概要 OVERVIEW
フェニックス財閥(Phoenix Group)は、コーネリアに本拠を置く旅客航宙の複合企業体である。客船を建造する「フェニックス航宙造船」、定期航路と豪華客船を運航する「フェニックス・ライン」、寄港地のホテルと遊覧を営む「フェニックス・リゾーツ」の三社を中核とし、星を渡る「人」の移動と滞在を丸ごと商品にしている。貨物を運ぶブラックカーゴ社が星系の物の流れを握るなら人の流れを握るのはこの財閥であるというのが経済紙の定型句である。
財閥の名を星系の誰もが知っているのは船の名を誰もが知っているからである。定期航路の巨船プリマヴェーラ、星系を一周する豪華客船プレアデス、そして星の名を冠した数十隻の定期船。フェニックスの船に一度も乗ったことのない星系民は珍しく、「初めて宇宙へ出た日の船」がフェニックスの船であった者は数え切れない。この財閥の本当の資産は船体ではなくその記憶であると言われる。
沿革 HISTORY — 灰から起きた船
創業は共和国成立の直後にさかのぼる。第1次ライラットウォーズで各国の軍が使い潰した輸送艦の残骸を安く買い集め客室に改装して星と星の間の定期便を始めたのが始まりである。軍艦の骨組みに椅子を並べただけの船であったが戦争で散り散りになった家族が互いの星を訪ね合う需要は尽きることがなく、焼けた船体から興した事業は瞬く間に星系中の航路へ広がった。灰の中から甦る鳥の名を社名に選んだのはこの由来による。
二世紀の平和は財閥に「人を運ぶ以上の仕事」を与えた。グレートウォールの建設期には資材と作業員を運ぶ船を出し、巡礼「灯還り」の時期には巡礼船を仕立て、IGA戦役では避難民の輸送を引き受けた。約20年前のGディフューザーの登場は財閥にとって追い風となった。ワープ航行の危険が下がったことで客船の大型化が可能になり、プリマヴェーラ級の巨船と星系一周の豪華クルーズはこの技術革新の直接の産物である。財閥が新興のスペース・ダイナミクス社と長期の供給契約を結んだのもこの時期であり、現在フェニックスの船の推進系はほぼ全てがSD社製である。
船団 FLEET — プリマヴェーラとプレアデス
財閥の顔は二隻の船である。一隻は定期航路の大型旅客船プリマヴェーラであり、宇宙歴3991年頃にサルガッソー宙域の縁辺で遭難した際、開業間もない先代スターフォックスの救難で乗員乗客2,800名が一人も欠けずに帰還した船として知られる(経緯はプリマヴェーラ号救難作戦の項に詳しい)。救難艦の派遣を諦めた航行局を尻目に、藁にもすがる思いで「軍崩れの何でも屋」に電話をかけたのは当時の船主であり、その決断が遊撃隊という第三の選択肢に市民権を与えた。財閥はこの恩を忘れておらず、スターフォックスの母艦グレートフォックスはフェニックスの港でならどこでも無料で補給を受けられる。
もう一隻は星系を約180標準日で一周する豪華客船プレアデスであり、ツアー「ライラットクルーズ」の舞台として予約が5年先まで埋まっている。戦時下でも運航を止めないのは財閥の方針であり、当主は「船が止まれば星系は戦争しかなくなる」と語ったと伝えられる。甲板でスターフォックスとスターウルフが決闘した一件についても、財閥は損害賠償を請求せず「本船史上最高の余興」として翌年のパンフレットに載せた。
観光 RESORTS — 寄港地の主
船が着く先の商売も財閥のものである。フェニックス・リゾーツはゾネス・アクアスのリゾートホテル、フィチナのオーロラ観測所、キューのカジノ提携枠までを押さえ、ライラットクルーズの寄港地の大半で「船を降りた客が最初に入る建物」を運営している。競争の作法は苛烈であり、戦前のゾネスで営業していた小さな観光飛行会社ワイルド・ブルー・ツアーズが大手観光資本との競争に敗れて廃業した一件の「大手」とはこの財閥のことである。潰れた会社の操縦士たちが腕一本で宇宙へ出て遊撃隊ワイルド・ブルー・ストライカーを旗揚げしたことはボウイ・ストレイの記録に詳しい。ボウイは今もフェニックスの船に乗らない。
ゾネスの占領で財閥はリゾート事業の柱を失った。海が毒の緑に変わった今、ゾネスのホテルは帝国の宿舎に転用されていると伝えられ、財閥はこれを「休業」と呼び続けている。ゾネス奪還を「海の救助」と位置付ける共和国の方針に財閥が全面的な協力を申し出ているのは慈善であると同時に経営判断でもある。
一族 THE FAMILY — フェネックの家
財閥は創業以来フェニックス家の同族経営であり、当主はフェネック系のアヌビソイドの一族から出る。大きな耳のフェネックが客船財閥の当主であることは星系の子供向け絵本の定番であり、「耳が大きいのはお客の声を聞くため」という財閥の社訓は絵本の台詞としても知られている。現当主は先代からの堅実な経営を引き継ぎ、戦時下でも配当より運航を優先する姿勢で知られる。
当主には一人娘がおり名はファラ・フェニックス。財閥の跡取りでありながら客船には乗らず、供給契約先であるスペース・ダイナミクス社のチーフテストパイロットとして戦闘機の限界を試す仕事を選んだ。当主は娘の選択を公に咎めたことはないが、SD社との供給契約が近年やけに手厚くなったことを株主は無言で見ている。
現在 PRESENT — 止まらない船
第2次ライラットウォーズの開戦で財閥は航路の三分の一を失った。マクベス・ゾネス方面の定期便は全て休止し、プレアデスの寄港地も削られている。それでも残る航路の運航率は開戦前とほぼ変わらず、避難民の輸送を無償で引き受けた便数は共和国の輸送艦を上回る。財閥はこれを美談として語らず、「客が減った分を客でない人で埋めているだけだ」と説明している。
〈プリマヴェーラ〉は改修を経て今も同じ航路を飛んでおり、サルガッソーの縁辺に差し掛かるたびに汽笛を三度鳴らす。運航規定にはない習慣だが、取りやめた船長はまだ一人もいない。灰から起きた船の財閥は、戦争の灰の中でも船を止めないことを商売の全てにしている。