THE RED EYE
BEYOND THE
DARK
星系最外縁、暗黒星雲の奥で鈍く光る深紅の恒星。訪れる者なき真の辺境から、数年前、正体不明の「コンタクト信号」が届き始めた。
| DESIGNATION | DOGMA CENTRAL(ライラットε星) |
| DOMAIN | 恒星(最外縁) |
| LOCATION | Sectorϸ / Sectorj |
| ORBITAL PERIOD | 約439,200D(約1,200年・推定)— 主星周回 |
| STELLAR TYPE | Mx7型 深紅小型恒星 |
| SATELLITES | 不明(暗黒星雲により観測不能) |
| ROUTE ACCESS | なし(最古航路の廃止終端より外) |
| VISIBILITY | 可視光観測 不可 |
| SIGNAL | ⚠ 正体不明信号 受信中 |
| FACTION | なし |
| SURVEY STATUS | 未踏 — 調査計画凍結中 |
ここで正気を保つ 一番の秘訣だからな-フロンティアライン終点 最終ターミナルでの会話履歴より抜粋-
OVERVIEW ─ 概要
「地図の端には、いつの時代も同じ言葉が書かれる──『ここより先、不明』と」― コーネリア天文台 星図編纂室の銘板より
ドグマ・セントラル(Dogma Central)は、セクターϸの中心に位置するライラットε星。Mx7型に属する深紅の小型恒星であり、ライラット星系の最外縁、「真の辺境」というべき位置にある。周囲を暗黒星雲が覆い隠すように周回しているため、その姿が観測されること自体が稀である。
数年前からこのドグマ近辺──セクターj──で謎のコンタクト信号が発信されているとの報告が挙がっているが、戦時下の状況もあり、実質的に放置されているのが現状である。
⚠ 未踏宙域 — 信号発信源未特定
GENESIS ─ 形成史
ドグマの出自はライラット5恒星の中で唯一定説を持たない。双子星を生んだ塵の吹き溜まり帯よりさらに外側は、原始惑星系円盤の物質がほとんど届かない領域であり、そこに恒星が存在すること自体が形成論の難題となっているためである。学界の見解は二つに割れている。円盤の最後の塵が最外縁へ散り、長い時間をかけて集った「末子」とみる円盤起源説と、星系の生まれではなく、通りすがりの星を主星ライラット・プライムの重力が捕らえたとみる捕獲説である。決着には組成の分光観測が必要だが、それは暗黒星雲が許していない。
状況証拠は捕獲説にやや傾いている。約1200年という主星周回は5恒星で群を抜いて長く、その軌道は星系の惑星たちが載る円盤面から明らかに傾いているのである。円盤から生まれた星であれば説明のつきにくいこの傾きは、外から来た星の「着地の姿勢」とみればむしろ自然と解析されている。もっとも、スペクトル型「Mx7」の「x」が示すとおり、この星は分光分類すら仮のまま数百年を過ごしてきた。観測不能の印というべきこの一文字が外れる日は当分来そうにない。
最大の謎は、恒星を取り巻く暗黒星雲そのものである。恒星風は本来、周囲の星間物質を長い年月のうちに吹き払ってしまう。ところがドグマの星雲は散逸の兆候を見せず、密度分布はむしろ星を包む「殻」に近いと解析されている。小型恒星の重力だけでこの構造が維持できるかについては、否定的な計算が繰り返し提出されてきた。主星とソーラが恒星物理学の教科書を両端から破っているとすれば、ドグマは目次から抜け落ちた章である。研究者たちがこの星に割く紙面の少なさは、関心の薄さではなく書けることの少なさによるものといえる。
GEOGRAPHY ─ 地理・環境
ドグマは他の4恒星(ライラット・プライム、ソーラ、ハクティバ、パラニド)のさらに外側を回る、星系で最も孤独な恒星である。赤く鈍い光は取り巻く星雲に散乱し、宙域全体が不気味な暗赤色に染まる。長距離観測画像に写るその姿は、しばしば「深淵で開いた目」と形容される。
接続されたワープドライブ航路は星系最古の路線であり、しかも経路が廃止された終着点からさらに外縁に位置するため、正規の手段でこの宙域に到達することはできない。惑星や衛星の有無すら、暗黒星雲に阻まれて確認されていない。なお過去に一度だけ、この宙域まで航路を延長する計画が存在した。頓挫の経緯と、その果てに残された跳躍ビーコン基地についてはオービタル・ゲートの項に譲る。
HISTORY ─ 歴史
ドグマの観測史は「断念の歴史」である。入植時代の測量船は星雲の縁で引き返し、共和国成立後の学術探査計画は3度立案され、3度とも予算審議で凍結された。曰く「行く理由がない」。星系の民にとってドグマは長らく、星図の端を埋めるためだけに描かれる赤い点だった。
状況が変わったのは数年前である。グリッピア方面の観測網が、ドグマ宙域から届く規則性を持った信号──後に「コンタクト信号」と呼ばれる──を初めて捕捉した。自然現象では説明の付かないパターンを持つこの信号は、一部の学界を騒然とさせたが、直後に第2次ライラットウォーズが勃発。星系の全ての目が戦争へ向く中、深紅の星からの「呼びかけ」は今も応答されないまま続いている。
SOCIETY ─ 住民・社会
この宙域に住民は存在しない──少なくとも、ライラットの記録上は。ただし星系各地の辺境民話には、ドグマにまつわる断片が奇妙なほど共通して残っている。パラノディアンの古謡は「赤い星は眠る場所」と歌い、セレノイドにまつわる伝承は「月兎は赤い目から来た」と語る。
学術的にはいずれも根拠のない伝承とされる。だがコンタクト信号の発見以降、これらの民話を再収集する研究者が静かに増えている。物語の中にだけ残された「記憶」があるのではないか、と。
MILITARY ─ 軍事
軍事的空白地帯であり、共和国・帝国のいずれも部隊を置いていない。そもそも到達手段が事実上存在しないため、戦略計画の対象にすらなっていないのが実情である。
ただしCDF情報部は、コンタクト信号に関する監視カテゴリを内規上最上位監視区分「アポカリュプシス」──発見以来、この区分が適用された事象は他に存在しないとして扱っている。星系の全戦力が二大勢力の戦争に注ぎ込まれている今、もし暗黒星雲の向こうから「何か」が現れた場合、それを迎え撃つ余力はどちらの陣営にもない──この想定は、参謀本部の机上演習で「最悪のシナリオ」として毎年繰り返されている。
ARCHIVES ─ 記録余話
コンタクト信号の解析に携わったある研究者は、信号の反復周期がライラットの主要言語のどの構造とも一致しない一方、ベノム遺跡の壁画に刻まれた文様配列と統計的な類似を示すという未査読の論文を残している。論文は学会で黙殺されたが、撤回もされていない。筆者は現在、フィチナの情報戦略本部の保護観察下にあり、論文の原本は機密指定されている。
辺境の航行者たちの間には、こんな言い習わしがある──「ドグマを見るな。見れば、向こうも気付く」。ただの迷信である。少なくとも、信号が届き始めるまでは、誰もがそう笑っていた。