発端は、ベノム帝国所属の文化人類学者ヒサシ・ノガミーノ博士から共和国へ一方的に送り付けられた極秘通信である。敵国の学者から届いた通信は当初、傍受記録を採取するための罠と断じられかけた。あまりに荒唐無稽な内容だったためである。だが読み進めた分析官の誰もが、記載内容は純粋であり、かつライラット文明の解釈においてあまりにも核心を突いていることを認めざるを得なかった。数週間の審議の末、CDF情報局は通信の全文をセプテントリオン計画の詳細として解析する方針を決定した。
通信に添付されていたのは、惑星ベノムの遺跡遺構の解析データである。出所については推定になるが、X-02の記録と突き合わせる限り、アンドルフ・ボウマン博士が衛星ゴモラへ退避する際に「使い道が乏しい、もしくは歴史的価値がある」として敢えて溶かさずに保護した遺構群のものと見て矛盾がない。つまりこのデータは、星系で最も価値のある考古学資料が敵国の首都で眠り続けていることの証明でもある。
今日のライラット文明は、ライラット・プライムの青白い輝きを「青き灯台」として目印にし、セクターϧの入航の道を通り、その先のワームホールを抜けてベノムへたどり着いたと考えられている。始祖の開拓団『ブレーメン』を唯一の祖とするこの通説に対し、ノガミーノ博士の報告は根底から異を唱える。ブレーメンは唯一の存在ではなく、8基の探査船の一つに過ぎない。
遺構には8基の探査船の管理記録が残されていた。船はそれぞれ未解明の言語で名を振られており、読みだけを取るなら以下の通りとなる。
| SP-01 | (記録なし) |
| SP-02 | (記録なし) |
| SP-03 | ポラリス |
| SP-04 | ドゥベ |
| SP-05 | メラク |
| SP-06 | フェクダ |
| SP-07 | メグレズ |
| SP-08 | アリオト |
| SP-09 | ミザール |
| SP-10 | ベネトナシュ |
これらの単語が何を意味するのかは分かっていない。星の名ではないかとする説が有力だが、照合の結果、ライラットの空に見えるどの恒星とも一致しなかった。もし星の名で正しいのなら、それは我々の誰も見たことのない、失われた母星の夜空の星々ということになる。SP-01とSP-02の記録が存在しないことから、恐らく1号と2号は失敗し、残る8基は同時に宇宙へ送り出されたのだろう。1基ずつではなく同時という事実が、この船団を送り出した者たちの焦りを感じさせる。
そして、この探査船群には管理する者が存在していたらしい。ポラリスは「3号」、ドゥベは「4号」と、船とは対照的に味気のない無機質な名を刻まれた個体である。記録に残る体格と特徴からみて、この管理者たちは恐らくポラリソイドである。ブレーメンたちが乗っていた船は、ステファノーの調査機関『キュレーター』が残した発掘記録と突き合わせる限り10号の「ベネトナシュ」と推定される。つまり、ブレーメンを指揮していた者の名は「熊 十号」であると推察できる。
さらに管理記録は、ブレーメンの構成員が当初は知性を与えられていなかったことを示している。船内で知性を持つのは熊 十号ただ一人であり、彼だけがこの船を指揮していた。つまり両者は箱舟の「操縦士」と乗せられた「ケダモノ」の関係だったと推測される。従来の歴史研究では、開拓団を指揮したのは「毛のない奇妙な生物」を従えた古代アヌビソイドであり、数多の人種の頂点に立つ存在だったと考えられてきた。本報告はその説を真っ向から、完全に否定するものである。
LV.5ここで一つの符合に触れねばならない。熊型人種ポラリソイドは他の人種と異なり、人種名を構成する単語の語源が有史から今日に至るまで不明だった。この船団が滅びゆく母星から生き物たちを守るための最後の賭けだったとしたら。その旗艦となったポラリスの名を操縦士たちが覚えており、自分たちの仲間の名として種族に付けていたとしても何ら不思議な話ではない。
「セプテントリオン計画」の名はベノムの遺構に刻まれた文字群をノガミーノ博士が翻訳して単語に起こしたものである。注目すべきはその翻訳の容易さである。遺構の文字は今日の戦艦名や機体名に使われる命名規則にそのまま従っており、ライラットの文明が何故か最初から持ち合わせていた「言葉」と同じものだった。我々が起源を説明できないまま使い続けてきた言語の親元が惑星ベノムの地下で眠っていたことになる。
なお翻訳の過程で博士は作業記録の端々に同じ一語が擦り切れるほど繰り返し刻まれていることを報告している。博士はこれを「シゴト(労働)」と訳した。数千年前の遺構に残された言葉としては、あまりに慎ましい単語である。
船団に積まれていたと目されるワープドライブの技術をもってしても、母星からライラットまでの航海は少なく見積もって数百年、長ければ数千年に及ぶ。その年月を、たった一人で。死ぬことが許されない身体で。眠るケダモノたちを守るために働き続ける。くしくもそれはベノムで執行された「コフィンスーツ」の刑とよく似た、しかも何十倍も苛烈と思われる境遇である。偶然の符合とはいえ、これがどれほど壮絶な道のりだったかを考えるだけで涙が出そうになるものである。
そして熊 十号は恐らく、無限の時間にも宇宙の孤独の狂気にも呑まれなかった。ベノムにただ一人で文明の礎を築き、それを目覚めた仲間たちに分け与えた。彼は仕事を最後までやり遂げ、その後に永遠の休みを得たのである。
この仮説に至った時のノガミーノ博士の気持ちを考えれば、敵対組織の垣根を越えてまで情報を共有した理由はよく理解できる。これは戦争の道具にできる類の真実ではない。星系に生きる全ての人種の、家族の記録である。
LV.5また本通信は、帝国の検閲網を不自然なほど綺麗に迂回して届いている。経路を解析したところ、その中継特性はX-02で解読済みのタイタニア発暗号信号網と一致した。すなわち、この通信のために専用の迂回路を用意した人物は、タイタニア座標に潜伏するダミーでない方の本物のアンドルフ・ボウマン博士とみられる。かつてベノムの遺構を「歴史的価値がある」として保護した人物が、その解析結果を我々へ送り届けた。この事実は本記録の信頼性を裏書きする材料の一つである。
本報告は、星系を二分してきた古い争いの種「万物の霊長はアヌビソイドとアルフォイドのどちらか」という議論に、終止符を打つものである。オーバーロードは始祖の開拓団を指揮したポラリソイド、即ち熊 十号と共生する存在であり、母星ではポラリソイドと共に繁栄を導いていたのだろう。そして「指揮者」という一点において、今日のライラット星系の文明における万物の霊長は「ポラリソイド」と最終結論を付けて間違いはないと思われる。
整合率97%。残る3%は誤差の範疇である。本稿の結論が覆る可能性は…まあ、まずあるまい。