術の管理の下、職人たちの手による政治が行われていた。

鉄道は運搬のほかにも活用されている。栽培された菌類「サルファシュルーム」のでんぷん質を発酵させて焼く移動窯が車両に組み込まれており、走る列車の中で焼き上がる独特の風味のパン「サルファパン」はこの街の名物である。構造建築の水準は星系で最も高度かつ堅実とされ、どれほどの大地震や空爆にも倒壊しないと言われてきた。実際に帝国がマクベスへ侵攻した際も、全力の空爆を受けた都市部の被害は窓ガラス以外にほとんど記録されていない。現在は帝国の占領下にあるが、鉱夫たちの「炉端の誓い」は今も絶えることなく続けられており、住民たちは復帰の機会を静かにうかがっているという。

海中都市 ロミオ ROMEO

惑星アクアスに位置するアクアス州の州都にして、星系で唯一の海中大都市である。コーネリアゾネスなど海を持つ惑星に海上都市は幾つも存在するが、都市圏が丸ごと海面の下に沈む都市はこのロミオをおいて他にない。発祥は共和国併合以前のタッドー共和国にまでさかのぼる。海底に王国を築いていたネイティブ・アクアンの都と、その真上に築かれたヘケトイド移民の街が一つに併合されて生まれた都市であり、両者を貫いて海底から宇宙センターまで達する巨大エレベーターは、そのままこの都市の発展の歴史でもある。

表層はサンゴと共生する生体建築の研究・経済都市であり、アクアス発祥の大企業と研究施設が集まる「知識の都」として知られる。中層は管理区画であり、海中の他都市まで延びる移動用パイプラインが張り巡らされ、海の様子を常時見守っている。最下層はネイティブ・アクアンの民が築いた旧タッドーの海底首都に直接接続しており、立ち入りには許可と特殊なスーツが必須となる。なお惑星アクアスの地上人口の多くは軌道上の4つの居住衛星で暮らしており、本星の海に住まう者は企業関係者と軍関係者、そして星の運営を担う官僚などに限られている。シレーヌ海に眠るこの都は、ゾネスの対の都ジュリエットと合わせて旧タッドー建築の粋と讃えられている。

氷雪地下都市 サルクトエテルブルグ SALKT ETERBURG

惑星フィチナフィチナ州第二の都市であり、氷点下40度のブリザードに耐えるよう設計された計画地下都市である。前身は気候制御圏の縁に位置する古い工業都市、住民の言う「炉の街」である。旧サルジーナヤ連邦は小さな地下都市や国家の集合体として成り立っており、それぞれが独立した政治体制を持っていたため、統一された管理体制による大規模開発が入ったのは、共和国への併合とアルフォイド難民の受け入れを経てからのことになる。州都モスクマの選定後、全ての地下都市をつないだ経済圏を作る足掛かりとして最初に選ばれたのがこの街であり、極寒のフィチナできちんと機能する経済圏を支えるための計画実験都市はここに最初の成功例を得た。

この都市の見どころは、何といっても発達した暖房器具の数々と、そこで生み出した温水を隅々まで巡らせる都市構造である。地下街は氷床の下を碁盤の目のように規則正しく縫って接続され、地上がいかに過酷な天候でも生活は揺るがない。上層は天然の冷蔵庫と倉庫、中層は経済圏となる商業区、下層は居住区画と役割が分かれ、最下層の氷下海と接続する区画には、星系でも珍しい「空のない港」が開かれている。この港にサルベージャーたちが揚げる深海性の魚介類はグロテスクな外見に反して滋味豊かであり、街の名物として広く知られている。共和国軍の天才指揮官アンバー・シルフェイド少佐がこの街のボイラー修理業の家庭から出たことは、住民のささやかな誇りである。

生産都市 HVC-001 HVC-001

惑星エラダードフォーティンブラス商工会が運営する、惑星規模の製品生産ラインが丸ごと首都機能を持った「生産都市」である。この称号は他に類似する構造の都市が一つも存在しないため、この都市のためだけに作られたものとなっている。ここで組み上げられた製品は日用雑貨から食品、果ては戦争で使われる兵器まで、ありとあらゆる品目を網羅して星系中へ販売されていく。HVC-001という無機質な名は、本来この巨大生産ラインを司る制御AIの名である。情報伝達の効率を優先した結果AIの名がそのまま街の名となった、何事も短く縮めるこの星らしい命名である。現在のHVC-001はHVC-002から008までを統括するメインコンピュータを兼ねており、002は電化製品、003は娯楽品やゲーム機、004は変換機や精密部品、005は第1衛星の軌道工廠で共和国向けの兵器、006は第2衛星の軌道工廠で帝国向けの兵器、007は食品や医薬品、008は生活雑貨と、号機ごとの専門工場が惑星と衛星を覆っている。

噂に聞けば息の詰まる印象ばかりが先行する都市であるが、実際に赴いた者の意見が180度変わることでも有名である。スモッグの垂れ込める外観とは裏腹に、ポップで未来的な工場都市の内側は巨大なテーマパークの様相を呈しており、観光はそのまま、作りたての製品を試し試食もできる工場見学となる。そのどれもがコアワールドでは経験できないものであり、観光都市としての評価は意外なほど高い。ただし食事が最悪であることは相変わらずのため、旅行者の大半はHVC-007の食品をそのまま購入するか、持ち込みで済ませるようである。なおHVCシリーズには据え付け型ではない9号機HVC-009が存在するが、製作途中のまま工場を出て行ったため現在この都市にはいない。

海上城塞都市 ジュリエット JULIET

惑星ゾネスに位置するアクアス州の海の上の城塞都市であり、旧タッドー共和国の副首都でもあった星系有数の古都である。原型はゾネスの岩礁の上に築かれた城と灯台。州都ロミオとの「対の都」としての起工は同じ年と記録されているが、城下の集落そのものの歴史はそれより遥かに古い。単一の月がもたらす穏やかな潮汐はアクアスほどの潮位差を生まないため、外壁を高台に配置するだけで都市機能を維持でき、海の上でありながら早くから都市として成立し得たのである。エメラルドの海にシアンとマゼンタのネオンが映える街並みは星系随一の美しさと謳われ、ダウンタウンには温かい海風が流れ込み、夜には発光性のプランクトンが海を淡く光らせる。おおらかな住人たちと情熱的な音楽に彩られたこの都市への観光旅行は、星系に住む多くの民のステータスとして長年君臨してきた。

都市の建設にはヘケトイドの建築技術が大いに生かされており、過去には軍事基地の司令塔としても機能していた。隣国サルジーナヤ連邦がまだ敵対していた時代にはミサイル迎撃基地の管制塔が置かれ、アクアスとゾネスは互いをミサイルの脅威から守り合っていたとされる。この防御機構は平和が訪れた後も戦跡として丸ごと保存され、両州の融和と過去の反省を今に伝える場所として人気の観光地になっていた。

ただし、現在のこの街は大きく様子を変えている。帝国の支配下に入って以降、無法者たちの乱開発によって惑星の環境は見るも無残な状態にあり、わずか1年余りで惑星丸ごとこの惨状へ至った背景には、石油や希少元素の採取だけでなく、帝国の放った生体兵器の影響を指摘する声もある。ゾネスは星系でも有数の危険地帯となり、ジュリエットもその守りを生かした帝国軍の「ゾネス海上基地」として運用され、当時の面影は残されていない。帝国将校や無法者の中にさえ、やりすぎたことを自覚する者が少数ながら含まれているという事実が、現在のこの都市と惑星の状況を何より如実に物語っている。

通商連合首都 アルピニア ALPINIA

ハクティバ圏の大勢力ハクティバ通商連合の首都であるエキュメノポリスである。星系首都コーネリアシティが「星系で2番目の大きさ」と紹介される理由はこの都市が規格外であるためであり、アルピニアの名は惑星キューの地表全てを指す言葉となっている。早い話が惑星が丸ごと一つの巨大都市に包まれた状態であり、この星の住所は全ての場所が首都の名を冠する。この巨大経済の中心地が星系外縁に位置している背景は、かつてこの星を首都としたパラニド神聖帝国の歴史と切り離せない。栄華を誇った神聖帝国の遺構の上に立ち並ぶ白亜の摩天楼群、階層を貫く強化ガラスのフロアに双子の太陽が落とす二重の陽光と影、そして空を覆う環境制御用の巨大遮光網の輝き。どこへ行っても大都市が続くその威容は、星系最大級の勢いを保ち続けている。

都市の階層は増築に増築を重ねて今や1万層に迫り、住民が「地上」と呼ぶ生活面はすでに9929階にある。どの階層に降りても繁華街が広がる様子は、しばしばミルフィーユに例えられる。「金で買えるものが全て集まった都市」の看板に偽りはなく、コアワールドの富豪や資本家がわざわざ遊びに訪れるほど、金さえあれば贅の限りを尽くせる街である。一方で観光客向けのリーズナブルな階層も数多く、旅行者の定番は7560層のリゾート街とされる。人工とは思えない空の再現と南国の情景が人気の秘訣であり、ゾネスの海に赴けなくなった今は、ことさら多くの観光客を集めているようである。

空中都市 メガロドーム MEGALODOME

惑星ではなく、星系唯一の巨大ガス惑星セティボスの大気に浮かぶ都市である。強大な重力と自転の遠心力、取り巻くガスの浮力が釣り合うハビタブルベルトを周回しており、体感重力はコーネリアを1として1.1程度になるよう調整されている(重力差の項を参照)。星系で唯一のエンバーガス採掘地であり、液化ガスを充填したタンクが専用の輸送船で各地へ運ばれていく。もとは「ボルツ公国」と呼ばれた国の首都だったが、同国の財政破綻により、現在はハクティバ通商連合の管理下にある。

メガロドームの名は、大小36を超える空中都市の集合体の総称である。最も巨大で都市機能を集約した1号都市が、そのままメガロドームの登録座標となっている。観光の名所は何といっても、鴇色と黄金色のガスが渦巻く雲海の景観であり、他のどの惑星でも見ることのできない壮大な眺めである。近年は町おこしとして、セティボスの無害な軽ガス成分とザラメで作る「巨大ガス綿あめ」が売り出されており、食べると声が高くなる余興が星系ネット映えすると、若者たちのトレンドになっている。

コーネリアの赤い月 DALIS — THE RED MOON OF CORNERIA

領域・場所 第4惑星唯一の天然衛星「ダリス」

ライラット星系第4惑星コーネリアには、本体と共に誕生したとされる天然の衛星が一つ存在する。名を「ダリス」。多くの衛星と異なり大衝突の破片ではなく、原始惑星円盤の中でコーネリア本体と共に集積した「連れ星」型と考えられており(惑星記録の形成史を参照)、この月はコーネリアの文化や住民の生態、精神に大きな影響を及ぼしてきた。コーネリアの文明と歴史を語る上で、外すことのできない存在である。

コーネリアと兄弟星であるにもかかわらず、その地表は深紅の色を呈しており、「星系で最も赤い星」が話題に上る際は第2惑星タイタニアと並んで毎回引き合いに出される色をしている。原因は諸説あるが、コーネリアのマントルにも含まれる赤色鉱石「コーネリアズライト」が形成期の集積で衛星側にも豊富に取り込まれ、大気と海を持たない地表で風化を免れたまま露出し続けているためと解析されている。コーネリアとの距離は非常に近く、ライラット・プライムの光を受けたダリスが地平線に大きく輝く光景は、美しさと不気味さの共存する不思議なものとなっている。

この赤い月は満月になると一層赤く輝くことが知られており、その輝きが地表を照らす夜はアヌビソイド系人種や、一部のキューソイド系人種の本能を暴走させる要因と言われていた時期があった。今日では迷信とされているものの、ダリスが赤く輝く周期に合わせて開花する花、サンゴ礁の産卵、そして鮭の遡上と、様々な生物の活動周期に間違いなく影響を与えていることは明白であり、住民の気性との関連を完全に無関係と断じるには証拠が少なすぎるとする研究者も残っている。

文化の面でもダリスの存在は大きい。約900年前のトロイラス王朝が健在だった頃からこの月は文化の中心にあり、太陽の運行に基づく「ライラット歴」とは別に、月の運行に基づく「ダリス歴」が併用されていたと記録されている。ダリス歴は今日では使用されていないが、占いの世界ではいまだ現役である。

ダリスは防衛の面でも重要な存在となっている。惑星に近い大型の天然衛星は最良の防衛拠点であり、その地表には早期警戒網の中枢を担うコーネリア防衛軍の前哨基地が置かれ、軌道上のレーザー照射プラットフォーム群と連携している。首都コーネリアシティが大規模艦隊の砲撃で壊滅せず、星間弾道ミサイルの餌食にもならないのは、このダリスを起点とする本土最後の防衛層があるためである。帝国軍がグランガアタック・キャリアー程度の侵攻部隊しか差し向けられない理由こそがこの深紅の月であり、コーネリアに降るはずの血の雨を一身に受け続けているのはこの月なのである。

港町ロウアードッグ LOWERDOG — THE OLD PORT TOWN

領域・場所 コーネリア コーネリアシティ郊外 — 大都市の入り口

ロウアードッグはコーネリアシティの中心街から離れた郊外に位置する港町である。コーネリアの宇宙港が発展するより前からこの地の物流を担ってきた古い港であり、隣接する造船区画とコンテナの積み下ろし区画は今も稼働を続けている。摩天楼の都市圏とは別の時間が流れる、大都市の入り口の一つである。もとはホルソイド系住民が集まってできたスラム街であり、治安は今日でも恐ろしく悪い。その一方で義理と人情が生き続ける昔ながらの街並みの様相を今に残している。

影の面もある。共和国黎明期から発展した町の中でも特に人種差別の空気が根強い土地であり、現在はかなり改善されたとはいえ、よそ者には長居しづらい空気感が残る。小型種への風当たりは殊更に強かったと記録されており、この町の空気が星系の裏社会の勢力図を塗り替える遠因になったとする皮肉な分析もある。

この町で最も有名な店が「暴力の巣窟」と呼ばれる酒場「カース・マルツゥ社交クラブ」である。ホルソイドを中心にした荒くれたちが夜ごと殴り合いの喧嘩を繰り広げる恐ろしい場所だが、ここでの喧嘩の頂点に立った者が後に大成して有名人になることが多いのは、コーネリアの好事家のよく知るところである。一番有名なのは80年以上も前、体格の差をものともせず刃一本で頂点に上り詰めたキューソイドの少年である。少し前には、女性でありながら数多の酔っ払いをなぎ倒した女傑がクロスバウトのチャンピオンへと駆け上がった。そして最近の語り草は、その女傑の息子にして社交クラブの店内記録「壁に穴を開けた回数」を大幅に更新した「最強の不良」…ファルコ・ランバルディである。

この町はファルコ・ランバルディの故郷であり、彼はここでは非常に有名な「悪ガキ」だった。ロウアードッグの不良たちは今も暴走族としてコア・ワールド環状線を走り回る悪行を続けているが、その彼らにとってもファルコは偉大な大先輩である。ファルコが帰郷すると街は丸ごと「先輩お出迎え」ムードに包まれ、商店街が勝手に感謝セールを始めるほど盛り上がる。もっとも本人はこの町をあまり好いていないらしく滅多に帰らない。父が借金を作って一家が離散して以来この街からも離れており、本人にとっては疎遠な場所となっているようである。ファルコの口の悪さの裏に見え隠れするスターフォックスへの仲間意識の強さは、このロウアードッグでの記憶と対をなしていると評する分析官もいる。

ケアノスの大潮 THE KEANOS TIDE

領域・場所 アクアス — 4つの月が重なる日の多重潮汐

惑星アクアスは名のとおり海洋で知られるが、もう一つの特徴は4つの月が巡る多衛星惑星である点にある。小型の地球型惑星が地表へ潮汐力を及ぼすほどの衛星を持つことは稀であり、コーネリアの赤い月ダリスのように「最初から双子のように作られた」事情がない限り、衛星が惑星へ影響を及ぼす例は少ない。だがアクアスは形成期にソーラ圏で起きた大規模な星間物質の争奪戦の中で砕けた姉妹惑星の破片を捕らえ、大きな月を4つも持つ特異な環境を作り出すに至った。惑星の全面が海に覆われていることも加わり、これがそのまま強烈な潮汐力を受ける要因となっている。

常に衛星に海水を揺り動かされるアクアスの潮汐は他の星の比ではなく、大潮の際は海面が50m近く上がる海域もある。その中でも特に強烈な潮力の影響を受ける場所が赤道面の大陸棚の隙間に位置するシレーヌ海であり、海流と重力勾配の影響が重なるこの海は通常であれば海上に建造物を建てることすら不可能な荒海である。ここに州都ロミオを築くことができたのは、ひとえにヘケトイドの卓越した建築技術とネイティブ・アクアンの全面協力による機能的な立地のおかげである。4つの月が重なる「ケアノスの大潮」が起きると潮力は通常の何倍にも跳ね上がり、潮の満ち引きが作り出す波は一つが小山ほどの大きさを持ち、丘陵や山脈が折り重なって移動するように見えるほどになる。他の惑星から見れば立派な災害であるが、アクアスにとっては日常の光景であり、最初から水に沈んだ都市にとってこの大潮は大した脅威にならない。

この大潮はアクアスに住む全ての生物に重要な役割を持ち、ヘケトイドやネイティブ・アクアンはもとより魚やサンゴに至るあらゆる生命体の生体リズムと同期している。大潮の時期に出産や産卵を控えた者は皆アクアスの潮力の影響下で安産となるため、他の惑星で暮らす者たちは出産の時期が近づくと一斉にアクアスへ帰郷する。州都で最も巨大な施設は研究施設と居住区と言われているが実際には産婦人科の区画がこれと並ぶ規模で存在しており、ケアノスの大潮の時期には人で溢れかえる。

戦略面でもこの大潮は凄まじい力を持つ。第1次ライラットウォーズの時代にサルジーナヤ連邦がミサイル系兵器でタッドー共和国と張り合った最大の理由はこの潮力の存在である。上陸しようにも海しかないアクアスでは点在する環礁の砂浜に基地を建造するほかないが、時間の経過とともに大潮が来れば環礁は小山ほどの波に一瞬でさらわれて消滅する。サルジーナヤ連邦の前哨基地は3度とも跡形もなく海の藻屑となり、連邦は直接侵攻を諦めたのである。そして現在、この潮力差を逆手に取った帝国軍の海上要塞「シーレシア」が猛威を振るっている。弱点であるレーザータレットは海中へ逃げれば熱が分散して破壊できなくなるため、要塞は海面が固定されないケアノスの大潮のタイミングを選んで州都ロミオへ進撃し、海中と海上を交互に行き来しながらCDFラブラドール隊と激闘を繰り広げた(シレーヌ海の決戦を参照)。州都への侵攻は断念されたものの次の攻勢の見通しが確認されており、最大限の警戒が続いている。

ゴリ・バチョフ像の広場 GORI BACHOV PLAZA

領域・場所 フィチナ州都モスクマ 中央広場

フィチナ州都モスクマの中央広場と、そこに立つ現職州知事の銅像である。厳冬の中でも多くの住人が行き交う街随一の待ち合わせスポットであり、存命の政治家の銅像が住民の発意で建つという、星系でも異例の経緯を持つモニュメントとなっている。除幕式で当人が「銅像というものは死んでから建てるものだろう」とぼやいた逸話は、州民の好んで語るところである。

ゴリ・バチョフは移民の子孫にあたるゴリラ系アルフォイドで、現在のフィチナ州を統括する州知事にして惑星代表である。高齢ながら建設的かつ先進的な政策をいくつも打ち出し続けており州民の人気は今も高い。他州で名が知られたのは赤字続きだったモスクマと地方都市群の経済再建だが、州民が本当に評価しているものは別にある。フィチナ州が現在、星系で最も人種対応の多様性に富んだ州となっているのは彼の政策によるものであり、サイズ混成設計の全面採用をはじめ、古い考えに凝り固まった他州とは大きく異なる州政が続いている。メジャーワープ航路の届かないこの星へアクアスからの州営航路を通したのも、ソーラシアン共同体への彼の提案が始まりである。

彼自身はアルフォイドだが、妻はポラリソイドであり、副州知事を務める娘のベアーチェは希少混血である。かつて排斥の果てに移民船でこの星へ送られた民の子孫が、種族の壁を越えた家族とともに州の頂点に立っている。この事実こそが広場の銅像の本当の意味であると地元紙は書いている。台座に刻まれた彼の言葉「壁なら氷で間に合っている」は、かつてコーディリアとグランベルの州境に築かれた「移民対策の壁」への痛烈な返答として星系に知られている。

殺し屋横丁 HITMEN'S ALLEY — ALPINIA K-6686 / BLOCK 67

領域・場所 キュー アルピニア K-6686階 67番区画 — 接近非推奨

ハクティバ圏に住む者なら誰もが一度はその名を聞くであろう「殺し屋の集まる場所」である。もっともこの名称は噂を聞いた一般人たちがネットへ書き込むうちにスラングとして勝手に出来上がった呼び名であり、精確な名称は存在しない。所在はアルピニアのK-6686階67番区画。その筋の者は「K-6686-67」と言えば全てを理解する。

一万層に迫るアルピニアの階層のうち、この区画は都市のどの案内図にも載らない中層の一角にあたる。独立星系連合が健在だった時代に連合との取引を仲介した業者が軒を連ねた一帯であり、連合の解体後もその筋の需要だけが残った。壁という壁には消したい人物の名とその首に付けられた値段が貼り出され、到達するには特定の店の奥にある非正規の昇降機で中継の階層へ降りるほかない。都市の公式な階層図に、この区画への経路は一切記載されていないのである。

CDF諜報局の検証により、この噂は事実であることが確定している。現在のベノム帝国軍にはこの横丁から流れたとみられる脅威度の高い暗殺者が含まれており、その筆頭がスターウルフの構成員レオン・ポワルスキーである。帝国へ加わる以前のレオンはこの横丁を仕事場とし、番付に載らない「5番手」として振る舞っていた。さらに現在の星系で最も恐れられる殺し屋キッド・コブラもこの横丁を根城としている。こちらは客が誰であろうと金さえ支払われれば引き受ける流儀の男であり、直近では共和国軍のビリー・シールズ大佐の命を狙って活動しているとの情報が入っている。

ハクティバ通商連合はこの区画の存在を公式には認めていない。問い合わせへの回答は数十年来変わらず「当該階層は空調設備の保守区画である」の一文であり、その筋の符牒で横丁が「保守区画」と呼ばれるのはこの回答への皮肉だとされる。なお横丁には昔から一つだけ鉄の掟が伝えられている。横丁の中では商談だけを行い引き金は必ず外で引くこと。壁の貼り紙がどれだけ増えても、この区画そのものの殺人事件発生率が統計上ゼロであり続けている理由である。

シコラクス旧要塞跡地 RUINS OF FORTRESS SYCORAX

領域・場所 セティボスⅣ — 旧独立星系連合 本拠地

かつて独立星系連合(IGA)が本拠を構えた、セティボス第3衛星「セティボスⅣ」の軍事要塞の跡地である。セティボスⅣはヘリウムを多く含む特殊な大気組成を持ち、浮力が異常に高く、通常の生物は呼吸することができない。低重力(重力差の項を参照)も相まって既存の戦闘機はまともに運用できず、テロ組織と化した連合が籠城の地に選ぶには、これ以上ない条件が揃っていた。

もっとも、軍事基地としての内実は「本拠地」と呼ぶにはあまりに粗末なものだった。比較に持ち出される旧サルジーナヤ連邦の軍事基地ですら真っ当に見えるほどの管理体制だったと伝わる。過激派による内部分裂と目まぐるしい指導部の交代により、結成当初の知識集団としての機能は完全に崩壊しており、この基地に籠った時点で連合は詰んでいた、というのが後世の軍学の一致した評価である。

征討の最終局面、この地は超兵器を操る連合のナハシュ・ギルバスター将軍と、共和国の精鋭部隊「ソード」を率いる若きZ.Z.ペパーの、白兵戦による最後の激闘の舞台となった。基地は総統の起動した自爆装置により消滅し、現在残されているのは跡地と残骸のみである。シコラクス陥落の報は、独立星系連合の事実上の崩壊を星系に告げるニュースとなった。

現在、跡地には慰霊碑が一基だけ立っている。刻まれているのは連合側でも共和国側でもなく、双方の戦没者の数だけである。建てた者の名は記録されていない。ただ、除幕の年がペパーの長官就任の年と重なることを指摘する者はいる。

ムィンシャンクル刑務所 MUINSHANKLE PRISON

領域・場所 セティボスⅤ — 星系最凶の刑務所兼流刑地

あらかじめ記しておく。この刑務所は、死刑の次に重い量刑の者が送られる、人の手が作り出した「人工の地獄」である。ムィンシャンクル刑務所はセティボスの第4衛星「セティボスⅤ」に置かれた、ライラット星系で最も苛烈かつ難攻不落の刑務所兼流刑地である。周囲には無数の監視衛星と岩石に擬態した攻撃衛星が巡回し、環を操作して集められた大量の隕石が漂う。セティボスⅤの周回軌道だけがわざわざ切り取られ、専用管理区域セクターꟶとして区分されている事実が、この場所の性質を何より物語っている。

かつては独立星系連合が離反者・捕虜・異を唱える者を無差別に収監し、拷問の末に亡き者にするという、星系史上最も惨い所業の行われた曰く付きの地である。収監された経験を持つ者のみならず、看守や管理人といった関係者までもが「あの宙域の光景は二度と見たくない」と口を揃える。残酷な猛将として知られたナハシュ・ギルバスター将軍ですら近寄りたがらなかったという逸話が、なおのことこの場所のおぞましさを際立たせている。

現在は共和国領の飛び地であり、管理はメガロドームを運営する通商連合との持ち回りで行われている。接収後の施設は、歴史保全のために残された壁一枚を除いて全て破壊され、往時とは全く別物の衛生的な刑務所へ生まれ変わった。もっともその「後始末」ですら、従事した部隊に「地獄のような作業だった」と言わしめる様相だったと伝えられる。開所以来、連合時代を含めて脱獄の記録は一件もない。

磁場影響指数 MAGNETIC INFLUENCE INDEX

現象・その他 星系標準の宙域区分基準 — 発生源: ライラット・プライム

磁場影響指数は、ライラット星系の全ての場所で確認される主星磁場の影響を数値化した指数である。主星ライラット・プライムは重力や光だけでなく、極から発する「極大」とも称される磁場によって星系の隅々にまで影響を及ぼしている(惑星記録を参照)。恒星として異例の到達距離を持つこの磁場の強度分布を航路図へ落とし込んだものが本指数であり、理論の大元は天体力学の権威アルフィー・ホルスタインの異常磁場研究にある。現在はアウターリム航路図の必須記載事項となっているほか、G・ディフューザーシステムが星系座標の基準点に用いる磁力線もこの磁場のものである。

普通に生活する分にはこの磁場が問題になることはない。ただし星系には指数が極端に跳ね上がる場所が存在し、そこでは主星の磁力線に導かれた太陽風やフレアが、まるで光の竜のごとく高速で通り抜ける現象が確認されている。響きも外見も格好の良いものであり天体現象としても人気だが、その正体は強烈な高エネルギーの束が猛烈な勢いで通る嵐というべきものであり、直撃すれば天体クラスの構造物でもただでは済まない。

星系俯瞰図を初めて見た新兵が決まって口にする「サルガッソーグレートウォールは垂直方向から抜けてしまえば脅威にならないのでは」という疑問の答えも、この指数に含まれている。CDFの公式回答は「航行は可能だが、そのタイミングでフレアが発生したら何もできずに全滅する可能性がある」である。実際に過去、グレートウォールを抜けようと座標を垂直方向へ大きく歪曲して迫った帝国艦隊が存在したが、そのいずれもがフレアに巻き込まれて漂流し、最終的にサルガッソーに取り込まれている。サルガッソーに伝わる幽霊艦隊の伝説の正体をこの漂流艦隊に求める分析官は少なくない。先のセクターαの攻防でも、逃走した帝国の脱出艇がフレアに巻き込まれて消息を絶っている。

この指数はそのまま星系の領域区分にも使用されている。アウター・リムは指数40、カーム・スペースは15、フロンティアは10を境とし、ルビコン・スペースでは実質ゼロとなる。指数が低いほど主星の影響は薄れフレアの脅威も減るが、それと反比例して外界から飛来する宇宙放射線が強まり始める。この磁場は脅威であると同時に、星系を外部から守る強力なバリアとして機能しているのである。外縁のメテオ・ベースやルビコン・スペースの惑星グリッピアで対宇宙放射線環境が義務付けられているのはこのためであり、ハクティバとパラニドを周回する4惑星は双子の太陽が独自に張り巡らせる複合磁場の影響圏によって守られている。

余談として、ドグマ近傍から発せられる正体不明のコンタクト信号は、この磁場の力で減衰していることが確認されている。見る者によっては「まるで洗脳の電波から内側の星々を守っているようだ」と形容されることもあるが、これについてはオカルトの域を出ない。

ディープ・コア DEEP CORE — 星系最内縁領域

領域・場所 星系最内縁 / セクターα一帯

ディープ・コア(Deep Core)は星系最内縁、主星ライラット・プライムを中心に広がる広大な空白領域を指す。極大質量のB2型恒星ライラット・プライムが放出する莫大な光と熱により天然の天体はほぼ存在せず、唯一の例外はセクターα外縁部、領域の境目に位置する星雲のみである。アウター・リムフロンティアの境界定義に用いられる「磁場影響指数」はこの主星の規格外の磁場を源とする尺度であり、ディープ・コアは地理のみならず星系の物理の基準点でもある。

領域のほぼ全域が強烈な光と太陽風に晒されるため、航行には耐熱装備と被曝管理の特別な手続きを要する。艦隊行動を許さず隠れる場所も奪う物資もないこの宙域は「戦争から最も遠い場所」と長く呼ばれてきたが、それでも人の営みは絶えない。恒星の至近軌道には放射エネルギーを吸収・保持するソーラークリスタルのブラグザ充填基地が置かれ、「持ち運べる太陽」を星系各地へ出荷し続けている。エンバーガスを「星系の燃料」と呼ぶ言い回しに倣い、この基地は「星系の蓄電池」と通称される。

近年まで戦略的重要度は低く見積もられており、星図に含まれないことすらあった。しかしG・デフューザーシステムのエネルギー補給基地が建設されて以降は基地の領有権を巡る政治的争いの舞台として登場することが多くなり、第2次ライラットウォーズ勃発後はベノム帝国軍との直接の戦いの舞台になることも増えている。この重要度の見直しに先鞭をつけたのが、衛星の環の影を衝立にプロスペロー圏が急襲された闇の女神事件である。同じ手口を首都の月で使わせないための判断から建設された月面防衛基地は、現在の本土防空網の要の一つとなっている。

「戦争から最も遠い場所」の神話も開戦後に一度だけ破られている。補給船に偽装した帝国特殊部隊によるブラグザ基地の占拠と、それに続く帝国艦隊の宙域侵攻である(経過はセクターαの攻防の項に詳しい)。「αを挟んだ増援は間に合わない」という領域の常識がそのまま占拠側の盾となったこの攻防の後、基地には常駐警備隊が置かれ「太陽の懐で気を抜くな」が申し送りの決まり文句となっている。星系で最も明るく最も何もないこの領域は、今も全ての暦と航路の中心であり続けている。

ブラグザ・ソーラークリスタル充填基地 BLAGZA SOLAR CRYSTAL STATION

領域・場所 セクターα 第2区画「α-2」 — 恒星至近軌道 / 特殊装備必須

ブラグザ・ソーラークリスタル充填基地はセクターαの深部、星系で最も主星ライラット・プライムに近い恒星至近軌道を巡る恒久拠点である。恒星の放射エネルギーを吸収・保持するソーラークリスタルの精製・充填・出荷を一貫して担い(基地の来歴は恒星記録に詳しい)、現在星系で運用されるほぼ全てのG・ディフューザーシステムのエネルギー供給網はこの基地を大元としている。その規模はメテオベースに匹敵しつつあるとされ、「星系の蓄電池」の通称は今や比喩の域を超えている。

にもかかわらず、この基地が戦略地図に記載されたことはこれまでなかった。所在地のα-2は星系で最も強烈な太陽放射を受ける環境であり、ここを戦場にしたところで両軍が壊滅するのは目に見えているためである。基地そのものはもちろん、行き来する幹線や船の全てに至るまで耐熱・対放射線の特殊装備が施されており、通常の戦闘機や艦船には通航するだけで危険が付きまとう。ライラット・プライムが気まぐれに放つ巨大なプロミネンスは太陽風を巻き上げ、計器の故障と物理的な極高温をもたらすため、並の建造物では維持することすら難しい(基地を包む13層の耐熱遮蔽殻の由来はプロミネンス・チェイサーの項を参照)。

脅威と盾が両立したこの配置により基地は長らく戦略の対象外にあり続けたが、非戦闘地域と同等の扱いと思われていた神話は日食作戦/セクターαの攻防によって崩れた。経過は同項に譲る。この攻防で旗艦〈ペルシカ〉を失う大きな痛手を負った帝国第7師団は、以降この基地を奪う方針を取りやめ、類似基地の建造に力を入れているという。

その建造地がセクターοである。占領下のゾネスを足場に、第二の太陽ソーラの近辺でブラグザに類似するエネルギー充填基地の建設が進められており、アクアス州フィチナ州の合同による破壊作戦が行われている。もっとも両州の惑星も現在進行形で攻撃を受け続けており、戦線は膠着状態が続いている。

本基地の周辺宙域は常に強烈な日射に晒され続けるため、特殊加工のない艦船は耐熱遮蔽がなければ数分で高熱による支障が出始める。仮にこの領域で戦闘を行うならば、漂う過去の艦隊戦の残骸や隕石、場合によっては撃破対象となる敵性艦船が作り出す「影」を利用した高度な飛行技術が求められると推定されており、この想定はそのまま、日食作戦を成功させた新生スターフォックスの技術の高さを測る指標となった。

ゾネス海上基地 ZONESS MARITIME BASE — 鹵獲された古都

領域・場所 ゾネス帝国軍 第22師団 駐留

ゾネス海上基地は、惑星ゾネスの海上に置かれた帝国軍最大の拠点である。実体は新造の基地ではない。アクアス州海上城塞都市ジュリエットを開戦劈頭の侵攻で鹵獲し、都市機能を丸ごと軍事転用したものである。旧タッドー時代のミサイル迎撃管制塔が戦跡として保存されていたことが仇となり、両州の融和を伝える平和の記念碑は再び砲塔と管制の光を取り戻してしまった。星系随一と謳われた観光都市の面影は、マゼンタのネオンが軍の投光器に置き換えられた今どこにも残っていない。

現在この基地には惑星全域の石油・希少元素採掘の指揮系統が集中しており、毒の海に展開する採掘リグと違法業者の船団はすべてここからの指示で動いている。駐留するのは帝国第22師団である。形式上こそ帝国軍の所属だが実態は無法者による侵略部隊であり、占領地の被害報告が突出して重い管区として知られる。基地は武装潜水艦サルマリンをはじめとする無法者艦船の母港と補給廠を兼ね、乱開発の売り上げはこの街を経由して帝国へ流れ込む仕組みである。

帝国軍の内部でもこの基地の評判は最悪である。毒の海と無法者主体の指揮系統が揃った駐留環境は占領地の中でも格別に劣悪とされ、へまをやらかした将兵の左遷先として定着して久しい。皇帝から「ゾネス行き」の人事が飛ぶことは「次はもうない」という最後通告を兼ねると言われており、着任の日に遺書を書き直す者もいるという。

なお、この最果ての基地にもチェーン店「うっきうき弁当」は出店している。「この店がない場所は太陽の中心だけ」の看板は毒の海でも嘘ではなかったわけである。店舗が提供する羽根つき魚のフライ弁当は無法者や帝国将校の間でも人気を博しているが、食べている者たちは皆、その魚がどこから来たものかを深く考えないようにしているという。

共和国にとってこの基地は、ゾネス奪還すなわち「海の救助」の最大の関門である。基地を落とせば採掘は止まる。だが標的は星系有数の古都そのものであり、艦砲で瓦礫に変えれば取り戻す意味の半分が失われる。スターフォックス強行偵察以降も攻略計画は「都市遺構を残したままの制圧」という難題を抱え続けている。帰還同盟はエメラルドの海とともにこの街のネオンを再び灯すことを運動の象徴に掲げており、「ジュリエットに灯を」は奪還を願う人々の合言葉になりつつある。

セティボス圏 SETEBOS SPHERE — 六つの天体と三つのセクター

領域・場所 セティボスとその大型衛星群 — セクターϫセクターϾセクターꟶ

セティボス圏は星系唯一の巨大ガス惑星セティボスと、大気を持つ五つの大型衛星をまとめて呼ぶ総称である。惑星そのものをセティボスⅠと数え、衛星はⅡからⅥまでの序数で呼ばれる。惑星一つと衛星五つで小さな星系のような様相を呈しており、しかも管轄が天体ごとに異なるため、この圏内にはセクターが三つも引かれている。航行局の職員が「星系で最も住所の書きにくい場所」と評する所以である。現在の帰属を天体ごとに整理すると以下のとおりである。

セティボスⅠ(本星) SETEBOS I — SECTOR ϫ-1

大気圏の空中都市メガロドームハクティバ通商連合が運営し、エンバーガス採掘の中枢を担う。

セティボスⅡ(第1衛星) SETEBOS II — SECTOR ϫ-2

エンバーガスの出荷中継基地。管轄は通商連合とされるが帝国軍が駐屯しており、実態は両者の共同管理である。

セティボスⅢ(第2衛星) SETEBOS III — SECTOR Ͼ-1

ガロウ連邦の本星にして直轄地。首都シンラの総督府が置かれる。

セティボスⅣ(第3衛星) SETEBOS IV — SECTOR Ͼ-2

独立星系連合の本拠シコラクスの跡地。現在はガロウ連邦が無人のまま封鎖している。

セティボスⅤ(第4衛星) SETEBOS V — SECTOR ꟶ

ムィンシャンクル刑務所。独立星系連合の収容所を共和国が接収し、現在は共和国の矯正当局と通商連合の共同管理下にある。

セティボスⅥ(第5衛星) SETEBOS VI — SECTOR Ͼ-3

ボルツ公国の環状管理基地の跡地。基地は独立星系連合に鹵獲されてボルス改造の足場となり、ボルスが宙域を離れた今は基地員の居住区が残るだけである。管轄は通商連合であったが、ガロウ連邦が管理代行を進言し現在は移譲済みである。

帰属がこれほど入り組んだ理由は、この圏の歴史がそのまま星系辺境の争奪史だからである。最初にセティボス圏へ勢力を張ったのはガロウ連邦であり、次いでエラダードから移ってきたボルツ公国が本星の大気圏に空中都市を築いた。IGA戦役では独立星系連合がⅣに籠城してⅤとⅥを奪い、戦後は共和国がⅤを接収し、公国の破綻で本星の資産は通商連合の手に渡った。三つのセクターは天体の配置ではなく、この奪い合いの結果を地図に写し取ったものにほかならない。とりわけセクターϾは連邦がⅢ・Ⅳ・Ⅵという離れた三つの衛星を束ねたことで生まれた「衛星ごとの飛び地」であり、セクター区分の原則を最も極端な形で示した例として知られる。

近年の焦点はガロウ連邦の動きにある。Ⅳの封鎖に続き、ボルスが宙域を離れた直後のⅥについても連邦は自ら管理代行を申し出た。通商連合は無人基地の警備負担を手放せる実利からこれに応じたと説明しているが、Ⅳにはシコラクスの瓦礫に眠る独立星系連合の兵器情報が、Ⅵにはボルス改造の足場となった連合の工廠の残滓が残されている。二つの跡地を押さえた連邦が独立星系連合の遺産を回収しつつあるという見方はCDFの内部で既に共有されており、連邦の動向を巡って帝国・通商連合・共和国が続ける奇妙な停戦と情報連携は、この圏内でこそ最も具体的な形をとっている。一方のⅡでは帝国軍が通商連合の中継基地に居座り、共和国がそれを外側から監視する。六つの天体のうち四つに異なる旗が立ち、残る二つは旗の数え方すら定まらない。セティボス圏の地図は、第2次ライラットウォーズ下の星系の縮図と呼ぶにふさわしい。

ガロウ連邦総督府 GAROU FEDERAL CAPITOL — 火口の要塞

領域・場所 セティボスⅢ 首都シンラ — 接近・観測とも不能

ガロウ連邦総督府はセティボスⅢの首都シンラに置かれたガロウ連邦の軍事基地兼行政区である。実効支配権を握るグリムクロウ提督が直接管理する軍事要塞であり、遠距離観測が捉えたその輪郭と軍備の数々は在りし日のシコラクス要塞を連想させると報告されている。独立星系連合の遺産で牙を研ぐ連邦の性格を最も端的に示す施設といえる。

所在は驚くべきことに、セティボスⅢの火山の火口の中である。断崖に囲まれた天然の要害へ要塞を丸ごと沈めるこの配置は、マクベスドナルベイン火山に築かれた地下都市と同じ発想であり、接点を持たないはずの二つの勢力が同じ答えへたどり着いたことから「軍事の収斂進化」と評する軍事評論家も多い。火口の縁そのものが対艦砲台の砲列を兼ねるとみられ、正面からの強襲はドナルベイン同様に自殺行為と評価されている。

武装の系統は特異である。連邦はレーザー系兵器をほとんど用いず、エーテル系パウダー系の兵器を好む(兵装の系統の項を参照)。総督府の周辺空域には物理的に艦船を爆砕する爆弾を積んだ軍用ドローンが大量に巡回しており光学偵察も接近観測も至難の業となっている。レーザーを主兵装とする勢力への対抗を最初から織り込んだこの体系を、CDFは連邦の仮想敵が誰なのかを示す無言の回答とみている。

内部構造は今日に至るまで一切不明である。外から確かめられるのは火口の縁に灯る明かりの観測記録だけでありその数は年々増え続けている。牙を研ぐ国の心臓部は今夜も静かに拡張を続けている。

ボンボンメイズ BONBON MAZE — 空中植物迷宮

領域・場所 セティボス ハビタブルベルト — 侵入は自己責任

ボンボンメイズは惑星セティボスのハビタブルベルト上に広がるボンボンツリーの大群生地帯である。木々が光合成のために蔓の間へ一定の隙間を作り出すため、群生地の内部はさながら空中の迷路の様相を呈する。「空中植物迷宮」の呼び名はここに由来する。たった一種の蔦が大量に絡み合い空を覆いつくすほど繁茂する光景は壮観を通り越して気味の悪さすら感じさせ、星系でも一位二位を争う美味とされる果実の評判とは対照的に植物の側の評判はすこぶる悪い。

悪評の理由はやはりその立地にある。群生はガス惑星セティボスを安全に飛行できる数少ない空域を狙い撃つかのように広がり、有刺鉄線のごとき頑丈な蔓を縦横無尽に張り巡らせる。空中都市メガロドームへ向かう貨物船が蔓に引っ掛かる事故は後を絶たず、救助には棘だらけの蔓の除去が伴うため常に危険が付きまとう。ひどい年にはこの事故処理費用がエンバーガスの売り上げを帳消しにするほどに達し、メガロドーム管理者の頭痛の種であり続けている。一定期間ごとの焼却処理で駆除が行われているものの、年度をまたげば再生して元通りになるため鼬ごっこと言わざるを得ない。

それでもこの迷宮に人が入るのは野生株のつける果実「ワイルドボンボン」のためである。栽培品種よりも甘味・風味・炭酸の強さのいずれも格別とされ、市場では最高級品として別枠で扱われる。当局はボンボンメイズへの侵入を自己責任と定めており、果実の誘惑に負けて装備もなしに入り込み遭難した者は、有料で救助する運用になっているという。

また、この迷宮は共和国の情報発信ビーコンをしばしば飲み込むことで知られ、ビーコンの位置調整のための特殊任務が発生する場合がある。軍事とは毛色の異なるこの依頼にはジャイロウィングのようにゆっくり飛べる機体と繊細な操縦技術が必須となり、報酬にオマケとして最高級クラスのワイルドボンボンが付いてくることで請負人たちに知られている。

インナー・リム INNER RIM — 星系内側領域

領域・場所 星系内側 / コアワールド構成領域

インナー・リム(Inner Rim)は星系の内側に位置する領域の総称。地理的にはサルガッソー宙域から、惑星や星雲が存在しない空白領域セクターαまでを指す。惑星ベノムが放棄されて以降、星系文明の中心として発展したコーネリアを軸に星系の最重要施設が集中しており、所属する国や州の数は星系最多に上る。ディープ・コアと合わせて「コアワールド」と呼ばれることも多い。

星系の人口と経済はこの領域へ極端に集中している。星系首都コーネリアシティと副首都テンペストはいずれも領域内にあり、政治・軍事・報道・金融の中枢機能はこの二都市を軸に回っている。コーネリアとプロスペローの植物工場群および宇宙植物工場グリーン・ビットは星系の食料供給の心臓部でもあり、インナー・リムの安定は文字どおり星系全体の胃袋を左右する。

星系内のすべての主要航路はインナー・リムを通過するよう設計されており、この領域に含まれる惑星では現在も積極的な植民地開発が続いている。コーネリアカタリナプロスペローフォルトナが含まれ、フォルトナを除く各惑星はコーネリア連合共和国の領地となっている。フォルトナのみが例外にあたるのは全土が自然保護下の未植民惑星であるためで着陸の許可はCDFが管理していると公表はしているが、これは建前に近く実際の事情は異なる。実態はセクターλと惑星本体を含む一帯の全てが刺激を避けるべき危険地帯であり、宙域の宇宙生物が活発化して巨大宇宙怪獣スペースドドラが暴れればコア・ワールド環状線やグリーン・ビットに甚大な被害が及ぶ。環状線がフォルトナ宙域を迂回する内側の軌道を通ることも、グリーン・ビットにグレートウォール内側への退避計画が用意されていることも、この事情の裏返しである。

防衛の観点では領域の外周に横たわるサルガッソー宙域が航行困難な天然の城壁として機能している。外側から中枢へ向かう正規艦隊の進入路は事実上少数の回廊へ絞られ、その代表であるトリンキュロー回廊は防衛側にとって「天然の照準」と評されてきた。月面防衛基地を含む本土防空網もこの地形を前提に組まれている。もっとも開戦以来この前提は絶対ではない。第2次ライラットウォーズではカタリナやフォルトナといった領域内の惑星が現実の戦場となっており、「コアワールドは安全圏」という市民の常識は過去のものになりつつある。

アウター・リム OUTER RIM — 星系外側領域

領域・場所 星系外側 / 磁場影響指数40圏内

アウター・リム(Outer Rim)は星系の外側に位置する領域の総称。地理的には第2惑星タイタニアサルガッソー宙域より外側から、ライラット・プライム磁場影響指数が40以下になる辺りまでを指す。

第1次ライラットウォーズ以前は、地理的なアクセスのしづらさやワープドライブ航路の整備不足により各惑星が独立した文明を形成していたが、トリンキュロー回廊の開通とともにインナー・リムとの直接航行が可能となり、惑星同士の交流が行われるようになった。ライラットβ星ソーラを巡る独立星系(アクアスゾネスフィチナ)が含まれるほか、マクベスベノムが含まれる。

領域の性格を決めているのは第二の太陽ソーラである。その周囲を巡るアクアス・ゾネス・フィチナの3惑星は共同経済圏ソーラシアン共同体を形成しており、住民は国籍や州名でなく「どの太陽のもとで生きるか」で自らを括る気風を持つ。メジャー航路の整備がゾネスで止まると、共同体は痺れを切らして自弁の州営航路を敷設した。中央の手を借りず自分たちの水路と氷路を繋いだこの一件は、アウター・リムの自立気風を語る際の定番の逸話となっている。

残る二惑星は対照的な星である。強重力の鉱山惑星マクベスは星系の重工業を支える生産拠点として発展した。かつて星系文明の母星だったベノムは放棄ののちベノム帝国の本拠となり、現在のアウター・リムは共和国と帝国の勢力圏が直接接する最前線となっている。第2次ライラットウォーズではマクベスの占領とドナルベイン攻略戦の失敗、フィチナの奪還戦など主要な戦闘の多くがこの領域で戦われており、独立した文明の記憶を残す星々は今、戦争の最前線という新たな共通項で括られている。

カーム・スペース CALM SPACE — 四凪宙域の総称

領域・場所 アウター・リム外縁〜フロンティア境 / 磁場影響指数15圏内

カーム・スペース(Calm Space)は惑星ベノムの公転軌道から、ライラット・プライム磁場影響指数が15以下となる辺りまでの領域を指す。ベノムより外側ではライラットγ星・δ星のハクティバ・パラニド星系に至るまで星間ガスも天体もほとんど存在せず、重力に干渉するものを欠いた希薄な空間が延々と続いており、この静穏な空間は「凪」と呼ばれる。東西南北に広がる四つの凪宙域のセクターを包括した総称がカーム・スペースである。凪の成因は巨大ガス惑星セティボスとハクティバ・パラニドの形成によって原始惑星系円盤の塵が物理的に使い尽くされたことにあると考えられている。

重力干渉によるグラビトンのむらがほとんど存在しないため、この領域ではワープドライブの管制システムが正常に動作しない。ライラット・プライムとソーラの内星系、そしてハクティバ・パラニドの外星系との交流が長らく乏しいままだった最大の要因はここにある。トリンキュロー幹線から外星系へ分岐する4本の航路はいずれも専用の加速ステーションを経由しており、凪を一気に跳び越すようにしてこの広大な空白を渡っている。

カーム・スペースは戦略上の要衝には当たらず、ディープ・コアと同様に戦略地図や俯瞰地図からは省かれることが多い。それでも四つの凪宙域は星系内の各勢力が持ち回りで管理している。遮蔽になる天体も星雲もない凪では艦隊の移動がすぐさま観測網に捉えられるため、大兵力の秘匿通過はまず成立しない。この見通しの良さは緩衝地帯としての価値を生んでおり、勢力圏の境界が幾つも走るにもかかわらず、凪で大規模な艦隊戦が起きた例は記録されていない。開戦後も四凪の共同管理は形式上維持されており、敵味方の管理当局が同じ遭難信号に応答する奇妙な光景が今も続いている。

四つのセクターには遭難防止のビーコンとブイが置かれているだけで、めぼしい資源も無いため、軍事演習と警察組織の巡回を除けば訪れる理由はほとんど無かった。現在は東の凪宙域セクターϭフロンティア・ラインの通り道と加速器が設置されており、グリッピアや氷晶帯セクターⳣへ向かう運送業者が検問と加速待ちの長い行列を作る。順番待ちの列を相手取った商売はやがて「凪の市」と呼ばれる市場に育っており、資源も産業も持たないはずの凪に独自の経済が根を張りつつある。

フロンティア FRONTIER — 星系外縁領域

領域・場所 星系外縁部 / 磁場影響指数10圏内 — 治安警報

フロンティア(Frontier)はアウター・リムのさらに外縁部、ライラット・プライム磁場影響指数が10以下になる辺りまでを指す領域。惑星ベノムより外側には広大な「凪」の領域が続き、その先にあるライラットγ星・δ星のハクティバ・パラニド星系と、そこに存在する独立星系が含まれる。凪の領域は巨大ガス惑星セティボスの形成に起因するとされ、航行の安全を確保するため、星系の東西南北の凪領域は現在それぞれセクターϭセクターϣセクターⲋセクターⳟと呼ばれ、星系内の各勢力が持ち回りで管理している。

アウター・リムからフロンティアまでは物理的に0.4天文単位という広大な隔たりが存在するため、ベノムを発った移民団のうちコーネリア側へ向かった一団とは別のグループがこの地で文明を興しており、ワープドライブのフロンティア・ライン航路が確立されるまで、アウター・リムより内側とフロンティアの交流はほとんどなかったとされる。中央政府の影響が及ばないことに加え、戦争が立て続けに起きたことで軍事需要が発生したことも重なり、この領域では度々分離勢力が誕生している。賞金稼ぎや密輸業者、犯罪カルテルやシンジケートの温床にもなっており、その治安は現在においても劣悪と言わざるを得ない。キューエラダードパペトゥーンセティボスが含まれ、星系最外縁ルビコン・スペースへの足掛かりとしてメテオ・ベースが置かれている。

今日のフロンティアで中央政府の法に代わり秩序の軸となっているのは、ハクティバ圏を束ねるハクティバ通商連合である。その商法は「確認しなかった側の落ち度」を原則とする実力本位の世界であり、共和国市民には悪名高いものの、これはこれで一つの法治にほかならない。戦時の現在も連合は両陣営と等しく商いを続けており、帝国圏へ伸びる私設航路さえ維持されている。中央から見れば無法地帯だが、内側から見ればここは中央に頼らず回る、もう一つの文明圏である。歓楽と犯罪の都アルピニアから工業のエラダード、農業のパペトゥーン、エンバーガスを汲むセティボス圏まで、この領域の星々は互いの需要だけで経済を完結させることができる。星系の中央銀行が金利を語る間に、フロンティアの帳場では今日も現物と現金だけが物を言っている。

ルビコン・スペース RUBICON SPACE — 星系最外縁領域

領域・場所 星系最外縁 / 実質空白領域

ルビコン・スペース(Rubicon Space)は星系の最外縁、地理的にはハクティバ圏とその外側を巡る外縁天体群よりもさらに外側を指す。ここまで星系の遠くとなると文明はほぼ存在せず、採掘目的の業者も寄り付かない真の辺境である。奥にはライラットε星ドグマ・セントラルと、それが引き連れる暗黒星雲が周回しており赤黒く輝くのが観測できる。航行者は孤絶した宙域の雰囲気も相まって強い孤独感に苛まれることが多く、ドグマの鈍い光が精神への影響を増幅するとの研究報告も挙げられている。名の由来は開拓団の古記録に残る「渡れば引き返せぬ川」であり、補給も救難も当てにできないこの領域の性格をそのまま言い表している。

磁場影響指数が実質ゼロとなるこの領域には、回遊生物が航法に使う磁力線すら届かない。生物の渡りも定期便もない宙で頼れるものは自船の推進剤と互いのビーコンだけである。航行計画ではフロンティアのメテオ・ベースが事実上最後の補給地となるため、出航には帰路と同量の燃料の保有を証明する通称「ルビコン条項」の審査が課される。航行者はこの領域を「ライラット・プライムがただの星に見える場所」と呼ぶ。星系中の空を支配する青い輝きもここでは他の星々と見分けが付かないのである。

この領域は近年まで観測基地が1か所あるのみの実質空白領域だったが、ごく最近になって発見された惑星を採掘企業が丸ごと買い取り『グリッピア』と命名。星系の歴史で初めて、ルビコン・スペースに属する惑星と都市の登録が行われた。

無名の領域の名を星系中に知らしめたのはコンタクト信号の発見である。グリッピア方面の観測網が捉えた規則的な信号の発信源はドグマ・セントラルの宙域と目されており、当局はセクターjへの民間船の接近を全面的に禁止した。かつて省みられることのなかった最果ての空白は、外宇宙へ開いた唯一の窓として、いま星系で最も注視される宙域の一つへ変わりつつある。

モーゼンの宙割り MOSEN'S PARTING — セクターφの星雲

セクターφを貫くトリンキュロー回廊と、その進む先を照らす星雲を合わせて指す俗称。サルガッソーの危険地帯を左右へ分けるように回廊が穿たれた光景が、海を開いて民を導いた預言者「モーゼン」の逸話と重なるためである。モーゼンの神話はライラットの文明黎明期から語り継がれてきた。サルガッソーの内側でこの宙割りを見つけることは宙域の出口を捉えたことに等しく、船乗りは最大の幸運として語り伝えている。

ただし宙割りに隣接するセクターχにも、外観のよく似た星雲が存在する。惑星タイタニアを取り巻くχはサルガッソーで最も危険な第1宙域であり、その星雲は「悪魔の罠」あるいは「タイタニアの口」と呼ばれて恐れられている。宙割りと取り違えて機首を向けたまま二度と戻らなかった船の例は数え切れない。

騎士星雲 THE KNIGHT NEBULA

領域・場所 セクターͰ / パペトゥーン惑星圏

セクターͰの宙に悠然と輝く、剣を掲げた巨大な騎士の形の星雲。かつて惑星コーネリアには共和国の礎となった5つの国があり、その一つコーディリア王国は騎士団「セレスティアル・パラディン」を擁していた。星雲の立ち姿がこの騎士団とよく似ていたため、騎士の名がそのまま星雲の呼び名として定着した。

数々の星雲が輝くライラット星系にあってもその人気は別格であり、コーネリアの騎士道文化をそのまま宙へ写したような堂々たる姿は様々な媒体で取り上げられている。端末の待ち受け画面から広告やカレンダーまで日常のあらゆる場面で目にするため、最近までセクターͰに浮かぶ惑星パペトゥーンよりも空の星雲のほうが知名度で勝る状態が続いていた。

凪の市 / カーム・ミラージュ CALM MIRAGE — THE MARKET OF THE DOLDRUMS

領域・場所 セクターϭ — 無許可の移動市場

セクターϭでワープドライブの加速待ちに並ぶ船列の周りに、誰の許可も得ずに作られた即席の市場。本来「カーム・ミラージュ」の語は、カーム・スペースで遭難した船の乗員が極限状態の末に星やブラグザライトの光を街の明かりと取り違える錯乱現象を指していた。今ではこの移動する街の呼び名として使われることのほうが多い。

列が混み合う時期には貨物船の脇に地方都市ほどの街が立ち上がり、混雑が収まると丸ごと消滅してただ静寂の宙域へ戻る。その移ろいの様はまさしくミラージュである。セクターβのインターチェンジ街やセクターϝルミナスアーケードと引き合いに出されることも多いが、凪の市はどの当局の許可も得ていない店舗の集まりである。似ているのは見た目だけで、成り立ちからして根本的に異なる。

屋台船が寄り集まるだけに見えて、街の中核をなす陸地は大型資本が改造軍艦を組み合わせて作った人工の星であるらしい。この技術を悪用したものこそ、現在セクターφトリンキュロー回廊付近で帝国が建造を進める巨大要塞ではないかとする説がある。

ルミナスアーケード LUMINOUS ARCADE — 航路沿い商業施設群

領域・場所 セクターϝ / エラダード惑星圏

セクターϝに張り巡らされた航路沿いに建ち並ぶ商業施設群の総称。幹線を行き交う貨物船の乗員を主な客とし、今ではエラダード観光の名物として知られている。

その起源は9大ワープ航路の一つオズリック・フォーティンブラス工業航路の成り立ちと分かちがたく結びついている。独立星系連合征討の際、本拠のあるセティボス惑星圏へワープドライブを直接設置できなかったため、マクベスとエラダードを経由する迂回路を敷かざるを得なくなり、これが両惑星の開発と発展を招いた。ただし航路を設置する環境には両者で大きな差があった。マクベスを擁するセクターςは隕鉄と準惑星が犇めく宙域であり、一方のエラダードはハクティバ・パラニドの連星から受ける影響が比較的小さい上に、外星系の経済中心であるキューに近いという条件も併せ持っていた。前者は鉱山と資源採掘の適性こそ高かったものの、商業を成り立たせるならばマクベスの地表へ直接店を構えるほうが安全で手早く、結果としてエラダード側だけが惑星から宙域全体へ店を広げていくことになった。

軒を連ねるのは移動式のドライブスルー飲食店や土産物店にとどまらず、燃料補給スタンド、病院、ごみ回収センターにまで及ぶ。都市機能をそのまま道の上へ移設したような規模感であり、アーケードの起点にはハクティバ圏への入星管理局までもが置かれている。並ぶ店の種類を眺めれば星系全体の需要がある程度まで読み取れるため、エラダードへ派遣された共和国の特派員が真っ先に足を運ぶ場所もまたこのルミナスアーケードである。

セクター区分 SECTOR SYSTEM — 管理宙域区分

領域・場所 星系管理制度 — 総説

ライラット星系は複数の「セクター」と呼ばれる管理宙域に区分されている。惑星圏・恒星圏などの天体セクター、磁場によって星雲が密集したセクター、艦隊が駐留する軍事セクター、宇宙ステーションが稼働するセクターなどその性質は様々である。セクターはワープドライブ航路で結ばれており、航路で接続されたセクター間はワープドライブで安全に航行できる。航路が寸断されたセクターや軍事セクターは通過自体が困難なことが多く、いずれのセクターにも該当しないエリアはアウト・オブ・セクターと呼ばれる管理外領域となる。各セクターの観測記録はロケーションデータベースに収録されている。

文字の割り振りは天体や星雲の分布ではなく管轄に従うのが原則である。管理する組織や制度が明確に分かれる宙域には、隣接していても、規模がどれほど小さくても別の文字が与えられる。逆に管轄が同一であれば、離れた区画や飛び地であっても一つのセクターとして扱われる。この原則を応用し、巨大セクターの内側に管轄だけを変えた小型セクターを意図的に設ける場合もある。研究専用区域としてセクターϻの内側に置かれた星系最小のセクターʼや、刑務所の厳戒空域へ船を近寄らせないため地図の上で隔離されたセクターꟶがその代表例である。

管轄を基準とする以上、一つのセクターが地図の上で離れた複数の区画に分かれる「飛び地」も生じる。古くから知られる例はセクターθの内側に置かれたプロスペローのワープドライブ管制センターである。この施設は共和国の航路管制の直轄下にあるため周囲の空域だけがセクターβとして扱われ、θの管制とは別系統で交信が行われる。セクターοの内側にあるセクターξフィチナ周辺だけで完結しているわけではない。旧サルジーナヤ連邦がο内に築いた長距離ミサイル中継基地の跡地はフィチナ州の管理下に残されたままであり、いずれもξの飛び地として地図に点在している。最も新しい例がセクターϾである。ガロウ連邦の管轄へ移ったセティボスの衛星は本星セティボスⅢのほかにⅣとⅥが軌道を隔てて存在するため、セクターϫの内側で三つの区画に分かれた「衛星ごとの飛び地」という星系でも珍しい構成をとっている(セティボス圏の項を参照)。

一つのセクターが広大に過ぎる場合、内部の位置は枝番区画で示される。セクター名に数字を添えた「セクターα-3」「セクターυ-2」のような表記がそれであり、航行局への申請や管制の交信では地名よりもこの枝番が優先される。氷晶帯セクターⳣは整理が最も進んだ例として知られ、ⳣ-1が中継基地メテオベースの周辺空域、ⳣ-2から6がフロストリーフ・ボトラーズの採氷区、ⳣ-7がセクターϞ方面へ続くフロンティア・ラインの加速器配置エリアと定められている。枝番はあくまで同一管轄内の住所であり、管轄そのものが変わる場合には前述のとおり新たな文字が与えられる。

アウト・オブ・セクター OUT OF SECTOR

領域・場所

いずれのセクターにも該当しないエリアの総称。セクター区分の内側とて隅々まで管理しきれているわけではないが、区分を外れた宙域はグラビトロン管制航行システムの動作の確認が取れていない場所である。管制の裏付けのない空間跳躍は予期せぬ衝突や事故のリスクが跳ね上がるため、航行の安全は一切保障されない。正規の航路を外れてアウト・オブ・セクターを横断する行為は、禁じられてこそいないものの完全な自己責任とされる。

誤解されがちだが、ここは立ち入りを禁じられた危険地帯ではない。航行を禁じるべき宙域はサルガッソーのような危険宙域として個別に明示されており、アウト・オブ・セクターはそれらとは区別される。例えるなら、舗装も街灯も敷かれていない原野へそのまま車で乗り入れる行為に近い。乗り入れ自体は咎められないが、事故を起こしても保険は下りない。星系の損害保険の約款は、例外なく免責事項の筆頭に「セクター区分外での事故」を掲げている。遭難してもどのセクターの管制も位置を把握していないため救助の手は大幅に遅れる。得るものがなくデメリットだけが揃う場所であり、まともな船乗りはそもそも近づかない。

なお超兵器討伐地であるセクターπは、偏光シールドビーコンに幾重にも囲まれたうえ、航路削除と座標秘匿を重ねられた実質的なアウト・オブ・セクターである。ただし入る手段が存在せず観測すら不可能なため、最近では自己責任で立ち入る余地すらない場所としてアウト・オブ・セクター扱いを通り越し、単に「欠番」と呼ばれることが多い。

だが、星系の全てが管理されているわけではないという事実は、逃げる者にとっては福音でもある。犯罪者、脱走兵、隠者、そして地図に載りたくない全ての者たちが、今日もセクターの外へと舵を切る。「アウト・オブ・セクターに消えた」という言い回しは、ライラットでは「二度と会えない」とほぼ同義である。

星間移動回遊生物 INTERPLANETARY MIGRATORY FAUNA

現象・その他

ライラット星系には有史に至る前の時点から、星と星の間を渡って生きる「星間移動回遊生物」が多数生息している。これらの生物は星系の様々な宙域に分布しており、小型の種や無害な種は野生動物・保護動物と同等の扱いを受け、航路上での衝突事故を避けるための取り組みが続けられている。哨戒線の周辺で群れをなす「アトミックレイ」のように、前線の兵士が冗談まじりに追い払う程度の種は、もはや宙域の日常風景の一部といってよい。

最も有名な回遊生物は、セクターⳡを通ってフォルトナソーラ圏を年に二度往復する発光生物の群れ、とりわけその先導個体「17代目ヴェルデ」だろう。数千の個体が燐光の帯となって宙域を渡る光景は「星系で最も美しい渋滞」として星系中に知られている。なおドナルベイン攻略戦では、この回遊の燐光に艦影を紛れさせるという史上初の軍事利用が行われた。

回遊生物の中には危険なものも含まれる。フォルトナの周回宙域にねぐらを構える巨大宇宙怪獣「スペースドドラ」は、カタリナとフォルトナが最も接近する12年の周期で渡りを行うことが知られている。グレートウォール内の隕石群をかき分けて移動するスペースドドラに遭遇した民間船が襲われる被害も発生しており、「ドドラの渡り」とされる時期は、コアワールド内のメジャーワープドライブに緊張が走る瞬間である。

回遊生物はアウターリムにも存在する。ハクティバ圏のセクターϚ(キュー惑星圏)では数年に一度、艦船からエネルギーを奪い取る「スペースアメーバ」の大発生が起きており、通行する船舶へ注意喚起が出される。このスペースアメーバはセクターϊ「静電の海」から来ていることが確認されており、通商連合がベノムと結んだ私設航路の無理な開発がアメーバの生息域を破壊し、餌を求めたアメーバが航路へ大量に押し寄せているとする説が指摘されている。

なおセクターρ近傍で発見された未確認物体B、コードネーム「スペースホエール」として登録された謎の生命体も便宜上この星間移動回遊生物に登録されているが、その正体については諸説あり結論は出ていない。この謎の生物の発見時の記録については、コーネリア元エースパイロットの失踪事件を参照されたい。

マノウォーの碑文 / ツインサン・パレスの秘宝 THE MANOWAR STELE

現象・その他 キュー・アルピニア — 解読率6%の石板

アルペジオのドン、ビッグ・ボスがアルピニアに構える店「ツインサン・パレス」。その最奥に飾られた解読不能の文字が彫られ青白く発光する水晶のような鉱石で彩られた巨大な石板である。碑文に付けられた「マノウォー」という名前も発見地のものである神聖帝国跡地の遺跡に刻まれた文字をそのまま平読みしたものであり正しい意味は不明である。刻まれた文字は複数の系統の文字を織り交ぜた暗号のような形態をとっており、いまだ全体の6%しか解読に成功していない。そしてその6%の解読に漕ぎ着けたものこそ石板の持ち主であるビッグ・ボスと、そのお抱えの考古学者たちである。

書いてある内容が不明な以上、この石板に歴史遺産やインテリア以上の価値を見出すことは難しいとされるが、それでもキューの数多の考古学者がこれを解読しようと奮闘してきた。この碑文を見つけたのはほかならぬ若き日のビッグ・ボス本人であり、かれこれ50年以上もこの石板の解読を続けている。稼業の合間に行う趣味でしかないが、暇があれば自分自身も古文書を片手に解読を試みる日々の積み重ねは成果を残しており石板の一部の文章の解読に成功している。

ビッグ・ボスは人生をかけて解読しても1割に届かなかったことに思うところがあったのか、「読める客が来たら店ごとくれてやる」との言葉を残している。この発言を聞いた彼の息子たちは高度なジョークか何かと受け取ったが、4男が冷静に聞き返したところ本気であることが分かっている。現時点で全文を解読できた者は誰も存在しない。

以下は石板に刻まれた文字の一部の写しである。ビッグ・ボスが解読に成功したとされるのはおおよそこの範囲と目されるが訳文が公開されたことは一度もない。【…】は石板の破損箇所を示す。

वरेरह ओत्ते कित। मों ओ कुगुरि 【…】 सकिहे ओरोसरेत। ओमोनोह मद कोनइ। नरब मतु। मतुकोतोग वरेरनो यकुमे देअरु।

क्यूनि नोकोरु वरेरनो कोरहे। कोरेह मानोवा देअरु। कोरेओ योमेत नरब चिह तुज़ुइतेइरु।

यगते कुरुमोनोह हेइवनो नओ कतरु। नोज़ोमिह होशिनो इनोचि 【…】 इनोरुन। ससगेरुन। नेगइह कतेनि सरेरु।

अओजिरोकु कगयकु मोनोनि चिकज़ुकुन। अरेह अकरिदेह नइ। होशिनो इनोचिग मोरेरु किज़ुगुचि देअरु। मिहों ओ कोनो इतनि फूजित। कोनो इरो ओ ओबोएयो।

सुबेते ओ वसुरेतेमो कोरेदकेह चिदे ओबोएयो। वरेरह र्यू। र्यूह 【…】 नि हिज़ ओ ओरनु।

ビッグ・ボスは断片の内容を問う客に「わしにも判らんよ…だが、恐らくは昔の連中の遺言状かもしれん。なんとなくそう感じるのさ」とだけ答えている。店を訪れる客の間では石板を彩る青白い鉱石の美しさと「読めたら店がもらえる」という与太話ばかりが有名である。

なお学界ではこの碑文と「炎の予言」との関連性が指摘されている。神聖帝国の遺跡で見つかった予言の壁画がパラノディア文字で書かれ解読可能だったのに対し、この石板は同じ場所から発掘されながら未だに読めない。それでも出土地を同じくする事実は偶然とは考えにくく、予言と碑文を一続きの記録とみなす説が根強い。解読の鍵となるはずであった三言語碑文についてはヴァイフの碑文の項を参照のこと。

ヴァイフの碑文 THE VAIF STELE

現象・その他 キュー — 現存しない三言語碑文

惑星キューの古代遺跡から発掘された碑文の一つであり、類似のマノウォーの碑文との関連性も示唆されている。この碑文は現在星系で発掘された全遺物の中で唯一、パラノディア語とパラニド古代文字、交易共通文字の三種の言語体系で同じ文章が書かれていた。翻訳の足掛かりとして最高の資料であり、この石板を使用すれば既知のパラニド神聖帝国の全碑文の内容が解読できる代物であった。解読可能なパラノディア語を鍵として未解読のパラニド古代文字へ橋を架けるという、碑文学者が三千年ぶりに手にした一枚の辞書である。

だが現在この碑文は完全に破壊されており現存していない。環境活動団体グリーンピースの抗議活動によりヴァイフの碑文はスレッジハンマーで殴り壊され、欠片は全てやすりで研磨されてペットロックとして再利用された。発掘した関係者は大発見に感涙し祝勝会まで開いたうえで次の発掘と解読作業に心躍らせたというが、その夢が叶うことはなかったのである。碑文の名は発掘地点の遺構に刻まれていた文字の平読みであり、マノウォーの碑文と同じく本来の意味は分かっていない。

この碑文が発掘された際、ビッグ・ボスは大興奮で二日間も眠ることができず現地に自ら赴いて現物を確認する予定であった。だが現地に着いたとき広がっていた光景はグリーンピースの環境活動デモと、無残に破壊され色を塗られて配布されている石板だった石ころであった。この光景を三度見直して状況を理解したビッグ・ボスは激高のあまりキューソイド以外には聞き取れない高周波の罵声を上げ、高血圧で卒倒し病院送りになったという。五十年以上をマノウォーの碑文の解読に費やしてきた男にとって、その鍵が目の前で石ころになった衝撃は察するに余りある。なお色を塗られた欠片の一つは回収されて今もツインサン・パレスの石板の足元に置かれており、客がそれを何かと尋ねると店主は答えないという。

もしこの石板が残っていた場合、ライラットの人類史の解読は飛躍的に進んだとみられる。かの有名な「炎の予言」も、意図的に削り取られた欠落部分に相当する別の碑文のパラニド古代文字を読むことで解読が可能になっていたとみられ、ヴァイフの碑文の消失は星系の人類史最大の損失と言っても過言ではない。碑文学界では今も年に一度この日を「石ころの日」と呼んで追悼の集会を開いており、集会の席で配られるのは研磨された石を模した菓子である。食べてしまえば残らないことを分かったうえでの趣向である。

ドガスの碑文 THE DOGAS STELE

現象・その他 キュー — 予言の全文を刻むとされる未解読の石板

惑星キューパラニド神聖帝国の古代遺跡から発掘された石板である。学界がこの石板を特別視する理由は、かの有名な「炎の予言」の欠けた部分まで含めた全文が記載されている可能性が高いためである。ただしこれについてもあくまで推測でしかないことを注記しておく。根拠は発掘箇所が炎の予言の壁画と向かい合うように配置されていたこと、近くにあった類似の碑文が似た構成であったこと、そしてビッグ・ボスマノウォーの碑文で解読した文字から推測した訳文が隣の碑文と同じ内容であったという複数の条件が重なっただけのものであり、どれか一つが崩れれば全体が崩れる砂上の推論である。

炎の予言は一部が何者かによって削り取られているため解読が不可能な箇所が幾つもあるが、こちらは全文が記載されているように見える。ただしそれはパラニド古代文字であるため殆ど読むことはできない。ヴァイフの碑文が現存していれば一夜で読み解けたはずの石板であり、碑文学者たちがヴァイフの喪失を語る際に必ず引き合いに出す「読めるはずだった一枚」がこれである。碑文の名は他と同じく発掘地点の遺構に刻まれた文字の平読みである。

以下にこのドガスの碑文の全文を記載する。解読できた者は歴史に名を残すことになるだろう。

हिकरितोयमि फुततुनोतमशीह चोवओतमोचि सेकइह चितुजोनोमोतोनि हंएओ ओकसुरुदरो। शिकशि कोनोतमशीनो चोवग मिदरेरुतोकि कोनोचिह यकुसइग अरेकुरू।

ओकुकोनेंनो कनतयोरि होनोओनो उमिनि उमरेसुमु क्योदइनर्यू मेज़मेशितोकि क्योकिनोसेंकग सेमरिकुरु। तेंह होनोओनि नोमिकोमरे दइचिह कुदकेचिरि मोहय ननिमो नोकोरनइ। सुबेतेग शूएंओमुकए सोकोनिह हितोतुदकेग नोकोरु सोनोनह शिंनो होशिबोशिनो हेवदेअरु।

यमिनोकिशिनिशिते कमेरिअंनोओ दोरको। हिकरिनोकिशिनिशिते रइरत्तोनोओ अश्शु। हरुककनतयोरि अरवरेशि नेगइओकनएरु तबिबितो नोव। किचिनोबुंमेह चिकरओतबने संनिंनो होशिनोकिशिग तचिअगरु।

कोनोचिनि फुरिककरु इतुतुनोयकुसइ निजि कमिनरि उमि मुशि सोशिते होनोओ। योत्तुमदेह यूकंनमोनोनो गिसेनियोरि सोनोबह ओसमरुदरो दग कुतुगएरुकोतोहनइ। होनोओओतोमेरुसुबेह नइ केतुमतुहहितोतु। कोनोसेकइह शूमतुनोततकइनो होनोओनितुतुमरे इमनोसुगतह कोवरेरु दग सोरेदे किबोह उशिनत्तेहइकेनइ।

संनिंनो होशिनोकिशितो सुबेतेनोतमिनो नेगइनियोरि गिंगनोशिहइश कुरज़ोअओ उचितओसुदरो। हितुयोननोह होशिबोशिनो सुबेतेनोतमिनो जुंसुइन हेवनो नेगइदेअरु।

होशितोर्यूतो तोमोनिअरंकोतोओ। वरेरह र्यूनोकिशि कमेरिअं। कुरज़ोअओ ओइशिमोनो।

石板は現在キュー考古学協会の保管庫に置かれ、ヴァイフの碑文の一件以来アルペジオの護衛が昼夜交代で扉の前に立っている。ビッグ・ボスは「今度は殴らせん」とだけ述べたと伝えられ、保管庫の周囲では環境活動団体の旗を掲げた者の姿が一人も見られなくなったという。なお石板の写しを手に入れて解読に挑む素人は星系ネットに絶えないが、現在までに提出された訳文はどれも「炎の予言の写しをそのまま書き写したもの」と判定されている。原文が読めないのに訳文が同じになるのは解読ではなく暗記である。

オカルト雑誌「ヌー」 OCCULT MAGAZINE "NU"

文化・生活 オカルト専門誌 / コーネリア・シティ

コーネリア・シティで大人気の、星系のオカルトを余すことなくまとめたオカルト専門雑誌。いかにも怪しい見た目に記事の題材も怪しいものばかりが目を引くが、その検証はかなり厳正な裏取りと調査に支えられており、ネットに転がる根も葉もない噂記事とは一線を画している。形のない違和感や恐怖に正面から切り込み、面白いものには夢を残しつつ、害のあるものはしっかり否定して偽情報と示す。この姿勢は情報があふれる今日のライラット星系において、貴重な指標になっていると評される。

なお、この雑誌は新興宗教「ムー」の風評被害の被害者でもある。雑誌名の語感が一文字違いであるせいで関連を疑う者からの取材電話が絶えず鳴り響き、移動要塞ムーラシアが爆破された際には「オカルト雑誌の本社が宇宙の塵になった」と騒ぎ立てる者さえ現れたという。編集部は星系を騒がせる迷惑系配信者の独立星系連合復活説などの根も葉もない流言に対しても、ムーの所業に対しても、「オカルトもロマンも理解していないド三流」と一貫して相容れない姿勢を崩していない。

スターフォックススリッピー・トードは毎回ハガキを書いてまで投稿する筋金入りのファンであり、グレートフォックス内の彼の部屋には本誌がピラミッドのように積み上がっている。最近掲載された特集「グレートウォールの高エネルギーの正体を追え!」を読んでからはそれに首ったけらしい。

ギーグ錯視 / なぜか気持ち悪いアレ GIEGUE ILLUSION

現象・その他 原因不明の生理的嫌悪反応

この現象に正式な名前はまだ無いが、便宜上よく使われる言い回しとして「ギーグ錯視」の言葉を借りて説明する。赤や黒、黄色に白など特定の色を組み合わせて特定の模様やフラクタル画像を描くと、なぜか耐えがたい不気味さを連想させる現象が度々報告されている。この生理的嫌悪感を催す謎の感覚を、コーネリア精神学会は「ギーグ錯視」と仮の名前を付けて呼んでいる。

根本的な原因は不明だが、どうにも胎児や臓物など有機的なものを連想することが要因らしく、草食系の人種ほど嫌悪感が強くなる傾向があるという。逆にヘケトイドアポフィソイドパラノディアンサウリアンといった爬虫類・両生類系の人種には、全く効果がないことも報告されている。近年では、赤と黒に覆われたセクターϸの観測写真を長時間見た者が訴える体調不良の説明として、この言葉が持ち出されている。

なお「ギーグ」の語源は不明だが、パラノディアンの言葉で「生まれてはいけない者」を意味する言葉であり、この単語自体も曰く付きである。この模様を描いたものはライラットでは忌避の対象となりまったく好まれないが、好んで部屋の壁紙にまで使う紳士もいるらしい。世界は広いものである。

トリンキュロー回廊 TRINCULO CORRIDOR

領域・場所 セクターφ — サルガッソー第2宙域

セクターφを貫く、共和国・帝国が安全にサルガッソーを通過できる数少ない航行ポイント。サルガッソーの名を冠する四つの宙域では「第2宙域」にあたり、船を安全に通せるのは実質この回廊だけである。インナーリムとアウターリムを結ぶ戦略的要衝であり、9大ワープ航路のうち5本がこの一点に重畳する。入り口側には6航路が交差する星系最大の宇宙港ペルディタ宇宙センターセクターκ)が控えており、この回廊の支配権はそのまま星系の物流の支配権を意味する。

回廊が航路として成立している理由は宙域中央の星雲にある。虹色の光層を縦に貫く暗い裂け目モーゼンの宙割りは誰の目にも同じ形に映り、裂け目へ機首を合わせて直進すればサルガッソーの外へ抜けられる。タイタニアの異常磁場が計器を狂わせ悪魔の手が船を絡め取る「脱出不可能」の魔の宙域にあって、目視だけを頼りに進める天然の照準はこの裂け目をおいて他にない。サルベージャーの合言葉「サルガッソーで虹色を見たら出口だ」が指すのもこの星雲のことである。ただし合言葉には「赤い光を見たら地獄の入り口」という不吉な後段があり、かつてこの宙域を狩り場とした襲撃者の記憶を今に伝えている。なお回廊の出口は惑星配置の巡りにより、8年のうち1年だけセクターρと接続して横断交通の通過点となる。

その価値ゆえに回廊は常に戦火の焦点であり続けた。IGA戦役では独立星系連合が鹵獲艦や遺棄艦を溶接した廃艦要塞で回廊を封鎖し、歴次の攻略失敗から「艦隊の墓場」と恐れられた。宇宙歴3974年からの奪還戦はライラット史上最も困難な奪還作戦と記録され、戦役後半の分水嶺となるとともに若きニャン・ウェンリーが異名「魔術師」を得る舞台となった。第2次ライラットウォーズでは帝国の本命侵攻の進撃路に選ばれ、師弟最後の対決刻の軍神作戦が展開された。二十数年前に共に奪還した回廊で師と教え子が向かい合った因縁は今も語り草である。

現在も民間の通行は途絶えていない。通行船は共和国・帝国双方の検問を二重に受けるため、船乗りたちは皮肉を込めてこの回廊を「世界一治安のいい無法地帯」と呼ぶ。一方で最近になり帝国が回廊付近で廃宇宙艦隊を組み上げた巨大要塞を建造しているという噂がある。完成すれば共和国は星系の動脈を失うこととなり、参謀本部はこの事態を想定図上演習の「悪夢の第一位」に挙げている。かつてIGAが同じ手で回廊を封じた歴史を思えば、この噂を笑い飛ばせる者は共和国にはいない。

クライメート・コントロール CLIMATE CONTROL

領域・場所 フィチナ — ボノ盆地 / 惑星気候制御装置

フィチナに建設された、同惑星専用の気候制御装置とその運用拠点。旧・サルジーナヤ連邦が自国の凍土を融かすために計画した施設で、共和国への併合後に完成した。州都サルジーナヤと基地群はこの装置の作る「気候の傘」の下に築かれており、制御を奪われればフィチナ全土の生存環境がそのまま人質となる、諸刃の剣というべき施設である。第2次ライラットウォーズ緒戦で帝国軍に掌握された際は、まさにその悪夢が現実になりかけた。制御を取り戻した奪還戦の経過は用語DBに記録がある。

クロウディアス準惑星帯 CLAUDIUS BELT — 溶鉱炉宙域

領域・場所 セクターς-2〜6 / 帝国軍占領下 — 隕鉄飛来・航路外航行危険

マクベスの位置するセクターςのうち、鉱山を有する準惑星「クロウディアス」を中心に多数の隕鉄や小型準惑星が集まるς-2からς-6までを指す宙域の呼び名である。マクベスの後ろに付いて回るように配置するこの準惑星群の起源は不明であるが、タイタニア「悪魔の手」に捕らえられた鉄分を含む天体の群れと考えられており、公転周期もマクベスと同じ標準時間の3年に相当する値に固定されている。800年前ごろまではマクベスの軌道上の至るところに分布していたらしいが、文明の発展と共に鉱物や水資源として消費され、現在はマクベス周辺のセクターςに残るのみである。第1次ライラットウォーズが始まる前までは、実質この宙域がサルガッソーのような天体障壁として振る舞っていたと考えられる。

大量の隕鉄が飛び交う危険な宙域であり、現地で活動する鉱山企業の敷いた航路を使わない場合は危険度がさらに跳ね上がる。セクターςはマクベスと同様に磁場と重力の坩堝にあるためか、宙域内の星雲もプラズマ発光して炎のように揺らめきながら輝いており、このプラズマ雲は炎のごとき高温に加熱されている。赤熱する雲の中を鉄の塊が飛び交うこれらの要素から、宙域そのものを巨大な溶鉱炉に例える者は少なくない。「溶鉱炉宙域」の通称はここに由来する。

隕鉄は鉱山採掘によって消費され、残骸はコスモコンクリートの材料として絶えず消費されてきたため、この宙域は50年以内に使い尽くされて消滅すると考えられていた。ところが8年周期で定期的に外縁部から流れ着く隕鉄が回収されることで補填されている事実が発覚した。鉱物採掘で生計を立てる者は胸を撫で下ろし、宙域の消滅を待っていた運送業者は愕然としたという逸話が残る。流れ着く隕鉄の出所は特定されておらず、悪魔の手が星系のどこかからいまだに獲物を引き寄せ続けている証拠だと見る者もいる。

軍事的には、マクベスのミサイル基地群の射程を避けて同星へ突入するためにはこの宙域を経由せざるを得ず、基地群を難攻不落たらしめている要因の一つに挙げられている。ς-2にあるオズリック・フォーティンブラス工業航路の管制塔を取り戻すことができれば、ここを経由せず直接マクベスへ乗り込むことができる。事前準備の有無で攻略の難度がまるで変わる局面になることが想定されており、参謀部の攻略案の多くはこの管制塔の奪取を第一段階に置いている。

悪魔の手 THE DEVIL'S HAND

現象・その他 サルガッソー — タイタニア磁場の捕獲現象

サルガッソー宙域で観測される現象。タイタニアの異常磁場の影響で、破片や隕鉄が航行中の宇宙船に群がるように集まる様子から名付けられた。数多の遭難事故の原因であり、船乗りたちの間では「サルガッソーで船を止めるな、悪魔が手を伸ばす前に抜けろ」という警句が語り継がれている。

正体は悪霊の類ではなく、タイタニアの地殻そのものが帯びた磁力である。鉄に富む地殻が惑星規模の永久磁石として磁化しているとする残留磁化説が有力で、惑星の周囲には不均一な磁気圏が広がっている。鉄を含む物体がこの圏内で速度を落とすと軌道から引き剥がされて捕縛され、二度とサルガッソーの外へは出られない。捕まるのは金属質の船体や残骸に限らず、磁鉄鉱を含む岩塊も同様である。そして速度を失いつつある船の目には、周囲を漂う残骸が自分めがけて群がってくるように映る。悪魔の手とは、この捕獲作用を船の側から見た姿にほかならない。

実害は衝突に留まらない。磁化した破片は推進器や排熱部へ吸い付いて航行機能を塞ぎ船を漂流へ追い込む。宙域内では通信が著しく減衰するため、救難信号が外へ届く頃には手遅れであることが多い。さらに磁場は計器そのものを狂わせ、慣性航法の頼れない船は自分の位置すら見失う。厄介なことに悪魔の手が捕らえた獲物は速度を保ったまま漂い続けるため残骸の配置は日ごとに変わる。昨日空いていた空隙が今日も空いている保証はどこにもないのである。生還の鍵はただ一つ、速度を保ったままトリンキュロー回廊へ抜けることであり、警句が「止まるな」と説くのはこのためである。

この現象は戦史の景色も変えてきた。IGA戦役では独立星系連合が築いた廃艦要塞の迂回を不可能にし、共和国に正面攻略以外の道を残さなかった(トリンキュロー回廊奪還戦)。かつては反物質爆弾による空間洗浄でこの「手」を切り落とす試みも行われたが、戦争が新たな残骸を供給し続ける限り意味はなく現在はほぼ放置されている。一方でサルベージャーたちにとって悪魔の手は、星系中の金属資源を一箇所へ集めてくれる存在でもある。なおサルガッソーの名を冠する宙域でもセクターρにはこの現象が及ばない。タイタニア磁場の影響圏の外にあるためで船乗りたちは悪魔の手の有無こそが「本物のサルガッソー」との境界線だと語る。

スペルストーン THE SPELLSTONES

現象・その他

フォルトナサウリア)の各地の聖域に据えられている石柱状の遺物。恐竜族の伝える呼称を訳して「スペルストーン」と記録されている。惑星の地表へ楔を打つように配置されており、この星の地殻変動がほとんど停止している原因を石の作用に求める説は有力である。内部には正体不明の力が装填されているとみられるものの、外部から観測できるのは微弱なエネルギーの残滓のみであり、原理の解明には至っていない。部族はこの石を星を留めるものと伝え、聖域からの持ち出しを最も重い禁忌としている。

禁忌の重さを裏付けたのが、部族間の衝突に際して石の一つが聖域から持ち出された事件である。石が座を離れた直後、対応する座標の大地がフォルトナの地表から引きはがされ、分離した陸塊はそのまま浮上して惑星の衛星軌道を周回し始めた。石が本来の座へ戻されると陸塊は元の配置へ復し、露出した地層は森の菌糸網によって短期間のうちに縫合されている。この一件は、フォルトナの安定が地質学的な必然ではなく石の作用に依存した状態である可能性を示すものとして重く受け止められた。

石がすべて簒奪された場合、あるいは意図的に破壊された場合に何が起こるのかについては、規模の推定すら成立していない。分離した陸塊は一つの石に対応する一区画にすぎず、観測された事例はこの一件のみである。コーネリア科学技術省の見解は「観測された一例から外挿できる範囲を超える」の一文にとどまっている。

【最重要軍事機密 — QAL文書】スペルストーンに装填された力は、サウリアの部族が信仰する『スピリット』と同一のものと推定される。石は土地へスピリットを固定し、その作用として星の変化そのものを停止させている装置であり、周回宙域に配されたスペースオベリスクと対を成す機構である可能性が高い。オベリスクが星々からスピリットを集める側の装置であるとする分析と併せれば、フォルトナの地表は現在も収奪の対象となり得る。詳細は惑星記録フォルトナの機密項を参照のこと。

海の姉妹は四人だった THE FOUR SISTERS OF THE SEA — アクアスの民話

現象・その他 旧タッドーの子守歌 — ミランダ仮説の傍証

アクアスを含むソーラ圏(ソーラシア)の文化圏に広く伝わる有名な民話であり子守歌である。コーネリア連合共和国アクアス州の前身にあたる旧タッドー共和国の時代から歌い継がれ、その一節は「海の姉妹は四人」と歌う。「水面に映る長女、見目麗しき次女、混沌の王に呑まれし三女、そして、哀しみ心を閉ざす四女」

民話学者たちは長らく、この数え歌を単なる韻文の綾とみなしてきた。これが偶然か必然か、天文学会でミランダ仮説(ソーラの項を参照)が発表されて以来、この子守歌は星系考古学で最も議論される「四人目」の傍証となっている。長女は「水面に映る星」を意味する旧名アリエルを持つアクアス、次女は「優しい海」と讃えられたゾネス、心を閉ざした四女は氷に覆われたフィチナ、そして混沌の王に呑まれた三女こそ、砕けてソーラへ降り注いだ原始惑星ミランダである。歌詞と観測事実の対応をこう読み解く論文が、仮説の発表以来相次いでいる。文明が生まれる遥か以前に砕けた星の記憶が歌に残っているはずはない。先住種族ネイティブ・アクアンの伝承が原型となったのか、あるいは本能的な直観がこれを歌わせたのか。謎は深まるばかりである。

なおこの民話には恐ろしい派生譚が存在する。曰く、海の四姉妹は歌姫セイレーンの使いだった。神域に手を出したある男が、瀕死の想い人を救うためセイレーンをだまして四姉妹の一人を殺害し、赤魚の煮つけにして食べさせることで彼女の救命に成功する。だが男は怒り狂ったセイレーンに追われ続ける身となり、最後は死ぬことすら許されない体となって、アクアスの深海に幽閉される。ここで話は終わる。

この派生譚はあまりに恐ろしいためか、長らく書籍化されることがなかった。近年とある漫画の出典元として使われたことで一躍有名になったのは記憶に新しい。アクアスのシレーヌ海の名がこのセイレーンに由来することは州民の常識だが、民俗学者たちが注目するのは別の点である。派生譚もまた、四人の姉妹の一人が失われて三人になる物語だということである。

始祖の開拓団『ブレーメン』 THE FIRST PIONEERS — "BREMEN"

現象・その他

ライラット星系最大の謎──惑星ベノムに初めて降り立ったライラットの始祖たちを、研究者たちは『ブレーメン』と呼ぶ。現在のライラット星系の既知の文明は、全てこの開拓団から始まったと考えられている。だが彼らがどこから来たのか、なぜライラット星系を選んだのか──その全ては今なお謎の中にある。少なくとも、ベノムに降り立った開拓団はやむにやまれぬ事情で外宇宙をさまよっていたと推測されるが、それが母星の環境破壊によるものか、外敵の侵略によるものか、想像の余地はあらゆる方面に広がっている。

ベノムの遺跡調査によれば、開拓団を指揮していたのは「毛のない奇妙な生物」を従えた古代アヌビソイドと推定される。しかし出土品の中にはアヌビソイドの手先では到底製作が難しいと思われる機構も含まれており、「開拓団の持つ技術の多くは、むしろこの奇妙な生物──オーバーロード──に由来する」という大胆な仮説も提唱されている。学会では荒唐無稽に過ぎるとして半ば笑いのネタ交じりに『オーバーロード理論』と名付けられた説だが、これに代わる他の説にも、決定打となる証拠は存在しない。

巡礼「灯還り」 THE HOMECOMING OF LIGHTS

文化・生活 5年に一度の巡礼航海 — セクターϧ「入航の道」 / 開戦により中止

5年に一度、セクターϧ「入航の道」で執り行われてきた巡礼航海である。星系暦元年、母星を失った始祖の開拓団『ブレーメン』がたどった航跡を逆の向きにたどり直し、回廊に並ぶ記念ブイ「元年灯」を一つずつ灯して進む。星系暦の節目を数える星系最大級の記念行事であり、出自も人種も陣営も問わず、船を持つ者なら誰でも列に加わることができる。

船列は回廊の先端、開拓団が最後に抜けた古いワームホールの口から出発する。道中は自船の灯りを最小限に落とし、進むほどに点り重なっていく元年灯だけが背後の道標となる。終点は開拓団が初めて「青い灯台」ライラット・プライムを視認したとされる地点である。ここで全ての船は一斉に反転し、四千年前の開拓団と同じ角度から同じ青い光を見る。「我々は、あの灯りに拾われた」。式辞は毎回この一文で結ばれると決まっており、これを聞いて泣かない参加者は少ないという。漁船も客船も貨物船も同じ隊列に並ぶ眺めは壮観の一言であり、復興期からはスターブレード艦隊が護衛に就くことが慣例となっている。

この巡礼の道そのものが星系でも特別な場所である。セクターϧの星雲は星系で唯一「地上の雲と同じ光り方をする星雲」であり、宙域を照らすブラグザライトは春先の陽光のような優しい光を放つ。青空に白い雲の浮かぶ景色の中を船列が進んでいく巡礼の眺めは、参加者の手記でしばしば「まるで故郷の空を飛んでいるようだった」と語られる。母星を失った開拓団が最後にたどった道が、星系で最も故郷の空に似た場所であったこと。これをただの偶然と片付けられる者は、巡礼を終えた者の中には一人もいないという。

発祥には諸説あるが、最古の記録は共和国成立よりも古く、開拓団の子孫を名乗る一族が私的に行った「里帰りの航海」に遡るとされる。同行を願う船が回を追うごとに増え、いつしか星系全体の行事へ育った。5年という周期の由来については「元年灯の保守点検の周期に合わせた」という身も蓋もない実務説が有力である。戦乱の時代にも巡礼は細々と続けられ、第1次ライラットウォーズの最中ですら、灯還りの船列にだけは互いに手を出さないという不文律が守られたと伝えられる。

だが現在、回廊の先端はセクターψの防衛線に飲み込まれている。第2次ライラットウォーズの勃発により灯還りは星系暦史上初めて中止された。皮肉にも開拓団の最初の到達地はベノムであり、巡礼の出発点はいまや敵国の玄関口である。元年灯は消えたままとなっている。前線の兵士の間では「元年灯に火が入る」が終戦を意味する隠語として定着しつつあり、消えた灯りの列は、この戦争が奪ったものの静かな目録として回廊に浮かび続けている。

オーバーロード OVERLORD — 古代種族

現象・その他 ベノム遺跡の壁画に残る「毛のない奇妙な生物」

ベノムの遺跡で発掘された壁画や資料に登場する、古代に滅びたとされる謎の種族の通称。壁画にはアヌビソイドがこの種族を引き連れて先頭に立ち進む様子が描かれており、ライラット文明の起源を解く鍵とされる。始祖の開拓団『ブレーメン』の技術の多くがこの種族に由来するとする『オーバーロード理論』も提唱されている。その正体、滅亡の経緯、ドグマ宙域のコンタクト信号との関連など全てが謎に包まれている。

壁画のオーバーロードは「毛のない奇妙な生物」として描かれる。直立二足の細身の体に体毛はなく、翼も鱗も長い尾も持たない。ライラットの既知のどの人種の祖形にも当てはまらないこの姿は、彼らが星系の進化の系統樹のどこにも属さないことを示唆している。奇妙なのはその名である。壁画で常に「引き連れられる」側に描かれる彼らに、研究者たちは「主」を意味する通称を与えた。出土品にはアヌビソイドの手先では到底製作できない機構が含まれており、行列の主従は本当は逆ではないか…という疑いが、名前の中に既に織り込まれているためである。

オーバーロード理論は学会では荒唐無稽の代名詞であり、半ば笑いのネタとして扱われ続けてきた。だがこれに代わる説にも決定打となる証拠はない。確かなのは、ベノムの遺構群がタイタニアアクアスの遺跡と明確な類似を示す一方、キューパラニド神聖帝国の系統とは技術の系譜も設計思想も全く噛み合わないことである。ライラットの古代文明は二つの系統に分かれて屹立しており、その一方の中心にこの種族が立っている。ブレーメンがやむにやまれぬ事情で外宇宙をさまよっていたとする推測と重ねれば、この種族の物語は母星の喪失から始まったことになるが、これも想像の域を出ない。

研究は今、完全に止まっている。ベノムの遺跡群は帝国のバイオウェポンの組織の下に封じられ、調査再開の目途は立っていない。一方で過去の大発掘の出土品に含まれていたオーバーテクノロジーの幾つかは、現在の星系の暮らしに直接の恩恵をもたらし続けている。素性の知れない種族の遺産の上で、ライラットの日常は今日も回っているのである。なお付け加えるならば、彼らが「滅びた」と明記した記録は一枚の壁画にも存在しない。いつからか描かれなくなる──分かっているのは、ただそれだけである。

コンタクト信号 THE CONTACT SIGNAL

現象・その他 セクターj — ドグマ宙域 / 発信源未特定

数年前から恒星ドグマ・セントラル周辺(セクターj)で観測され続けている正体不明の信号。最初の捕捉はグリッピア方面の観測網によるもので、自然現象では説明の付かない規則的なパターンを持つことから人工的な発信源の存在が疑われている。発見は一部の学界を騒然とさせたが、直後に第2次ライラットウォーズが勃発。星系の全ての目が戦争へ向く中、暗黒星雲の奥からの「呼びかけ」は今も応答されないまま続いている。

数少ない解析の試みは謎を深める結果ばかりを残している。ある研究者は信号の反復周期がライラットの主要言語のどの構造とも一致しない一方、ベノム遺跡の壁画に刻まれた文様配列と統計的な類似を示すという未査読の論文を発表した。論文は学会で黙殺されたが撤回もされておらず筆者は現在CIS-HQの保護観察下にある。壁画に描かれた古代種族オーバーロードとの関連を疑う声はこの論文以降むしろ強まり、外宇宙からの「何か」の到来を警告する学者も少なくない。「この星系そのものが誰かの作品である可能性」を記した古い論文の脚注まで発見以来たびたび引用されるようになった。

当局の扱いは異例ずくめである。CDF情報部はこの信号に内規上の最上位監視区分「アポカリュプシス」を適用しており、発見以来この区分が適用された事象は他に存在しない。ドグマ宙域への民間船の接近も全面的に禁止された。星系の全戦力が二大勢力の戦争へ注ぎ込まれている今、暗黒星雲の向こうから「何か」が現れても迎え撃つ余力はどちらの陣営にもない──参謀本部の机上演習では、この想定は「最悪のシナリオ」として毎年繰り返し議題にあげられている。

市井での扱いは対照的に賑やかである。オカルト的解釈はホロ番組の心霊特集の定番三本柱に数えられ、百年前に「需要なし」として凍結されたドグマ行き航路の設計図には閲覧申請が相次いでいる。南の凪に置かれた長距離観測アレイは信号の一次受信点としてにわかに注目を集め、観測データを独自に溜め込んでいると噂される企業もある。フロンティアの観測士たちは未成に終わったオービタル・ゲートの「残りの5%」さえ埋まれば発信源を確かめる最短の道になると半ば冗談めかして語り合っている。誰もが耳を澄ませ誰も返事をしていない。ライラットの夜の一番外側では深紅の星が今日も規則正しく瞬き続けている。詳細記事 ►

監視区分 / 検閲レベル CLEARANCE & CENSORSHIP — 情報管理制度

現象・その他 CIS-HQ — 星系の情報を仕分ける「本棚」

コーネリア共和国の記録と文書は、CDF情報戦略本部(CIS-HQ)が定める二つの制度で管理されている。文書ごとの閲覧権限を定める「検閲レベル」と、事象そのものに適用される「監視区分」である。本データベースも例外ではない。記事の一部が黒く塗り潰されていたり「本データベースの権限では表示されない」と突き放されたりするのは、すべてこの制度の仕業である。

検閲レベルは六段に分かれ、各級には古い聖典学の言葉から採られた名が与えられている。
─ LV.1「クロニカ」: 一般公開層。市民が図書館の端末で読めるすべての記録
─ LV.2「アレゴリア」: 部分検閲層。伏せ字と黒塗りが現れ始める最初の段
─ LV.3「オラクル」: 軍内限定。作戦記録・部隊運用・交戦詳報
─ LV.4「シビュラ」: 高級士官および評議会案件。召集がなければ開かれない
─ LV.5「アポカリュプシス」: 特権区画。専用アーカイブでの認証を要する
─ LV.6「テラン」: 目録の欄外。適用文書は星系に1件しか存在しないとされる
記録は誰もが読み、寓意は読み解く者を選び、神託は聞く者を選び、預言は国家の危機にだけ開かれ、黙示は世界の終わりにしか語られない──命名者の記録は残っていないが、情報部の職員はこの体系を「本棚」と通称している。なお最後の「テラン」だけは出自が異なる。遺跡から発掘された失われた言葉であり、意味は今も分かっていない。星の名前であろうと目されている。

監視区分は事象そのものに適用される横断的な区分であり、通常は対応する検閲レベルに準じて運用される。例外が最上位監視区分「アポカリュプシス」である。適用されれば関連記録は一括して特権区画へ移管され、宙域そのものへの民間船の接近さえ禁止される。発動の記録は星系史上ただ一度、コンタクト信号に対してのみである。

LV.5特権区画の実体は、フィチナタイタニアアクアスの3惑星に分散された管理基地群である。氷の下、磁場の壁の中、そして深海──いずれも「盗みに行けない場所」だけが選ばれており、原本は分散保管の上で相互に照合される。タイタニア拠点に専任の機密情報管理者が置かれていることだけが公表されている。なお権限を持つ者がどこから特権区画の扉を開くのかは、それ自体がアレゴリア級の秘密である。ただ古株の司書たちは「扉は案外、身近な場所にある」とだけ笑って答えるという。

アウト・オブ・ディメンション OUT OF DIMENSION

現象・その他 異相次元接続仮説 — 未解明

主星ライラット・プライムそのものが特異な性質を持つライラット星系では、既知のものだけで数百を超える怪奇現象が観測されている。その中で最も奇妙とされるのが、この『アウト・オブ・ディメンション』の報告群である。端緒は、とある古書店で見つかった一冊の古い本だった。挿画の植物は星系のどの植物図鑑にも当てはまらない特異な形状をしており、本文は全く読むことのできない奇怪な記号で綴られていた。発見当初こそマスメディアがこの奇書を持てはやしたが、ブームはほどなく過ぎ、研究者の大半は「質の悪いいたずら」として検証そのものをやめてしまった。

雲行きが変わったのは数十年後、軍事用の暗号解読AIの発達によってこの本の単語に奇妙な意味があることが次第に明らかになってからである。描かれていた景色と植物は、なんとコーネリアのものだった──ただし、ほんの少しだけ異なる歴史を綴った、コーネリアである。本の出どころは全くもって不明のまま、一部の科学者は大胆な仮説にたどり着いた。『事実が微妙に異なる異相次元が多数存在し、この本はその一つからこの次元に迷い込んだものではないか?』。

さらに数年後には、演習中に行方不明となった偵察部隊員の最後の通信が、消息を絶ったはずの地点ではなくカタリナの座標から発信されるという事件が起きている。しかもその通信には、カタリナに存在しないはずの帝国軍事基地への言及が含まれていた。音質は極めて悪く、最後の電力を振り絞って送信されたことだけは明白だった。

類似の報告は他にも収集されている。
─ 小惑星帯「メテオ」を形作る隕石は、太古に消滅した「第5惑星」の残骸である──と説明する教育用ホロメモリーの断片
─ 「フィチナは無人の惑星であり、人は住んでいない」とする無線の傍受記録
─ 惑星フォルトナの名は「フォーチュナー」であり、恐竜部族の住む星は「サウリア」として個別に存在する──とする航海記録
─ 「アングラー」と名乗る未知の勢力がライラット星系への侵攻を始めたことを告げる緊急信号
フォックス・マクラウドが外星系でトップレーサーとして活躍している、というニュース放送の傍受記録
いずれも内容は荒唐無稽で相互の関連は全く掴めないが、偽情報と断定するには奇妙に筋が通っている──分析官たちの所見は一致している。

我々が気づいていないだけで、この星系の至る所には『ほんの少しだけ違う結果になった平行宇宙へ接続する扉』が、静かに開いているのかもしれない。

◈ RECORD INDEX

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