THE IRON
MOON
巨大な鉄核を薄い外殻が包む金属質の大型衛星。着陸可能な天体として星系最高の1.58Gと、保温する大気を持たない極寒の地表が最も単純で最も強烈な環境負荷を課す。重金属の露天掘りと液化エンバーガスの輸出拠点を抱え、ボルツ公国が基礎を築いたドーム都市に約2万人が暮らす。現地では「ダルマスカ」と呼ばれ通商連合の管轄下で帝国軍が駐屯する。
| DESIGNATION | SETEBOS II / セティボスⅡ |
| LOCAL NAME | ダルマスカ(セティボス圏の非公式呼称) |
| DOMAIN | セティボス圏 — 第1衛星 |
| LOCATION | Sector ϫ-2 — 通商連合管轄宙域 |
| BODY TYPE | 惑星級大型衛星 — 金属質(「鉄の衛星」) |
| GRAVITY | 1.58G — 星系最高(着陸可能な天体中) |
| ATMOSPHERE | 極めて希薄 — ナトリウム・硫黄・酸素原子 / 呼吸不可・与圧服必須 |
| ORBIT | セティボス周回 約5標準日 — 潮汐固定 / Ⅲ・Ⅳと1:2:4の軌道共鳴 |
| CLIMATE | 極寒 — 大気による保温なし |
| INDUSTRY | 重金属の露天掘り(帝国・通商連合の共同出資) / 液化エンバーガス輸出拠点 |
| SETTLEMENT | ドーム都市ラバナスタ — 人口約20,000 |
| FACTION | ハクティバ通商連合 — 帝国軍駐屯(実質共同管理) |
| STATUS | 稼働中 — 共和国の監視事務所あり |
ダルマスカ式着陸した船なんて 初めて見たぜ-グレートフォックスの交信記録より-
OVERVIEW ─ 概要
「この星に優しいものは何一つない。ただ重くて、冷たくて、金になる」― 鉱山会社の古い求人広告に添えられた文句
セティボスⅡは星系唯一の巨大ガス惑星セティボスの第1衛星である。セティボス圏では「ダルマスカ」の名で呼ばれ、大気を持つ五つの大型衛星の中で最も内側を約5標準日で巡る。アクアスやゾネスを上回る直径を持ちながら中身のほとんどは金属であり、地表重力はコーネリアの1.58倍に達する。着陸可能な大地を持つ天体としては星系で最も重い地面である。
極端な気候や奇怪な生態を抱える衛星たちの中で、この星の環境負荷は最も単純で最も強烈である。重くて冷たい上に息ができない。それだけの星に約2万人が暮らしているのは、地表に露出する重金属と本星から運ばれる液化エンバーガスのためである。管轄はハクティバ通商連合とされるが港には帝国軍が駐屯しており実態は両者の共同管理である。
GENESIS ─ 形成史
セティボスの大型衛星群は若い惑星の周囲に生じた周惑星円盤から集積したと考えられており、この第1衛星はその最内縁に生まれた。若い巨大惑星に最も近い領域は円盤の中で最も高温であり、氷はもとより揮発性物質もほとんど凝縮できなかった。この領域で集積できたのは金属と溶けにくい岩石だけであり、隣のセティボスⅢが氷を集めて海を得たのと同じ円盤の正反対の端で生まれた星と言える。
集積後の歴史がこの星の中身をさらに偏らせた。共鳴の最内側にある第1衛星は初期の潮汐加熱が最も強く、内部は早期に完全に溶けて分化した。金属は中心へ沈み僅かに残っていた揮発成分は脱ガスして地表へ逃げた。だがセティボスの放射線帯がそれを片端から宇宙へ剥ぎ取ったため、残されたのは巨大な鉄核とそれを薄く包む岩石の外殻だけになった。エラダードの高い重力が浅く眠る金属核に由来するのと同型の構造であり、こちらはその極端な例にあたる。1.58Gという重力指数はこの鉄核の重さそのものである。
潮汐熱は現在も内部にあるが金属は熱をよく伝え外殻は薄い。熱は溶岩の噴出という形を取らず、地殻の裂け目と広い平原からそのまま宇宙へ逃げていく。保温する大気を持たない地表は放った熱を取り戻せず、内部が熱いまま表面だけが凍りついている状態になっているという。研究者がこの星を「冷えた鉄」と通称する所以であり、内部の熱と表面の寒さが同居する構造は大気を持てない準惑星には決して珍しい現象ではない。
GEOGRAPHY ─ 地理・環境
地表は暗い金属光沢の平原と潮汐に割られて盛り上がった隆起帯で構成されている。平原には放射線で変色した硫黄とナトリウムの霜が薄く乗り、軌道から見た星は鈍い鉛色に僅かな黄土色を混ぜた色をしている。外見の雰囲気のとおり生命の気配はどこにもない。緑も水も雲もなく、金属の地平線が冷えたまま続くだけの光景が広がる星である。
大気に相当するものはあるものの、それは呼吸できるような代物ではない。火山の脱ガスを持たないこの星の大気は、放射線帯が降らせる荷電粒子に叩かれた地表から金属や硫黄の原子が弾き出されることでかろうじて維持されている。地表気圧は標準の数千分の一に過ぎず熱を保つ役には全く立っていないのである。地表へ降りる者は与圧服を必ず着用し放射線の遮蔽をドームと車両に頼ることになる。潮汐固定のため本星側の半球には常にセティボスが浮かび、5標準日の公転がそのまま昼夜の周期となる。公転のたびに本星の影へ入る数時間の食があり、この間の地表は星系で最も暗く寒い場所の一つになる。
この星の環境負荷の中心は重力である。1.58Gの地表では自重が6割増しになり、慣れない者は数分で膝が笑い始める。重力の低い星から直行した者は最早何か行動するまでもなく重力酔いで倒れるため、旅程は経由地で体を慣らす形で組むのが鉄則となる。とりわけ0.4GのセティボスⅣからの直行は禁じられており、Ⅳの浮力を前提に調整された装備はこの星ではことごとく鉄屑になる。セティボスⅡは火薬もレーザーも普通に使える星であるが、それを構える兵士の方が動けなくなるのである。
MINING ─ 露天掘り
薄い外殻は潮汐によって各所で割れており、隆起帯には鉄核に由来する重金属が押し上げられて露出している。ニッケル・白金族・希少金属が地表からそのまま掘れる星であり、隆起帯に沿って露天掘りの巨大な段丘群が連なる。軌道から見えるこの星の人工物はドーム都市とこの段丘群だけである。高重力の下では人力の作業がほとんど成り立たないため、掘削と運搬は高重力仕様の重機と無人機に依存している。
採掘事業への出資は帝国と通商連合の共同である。鉱石はオズリック・フォーティンブラス工業航路に乗せてマクベスへ運ばれ、マクベス鋼の原料となる。この星がOF航路の終端セティボス本星の手前に位置し工業惑星への供給地として組み込まれていることは、鉱山が帝国の出資を受けても共和国が黙認せざるを得ない理由の一つとなっている。この鉱山採掘はマクベスだけでなくエラダードの兵器生産に直結しており、それを止めることは共和国にもできないのである。
PORT ─ エンバーガス輸出拠点
この星のもう一つの顔が液化エンバーガスの輸出拠点である。本星の空中都市で採掘・精製されたエンバーガスは液化された状態でタンカーに積まれてこの星へ降ろされ、地下の貯蔵槽へ移されてから外界へ出荷される。空中都市から直接出荷せず衛星を経由する理由は三つある。最内衛星である第1衛星は本星に最も近く、5日ごとに巡る公転が出荷の窓を頻繁に与えること。極寒の地表が液化ガスの低温貯蔵に最適であり、地下の貯蔵槽に断熱の費用がほとんど要らないこと。そして高重力の地面が巨大な貯蔵施設と港を揺るぎなく固定することである。
高重力はまた港の主を決めてしまう要因となった。1.58Gの地面へ降りて再び離昇できるのは重装の大型タンカーだけであり、それを揃えているのがベノム帝国だけであったのである。軽量志向の共和国の艦船はこの港へ降りることができず大口の取引はそもそも行うことができない。港に帝国軍が駐屯し共和国の窓口が明らかに小さい理由はこの一点に尽きる。現在は帝国の名将カーマス・ピヨット提督がこの港を拠点にエンバーガスをマクベスへ送る任務に就いており、帝国軍の対戦艦ミサイルの燃料もここから通商連合の私設航路を経て帝国へ渡っているとみられている。
CITY ─ ドーム都市
港と鉱山を支える唯一の都市がドーム都市ラバナスタである。基礎を築いたのはボルツ公国であり、公国が本星の大気圏へ空中都市を建てた時代に輸出港の足元として置いた与圧ドームがこの都市の始まりである。高重力に耐えるため建物は低く基部が広く、ドームは大きく膨らむより地面へ半ば埋まる形で造られた。公国時代の都市は鉱山の飯場と港湾倉庫が並ぶだけの殺風景な場所だったと伝わる。
その姿を変えたのが帝国技術の流入である。帝国軍の駐屯と鉱山への共同出資に伴い、閉鎖環境で人を長く暮らさせる帝国の居住技術が公国時代のドームへ注ぎ込まれた。与圧回廊で結ばれた区画・放射線を遮る多層の外殻・重力に合わせて設計された住居と輸送網。機能と居住性を併せ持つ近未来都市へ再生した現在のラバナスタは、住人約2万人を抱えるセティボス圏で最も大きな地上都市の一つである。港湾要員と鉱山労働者が人口の大半を占め、通商連合の商人と帝国の将兵がそこに混ざる。
共和国の窓口もこの都市にある。ただし港の片隅に置かれた通関と監視の事務所は、帝国の港湾区画と並べると明らかに大きさが違う。職員の間では「ライラットで最も居心地の悪い勤務地」と呼ばれており、赴任者は帝国の艦が発着するたびに窓越しにそれを記録して本国へ送っている。
HISTORY ─ 歴史
セティボス圏へ最初に勢力を張ったガロウ連邦の時代から、この星は「重い鉱床」として知られていたが誰も降りようとはしなかった。1.58Gの地面と極寒、そして放射線が揃った星に降りる理由は、鉱石の値段が見合うようになるまで存在しなかったのである。転機はボルツ公国の移転である。エラダードから本星の大気圏へ移った公国はエンバーガスの輸出でセティボス圏の主となり、その出荷港としてこの星にドームを置いた。
IGA戦役では公国が共和国側に立ってエンバーガスの採掘権を守り抜き、この星の港は共和国軍の前線補給所として使われた。戦役を通じてこの港が連合の手に落ちなかったことは、連合の燃料不足の一因である。戦後の公国は新しいワープ航法の登場で燃料需要を失い、放漫な財政の末に国土ごと破綻した。港と都市は資産一式とともに通商連合の管理下へ移ったが、需要を失った港は長らく寂れたままであった。
港が息を吹き返したのはベノム帝国勃興の影響が大きい。帝国の対戦艦ミサイルが燃料としてエンバーガスを求め、通商連合の私設航路がキューとベノムを結んだことでこの星は再び出荷の拠点となった。帝国軍は港に駐屯し鉱山へ共同で出資し、ドーム都市には帝国の技術が流れ込むことになった。共和国はこの動きを外側から監視し続けているが、港へ降りる艦を持たない以上できることは記録に限られている。
MILITARY ─ 軍事
この星には三つの旗が同居している。港と鉱山に駐屯する帝国軍・管轄権と警備部門を持つ通商連合・港の片隅の共和国の監視事務所である。第2次ライラットウォーズの只中にありながらこの星で交戦が起きたことはない。通商連合の中立と、誰も1.58Gの地面で戦いたくないという単純な事実がそれを支えている。
軍事的に見たこの星の価値は港の封鎖能力にある。降下作戦は事実上不可能であり、降りられるのは帝国の重装艦だけである。共和国が帝国へのエンバーガス供給を断つには通商連合の私設航路を押さえるほかなく、それは連合との全面対決を意味する。CDFがこの星を「手を出せない補給線」と評する理由はここにある。なおセティボスⅣと正反対に火薬もレーザーも普通に機能する星であるが、白兵戦の想定はどの勢力の教範にもない。兵士が構える前に自重に耐え切れず倒れるためである。
ARCHIVES ─ 記録余話
この星の名を星系に知らしめたのは港でも鉱山でもなく事故である。IGA戦役の末期にセティボスⅣへ向かう特殊調整機と浮力前提の装備を満載した共和国の補給船が、Ⅳ基準の降下設定を残したままこの星の前線補給所へ進入した。0.4Gの星のつもりで降りた船を1.58Gの地面が受け止めるはずもなく、船は減速しきれずに港の手前の平原へ激突して大破した。悲惨な事故である一方で乗員全員が脱出ポッドで生還したことがこの事故を有名にした。1.58Gの地面へ叩きつけられて誰一人失わなかった記録は脱出ポッドの性能を証明する最良の事例として今も教材に使われている。
だが、同じ過ちは戦後にも繰り返された。ガロウ連邦がⅣを封鎖する前に要塞跡の遺物を狙った宇宙海賊の貨物船が、やはりⅣ向けの設定のままこの星へ降りて激突したのである。こちらは脱出ポッドを積んでおらず生還者はいなかった。海賊船の残骸は鉱山の段丘の縁に今も残されており、鉱山会社は撤去せずに警告の標識として使っている。二つの事故から生まれた「ダルマスカ式着陸」という言い回しは、大事故になるほど下手な着陸の比喩として星系の艦隊に定着している。
エンバーガスの卸先として大口の取引を共和国ができない理由に艦船を上げたが、実は同等の重力を持つマクベスでも同じ問題が起きている。マクベス鋼を輸入する際は共和国側の艦船ではなくマクベス・オズリック国の管理する大型輸送船で行っており、これは即ち帝国にマクベスが陥落させられた時点で共和国は使用できる鉄鋼の7割を失ったことと同義である。マクベスの奪還はミサイル基地の無力化もあるが、それよりもこの鉄鋼需要の紐を握られている状態を解決する側面の方が大きい。
他の衛星共々「ダルマスカ」の名の由来は伝わっていない。セティボス圏の大型衛星に付いた現地名の一覧はセティボスの項にある。港の労働者はこの星を現地名でも序数でも呼ばずただ鉄塊の意味を持つ言葉「アイゼル」と呼ぶ。休暇で本星の空中都市へ上がる者が最初にするのは、鴇色と黄金色の雲海を眺めながら1.58Gから解放された足で歩き回ることだという。