概要 OVERVIEW
セント&コート社はプロスペロー発祥のデオドラント・化粧品メーカー。嗅覚の鋭敏な種族が多数暮らす星系では、香りは身だしなみであると同時に「騒音」にもなり得る──この繊細な均衡の上に立つデオドラント産業の最大手であり、化粧品売り場の大半を占める「種族別ライン」の生みの親である。
社名の通り、事業は「セント(香り・消臭)」と「コート(毛皮・鱗・羽のケア)」の二本柱。老舗グルーミングチェーン「ハサミとブラシ」への業務用供給元でもあり、星系の理美容室の棚は事実上このメーカーのショールームである。
沿革 HISTORY
創業者は調香師と皮膚科医の夫妻である。異種族同士だった夫妻は、互いの「良かれと思った香り」が相手には刺激臭だったという新婚早々の悲劇から、種族ごとの嗅覚感度と体臭特性の共同研究を開始。この研究データベース「センス・マップ」が同社の礎となった。無香料車両の条例化が進んだ時代には、消臭を「規制」ではなく「思いやりの商品」に変えた広告戦略で市場を独占した。
化粧品分野への進出は、換毛期の抜け替わり毛を活かしたヘアカラー「モルトチェンジ」の大流行が契機である。「どうせ生え替わるなら、次の季節は違う自分」──換毛を憂鬱から楽しみに変えたこの商品は、若者文化を一変させた。
主力製品 PRODUCTS
デオドラント部門の定番は、種族別に調整された無香料ミスト「サイレント」シリーズ。獣毛種の皮脂、爬虫種の脱皮期、鳥種の羽脂──それぞれの「匂いの事情」に合わせた処方で、公共交通の通勤者の必需品となっている。コート部門では毛艶トリートメント、鱗用保湿ワックス「スケイルシャイン」、羽膜オイルが三本柱である。
高級ラインでは、商談相手を安心させる微香を纏う「香り外交」シリーズが通商連合の商人たちの必携品となっており、アヌビソイドの格言「目は口ほどに物を言い、鼻は目ほどに嘘を暴く」をそのまま逆手に取った商品として、賛否両論の的であり続けている。
文化との関わり CULTURE
軍のパイロットが出撃前に決まった手順で毛や羽を整える験担ぎは有名だが、同社はこれに応えて「出撃前用・完全無香」の軍納品ラインを持つ。敵の嗅覚哨戒に引っかからないための消臭は、冗談ではなく生存技術である──「戦場でいちばん静かな武器は、匂いがしないこと」とは納入担当者の弁。
一方、微香文化の行き過ぎには批判もあり、「体臭は個性か、マナー違反か」を巡る論争では常に名指しされる。同社の広報は毎回同じ返答でかわしている──「当社は隠す商品を売っているのではありません。選ぶ自由を売っています」。
記録余話 ARCHIVES
研究所の官能検査室には、星系中から集められた数千種の「匂いサンプル」が保管されており、その中には既に消滅した惑星ステファノーの街の匂いを再現した一瓶があるという。アルフォイドの老人たちがステファノー忌にこの一瓶を借り受けに来ることを、同社は創業以来一度も断ったことがない。
創業夫妻の研究ノートの一頁が、本社ロビーに展示されている──「香りの正解は種族の数だけある。つまり正解はない。つまり、この仕事は永遠にある」。