THE SILENT
BLUE
SANCTUARY
地表のほぼ全てが海に覆われた水の惑星。旧タッドー共和国の故地にして、先住種族ネイティブ・アクアンの聖域。惑星圏全体が保護区に指定されている。
このミッションにはピッタリだと思うよ!-グレートフォックス 作戦会議会話記録より-
OVERVIEW ─ 概要
「アクアスの海に国境はない。あるのは水面と、その下の静けさだけだ」― タッドー共和国 最後の元首の退任演説より
アクアス(Aquas)は、セクターμに位置するライラット星系第12惑星。恒星ソーラを公転する全海洋惑星であり、ゾネスと並んで「水の姉妹星」と讃えられる美しい海の星である。かつてコーネリア連合共和国を構成した「旧・タッドー共和国」の故地でもある。旧名は「アリエル」。共和国への併合に際し、タッドー語の発音がアヌビソイドには難しかったため、現在の名に改められた。
惑星圏のみならずセクターμ全体が先住水棲種族ネイティブ・アクアンの保護区域に指定されており、他セクターからの来訪者には審査と通行料が課される。星系でも珍しい「入るのに許可がいる惑星」である。
⚠ 保護区 — 事前審査・通行料必須
GENESIS ─ 形成史
ソーラ圏に水の惑星が集まる理由には諸説あるが、有力なのは、ソーラ圏そのものがライラット系のハビタブルゾーン──生命の誕生に必要な条件が揃う帯域──に位置していたとする説である。若きソーラの点火が外側へ押し出した水は姉妹軌道の各惑星に分配されたが、質量比の解析からは、アクアスが最大の割当を受けたと推定されている。地表の97%を覆う海は、この配分の直接の帰結である。この帯域は現在、タイタニアとサルガッソー宙域によって実に3割が占有されているが、客星飛来以前の原始星の時代には、ソーラともども生命を育みうる希有な宙域だった。
形成初期のアクアスは、ゾネス・フィチナとほぼ同じ軌道を分け合う「姉妹」であり、そこに原始惑星ミランダを加えた四人の水の姉妹が並んでいたとされる(大混乱の顛末はフィチナとタイタニアの項に譲る)。客星タイタニアの飛来がミランダを砕き、フィチナを最外縁へ引き剥がした後も、アクアスとゾネスは公転周期282日と295日という隣り合う軌道で、並んで海を抱き続けている。その姉妹の一方が帝国の手で汚された今、この星の人々がゾネスの浄化に寄せる想いは、単なる隣人愛にとどまらない。
4つの月の出自については、星域の大混乱期に捕獲されたミランダの破片とする説が近年有力視されている。事実であれば、多重潮汐という現在の海洋環境の基盤(次項を参照)は、砕けた姉妹惑星の残骸によって維持されていることになる。観測的な裏付けはなお乏しく、確定には月面試料の採取・分析が待たれるが、州の天文台がこの説の検証を最優先課題に掲げていることを付記しておく。
GEOGRAPHY ─ 地理・環境
地表の97%以上が海に覆われ、その7割以上を水深数百から数千メートルの深海が占める。恒久的な陸地はごくわずかな環礁群のみ。浅海は色とりどりのサンゴ礁に覆われ、その生態系の豊かさはライラット星系で随一と称される。ソーラの柔らかな橙色の光が浅海のプランクトンを育み、海全体が淡く発光する「光る夜の海」はこの星の代名詞となっている。
この温暖で安定した環境を支えているのが、惑星中を巡る26本の海流である。極域と赤道の熱を絶えず循環させる天然の空調というべきこの海流網により、アクアスは惑星全体を通して温暖な気候を維持しており、生態系の多様さの最大の要因と考えられている。
深海側の地形を代表するのが、海底深くに沈むアースラ山脈である。多数の熱水噴出孔を抱く深海の火山群であり、噴出孔の周囲には陽光に頼らない化学合成の生態系が息づき、浅海の「光る夜の海」と対をなすもう一つの豊かさを深層に養っている。ネイティブ・アクアンは古くからこの山脈を信仰の地と定めており、山脈を巡る回遊の道は巡礼の歌の道に数えられている。
自転周期は20.4標準時間、公転周期は282日。コーネリアより2割も短い一日に、4つの月とソーラの重力が織りなす多重潮汐が重なり、この星の海は一時も静止することがない。潮位差は海域によって数十メートルに達し、数少ない環礁は一日に二度、海面下へ姿を消す。この潮汐が深層の栄養を絶えず撹拌していることこそ、「光る夜の海」を支えるプランクトンの豊かさの源である。都市の生活周期もアクアンの回遊も、すべては潮の満ち引きに従っており、州の公文書には標準時と並んで必ず「潮汐時刻」が併記される。
都市は海中に築かれている。旧タッドー時代にヘケトイドの卓越した科学技術で建設された水中都市群は、サンゴと共生する生体建築で知られ、現在も州都ロミオを中心に稼働を続けている。一方、地上人口の多くは惑星周回軌道の4つの居住衛星に暮らしており、「衛星の方が人口が多い」惑星としても知られる。
HISTORY ─ 歴史
豊かな水と気候に恵まれながら、星系の歴史記録にアクアスの名が目立ち始めるのは、実は第1次ライラットウォーズの時代からである。メジャーワープドライブ航路も管制システムも存在しなかった当時の航行技術では、最遠級の軌道を巡るソーラ圏との文明交流は、後回しにされ続けたためである。
この星に最初に入植した一団は、コーネリアをはじめとするインナーリム天体へ向かった開拓団とは別のグループだった。理由は単純で、構成員の種族が水生の民だったからである。コーネリアを除くインナーリムの天体は沼地、サバンナ、密林といった陸地主体の単一地形の星が多く、水の豊かな星が集まるソーラ圏を彼らが目指したのは、ごく自然な成り行きだったと考えられている。
アクアス最初の文明はこの水生の入植者たちによって開かれ、水中のいたるところに都が築かれた。だが深い海に築かれた構造物は外部からほとんど視認できず、この星は長らく「着陸できない無人の星」として扱われていた。海の下の王国は、惑星キューからの移民ヘケトイドが到達するまで──宇宙歴がおよそ2600年を数える頃まで──実に2600年ものあいだ、誰にも知られることがなかった。先住文明の民は独自の言語と文化を高度に発達させたが、生活の場が水中である以上、外界の文明との接点は皆無に等しかったのである。
この先住文明を築いた民こそがネイティブ・アクアンである。イルカ、クジラ、イッカク、マナティなど、他の惑星にはほとんど見られない水性哺乳類の人種で構成され、2600年の隔絶の中でこの惑星ならではの独自の進化を遂げた。言語の代わりに「歌」を用いて意思を通わせる、星系でも他に類を見ない社会様式を持つ。
惑星キューを発ったヘケトイドの移民団も、当初はこの星を無人と思い込んで降り立った。しかし彼らはすぐに、水面下から響くエコーの音と、深みに揺れる街の光に気づいた。剣よりもペン、制圧よりも融和、そして「みんなが楽しく」を旨とするヘケトイドの気質は、異なる文化を尊重しながら共に発展する道をただちに選び取り、アクアスは双方の合意のもと、ひとつの国へと融合していく。この国がやがて惑星ゾネスの文明と合流したものこそ、後の『タッドー共和国』である。
コーネリアの文化人類学者たちは、アクアンが最初に遭遇した外の文明がヘケトイドだったことを「幸運」と評している。能天気だが義理堅い気質、音楽という共通の文化軸──だが何よりも、彼らがライラットでも数少ない「他者を思いやる心」を持つ文明だったからにほかならない。
タッドー共和国は第1次ライラットウォーズ時代、アクアスとゾネス(旧ウンブリエル)を領有した海洋国家だった。好戦的な周辺国と異なり学術と技術を重んじ、ステファノーのアルフォイドとは連合結成以前から友好関係にあった。また、星系中で迫害されていたパラノディアンに融和的に接した唯一の国でもある。
その歴史が最も暗転しかけたのは、第1次ライラットウォーズの末期である。ステファノーを消滅させ、制御者を失ったグランベルの超兵器が、次の矛先をこのアリエルへ向けたのである。二百年以上殺し合ってきた各国が積年の敵意を捨て、即時停戦を決断した裏には、タッドー共和国最高議長トーマスによる『協和宣言』があった──「次に流れ星にされるのは、我々の誰かの故郷である」。かくして編成された星系統合艦隊は『スター・ドリーム作戦』で超兵器を討ち、アリエルの海は守り抜かれた。星系が史上初めて一つになった日、その理由がこの海だったことを、アクアスの人々は静かな誇りとして語り継いでいる。
なおこの決戦で強襲機の侵入経路を切り開いたのは、かつてアリエルを脅し続けた隣国サルジーナヤのミサイル群だった。脅しの道具が恩返しの道具に変わったこの一幕は、両州の外交演説で今も定番の引用句となっている。
共和国への合流後、人口の大半はコーネリアへ移住し、彼らの建築技術がコーネリア都市部の景観を作り上げた。母星に残ったのは、海を離れられなかった者たちと、ネイティブ・アクアンの守り手を自任する人々である。
またアクアスの深海には、建造者不明の古代遺跡が眠っている。その存在は旧タッドー時代から知られていたが、保護区指定とアクアンの聖域への配慮から、本格的な調査は数えるほどしか行われていない。数少ない出土遺物は現在、フォルトナの古代遺構およびベノム・コーネリアの遺跡出土品と併せ、最高機密文書の照合材料として封鎖管理下に置かれている。近年アクアンの歌に混ざり始めた未知の旋律について、遺跡最深部で観測される微弱信号との同期を指摘する未確認の報告が存在する。
▮ 本項は一部検閲済み
SOCIETY ─ 住民・社会
住民の中核はヘケトイド。水中都市の維持技術と海洋生物学の水準は星系随一であり、アクアスの研究機関には各惑星から留学生が集まる。ネイティブ・アクアンとの共存はこの社会の根幹であり、彼らの回遊路を避けて都市を配置する「海の道」の原則が州法で定められている。アクアンの歌を読み解き、天候や潮流、入漁の可否を判じる「歌読み」は州公認の資格職であり、海に生きる者たちの深い尊敬を集めている。
通行料と審査という閉鎖的な制度は批判も受けているが、州政府は「保護区は観光地ではない」との立場を崩していない。それでも審査を通過した旅行者が見る海中都市の眺めは、星系のあらゆる絶景の中でも別格とされる。
州都は、シレーヌ海に築かれた海中都市ロミオ──州都機能を海面下に置く、星系で唯一の都市である。都市そのものが海面下に位置し、海底から宇宙センターまでを一本の超高層エレベーターが貫いている。最下層からは、旧タッドー共和国の海底首都へ接続する通路が今も維持されている。
ECONOMY ─ 経済・産業
アクアス州の財政は「通行料の州」と揶揄されるほど独特である。セクターμを通過・来訪する船舶から徴収される審査料と通行料は州歳入の柱であり、その使途は州法により保護区の維持管理とアクアン研究に限定されている。「保護区は観光地ではない」という州政府の言葉どおり、この星は来訪者を増やすことに一切の関心を示さない。それでも審査を通過した者が落とす滞在費は貴重な外貨であり、発給される滞在許可証は旅行者の間で「星系で最も取りにくいビザ」と呼ばれている。
一方でセクターμはソーラ圏物流の要衝であり、メジャー航路を持たないフィチナの州営航路も、その経済生命線をアクアス経由の輸送に預けている。もっとも、貨物が惑星に降りることはない。積み替えと中継はすべて軌道上の4つの居住衛星が担っており、保護区の海を一切煩わせずに星系の物流が回っていくこの仕組みは、「海に触れない港」として物流関係者に知られている。
保護区内での商業漁業は州法で禁止されており、食料生産は環礁帯に浮かぶ養殖リングが担う。開戦後、プロスペローの占領によって星系の植物性食品が配給制に陥って以来、アクアス産の養殖タンパクの重要性は急上昇しており、護衛付きの食料輸送船団が定期的に衛星港を発っている。またサンゴと共生する生体建築や海洋生物由来の創薬といったヘケトイドの技術ライセンスは、州のもう一つの安定した収入源である。
MILITARY ─ 軍事
保護区指定により大規模な軍事施設は置かれていないが、第2次ライラットウォーズではゾネス方面から帝国軍の浸透が確認され、海中に生体兵器が持ち込まれる事案が発生した。生体兵器の群体は海底に根を張り、艦隊も航空機も手を出せない深海を静かに侵しつつあったが、水中戦闘という特殊な戦域に対応できる部隊は当時の星系に存在しなかった。
事態を打開したのはスターフォックスである。同隊のスリッピー・トードが設計した特殊潜航艇ブルーマリンが単艇で深海へ潜航し、群体の中枢である巨大生体兵器バクーンを撃破。水中都市を築いた民ヘケトイドの末裔が造った一隻の青い艇が、母なる海とアクアンの聖域を守り抜いたのである。
海上での脅威も絶えていない。帝国の海上要塞「シーレシア」が4つの月とソーラの重力が織りなす多重潮汐の最も激しい日「ケアノスの大潮」を選んで奇襲を仕掛け、駐屯海軍のラブラドール隊と死闘を繰り広げたシレーヌ海の決戦は記憶に新しい。要塞を操っていたのは帝国の哨戒兵カイマンであり、潮の一番荒れる日を選ぶ判断は海の番犬にとって最も嫌な相手が誰であるかをよく心得たものであった。
現在はCDFの哨戒網が惑星圏の外周に敷かれているが、保護区内への艦隊常駐はネイティブ・アクアンへの影響を考慮して見送られている。とりわけ熱水噴出孔の黒い煙が隠密行動を許すアースラ山脈の周辺海域は、生体兵器の再設置候補として今も警戒が続く海域である。防衛と保護の両立は、この星域の恒久的な課題である。
ARCHIVES ─ 記録余話
ネイティブ・アクアンの「歌」は数百キロ先まで届き、海中都市の住民は歌の変化で天候や潮流を予測するという。近年、この歌にこれまで観測されたことのない旋律が混ざり始めたという報告があり、研究者たちは海底深部で「何か」が変化している兆候ではないかと注視している。なおこの旋律は、アクアス戦の後に加わったブルーマリンの推進音を模した「感謝の歌」とは明確に区別されるものであり、歌読みたちによれば、それはもっと深く、もっと古い場所から響いてくるという。
海底の遺跡について、一つ補足しておくべきことがある。沈んだ遺構の多くは最初期のネイティブ・アクアンが築いた都の跡だが、その中に、明らかに年代の桁が違うものが多数混ざっているのである。これら最古層の遺跡群はアクアンの建築様式とは一致せず、むしろタイタニアやベノムの古代遺跡と構造的な類似点が多い。星系の遥かな過去に何らかの繋がりがあったと指摘する学者は多いが、確かなことは一つだけ──それはアクアンの手によるものではない、ということである。
コーネリアに移住したヘケトイドたちは年に一度、産卵期の大潮に合わせて故郷の海へ里帰りする。「帰水」と呼ばれるこの季節だけは、星系一厳格とされる審査窓口にも長蛇の列ができ、増便される定期船はどれも満席となる。審査官たちも心得たもので、この時期に限っては、書類の不備に少しだけ寛容になるという。
州都ロミオの名の由来は、公式記録に残っていない。タッドー語の語彙にも見当たらない。一説には、入植初期にシレーヌ海で消息を絶った測量船の船名だといわれ、都市は今も、海に眠るその船を抱いて建っているのだと語り継がれている。セイレーンの海に眠るロミオ──出来すぎた符合だと笑う旅行者も、夜の展望窓の前では少しだけ静かになる。
旧名「アリエル」は、タッドー語で「水面に映る星」を意味する。改名から二百年余りを経た今も、この海の日常には旧名が生き続けている。公文書は「アクアス」と記すが、漁協の無線は今日もアリエルと呼びかけ、母親たちは子守歌でアリエルと歌う。彼らにとってこの海は、国が消えても変わらぬ故郷である。