[ BATTLE RECORD 02 / THE DARK MESSIAH INCIDENT ]
THE DARK MESSIAH INCIDENT
ムーラシア征討 全記録 ── 宇宙歴3993年前半、教団宇宙統一平和協会「ムー」の本拠地たる巨大移動要塞ムーラシアの征討と、そこへ至る一連の出来事の総称「ダークメシア事件」の記録である。雇われ遊撃隊スターフォックスがジェームズ・ペッピー・ピグマの3名だった時代の作戦記録はその大半が公開されていない。経過の全容が編纂された文書は数えるほどしかなく、本記録はその一つとなる。CDF作戦記録、傍受通信、そして当事者の証言を突き合わせて再構成された。文中の会話は当事者の記憶によるため、正確性より臨場感が優先されている点に留意されたい。
序 ─ 三人の時代 THE ORIGINAL THREE
後の世に語られるスターフォックスの武勲の多くは、フォックス・マクラウド率いる新生チームのものである。だが星系がまだ平和の顔をしていた時代、この部隊は3人だけだった。隊長ジェームズ・マクラウド、相棒ペッピー・ヘア、そしてメカニックのピグマ・デンガー。3人の時代の任務記録で経過の全容が残されているものは実のところ数えるほどしかない。本記録はその貴重な一つである。
それが救難でも護衛でもなく、星系最悪のカルト教団を狩る作戦の記録であることは歴史の皮肉というほかない。そしてこの記録が異例なのは戦いの中身だけではない。作戦の成否がなんととある「ケーキ」一つに懸かった局面が実在するためである。順を追って記す。
第1章 平和の皮 ─ THE VEIL OF PEACE
教団宇宙統一平和協会「ムー」の成り立ちは用語データベースの当該項に詳しい。教祖「オー・ムー」を中心に星系の派閥を超えた信者を集めた教団は、この頃には水面下で国家転覆を狙う巨大組織にまで成長しており、CDFはこれを独立星系連合の再来、またはそれ以上の脅威と認識していた。
教団の狙いは理想国家の建国である。その足掛かりとして全州代表評議会への参加条件である州の新設をもくろんだが、宗教法人による州の創立が共和国法で認められないと分かるや方針を転換。既存のヴァリス州の州議会を賄賂で掌握し、教団幹部を次期州知事に仕立て上げた。州代表の椅子から自前の信徒を政界へ送り込む算段だったのである。しかし、この工作は事態を重く見たコーネリア立法局の迅速な対応で阻止される。
問題はここからだった。合法の道を全て塞がれた教団は教祖の強硬な組織改編を経て、宗教を暴力の許可証として振りかざし始める。「平和」を名乗る組織は瞬く間に、第2の独立星系連合と呼ぶべき何かへ変質していった。
第2章 二つの凶報 ─ TWO DARK TIDINGS
宇宙歴3993年の初頭、CDFへ立て続けに恐るべき情報が届く。一つはムーの関係者が首都コーネリアシティの鉄道網で無差別毒ガステロを実行しようとしていること。もう一つはセクターρに共和国の想定をはるかに超えた巨大要塞が建造され、教団がそこを本拠に構えているらしいことである。
結論からいうと前者は実行された。だが事前の通達を受けたCDFが予測範囲の全ての駅へ特殊清掃部隊を配備していたことで、犠牲者は奇跡的に実行犯2名だけに収まっている。2名とも自らの撒いた毒ガスによる中毒死であり、当局は自爆テロの一種と推測した。犯行の際に実行犯が叫んだ言葉が記録に残っている。「まもなく闇のメシアが降誕なされる! 魂をクラゾアに捧げよ!」。この一件および続く征討の記録が「ダークメシア事件」と総称されるのはこの叫びに由来する。
後者は長く不明だった教団拠点の所在が、このタイミングで明るみに出たものである。トリンキュロー回廊の外側に位置することまでは掴んでいたものの、周到な航行データの秘匿と専用のダイレクトワープ装置を駆使した移動により、それがサルガッソー第4宙域にあるとは把握できていなかった。彩りに乏しい星雲と廃艦の路肩が続くばかりの、誰もが足早に通り過ぎる宙域である。
第3章 二つの作戦案 ─ PURGE OR RESCUE
首都でのテロをムーからの宣戦布告と判断したCDFは、本拠地「ムーラシア」の征討作戦を立案する。案は二つ用意された。艦隊による絨毯爆撃で要塞ごと粛清する案と、教祖を捕縛し信者全員を洗脳から解く治療の案である。
選ばれたのは後者だった。裁可したのは当時の軍事防衛長官Z・Z・ペパーである。信者の大半は救いを求めて集まっただけの市民であり、彼らを教祖もろとも焼くことは第2のムーを生む土壌にしかならない。この判断が後にどれほどの困難を現場へ背負わせたかは本記録の示す通りだが、判断そのものを誤りと書いた報告書は一通も存在しない。
この作戦にはもう一つの事情が横たわっていた。当時のCDFは手一杯だったのである。解体された独立星系連合の残党が各地でならず者と化し、辺境の治安出動が同時多発していた時期にあたる。正規部隊は星系中へ分散し、首都圏ですら綱渡りの警備が続いていた。鉄道テロを水際で止めた特殊清掃部隊の配備が「奇跡的」と評されるのは練度だけの話ではないのである。艦隊を丸ごと征討へ回す余力はどこにもなく、作戦は必然的に少数精鋭の形を取ることになった。雇われの遊撃隊に白羽の矢が立った事情もこの台所事情と無縁ではない。
第4章 暗部を知る男 ─ THE MAN WHO KNEW THE UNDERWORLD
捕縛対象の教祖「オー・ムー」は、ホルソイドの双子であること以外は何一つ判明していない謎の多い人物だった。潜んでいる場所の見当も付かない。八方塞がりの作戦会議の中、ダメ元でCDFが高額の賞金を検討し始めた最中に手を挙げた男に白羽の矢が立つことになる。遊撃隊スターフォックスのメカニック、ピグマ・デンガーである。
彼が科学省に取り立てられる前はグレーな仕事を数多くこなしていたことは有名であった。星系の暗部を知り、尚且つ頭の切れる男の読みはこの征討で大いに役立つことになる。ピグマはまずセクターρの宙域データを照合し、ムーラシアの配備位置を突き止める単独任務に出ようとした。そこへ声をかけたのがペッピー・ヘアであり、任務は急遽2名で向かうこととなった。この声掛けには諸説ある。ただ、普段から方向性の違いで仲が悪かった2人の間柄を思えば、ピグマが同行を許したこと自体が関係の改善を示していたと分析されている。
第5章 三人の食卓 ─ THE LAST BRIEFING
作戦の前夜、母艦グレートフォックスの狭い食堂で3人は最後の打ち合わせをしている。艦載AIロボ「ナウス」の残した音声記録が、この夜の会話を今に伝えている。
手薄なCDFに代わり先行偵察を買って出たジェームズは、地図もない宙域へ単独で入るという。当然2人は反対した。「んなけったいな案件、毎回どっから仕入れてくるんや? "ムー"なんて最近一番ヤバイ集団でんがな」様々な場所で不気味な事件を起こすムーに関わりたくないピグマ、「そんな危険な任務に一人で向かわせられるか!わしも付いていくぞ…あんたは一応隊長だろう?」と食い下がるペッピー達にジェームズは首を振った。「今回の仕事はな、どうにも風通しが良すぎる。こっちの手の内が初めから読まれとる気がするんだ…」。内通者。誰も口にしないその一語が食卓に落ち、しばらく皿の音だけが続いたと記録は伝えている。
「だ か ら 読まれてるなら、読ませたい絵だけ見せるまでさ!」。ジェームズはニヤニヤと笑い席を立ちながら付け加えた。「連絡が途切れても心配するな。俺には秘策があるからな」。ピグマが「その秘策とやら、保険は掛かっとるんやろな」と混ぜ返し、ペッピーが「あんたの秘策で碌な目に遭ったためしがないんだが」とぼやく。笑い声で締められた記録の最後に、ジェームズの独り言が一つだけ拾われている。「…ま、裸一貫でどうにかするさ」。この言葉が文字通りの意味だったと2人が知るのは、しばらく後のことである。
第6章 しなびたキノコとぼろぼろハンマー ─ THE PASSWORD
2人が降り立ったのは惑星キューの繁華街である。いかにも怪しい裏通りで全方向へ警戒を向けるペッピーにピグマは半分笑いながら冗談まじりに言った。「わてから離れんじゃないで。お前さんは全身が"最高級品"やからなぁ」。下品なやり取りだが、それはそのままこの星の裏通りの治安の悪さを素直に忠告するものだった。
ピグマは通りの裏にある店で慣れた口調で告げる。「しなびたキノコと、ぼろぼろハンマーをもらうで」。不愛想だった店員の態度が変わり、2人は店の奥へ通された。この購入の順番は一種の暗号だったのである。奥の間には座布団を幾重にも重ねた上に、身長の低いキューソイドの男が座っていた。周りを固める護衛は6人。ただならぬ身分である。
キューの裏通りを仕切るのはアルペジオの一派、トレンチュ一家である。目の前の男はビッグ・ボスの23人いる息子の17男であり、他の兄弟がやりたがらない「運輸」に関する事業を一手に取り仕切っている。兄弟の中では比較的話が通じるとされるこの男からセクターρのダイレクトワープ装置の接続履歴を直接聞き出す算段だった。
交渉は最初の一言で躓いた。ピグマが用件を切り出すより早くトレンチュが煙管の先をペッピーへ向けたのである。「その連れ、軍の匂いがするねェ」。座の空気が変わり6人の護衛が音もなく立ち上がった。退役して数年を経てなおペッピーの背筋は軍人のそれのまま伸びていたのである。だが、ピグマは眉一つ動かさなかった。「よう気づきなはった。コイツは元軍人やで。行儀が体に染みついとるんで、置き物代わりに連れとりますねん」。そして懐から出した手土産を畳の上へ滑らせた。中身は金ではない。とある航路の非公式な混雑予測、すなわち「移動」を家業とする者にとって金より使える紙切れである。トレンチュの煙管が止まり、護衛たちが座り直した。裏社会の男に金を出すのは素人、相手の商売道具を出すのが玄人。後年のCDF交渉術教材にこの逸話が引かれた際、講師はそう注釈している。
上機嫌に転じたトレンチュは、それでもデータを即座には渡さなかった。代わりに一つの条件を出す。「ロザルケーキを持っといで。あれが食べたいんだわ」。好物の菓子を一つ、ただそれだけの注文である。
第7章 ないものを用意する ─ THE IMPOSSIBLE ORDER
なんとか交渉をまとめた2人はトレンチュの好物ロザルケーキ、すなわち材料のロザルフルーツを探すことになった。だがこの時期にロザルフルーツを扱う店が存在しないことは明白である。旬を大きく外れた果実は市場のどこにもない。これは「ないものを用意する」という試験なのだとピグマはすぐに理解した。裏の世界で信用とは無理難題への答え方で量られるものである。
エラダードの田舎町を巡ってもロザルフルーツは一向に見つからない。だがふと、ペッピーがロザルフルーツで思い出したことがあった。「ロザルフルーツじゃなさそうだが、昔にジェームズの実家で食べたケーキの味がロザルケーキそのものだった気がするぞ」「ジェームズはロザルフルーツではないと言ってたが、味だけは完全にそれそのものだった…なんかのヒントになればいいんだがな~」。
それを聞いたピグマは閃く。トレンチュが欲しがっているのはロザルケーキ、あくまでも加工品である。フルーツそのものを見せる必要がないなら、材料はロザルフルーツでなくともよいのではないか。ただし、その答えの在り処はパペトゥーンにある。ピグマにとっては見たくもない記憶を置いてきた星である。自身の過去へ引き返す旅路に彼は大いに悩んだが、最後はペッピーの一押しが決心を固めさせた。「わしももう暫くあの星には行っていない。なんもない星だが、ワシらの今はあの場所がなければ成立しなかったと思う。良い機会なんじゃないか…?」。2人はパペトゥーンのキャッスルロックへ足を運んだのであった。
第8章 記憶の旅 ─ HOMECOMING
当時のジェームズの家族と友好関係にあった町人を一人ずつ当たっていくと、足取りは最終的に町はずれの小さな雑貨屋へ行き着いた。細々と続くその店の屋号を見て、ペッピーは直感する。ジェームズの母が営んでいた店と同じ名前だったのである。店主は店番のまま眠りこけており、やる気は毛頭なさそうだった。だが2人を見るなり跳ね起きてすぐに昔のなじみだと気づいた。ジェームズの家に数度立ち寄っただけの2人を店主は覚えていたのである。パペトゥーンの狭いコミュニティで人間関係は一生ものになる。2人はそれを改めて思い起こされた。
答えはあっけないところにあった。あのケーキの味の正体は、パペトゥーン産の果菜の缶詰だったのである。ロザルフルーツとは何の繋がりもない完全な偶然の代物であり、ジェームズの母はこれを偶然見つけ出してよくケーキに使っていた。伝説の傭兵の家庭の味は辺境の缶詰が作っていたことになる。
缶詰を積んだ帰り道、2人は少しだけ寄り道をしている。士官学校の町を見下ろすマクラウド家の牧場跡。そして車で1日かけて向かった鉱山町テルルハイドの、ピグマの家の跡である。牧場の朽ちた格納庫には少年ジェームズの自作グライダーの骨組みが眠ったままで、対するピグマの家は基礎と錆びた柵が残るだけだった。ピグマは家の跡を前にしても何も言わなかったが、帰りの車で一度だけ口を開いたという。「はよ出たい出たい言うて飛び出した星に、ケーキの材料もらいに戻るとはなぁ」。ペッピーはそれに答えなかった。答えの要らない独り言だと分かっていたからである。
その夜、街道沿いのモーテルの狭い台所で、2人はケーキの試作に挑んだ。正確に言えば挑んだのはピグマである。缶詰の汁気を切り、糖度を計り、生地の配合を三度作り直し、仕上げには売り物と見紛う飾り付けまで施した。手際は明らかに素人のそれではない。目を丸くするペッピーにピグマは肩をすくめた。「工房の男はな、火加減と分量にはうるさいんや」。方向性の違いで長く反りの合わなかった相棒の意外な一面ばかりが見えた一幕として、ペッピーは後年までこの夜をよく覚えていた。
第9章 上機嫌の親分 ─ THE DELIGHTED DON
キューのダウンタウンに戻った2人は、トレンチュへケーキを差し出した。予想通り、相手は見事に騙された。一口ごとに目を細め、二口目で座布団から身を乗り出し、三口目で「これや、これや」と繰り返した。さらに都合の良いことに、2人の働きを聞き知っていた用心棒たちが勝手に"何かすごい方法で本物を入手した"と勘違いして騒ぎ始める。2人はそれを黙って見ていることしかできなかった。
上機嫌のトレンチュからは約束通りデータが引き渡された。セクターρの白色の星雲の中に広がる空白領域。8年に一度だけ幹線と繋がるこの宙域で、比較的公道に近いとされるエリアにムーラシアが潜んでいる可能性が高い。読み解いた2人は思わず顔を見合わせた。「なんてこった…これは灯台下暗しってやつか…」。誰もが足早に通り過ぎる路肩にこそ、星系最大のカルトの城は建っていたのである。
第10章 囚われの先導 ─ THE CAPTIVE VANGUARD
情報を携えてCDF本部へ戻った2人を待っていたのは騒然とした現場だった。別動隊として先にセクターρへ赴いていたジェームズが、ムーへの潜入中に捕縛され人質に取られた形跡があったのである。セクターρで活動する教団の機体はいずれも光学迷彩を装備した上で旧式のYs管制システムを使用しており、目視の追尾を除いて座標の特定ができない。隊長の行方は完全に途絶えていた。
絶体絶命と思われたこのタイミングで、2人が持ち帰った座標データが盤面を変えた。位置の当たりをつけての突入作戦が即座に立ち上がる。作戦指揮を執ったニャン・ウェンリー准将は念のためを重ね、同時かつ強襲の形で2方向から仕掛け、その裏で背後からコンテナ船に化けた突入部隊を潜り込ませる三方の构えを提案した。派手な正面が目を引くほど静かな背中は透明になる。若き参謀の仕掛けはこの頃から変わっていない。
そして突入部隊が要塞へ取り付く前に、通信兵が奇妙な信号を拾い上げる。CDFの旧式暗号で刻まれたその発信源はなんと、座標データで割り出されたムーラシアの内部だったのである。信号の発信元は言うまでもなくジェームズである。後の本人の弁によれば彼は「捕縛された」のではなく「捕縛されてみせた」のである。潜入の途上、教団側の哨戒が侵入経路を探っていること作戦そのものを既に感知していると気づいたジェームズは、CDF内部に教団へ通じる者がいると見極めた。ならば漏れる情報ごと自分を売らせればいい。前夜に語った「読ませたい絵だけ見せる」の意味である。彼は敢えて捕らえられ、囚われの身のまま懐のスパイホッパー(ピグマが整備用に作った掌サイズの多脚機)を要塞の配管へ放っていた。基地の見取り図、警備の巡回、そして囚人区画の位置。囚われた隊長からの「土産」は外の2人へ絶え間なく流れ込み続けた。作戦図の細部はこの情報で埋められたのである。3人が別々の場所で同じ絵を描いた瞬間だった。
第11章 献納船 ─ THE TRIBUTE SHIP
突入の器に選ばれたのは教団へ献納品を運ぶ定期のコンテナ船だった。ムーラシアには今も星系中の信者から貢ぎ物が届き続けている。ならば貢ぎ物に化けるのが最も自然である。ウェンリーの立てた三方の構えのうち2方向の強襲はあくまで陽動であり、本命はこの鈍重な貨物船の腹に潜んだペッピーとピグマ、そしてCDF突入班だった。
要塞の手前で船は教団の検問に捕まる。乗り込んできた信者の検査官へ操舵室のピグマは献納船の船長になり切った。だが検査官は「予定表にない便」である積荷リストの端を突いてくる。空気が張り詰め、祈りの文句を唱えてみせろと迫る検査官にピグマは澱みなく応じた。囚われの隊長がスパイホッパー越しに送ってきた「土産」の中に、教団内で使われる合言葉と作法が含まれていたのである。ジェームズの布石はここでも効いていた。
それでも検査官は引かずコンテナを一つ開けさせた。中から現れたのは黄金の燭台と装飾品の山、そしてギリー紙幣の束である。ピグマが「献納の先触れ」として本当に積んでおいた見せ金だった。検査官はしばらく黙り、そのうちの一つを袖へ滑り込ませてから通行を許可した。信心より着服が勝った瞬間、潜入は半ば成功していたのである。平和を説く教団の内側がどこまで腐っていたかをこの袖口は雄弁に物語っている。
格納区画に降りた一行はスパイホッパーの巡回図どおりに警備の空白を縫って進んだ。折しも外では2方向の強襲が始まり、要塞の兵はみるみる外周へ吸い出されていく。順調だった潜入が一度だけ止まりかけたのは、通路の先を「首輪の檻」の囚人の列が横切った時である。四つん這いの列を追い立てる看守の姿に、ペッピーの足が音もなく踏み出しかけた。その肩をピグマの手が掴んで止めた。「今助けたら全員死ぬで」。ペッピーは長く息を吐いて拳を解いた。この時に呑み込んだものを彼がどこへ置いたかは、メシアの墜落の章に記す通りである。
第12章 ガラスの床 ─ THE GLASS FLOOR
突入班と別れた2人は、天井裏の配管をたどってムーラシアの最深部へ達した。そしてそこで、あまりにも恐ろしい光景を目にすることになる。豪華絢爛に飾り立てられた宝石と黄金の間。そのガラスの床で隔てられた真下に、犠牲者の区画が設けられていたのである。
ムーの歪曲した教義の行き着いた果て、それは「クラゾアを信じない者は"人"ではない」という自己正当化と洗脳だった。異端として捕らえられた元信者や犠牲となったであろう者たちは服を剥がれ、悪名高い拘束器具「首輪の檻」を嵌められていた。四つん這いで首を垂れ、言葉を発することすら禁じられた姿はまさに「地獄」。平和を掲げた宗教の目指す場所と真逆のものであることを、誰もが直感した。
そしてその地獄を足蹴に、得体の知れない2人の男が酒を飲んでいた。肥え太り、最早ホルソイドとは思えぬ「ナメクジ」と形容すべき体躯の2人こそ、この悪夢を作り出した張本人「オー」と「ムー」。信者がメシアと崇める双子である。太り過ぎて声帯の潰れた喉から、地響きのような、もはや鳴き声としか聞こえない低い声が漏れる。「『カノモノドモハ ワレラノ セイテンヲ ケガシタ ケダモノ』」「『クラゾアノ トウトキオシエヲ リカイセヌ チノウヲモタヌ ソンザイヨ』」「『ソシテイマ コーネリアハ コノケダモノガ バッコスル ジゴクダ… ソウジセネバナラヌ』」。双子が不敵に笑うと、空気を読むように信者たちも這いつくばる者らをあざ笑い始め、異様な熱が場を包んでいった。
天井裏のダクトで機を待つ2人は、その光景に声を殺した。「なんのこっちゃ。こりゃ教祖のほうがよっぽどケダモンに近い体形しとるやないか。金と権力は欲しいが、アレにはなりとうないわな」「こんな非人道的な行為、許されるもんか! まったく、ジェームズは秘策があるといっていたが…一体どこに消えたのだ」。その時、通信が入る。なんとジェームズは、あろうことかケダモノの閉じ込められた区画で、他の囚人と同じ全裸に四つん這いの状態で通信をしているではないか。目くばせとサムズアップでどこにいるかを察した2人は、思わず声にならない叫びを上げてしまった。
だが突っ込みどころの先で、ピグマはすぐに状況と狙いに気づく。ケダモノとして床下を這い回るジェームズが目指しているのは、教祖の座る足場の真下である。そして彼の身体には外すことのできない左手の義肢と両足の義足がある。その中に仕込まれた小型爆弾を教祖の真下で炸裂させガラスの床ごと直下の階層へ叩き落とす。落ちた先で、共に囚われていたCDF潜入班(彼らもまた全裸に四つん這いを強要されていたが…)と共に教祖を取り押さえる算段である。ただしこの策には条件があった。教祖に逃げる暇を与えぬよう事を荒立てず、なおかつガラスの下のジェームズたちの動きを最後まで悟らせないことである。
第13章 献上の儀 ─ THE OFFERING
視線を上へ、音を賑やかに。ダクトの中で組み上がった奇策は、つまるところキューでの一幕の再演だった。ピグマは突入部隊の携行装備と信者の祭服を組み合わせ、ものの数分で「入信志願の富豪」に化けた。堂々と正面から黄金の間へ現れた豚の紳士は、恭しく献上品を掲げる。派手な燭台と、銀の盆に載った一切れの菓子である。モーテルの夜に焼いた例のケーキの残り、すなわち星系でただ一つの「ロザルケーキ」だった。
「メシア様への献上の儀、なにとぞお納めくだされや」。黄金を愛する双子の目が盆へ吸い寄せられ、信者たちの視線が一斉に頭上の献上者へ集まる。同じ頃、天井裏のペッピーは照明系の主幹を握っていた。祭壇の燭台が最も輝いて見えるよう、床面の光量だけをゆっくりと絞っていく。信者の目には荘厳な演出としか映らない。ガラスの床は闇に沈みその下を這う男たちの姿は完全に消えた。
双子の巨体が身を乗り出し潰れた声が上機嫌に轟く。その地響きが床下で義肢から取り出した小型爆弾の起爆栓を抜く微かな音を最後まで覆い隠した。ケーキで視線を奪い説法の轟音で音を消す。後にペッピーはこの数分間を「人生で一番静かな爆破準備だった」と振り返っている。
第14章 メシアの墜落 ─ THE FALL OF THE MESSIAH
目論見通り足場は崩れ、教祖は轟音とともに直下の階層へ叩きつけられた。突然の事態に頭上の現場は騒然となる。だが下の階では、教祖は最早自重で身動き一つ取れない状態だった。首輪を外された囚人たちが立ち上がり、虐げられてきた者たちの恨みが一点へ向かう。それを制止したのはペッピーである。たとえ相手が屑であろうとも、同じことをやり返せば同類に堕ちる。彼はそう分かっていた。ジェームズとピグマは仕返しはしっかりする派であり、2、3発は顔面を殴らせてもよいのではとも思っていたが、誠心誠意のその言葉を遮る気力は起きなかったという。
第15章 動き出す意匠 ─ THE IDOL AWAKENS
事件はここで一件落着かに見えた。だがもうひと悶着が起きる。教祖が自身の身体を支える椅子兼足場のスイッチを押した瞬間、要塞の気味の悪い装飾と思われていたものが機動兵器として動き出したのである。あまりに巨大すぎて誰も気に留めていなかったムーラシアの意匠はそのまま教祖2人を取り込み、戦闘戦艦へと変じた。恐らくはフォルトナ宙域のスペースオベリスクを鹵獲・改造したと思しきその姿は、彫りの深い二つの顔が背中合わせに繋がった異形だった。
「『キサマラ ヨクモ ムーノセイイキヲ ケガシタナ…!』」「『メシアノ サバキヲ…!』」。機動兵器『ओ&मू』は既知のどの兵器とも似ても似つかない動力と兵装を持ち、通常の光学兵器では歯が立たない。そして何より、片方の顔が破壊されても即座に反対側の顔が破損部を修復する。この相互補修の機能は、待機していたCDF部隊を大いに手こずらせた。
第16章 借り物の翼 ─ BORROWED WINGS
追撃に上がったのは3人だった。だが翼はいつものアーウィンではない。潜入作戦ゆえ母艦ごと愛機を置いてきた3人が駆ったのは、CDFから借り受けた量産機コーネリアファイター3機である。乗り慣れない借り物の翼で、3人は教祖の操る異形へ戦いを挑んだ。ジェームズの操縦技術が量産機の限界を絞り出し、ピグマの即席改造が出力の底を引き上げ、ペッピーは交戦記録の蓄積から敵機の挙動を解析し続ける。3枚の借り物の翼は、そうして一つの戦闘単位として回り始めた。
劣勢を悟ったか、『ओ&मू』は突如ワープドライブへ乗る。戦いは高速で逃走する教祖を追うチェイス戦へ移った。逃げた先はセクターλ。フォルトナの密林へ逃げ込もうという腹である。自らの教義の源泉たる星を隠れ蓑にしようとするその航跡を、3機は追い縋った。戦いは最終局面である。
「ジェームズ! あの気味悪い戦艦の中枢は顔じゃない! 周囲を周回してるビットのほうだ!」「いまザッパーの安全装置を外したる! 全力叩き込んできぃや!!」「ああ…これで決めようじゃないか! 覚悟しな ナメクジどりさんよ!」。ペッピーの解析が二つの顔の永久修復を支える中枢──機体を周回するビット群──を見抜き、ピグマの改造がザッパーの出力制限を解き放ち、ジェームズの一撃がそこへ全力で叩き込まれた。
第17章 ケダモノの裁き ─ JUDGEMENT OF THE BEASTS
中枢を破壊された『ओ&मू』は青白い独特の光のもとで崩壊し分解する艦体から脱出ポッドが投げ出された。ポッドは最強クラスの光学障壁を備えた上に高速で逃げ出してしまう。3機の借り物の翼では追い切れない。だが教祖に引導を渡したのは意外なものだった。
『ओ&मू』はスペースオベリスクから作られた戦艦である…すなわちそれが壊れた時この宙域で何が起きるか。セクターλ中の宇宙生物が凶暴化し、一斉に集まり始めたのである。不思議なことに生物たちはスターフォックスのコーネリアファイターには目もくれず、皆まっすぐに教祖の脱出ポッドへ群がっていった。「『ナ ナニヲスル ケダモノドモ!! ハナレロ ボバァアアアァァ!!?』」。蜜蜂の大群に押し潰されるかのごとくポッドは圧壊し、搭乗していた双子は跡形もなく食い尽くされた。彼らが「ケダモノ」の名で人を虐げるのに悪用した獣たち。それも話のいっさい通じない本物の「ケダモノ」と呼ぶべきものたちが、最後の裁きを下したのである。
結 ─ 笑い声と缶詰 EPILOGUE
CDF本部へ帰還した3人だが、ジェームズは自分が全裸であることを完全に忘れていた。作戦で長時間そのままだったせいで板についてしまったのか、コックピットから降りる際に指摘されて初めて気づいたのである。ペッピーとピグマは思わず大笑いし、居合わせたCDFの隊員たちもつられて笑ってしまった。地獄を見た作戦の終わりに管制デッキへ響いたのはその笑い声だった。
事後の処理は用語データベースの記す通りである。教団は解体され信者たちは治療と社会復帰の道へ入った。要塞ムーラシアは武装解除の上でセクターρに残置され、この判断が後年のデモンシード・クライシス事件で災いを呼ぶことになるのだが、それは別の記録に譲る。壊滅の決定打の功で表彰されたのはペッピー・ヘアとピグマ・デンガーの2名である。ジェームズ・マクラウドの名がそこにないのは、公式記録上の彼が最後まで「救出された人質」だったためである。本人は訂正を求めなかった。表彰式を欠席した理由について「あの場の全員が俺を笑ったからな」と語ったという記録が残るが真偽は定かでない。
征討の後、トレンチュ一家には匿名の届け物が一つあった。パペトゥーン産の果菜の缶詰が一箱とレシピを記したカードが一枚である。差出人の欄には豚の似顔絵だけが描かれていた。トレンチュがいつ騙りに気づいたのかあるいは最初から気づいていたのかを知る者はいない。ただ一家の裏帳簿には今もこの取引について「ロザルケーキ一件、貸し借りなし」と記されているという。
最後に一つ付す。この作戦は先代スターフォックスの3人が互いの手札を全て信じて戦った記録として読むことができる。囚われながら盤面を描いた隊長。教範の外で答えを出し続けたメカニック。そして引き金より先に缶詰の味を覚えていた男。翌年に3人を待つ運命をこの記録は知らない。だからこの文書は「笑い声」で締めくくられたところで終わることにとする。